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介護用御子、戦います ①

AM 5:00


「……これで……終わり……っと」


俺は店の入り口に、一枚の張り紙を貼りつけた。


『一月一日〜一月三日 正月休業』


……よし。


これでようやく、今年の営業も終了だ。


いや、もう年明けてるけどな。


「……つっかれたぁぁぁ」


大きく伸びをする。


身体が重い。


瞼も重い。


朝まで店を開けていたせいで、もうヘロヘロだ。


……まぁ、今日から正月休みだしな。


しばらくはダラダラして。


起きたら、ECO用の道具でも買いに行くか。


何が必要なのか、まだ全然分かんねぇけど。


「……へへっ」


昨日までは考えもしなかった買い物だ。


そう思うと、なんだか少し楽しくなってきた。


……さて。


俺もそろそろ寝るか。


そう思って店内を振り返り――


「…………」


足が止まった。


床には空き瓶。


テーブルには大量のグラス。


座敷には、酔いつぶれた常連たち。


そして、その真ん中には――


「んふふぅ……もう飲めないわぁ……♡」


一升瓶を抱きしめて眠る、みっちゃん。


「…………」


……いや。


まずは片付けだな。


***


AM 11:00


「ん〜〜♡ おいしぃぃ♡」


みっちゃんが、雑炊を幸せそうに頬張っていた。


「飲んだ翌日のまかない飯って、最高よねぇ♡ 五臓六腑に沁みわたるわぁ〜♡」


「……そりゃよかったな」


俺はシンクの前で、黙々と食器を洗っていた。


「シンちゃん、腕上げたじゃなぁい♡」


「そりゃどうも……」


昨夜の宴会で余った食材を使った、あり合わせの雑炊。


本当なら、俺もゆっくり食いたいところだ。


……だが。


目の前には、まだ山のような食器が残っている。


「……終わんねぇ」


思わず呟いた、そのとき。


カチャ。


カチャカチャ。


小さな音が聞こえた。


「……ん?」


振り返る。


すると、座敷の方からECOが歩いてきた。


自分の身体と変わらないほど大きな皿を、両手で抱えている。


その上には、空になったグラスがいくつも積まれていた。


「……お、おいおい!」


俺は慌てて手を拭いた。


「ECO! 大丈夫か!?」


『……何がでしょうか?』


「いや、それ! 重くねぇのか!?」


『問題ありません。重量は許容範囲内です』


「でも、無理して運ばなくてもいいんだぞ?」


すると、ECOはぴたりと足を止めた。


『……マスター』


「……ん?」


『お気遣いありがとうございます』


「お、おう」


『ですが、私たち御子は、人間の生活を支援するために設計されています』


ECOは抱えていた食器を、器用に作業台へ置いた。


『その役割を取り上げられてしまっては、私の存在意義が失われます』


「…………」


……お、おお。


なんか、すげぇ真面目なこと言われた。


みっちゃんも、雑炊を食べる手を止めている。


「……あらぁ」


一瞬の沈黙。


そして――


「……はぁい♡」


「……はいはい」


俺とみっちゃんは、顔を見合わせて苦笑した。


……まぁ、本人がそう言うなら。


「じゃあ、無理しない程度に頼むわ!」


『了解しました』


ECOは小さく頷き、再び座敷へ戻っていった。


その後ろ姿を見送りながら、俺は思った。


……頼もしいなぁ。


半世紀前の機体だっていうのに。


こんな小さな身体で、よく働くもんだ。


「……シンちゃん♡」


「ん?」


「ECOちゃんにばっかり働かせちゃ駄目よぉ♡」


「働かせてねぇよ! 俺もずっと洗ってんだろ!!」


「だって、シンちゃんサボり癖あるじゃなぁい♡」


「余計なお世話だ!!」


みっちゃんは楽しそうに笑いながら、また雑炊を頬張った。


……ったく。


***


PM 1:00


「……ふぅ」


ようやく、店の半分ほどが片付いた。


……半分。


6時間以上経って、まだ半分。


どんだけ散らかしたんだよ、あいつら。


「……兄?」


「ん?」


振り返ると、シュウが座敷から顔を出していた。


「……おはよう」


「おう! おはよう!」


シュウは少し申し訳なさそうに頭を下げた。


「……ごめん。寝坊してしまった」


「ん?」


「昨日は僕だけ先に休ませてもらったのに……片付けまで任せちゃって……」


「なーに言ってんだよ!」


俺は笑って手を振った。


「昨日は朝からずっと働いてたんだろ? 正月くらい、ゆっくり寝てろって!」


「……でも」


「いいからいいから!」


俺はシュウの肩を軽く叩いた。


「それより、このあと買い物に行こうと思ってんだけどさ」


「……買い物?」


「おう! ECOの道具とか、いろいろ揃えてやりたくてな!」


俺はECOの方を見た。


「なぁ、ECO! 必要なもん、あとで教えてくれよ!」


『承知しました。必要な物品をリストアップします』


「頼んだ!」


俺はシュウへ向き直る。


「で、どうする? 一緒に行くか?」


シュウは少し考えてから、首を横に振った。


「……僕は残るよ」


「ん?」


「まだ片付けも終わってないし。兄たちで行ってきて」


「……そっか」


……まったく。


真面目な弟だ。


「じゃあ、頼むわ!」


「うん」


そんなやり取りをしていた、そのとき。


――ゴトンッ。


「……ん?」


妙な音がした。


続いて。


ポタ。


ポタ。


ポタ……。


「…………」


……なんだ?


音のする方へ目を向ける。


テーブルの上に置かれた鍋。


その中へ、天井から水滴が落ちていた。


「…………」


俺は、ゆっくりと顔を上げた。


天井には、見覚えのないシミ。


その中心から、ぽたり、ぽたりと水が落ちている。


「…………」


……いやいやいや。


ちょっと待て。


「おいおいおいおい!?」


シミが、じわじわと広がっていく。


「正月早々、雨漏りかよォォォ!?」


俺の悲鳴が店内に響いた。


「みっちゃん! 悪い! バケツ持ってきてくれ!」


「あらあらあら、わかったわ!」


「ECO! ほかにも漏れてる場所がないか確認してくれ!」


『了解しました』


慌てて鍋をどかし、バケツを置く。


……だが。


ポタ。


ポタ。


ポタ……。


水滴は、止まらない。


「……マジかよ」


俺は天井を見上げた。


この店も、だいぶ古くなってきたからなぁ。


多少のガタは覚悟してたけど……。


まさか、元日からとは。


「……修理、いくらかかるんだ?」


俺はスマホを取り出し、修繕業者のサイトを開いた。


屋根の補修。


雨漏り修理。


老朽化による全面改修。


いくつかの施工事例を見比べて――


「…………え?」


目が止まった。


【大規模な屋根修繕:300万円〜】


「……さんびゃく?」


もう一度、画面を見る。


「……300!?」


思わず声が裏返った。


「さ、300万って……!」


いやいやいや!


ただでさえ生活ギリギリなのに!?


正月休みどころじゃねぇぞ、これ!!


『……マスター』


「……ん?」


ECOが、天井を見上げながら告げる。


『建物の老朽化が進行している可能性があります』


「……だろうな」


『放置すれば、屋根だけでなく建物全体に被害が及ぶおそれがあります』


「……うっ」


『つまり、この店舗は経営悪化による閉店か、老朽化による倒壊か、二つの危機に直面していると考えられます』


「…………」


……容赦ねぇなぁ、この子。


「もうちょっと言い方ってもんがあるだろ……」


『事実をお伝えしたまでですが』


「そういうとこだよ!!」


……くそぉ。


どうすんだよ、これ。


俺は頭を抱えた。


そのときだった。


「……おい、シンさん!」


「……あ?」


座敷の方から声がした。


資さんだ。


いつの間にか、朝刊を広げている。


「ちょっとこれ見てみろよ!」


「……なんだよ。今それどころじゃ――」


「いいから!」


資さんが新聞を突き出してきた。


「ほら、これ!」


「……ん?」


紙面には、大きな見出しが躍っていた。


【年末御子大神楽 大和、堂々の二連覇!】


その下には、優勝者らしき人と御子の写真。


「……大神楽?」


俺は首を傾げた。


……ああ。


そういや、そんな大会があったな。


御子同士を戦わせる、あの対戦競技。


確か、神楽って言ったっけ。


昔はニュースでもよく見かけたけど……。


「それがどうしたんだよ?」


「ここ! ここ見ろって!」


資さんが、記事の端を指さす。


そこには、小さな文字が記されていた。


【優勝賞金 一億円】


「…………」


……ん?


いちおく?


「…………」


もう一度、見る。


【一億円】


「…………」


……いや。


待て待て。


「い……」


声が震えた。


「いちおくえぇぇぇぇん!?」


店内に、俺の絶叫が響き渡った。


「おいおい! 一億だぞ、一億!」


「屋根どころか、店まるごと建て直せるじゃねぇか!」


「シンさん! ECOちゃんがいるだろ!」


「そうだそうだ! 出てみろよ!」


常連たちが、一斉に騒ぎ始める。


「おいおい! 待てって!」


俺は慌てて手を振った。


「いくらなんでも、いきなり優勝なんて――」


「やってみなきゃ分かんねぇだろ!」


「そうだそうだ!」


「一億円だぞ!」


……いや。


そりゃ魅力的だけどさ。


一億円。


確かに、それだけあれば……。


店の修理どころか、シュウにも、みんなにも、もっと楽をさせてやれるかもしれない。


……でも。


俺は、ECOを見た。


小さな身体。


銀色の髪。


つい数時間前に、初めて動き出したばかりの御子。


……この子を、戦わせる?


そのとき。


「……シンさん」


福ちゃんが、静かに口を開いた。


「……ん?」


いつも笑っている福ちゃんが、珍しく真面目な顔をしていた。


「……それは、やめといた方がええ」


「……福ちゃん?」


「御子同士の戦いは、遊びじゃなか」


店内が、少し静かになる。


「ましてや、その子は半世紀も前の機体じゃろう?」


「……ああ」


「今の御子とは、性能も違う。戦い方も違う」


福ちゃんは、ECOへ目を向けた。


「……一方的に傷つくかもしれん」


「…………」


「シンさん。昨日、家族が増えたって喜んどったじゃろ?」


「……ああ」


「……家族が傷つく姿を、わしは見たくなかよ」


「…………」


俺は、何も言えなかった。


さっきまで騒いでいた常連たちも、黙り込んでいる。


……そうだよな。


一億円。


そりゃ欲しい。


喉から手が出るほど欲しい。


でも……。


俺は、もう一度ECOを見た。


「……なぁ、ECO」


『はい、マスター』


「お前……神楽って知ってるか?」


『はい。御子同士による対戦競技として認識しています』


「……そっか」


俺は少し迷ってから、尋ねた。


「……戦えるのか?」


『戦闘用データは保存されています』


「……マジか!?」


『ただし、半世紀以上前のものですが』


「……ああ、うん」


……だよな。


俺は頭をかいた。


「……なぁ、ECO」


『はい』


「お前は……出たいか?」


『…………』


ECOは、ほんの少し首を傾げた。


『……いいえ』


「…………」


……そっか。


そうだよな。


「……分かった」


俺は頷いた。


「じゃあ――」


『ですが』


「……ん?」


『現在の経営状況を考慮した場合、賞金獲得を目的とした大会参加は、検討すべき選択肢の一つです』


「……え?」


『私は御子です。マスターの生活を支援することが、基本的な役割です』


「…………」


『そのために戦闘機能を使用する必要があるのであれば、対応可能です』


……こいつ。


本当に、真面目だな。


俺はECOを見つめた。


「……でも、痛い思いするかもしれねぇぞ?」


『損傷の可能性はあります』


「……負けるかもしれねぇ」


『その可能性は高いと推測されます』


「……それでも?」


『マスターが必要と判断されるのであれば』


「…………」


俺は、深く息を吐いた。


……そうか。


こいつは、俺たちを助けようとしてくれてるんだな。


まだ出会って、半日も経ってねぇのに。


……だったら。


俺も、ちゃんと考えなきゃな。


「……分かった」


俺は顔を上げた。


「ただし!」


『……はい?』


「無理はさせねぇ! 危ねぇと思ったら、すぐやめる!」


『……承知しました』


「それから!」


俺は、常連たちを見渡した。


「一億円なんて、いきなり取れると思ってねぇからな!」


「……おう?」


「まずは一回! 試してみる!」


そう言って、俺は拳を握りしめた。


「やってみなきゃ、何も分かんねぇだろ!!」


一瞬の静寂。


そして――


「……へへっ」


俺は笑った。


「守りてぇもんがあるんだ」


店を見渡す。


古びた柱。


傷だらけのカウンター。


破れたふすま。


酔っ払いだらけの座敷。


……どうしようもねぇ店だ。


でも。


ここには、みんながいる。


「笑って過ごせる場所があるんだよ!」


俺は拳を突き上げた。


「だったら――」


大きく息を吸い込む。


「やれるだけやってやろうじゃねぇかァァァ!!」


「「「おおおおおっ!!!」」」


常連たちが歓声を上げる。


「よっしゃ! シンさん!」


「貧乏魂、見せてやれ!」


「そうだそうだ!」


「かんぱぁぁぁい!!」


「いや、まだ何も勝ってねぇだろ!!」


店内が笑いに包まれる。


福ちゃんも、困ったように笑っていた。


「……まったく、しょうがなか男じゃのぅ」


「へへっ!」


……よし。


そうと決まれば。


俺はECOへ向き直った。


「なぁ、ECO!」


『はい、マスター』


「ちなみにさ……」


『はい』


「お前、どんな武器が使えるんだ?」


『…………』


ECOは少し考えた。


『遠距離武装には対応していません』


「……え?」


『現在、使用可能な射撃武器はありません』


「……そ、そうか」


……まぁ、古い機体だしな。


「じゃあ、近接戦闘は?」


『平均的です』


「……おう」


「防御は?」


『平均的です』


「…………」


……ん?


なんか、嫌な予感がしてきたぞ。


「……なぁ、ECO」


『はい』


「じゃあ、お前……何が得意なんだ?」


『…………』


ECOが、しばらく考え込む。


そして。


『……介護でしょうか』


「…………」


店内が静まり返った。


「…………」


「…………」


そして――


「「「やめとけェェェェ!!!」」」


新年早々。


居酒屋『深夜の世界』に、絶叫が響き渡った。

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