居酒屋大家族
震える手で、箱の蓋に指をかける。
ごくりと唾をのみ込み、ゆっくりと持ち上げる。
「これが……御子……」
そこには__美人がいた。いや、“かなりの美人”がいた。
店の喧騒が一瞬だけ静まる。まるで時間が止まったみたいに。
中に眠っていたのは、小柄な人型。
金属の冷たい質感ではなく、人肌に近い柔らかそうな外装。
銀色のロール状の髪が肩に流れていた。
「すげぇ……」 「本物だぞ、これ……」
常連たちが息を呑む。
俺の胸も、まるで少年に戻ったかのように高鳴っていた。
服装は簡素なプロテクトスーツ。無駄を省いたデザインなのに、彼女のスレンダーなシルエットを際立たせている。
半世紀前の機体だというのに、見た所、一切の傷がなく、まるで新品のように磨き上げられていた。
だが、関節の継ぎ目や旧式の接合部を見ると、やはり現行機とは違う“古さ”がある。
最新型のスタイリッシュさとは正反対の、どこか懐かしいアンティークの美しさ――。
"御子"は購入時に自分好みにカスタマイズできるらしい。
……このビジュアルは、前の持ち主の趣味だろうか?
感動のご対面はさておき、さっそく起動させてみたい。
えーと、起動方法は……?
箱に記載されているQRコードを読み取り、専用サイトへアクセス。
不慣れながらも手順を一つひとつ進めていく。
最後に「初期化」を押して、完了。
だが、初期化にはかなりの時間がかかった。半世紀前の機体だからか?
それとも、大量の記憶が保存されていたのだろうか。
ワクワクが止まらない。まるでカップ麺を待つかのように、1分が10分に感じられる。
その間、客たちも俺の肩越しに覗き込みながら、酒を片手に御子を見守っていた。
__約20分後。
スマホの通知に表示されたのは
『初期化完了。 ※1 削除できないデータがあります』の文字。
何のデータだ……?そう考える間もなく、再起動が始まる。
気がつけば年も越えていた。
そして、彼女のその瞼が、ゆっくりと開いた。
まるで長い眠りから覚める“おとぎ話”の姫みたいに、自然で、滑らかなに動く。
「「おぉ!! 動いた?!」」
歓声があがる。
ここにいるのは、誰一人として御子を持たない貧乏人の常連たちばかり。
「御子を買う金があるなら酒に使う!」そんな連中だ。
「いやー、機械だけど、男ばかりの酒場に花が咲いたなぁ!」
「いや~ん♡ アタシがいるじゃない♡ もぉ~資さんったら~♡」
笑い声と茶化しが飛ぶ中、俺は声をかけるタイミングをつかめずに固まっていた。
だが先に口を開いたのは、彼女のほうだった。
彼女は辺りを見渡し、
「____ここは? そして、私のマスターは、どなたですか?」
機械的でありながらも、不思議と澄んだ声。
蒼い瞳が俺を見上げる。
吸い込まれそうなその光に、言葉を失った。
「え、えっと……俺がマスターのシンです。みんなからはシンさんって呼ばれてます」
ガチガチに緊張している俺を見て、客たちは大爆笑。
「流石!女慣れしてないシンさん!! 機械相手だろうとキョドってる~!」
「う、うるせぇ!! 女はみっちゃんが丁度いいんだよ!」
「あら~♡ それって褒めてるの? 褒めてるのよね?♡ 嬉しいわぁ♡」
俺がみっちゃんさんに抱きしめられていると、次々に常連たちが自己紹介を始める。
「俺はそこでうどん屋やってる、資治郎だ! 資さんって呼ばれてんだ!」
「「俺、俺はな__」」
束になり、我先にと挨拶が始まる。
いや、お前らこそ、どんだけ女に飢えてんだよ……。
一通りの挨拶が終わったあと、客のひとりが口を開いた。
「で?シンさん、この子の名前はどうするんだ?決まってんのか?」
名前…か…
「前の持ち主はなんて呼んでたんだ?」
一応確認してみると、御子は冷静に答えた。
「申し訳ございません。データはリセットされています。それに、前任者の個人情報を尋ねるのは……人間性を疑われます」
…………冷たい。
名前か……。咄嗟につけた名前は一生この子につきまとうし、女の子っぽい名前なんて……。
あ。
「どうしたシンさん? 顔赤くして、なんか思いついたか?」
「えっと、その……え、栄子……ちゃん」
「やだ♡ 昔好きだった子の名前ね♡ まだ引きずってるのね~♡」
「「うわ……きっしょ!!」」
「うるせぇ!! 俺が持ち主だ! ECOだ!ECOでいいだろ?!」
「否定しないあたり図星ね♡ じゃぁ決まり!今日からあなたは『ECOちゃん』よ♡
嫌じゃなければ、ECOって名乗って♡」
「『ECO』……。はい、承知しました。よろしくお願いします。みっちゃんさん――いえ、マスター」
「いや待てー?! マスターは俺!シンだよ!?」
「そうよ♡あなたのマスターはこの子なのよ♡」
「失礼しました。この店のマスターの意味かと。それに……あまりにも影が薄かったので」
あれ?……俺、嫌われてない?
「ま、まぁ……マスターっぽくないかもだけど、よろしくな。ECO」
「はい……?………よろしくお願いします」
謎に間が空いたが、どうかしたのだろうか?
「どうかした?」
「いえ、ちょっとノイズが…古いせいですかね」
そして皆がグラスを掲げ、
「よっしゃー! 乾杯だ!深夜の世界の新たな家族にかんぱーいッ!!」
「「かんぱーい!!」」
賑やかな声が再び店を満たす。
――こうして、【居酒屋・深夜の世界】に、新たな家族が増えた。
そしてこの時、誰もまだ知らなかった。
この夜が、あの“神楽”へと続く物語の始まりになることを。




