甘い怪物 ③
「……ごめんね☆」
『落ち着きましたか?』
「うん♡」
『…………』
「じゃあ――」
シュガー☆が刀を構える。
「続き、しよっか♡」
だが――
「…………」
その視線は、ECOではなかった。
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃ。
『…………?』
ECOが視線を辿る。
その先にあるのは――
ECOが握る【空】。
「ねぇねぇ、ECOちゃん♡」
『はい』
「その武器――初めて見るよ♡」
『【空】ですか?』
「うん♡」
シュガー☆の瞳が、キラキラと輝く。
「欲しい♡」
『…………え?』
「シュガー☆が勝ったら、それ頂戴♡」
シンがニヤリとする。
「え~~?いやさぁ~、この武器、限定物なんだよなぁ~」
「え!そうなの?もっと欲しくなっちゃった♡」
「世界に一本しかないんだよなぁ~」
「いいな☆いいな☆」
「ん~~、どうしよっかなぁ~~?」
『マスター、楽しんでいませんか?』
「気のせい、気のせい」
「じゃあじゃあ♡」
シュガー☆がぴょんっと跳ねる。
「シュガー☆と賭けをしようよ♡」
『賭け……何をですか?』
「ん~~~~とねぇ☆」
人差し指を頬に当てる。
少し考えて――
「あ♡」
ぱんっ。
何かを思いついたように、手を叩いた。
「10分♡」
「…10分?」
「うん♡」
シュガー☆は満面の笑みを浮かべる。
「10分経っても――ECOちゃんが立ってたら」
にこっ♡
「シュガー☆の負け♡」
「…………」
『…………』
「シュガー☆、降参するね☆」
ざわっ――。
会場が、どよめいた。
『シュガー☆選手、自ら時間制限を設けたァァァ!!』
だが――
「…………!」
シンの口角が上がる。
来た。
来た来た来た。――好条件!!
「つまり……」
シンが確認する。
「ECOは君を倒さなくてもいいって事だよな?」
「うん♡そうだよ♡」
「よっしゃ――」
「でも♡」
「…………ん?」
シュガー☆が首を傾げる。
「逃げ回るのは、なしだよ♡その時はビターになっちゃうからね♡」
「……………まあ、そりゃそうだよな」
シンはECOを見る。
『マスターどうしますか?』
「ECOの好きにしていいぞ!」
ECOが小さく頷く。
『了解です』
そして――承諾。
シュガー☆を見る。
シュガー☆は嬉しそうに。
本当に――嬉しそうに。
刀を構えていた。
「いっぱい――」
腰を落とす。
「遊ぼうね♡」
ぞくっ――。
「…………」
その瞬間。
なぜだろう。
シンの背筋に――冷たいものが走った。
甲級十二位。【甘い怪物】。
近接戦闘だけで、ここまで登ってきた御子。
そんな怪物と――逃げずに、真正面から。
10分間。
「…………ECO」
『はい』
「これ……」
シンの頬から、一筋の汗が流れた。
「10分間頑張れるよな?」
『…………』
ECOは【空】を握り直した。
『努力します』
「そこは『大丈夫です』って言って?!」
「きーまり☆ それじゃあ~」
シュガー☆が人差し指を立てる。
「スタート☆」
ぱちんっ♡
指を鳴らした。
「ねぇ、ECOちゃん♡」
シュガー☆が両手を広げる。
「もっと――シュガー☆のこと、知ってほしいんだ☆」
『…………?』
その瞬間。
上空の空間が――歪んだ。
一本。
二本。
十本。
百本――。
沢山。
刀。
槍。
大剣。
薙刀。
ありとあらゆる近接武器が、次々と姿を現す。
そして――
シュガー☆の武器は天井を埋め尽くした。
『で、でたァァァァァァァァ!?』
実況が絶叫する。
『【レイン】だァァァァァァ!!!』
「…………」
シンが、ゆっくりと上空を見上げる。
天井が――見えない。
見渡す限り。
刃。
刃。
刃。
「…………おい」
さらに増える。
「おいおいおいおい???」
「だってぇ♡」
シュガー☆は満面の笑みで、両腕を広げた。
「シュガー☆――ECOちゃんには」
にこっ♡
「全部、受け止めてほしいな♡」
『…………』
そして――
ぱちんっ♡
再び。
指が鳴る。
「――【キャンディ☆レイン】♡」
刹那。
空を埋め尽くしていた刃が――落ちた。
一本ではない。
十本でもない。
刀が。
槍が。
大剣が。
薙刀が。
無数の刃が――
雨となってECOへ降り注ぐ。
その中心で。
シュガー☆は、幸せそうに笑っていた。
「シュガー☆の全部――」
両手を広げる。
「受け止めて♡」
「愛が重てぇぇぇぇぇぇッ!!」
刃の雨が――降り注ぐ。
その中を。
シュガー☆は――走っていた。
「ECOちゃぁぁぁん♡」
『――!』
上空から降り注ぐ刀。
槍。
大剣。
そのすべてを――気にも留めない。
まるで。
どこに、何が落ちてくるのか。
最初から知っているかのように。
シュガー☆は刃の雨を駆け抜ける。
そして――
ガシッ!!
道中。
落下してきた一本の刀を、掴んだ。
「みーつけた♡」
そのまま――踏み込む。
ガキィィィンッ!!
『――ッ!』
ECOが【空】で受け止める。
その頭上から――
さらに槍。
『…………!』
首を傾ける。
ヒュンッ!!
頬すれすれを、槍が通過。
「よそ見しちゃ――」
シュガー☆が笑う。
「ダメだよ♡」
横薙ぎ。
『――!』
ガキンッ!!
防ぐ。
だが――
上から、刀。
右から、シュガー☆。
さらに上から、大剣。
『……これは』
防ぐ。
躱す。
弾く。
防ぐ――!
『非常に――厄介ですね』
「楽しいねぇぇぇ♡」
刀が落ちる。
ECOは――それを見た。
『…………』
ガシッ!!
左手で掴む。
「……♡」
右手――【空】。
左手――シュガー☆の刀。
二刀。
『これなら――』
ECOが踏み込む。
ガガガガガキィィンッ!!
一刀で――雨を払う。
もう一刀で――シュガー☆を受ける。
「…………♡」
シュガー☆の瞳が輝いた。
「それ♡」
ガキンッ!!
「それそれ♡」
ガキィンッ!!
「シュガー☆の武器――使ってくれるんだぁ♡」
『使えるものは使います』
「しゅきぃぃぃ♡」
さらに――加速する。
刀を弾く。
槍を躱す。
シュガー☆を受ける。
大剣を払う。
刀。
槍。
斬撃。
斬撃。
斬撃――!
絶え間なく続く攻防。
「…………」
シンは息を呑んで、その光景を見つめていた。
長い。
あまりにも――長い。
「……でも」
シンが時計を見る。
「これだけやり合ったんだ」
体感では――
もう五分近い。
「半分くらいは――」
《残り時間 09:30》
「…………」
シンは時計を見る。
もう一度見る。
「…………は?」
《09:28》
「まだ三十秒しか経ってねぇの!?」
その声に――
シュガー☆も、ちらりと時計を見る。
「え!? もう九分半しかないの?」
「…………は?」
シュガー☆の顔が、露骨に曇る。
「しんど~い……しょんぼり~」
「いや、情緒不安定ぇぇぇぇぇ!!!」
ガキィィィンッ!!
ECOが斬撃を受け止める。
シュガー☆は頬を膨らませた。
「もっと遊びたいのにぃ♡」
そして――
ぱぁっ♡
「じゃあ延長する?♡」
「…………」
シンは一瞬、言葉に詰まった。
ここで断ったら――
ビター。
そんな予感がした。
「…………いや」
シュガー☆の眉が、僅かに下がる。
「後日な!」
「…………!」
ぱぁぁぁぁぁぁぁっ♡
「ほんとぉ!?」
「お、おう!」
「約束だよ♡」
「分かった分かった!」
「絶対だよ♡♡♡」
「分かったって!!」
シュガー☆は嬉しそうに笑う。
「じゃあ今日は――」
落下してきた大剣を掴み取った。
「10分で我慢するね♡」
「その言い方だと10分が短く聞こえるんだよ!!」
ズガァァァァンッ!!
『マスター』
「なんだ!?」
『今の約束、忘れないでくださいね』
「え?」
『私は覚えていますので』
「なんでECOまで念押しすんの!?」
「シュガー☆も覚えてるよぉ♡」
「知ってるよ!!」
『マスター』
「もう、なんだよ!?」
ECOは降り注ぐ槍を弾きながら――淡々と答えた。
『会話をしている暇があるなら、策でも考えてください。』
「ごめんなさい!!……いや、理不尽だろ!?」
刀を弾く。
槍を躱す。
時には降り注ぐ大剣を掴み――盾代わりに構える。
ガガガガガガガガッ!!
「くっ……!」
刃の雨を、大剣が受け止める。
一本。
十本。
数えることすら――とうにやめた。
そして。
シュガー☆が来る。
「ECOちゃぁぁぁん♡」
ガキィィィンッ!! 鈍い音が響く。
大剣で受ける。
重い。
ECOの足が、地面を滑った。
『――ッ』
それでも。
倒れない。
拾う。
防ぐ。
捨てる。
また拾う。
斬る。
弾く。
受ける。
ただひたすら――
耐え続けた。
どれだけ経ったのか。
もう誰にも分からない。
ただ一つ。
大型モニターに表示された数字だけが――
その終わりを告げ始めていた。
《01:00》
ピッ。
《00:59》
『さぁさぁ!!残り1分を切ったぞぉぉぉ!!!』
ドッ――!!
会場が揺れた。
「あと1分!!」
シンが叫ぶ。
「ECO!! あと1分だ!!」
『……はい』
荒い呼吸。
傷だらけの外装。
それでも【空】を握る手は――離さない。
「…………」
そして。
シュガー☆も――時計を見た。
《00:57》
「…………え?」
あれほど楽しそうだった笑顔が――
ほんの少しだけ、曇った。
「もう……?」
《00:55》
「…………」
シュガー☆はECOを見る。
ボロボロだった。
それでも。
立っている。
まだ――遊んでくれる。
「…………やだ」
『?』
シュガー☆が刀を握り直す。
「まだ――」
《00:50》
笑う。
だけど。
その笑顔には初めて――焦りが混じっていた。
「終わらせたくない……」
ゾクッ――。
「……ECO」
『はい』
シンにも分かった。
ここからだ。
「たぶん――」
シュガー☆が腰を落とす。
「もっとヤバくなるぞ」
『…………』
ECOも【空】を構え直した。
『でしょうね』
ECOは考えていた。
どう防ぐか。どう耐えるか。
そして――
どうすれば、シュガー☆に一撃を届かせられるか。
「ねぇ、ECOちゃん!」
シュガー☆が刀を振るう。
ガキンッ!!
ECOが受け止める。顔と顔が近づく。
シュガー☆は――
心の底から楽しそうに笑っていた。
「楽しいね! ECOちゃん!」
『…………』
ECOは――
少し考えた。【楽しい】その言葉が。
今までの神楽と、すぐには結びつかなかった。
負けて
また負けて
何度も倒されて。
マスターの指示を受け。勝つために戦ってきた。
けれど――
今は違う。
一方的に攻撃されているわけではない。
マスターからの援護もない。
次にどの武器を掴むのか。どう受けるのか。
どこから攻めるのか。
すべて――自分で決めている。
そして。
ここまで耐えた。
それどころか――自分から攻めることもできている。
『…………』
なぜだろう。それが――
少しだけ、心地良かった。
ECOは目の前のシュガー☆を見る。
いつまでも。
いつまでも。
飽きることなく――楽しそうに笑っている。
『…………なるほど』
「?」
『少しだけ――』
ECOが刀を握り直す。
『あなたの気持ちが、分かったかもしれません』
「…………!」
シュガー☆の瞳が――大きく開いた。
そして。
「――♡」
笑った。
今日一番なんてものではない。
今まで見せたどんな笑顔より――
嬉しそうに。
「やっぱりECOちゃん――」
刀を握る。
「怪物だぁ♡」
『それは理解できません』
「えぇ~なんでぇぇぇ♡」
そして――
《00:03》
『残り三秒ォォォォォォ!!』
「ECOォォォォォ!!」
シュガー☆が踏み込む。
もう笑っていた。
焦りも。
寂しさも。
全部――吹き飛んでいた。
ただ、目の前のECOだけを見て。
「最後まで――」
《00:02》
刀を振り上げる。
「遊ぼうね♡」
『――はい』
ECOも【空】を握る。
逃げない。
守らない。
最後くらいは――
自分から。
一歩。
前へ。
《00:01》
二人の刃が――
交差した。
ガキィィィィィィンッ!!
「――!」
『――!』
【空】が宙を舞う。
ECOの手から完全に弾き飛ばされ――
カァンッ!!
遠く離れた地面へ突き刺さった。
そして。
《00:00》
ブゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!!
ブザーが鳴り響く。
「…………」
『…………』
静寂。
終わった。
十分間。
ECOは――
立っていた。
『じゅ……十分間!!』
実況の声が震える。
『耐え切ったァァァァァァァァ!!!』
ドッ――!!
会場が爆発した。
「っしゃああああああああ!!」
シンが拳を突き上げる。
「ECOォォォォォ!!」
『…………はい』
満身創痍。
【空】さえ、その手にはない。
それでも――
ECOは立っていた。
「…………」
一方。
シュガー☆は動かない。
俯いたまま――
自分のドレスを見ていた。
「……シュガー☆?」
ひらり。
裂けた布が――僅かに揺れる。
そこには。
今までなかった――
新しい、一筋の傷。
最後の交差。
【空】を弾き飛ばした、その瞬間。
ECOの刃もまた――
確かに届いていた。
「…………♡」
シュガー☆が、その傷へそっと触れる。
「…………えへ♡」
嬉しそうに。
本当に――嬉しそうに笑った。
「ECOちゃんからの――」
ぎゅっ。
その傷を、大切そうに握る。
「プレゼントだ♡」
『…………』
シュガー☆は顔を上げる。
勝負に負けた御子とは思えないほど――
満ち足りた笑顔だった。
「楽しかったぁ♡」
そして。
両手を――上げる。
「約束だからね☆」
にこっ♡
「シュガー☆の――負け♡」
ブゥゥゥゥゥゥ――――ッ!!
『決着ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!』
『師走萬神楽――優勝は!!【ガラクタのECO】ォォォォォォォォ!!!』




