賑やかな日
「――18時になりました。本日のニュースです」
テレビから、聞き慣れたアナウンサーの声が流れる。
「地上からおよそ400キロ離れた空宙都市【天ノ原】の開発に向け、連結ゲート【天ノ柱】の建設工事が本日も進められております。完成は――」
カチッ。
俺はテレビの電源を切った。
途端に、店内が静まり返る。
……いや、正確には。
さっきまで騒いでいた酔っ払いたちが、一斉にこっちを見ているだけだ。
「……えー、コホン」
俺は咳払いをひとつ。
「本日は居酒屋『深夜の世界』にお越しいただき、誠に――」
「おいおい! 堅苦しいぞ、シンさん!」
「いつもの調子でやれー!」
「そうだそうだ! 酒がぬるくなっちまうぞ!」
「うるせぇな! たまには店主らしいことさせろよ!」
どっと笑いが起きる。
……まったく。
この店の連中ときたら、人が真面目に挨拶しようとしてるってのに。
俺は頭をかきながら、改めてジョッキを掲げた。
「じゃあ……今年も一年、お疲れさん!!」
おおっ、と声が上がる。
「飲んで! 食って! 笑って! 嫌なことは全部今年に置いていこうぜ!!」
「おおおおっ!!」
「そんでもって、来年も元気に頑張ろうじゃねぇか!!」
俺は大きく息を吸い込んだ。
「それじゃあ!! 今年もお疲れさまでしたァァァ!!」
「「「かんぱぁぁぁぁぁい!!!」」」
ガチャンッ!!
ジョッキがぶつかり合う。
その音を合図に、店内は一気にドンチャン騒ぎへと変わった。
「シンさーん! 酒おかわり!」
「こっちも頼むぜー!」
「おい! 誰だ俺の唐揚げ食ったヤツ!!」
「知らねぇよ! 俺は二個しか食ってねぇ!」
「お前じゃねぇか!!」
怒号と笑い声が飛び交う。
そして――
ビリッ。
「……あ」
嫌な音がした。
振り返ると、常連のひとりが破れたふすまの前で固まっていた。
「ちょっ、すまんシンさん! ふすま破いちまった!」
「おいィィィ!! またかよ!!」
「大丈夫だって! つばつけときゃ治るだろ!」
「治るかァァァ!!」
店内が爆笑に包まれる。
……ったく。
これが居酒屋『深夜の世界』。
そして、これが毎年恒例の大晦日だ。
***
宴会が始まって三十分ほど経ったころ。
ギィィ……。
入り口の扉が開き、冬の冷たい風が店内へ流れ込んできた。
「やだぁ♡ 相変わらず賑やかねぇ♡」
聞き慣れた声。
振り返ると、そこには派手な化粧をした常連のみっちゃんと、白髪頭の福ちゃんが立っていた。
「おっ! みっちゃん! 福ちゃん!」
「ごめんねぇ、シンさん♡ 乾杯、終わっちゃったかしら?」
「とっくに終わったよ!」
「あらぁ、残念♡ ウチの店もありがたいことに大盛況でねぇ。なかなか抜け出せなかったのよ♡」
みっちゃんはそう言いながら、カウンターに腰を下ろす。
「じゃあ、ソルティドッグお願いね♡」
「はいよ!」
すると、近くにいた常連が一升瓶を持って立ち上がった。
「おっ! みっちゃん来たなら、まずは駆けつけ一杯だろ!」
「一杯って量じゃねぇだろ、それ!!」
俺のツッコミもむなしく、みっちゃんは差し出された一升瓶を受け取った。
「あらぁ♡ いいのぉ?」
「もちろん!」
「じゃあ、遠慮なく♡」
ゴクッ。
ゴクゴクッ。
ゴクゴクゴクッ。
「…………」
……おいおい。
まさか。
「ぷはぁぁぁっ♡ ごちそうさま!」
空になった一升瓶を、みっちゃんがテーブルへ置いた。
「「「うおおおおおおっ!!!」」」
店内が揺れるほどの歓声。
「さすがみっちゃん!!」
「酒豪四天王は伊達じゃねぇ!!」
「いや、さすがに飲みすぎだろ……」
俺は思わず呟いた。
みっちゃんは涼しい顔で手を振る。
「シンさ〜ん! やっぱりハイボールちょうだい♡」
「まだ飲むのかよ!?」
「それと、イケメンくんも呼んで♡ 一緒に飲みましょ♡」
「……シュウ?」
俺は厨房を振り返った。
そこでは弟のシュウが、黙々と料理を盛り付けていた。
「シュウ! みっちゃんが呼んでるぞ!」
「……僕はいいよ、兄」
シュウは苦笑いする。
「まだ料理も残ってるし」
「……そうか。ありがとな」
俺の弟、シュウ。
車椅子に乗りながらも、この店をしっかり支えてくれている頼もしい存在だ。
仕事は丁寧だし、気も利く。
……まぁ、兄としてはもうちょっと遊んでほしいと思うこともあるけどな。
そんなことを考えていた、そのとき。
「だ〜め♡」
「……え?」
みっちゃんが、ずかずかと厨房へ入ってきた。
「み、みっちゃん?」
「今日は大晦日よぉ? 働いてばっかりじゃつまらないでしょ♡」
「いや、でも……」
「はい、決定♡」
ひょいっ。
「……えっ?」
次の瞬間。
みっちゃんはシュウを軽々とお姫様抱っこしていた。
「ちょっ!? みっちゃん!?」
「ほらほら、宴会よ〜♡」
「ま、待って! 僕、まだ仕事が……!」
「お、おい! みっちゃん!?」
俺が止める間もなく、みっちゃんはシュウを抱えたまま座敷へと向かっていく。
そして、こちらを振り返った。
「シンちゃん♡」
「……はい?」
「飲んべぇってのはね、肴がなくたって、旨い酒と仲間がいれば十分なのよ♡」
「……お、おう」
「だから、あとは任せたわ♡」
「結局俺が全部やるのかよォォォ!!」
またしても店内が爆笑に包まれた。
……まったく、強引なんだから。
でも。
そんなみっちゃんの豪快さに、俺たちは何度も救われてきた。
だから、まぁ……。
今日くらいは、いいか。
「……しゃあねぇな!」
俺は腕まくりをした。
「シュウ! 今日はもう休んでろ! 残りは俺がやる!」
座敷の方から、弟の困ったような声が返ってきた。
「……ありがとう、兄」
「おう!」
……さて。
ここからが地獄の始まりだ。
***
それから、どれくらい経っただろう。
料理を作って。
酒を出して。
酔っ払いをなだめて。
割れていくグラスを見て、もう一度ため息をついて。
気がつけば、年越しのカウントダウンが近づいていた。
「……ふぅ」
俺は額の汗を拭う。
店内を見渡すと、さっきまで騒いでいた連中の大半が、すっかり出来上がっていた。
テーブルに突っ伏す者。
座布団を枕にして眠る者。
空の瓶を抱きしめている者。
……お前ら、ちゃんと帰れるんだろうな?
そんな中。
まだ平然と酒を飲み続けている連中がいた。
福ちゃん。
仁さん。
みっちゃん。
そして、資さん。
この町で知らぬ者はいない――かどうかは知らないが。
少なくとも、この店では有名な四人。
通称。
【酒豪四天王】。
「……化け物かよ」
俺が呟くと、仁さんが笑った。
「なんだシンさん。もう音を上げたのか?」
「こっちはずっと働いてんだよ!」
「はっはっは! そりゃご苦労さん!」
「他人事かよ!」
そんなやり取りをしながら、俺は座敷へ向かった。
シュウは、すっかり眠っていた。
「……お疲れさん」
そっと毛布をかける。
……今年も、よく頑張ってくれたな。
来年も頼むぞ、弟よ。
そう思いながら立ち上がると――
「……あぁ、そうじゃった!」
背後から福ちゃんの声がした。
「ん?」
振り返ると、福ちゃんが鞄をごそごそと探っている。
「どうした、福ちゃん?」
「いやぁ、危うく忘れるところじゃったわい」
「忘れ物?」
「ほっほっほ。まぁ、そんなところじゃ」
福ちゃんは、ようやく目当てのものを見つけたらしい。
「……よいしょっと」
鞄から取り出したのは、一つの白い箱だった。
ティッシュ箱ほどの大きさ。
どこか高級感のある、綺麗な箱。
「……なんだ、それ?」
福ちゃんは、にかっと笑った。
「シンさん。今年も一年、ありがとうなぁ」
「……へ?」
「こんな老いぼれの相手をしてくれて……ほんに、ありがたいことじゃ」
「なんだよ、改まって」
「ほっほっほ。まぁ、受け取ってくれんか。ほんの気持ちじゃ」
そう言って、箱を差し出してくる。
「……俺に?」
「そうじゃ」
「いやいや! 別に礼なんか――」
「ええけん、ええけん」
福ちゃんは半ば強引に、俺の手へ箱を押しつけた。
「……ったく、しょうがねぇなぁ」
俺は苦笑いしながら、箱へ目を落とした。
そして――
「…………え?」
息が止まった。
箱の表面。
そこには、見覚えのある二文字が記されていた。
【御子】
「…………」
……いや。
ちょっと待て。
「……御子?」
思わず、もう一度確かめる。
見間違いじゃない。
確かに、そう書いてある。
「……御子ォォォ!?」
俺の声に、店内がざわついた。
「おいおい、どうした!?」
「御子だって!?」
「マジかよ! どこで手に入れた?」
御子。
それは、半世紀ほど前に生まれた、小人型の自律アンドロイド。
家事を手伝い、子どもと遊び、時には年寄りの話し相手にもなる。
人と共に暮らす、もう一人の家族。
そんな存在だった。
……そして。
子どものころの俺にとっては、何よりの憧れだった。
テレビで御子の姿を見るたび、目を輝かせて。
玩具屋で御子の広告を見つけるたび、足を止めて。
何度も、何度も、親にねだったっけ。
『おとー! 御子買って!!』
『おかー! 俺も御子欲しい!!』
……いやぁ。
今思えば、とんでもないこと言ってたな。
だって、1体50万円だぞ?
50万円。
子どものおねだりで買える金額じゃねぇっての。
……おとー、おかー。
あのときは、本当にごめんな。
俺は店の神棚に向かって、そっと手を合わせた。
「……何しとるんじゃ?」
「いや、ちょっと昔の反省を……」
「ほっほっほ! 変なやつじゃのぅ!」
福ちゃんが笑う。
俺は改めて、手の中の箱を見つめた。
「……でも、福ちゃん」
「ん?」
「これ、本当に貰っていいのか?」
「もちろんじゃ」
「だって、御子だぞ!? こんな高そうなもん……」
すると、福ちゃんは少しだけ目を細めた。
「……わしが持っとっても、仕方ないからのぉ」
「……え?」
「それに、シンさんなら大事にしてくれるじゃろうしな」
「…………」
俺は箱へ目を落とした。
福ちゃんは、いつもの調子で笑った。
「これで、ツケの罪悪感も少しは減るわい!」
「……いや、ツケは山ほど残ってるけどな!?」
「ほっほっほ!」
「笑って誤魔化すなよ!」
店内に、また笑い声が広がる。
……ったく。
このじいさんは。
でも。
「……ありがとう、福ちゃん」
俺は箱を抱え直した。
「大事にするよ」
「……おう」
福ちゃんは短く答え、お猪口に口をつけた。
その顔は、いつもと変わらず穏やかだった。
……さて。
それよりも、だ。
俺はもう一度、手の中の箱を見た。
【御子】。
子どものころ、あれほど欲しかったものが。
今、俺の手の中にある。
騒がしかった店内の音が、少しずつ遠のいていく。
心臓が、やけにうるさい。
ドクン。
ドクン。
……やべぇ。
手が震えてきた。
「……福ちゃん!」
「ん?」
「さっそく開けてもいいか!?」
「ほっほっほ。もちろんじゃ!」
「よっしゃ!!」
俺は箱をテーブルへ置いた。
白い蓋に、そっと指をかける。
……どんな御子なんだろう。
どんな声で話すんだろう。
どんな顔で笑うんだろう。
期待と緊張で、胸が張り裂けそうだった。
そして――
俺は、ゆっくりと蓋を持ち上げた。




