第1話 仮初めの盤石
同日の防衛時間。
BKOに、珍しく攻め入るタイトルがあった。
その背景には、四獣王の1人だったコースケの脱落がある。
ほぼチャンスはないとしても、主力の一角が落ちたのは、他のタイトルにとって明るい材料だった。
攻め込んだタイトルも中々に強力なところだったので、観戦者たちも「もしかして」と言う思いを持っていたらしい。
ところが――
「やぁッ!」
裂帛の気迫を込めたミントが、強烈な回し蹴りを相手プレイヤーの胴に叩き込む。
BKOプレイヤーは全員が獣人であり、基本的には体術が多い。
馬族のミントも例に漏れず、蹴り技が得意だ。
そして、魔法のような特殊な力を持たない代わりに、突出した身体能力を誇る。
1人を脱落させたミントは止まることなく、凄まじい速度で森を駆けて、次なる獲物を狙った。
前蹴り、後ろ蹴り、足刀、回し蹴り、裏回し蹴り、踵落とし。
長い脚を巧みに操って、怒涛の蹴撃をお見舞いしている。
無論、相手もやられっ放しではなく、反撃はしていた。
しかし、ミントは腕を守りに費やしており、まともに攻撃を受けていない。
また、多少被弾しても構うことなく、何倍返しにもしている。
まるで雪夜以上の狂戦士のようだが、今までの彼女はこのような戦法ではなかった。
むしろ、仲間たちを後方から援護する役割で、先陣を切るタイプではない。
そんなミントを同族や他の仲間たちは頼もしく感じ、一気呵成に敵を殲滅しようとしている。
だが、その一方で、懸念を抱いている者がいた。
「危ういな……」
ミントを見つめて、ポツリと呟く白太。
彼の目から見て、今のミントは非常に情緒不安定。
理由ははっきりしていて、仲の良かったコースケが脱落したから。
仇を討つべくミントは戦意を燃やしており、その気持ちを前面に押し出している。
それが続いているうちは、まだ大丈夫かもしれないが、白太はミントの緊張の糸が切れたときを思って、険しい表情を浮かべた。
彼にとってミントは、単なるゲーム仲間に過ぎない。
それでも、多少なりとも情は湧いており、コースケから託されたこともあって、心配を募らせている。
だからと言って出来ることもなく、今は見守るのみだ。
小さく嘆息した白太が戦場に意識を戻した瞬間、木の陰から飛び出て来た相手プレイヤーが、巨大なハンマーを振り下ろす。
かなりの威力を誇っており、まともに受ければ白太であっても、ただでは済まなかったかもしれない。
もっとも、そう易々と倒せる者が、4大タイトルの看板を背負っている訳はないが。
「ぬん……!」
力強く掲げた左手でハンマーを受け止め――握り潰す。
馬鹿げた力に相手プレイヤーは絶句し、そこに襲い掛かる必殺の一撃。
振り抜かれた白太の右拳が顔面を捉え、木々を薙ぎ倒しながら後方に吹き飛ばした。
白太の異名は守護王だが、守り方は極めて攻撃的だと言える。
圧倒的な実力を誇る白太に、敵は勿論のこと、味方までも畏怖していた。
それからもミントと白太が中心となり、次々と撃退して行く。
結局、攻め込んだタイトルは拠点に辿り着くことも出来ず、散り散りになって逃げ去った。
BKOのフィールドはほとんどが大森林の為、隠れる場所は多数ある。
それゆえに警戒の必要はあるとは言え、それは四獣王の仕事ではない。
戦闘態勢を解いた白太は、尚も殺気立っているミントに向かって、平坦な声を掛けた。
「ミント、ここまでだ。 俺たちは引き上げるぞ」
「……わかりました」
ミントは何かを言いたそうだったが、最終的には言うことを聞いた。
自然体に戻ったミントは踵を返し、足早に拠点を目指す。
その背中は以前のような猫背ではなく、真っ直ぐに伸びていた。
しかし白太は、それが決して良い傾向だとは思えない。
事実としてミントの表情は暗く、瞳に怪しい光が灯って見える。
復讐に囚われた彼女を憂いつつ、白太もあとに続いた。
拠点である集落に戻った2人は、そのまま奥の洞窟へと入って行く。
すると、何やら喧しい声が聞こえて来る。
「郡山! 貴女はどうして、そう愚図なんですか!?」
『ひぃ! も、申し訳ありません、ナーガ様!』
「それは何に対する謝罪なんですか!?」
『え、えぇと……それは、その……』
「ふん! 取り敢えず謝れば済むとでも思われていたとは、心外ですわね!」
『い、いえ、決してそのようなつもりは!』
「わたくしに口答えするんじゃありません!」
『ひ! も、申し訳ありません!』
ウィンドウ内でひたすら頭を下げる郡山に、罵声を浴びせ続けるナーガ。
断っておくと、郡山は別に何も悪いことはしていない。
ただ単に、ナーガが彼女をいびっているだけだ。
これは今日に限った光景ではなく、BKOでは日常の一コマである。
それゆえに白太は特に反応せず、いつもはオロオロするミントも、今は構う余裕がない。
暫くはそのまま時間が経過したが、ようやくしてナーガが口を止めたのを見計らって、白太が言葉を放り込んだ。
「防衛は終わった。 他の連中に警戒を続けさせているが、問題ないだろう」
「そうですか、ご苦労ですわ。 精々、次もわたしの為に働いて下さい」
「お前の為に戦ったことなど、1度もない。 防衛時間が過ぎるまでは残るが、終わったらすぐに落ちる。 お前も、運営を苛めはほどほどにするんだな」
「うるさいですわ! わたくしに、指図しないで下さい!」
報告を済ませた白太は、洞窟をあとにするべく外に向かう。
彼の背中をナーガは睨んでいたが、気にした素振りはない。
ミントもナーガに軽く会釈してから洞窟を出て、独りになれる場所を探した。
郡山と2人になったナーガは苛立ち、またしても怒声を叩き付ける。
「まったく、本当にあの男は! 腹が立って仕方ありませんわ! 郡山、貴女もそう思うでしょう!?」
『そ、そうですね……』
「何ですか、その気のない返事は!? わたくしを、馬鹿にしてるんですか!?」
『め、滅相もありません!』
「だいたい、貴女はいつも――」
その後もナーガの口は止まることなく、22時を回ってログアウトするまで続いた。
ようやく口撃が止んだ洞窟内で、1人残った郡山は俯き気味に佇んでいたが――
『あぁ、もう! 何なのよあの女! ただの廃課金者じゃない! ムカつくムカつくムカつくッ!』
髪を両手でグシャグシャとしながら、喚き散らす。
当然と言えば当然かもしれないが、彼女も相当溜まっているようだ。
それでも上司との板挟みに遭っている郡山は、従うしかない。
どれだけ理不尽なことを言われようとも。
こうしてBKOは盤石の守りを固めながら、内情は纏まりの欠片もなかった。




