第2話 夢と家族
見るからに年季の入った、ボロボロのアパート。
間取りで言えば一応2DKあるものの、それぞれの部屋は狭い。
そんな2部屋のふすまが、ほぼ同時に開いた。
片方は、音を立てるほど勢い良く。
もう片方は、静かに。
騒々しく出て来たのは、髪をピンク色に染めたショートカットの少女で、身長は160cm台半ば。
右耳にピアスを付けており、どことなく不機嫌そうにしながら、ガムを取り出して口に放り込む。
もう1つの部屋から出て来たのは、金髪のショートカットの少年で、身長は少女より少し高い程度。
左耳にピアスを付けており、溜息をつきながらガムを取り出して噛み始めた。
クチャクチャと言う音が聞こえる中、両者はダイニングテーブルに着いてスマートフォンを見やる。
しばし無言の時間が続いたが、ピンク髪の少女が苛立たし気に口を開いた。
「もう、今日も何の連絡もないじゃん。 最悪」
「仕方ないだろう、二乃? そう簡単に行けば、誰も苦労しないさ」
「一臣、なんでそんなに落ち着いてられんの? THOがなくなったら、あたしたち生活出来なくなるんだよ?」
「だからって、焦ったところで良いことないよ。 それに、俺たちが音楽をやってるのは、金の為だけじゃないだろう?」
「そうだけどさ……。 いつかは、メジャーデビューしたいじゃん?」
「勿論だ。 だからこそ今は、良い曲を作って練習もして、THOが勝てるように頑張るしかない」
不満そうにガムで風船を膨らませる、ピンク髪の少女、桜葉二乃。
机に頬杖を突いて、そんな彼女に苦笑する、金髪の少年、桜葉一臣。
双子の兄妹だ。
彼女たちの会話からわかるように、2人はTHOをプレイしており、しかもTETRAに所属している。
二乃がNicoleで、一臣がEden。
両親を早くに亡くし、親戚をたらい回しにされた結果、2人で生きて行く道を選んだ。
THOの賞金で生活費を稼ぎつつ、デュエットを組んで音楽活動に励んでいる。
実力はかなり高いが、それだけでは売れないのが音楽業界。
イライラを誤魔化すように、足をぶらぶらさせている二乃に、一臣はゆっくりと言葉を紡いだ。
「ZenithとEvolも言ってたけど、CBOへの侵攻が勝負だよ。 今は大人しくしておいて、そこで大暴れしてやろう」
「ストレス溜まるけど、仕方ないわね……。 全力でぶっ放してやるわよ」
「その意気だ。 さぁ、そろそろ練習の時間だね。 スタジオに行くよ」
「オッケー。 気分転換も兼ねて、思い切り歌っちゃうんだから!」
「それは良いけど、雑にならないようにね。 あと、ギターを疎かにしたら駄目だよ」
「わかってるわよ! ほら、サッサと用意して!」
急激にテンションを高めた二乃が部屋に戻り、外出準備を始める。
気分屋な双子の妹を持て余しつつ、一臣も悪い気はしておらず、大人しく自室へ戻った。
こうして彼女たちは、今日も夢に向かって邁進する。
現実に戻った白太は、むくりと身を起こしてベッドから下りた。
そして、テーブルに置いてあった黒縁メガネを掛ける。
外見は190cmを超える高身長ながら痩せていて、清潔そうな短髪とクールな容貌。
名を白戸蓮太郎と言い、それなりに有名なトリマーで、歳は30手前。
動物好きな性格から今の職業に就いたのだが、少々度が過ぎているかもしれない。
「あいつらは、どうしているだろう」
などと呟きながら蓮太郎が寝室を出ると、そこには多くの犬と猫がいた。
彼は自分のパーソナルスペースを最小限にして、家のほとんどを家族――ペットとは言わせない――に与えている。
全員の面倒を見るのは大変だが、蓮太郎にとっては苦ではない。
寝室から出て来た蓮太郎に犬と猫が擦り寄り、1つの巨大な塊のようになった。
1匹ずつ丁寧に撫でて、相手をする彼の顔には、極めて優しげな微笑が浮かんでいる。
ちなみに、この犬や猫たちは、元保護犬や元野良猫ばかり。
動物愛護の精神が人一倍強い蓮太郎は、度々引き取っており、その結果が今だ。
そんな彼を近所の人々は変わり者だと思っているが、実害は出ていないことで黙認している。
人間からは若干敬遠されがちな蓮太郎だが、本人は全く気にしていない。
それほど、彼の動物に対する愛情は深かった。
また、完全に孤立している訳でもない。
蓮太郎が家族とのひとときを楽しんでいると、インターフォンが鳴る。
時計の針は22時を回っているので、本来なら人が訪れるには遅い時間だ。
しかし、蓮太郎は躊躇うことなく玄関に向かい、家族たちとともに来客に応対する。
玄関のドアを開くと、そこには1人の若い女性が立っていた。
蓮太郎の向かいの家に住んでおり、名前は藤本優菜。
何やら2つのタッパーを重ねて持っており、ニコリと笑って口を開く。
「こんばんは、白戸さん。 ワンちゃんと猫ちゃんも、こんばんは」
「こんばんは。 今日も持って来てくれたのか?」
「はい。 作り過ぎたので」
「今日もか」
「今日もです」
「……わかった、頂こう。 昨日の容器を返すから、少し待っていてくれ」
「はい、わかりました」
ニコニコ笑う優菜に呆れながら、蓮太郎は家の中に戻った。
このやり取りは、ずっと前から続いている恒例行事である。
仕事から帰って家族の世話をするとなると、蓮太郎は自分の食事をする時間すらない。
そのことを知った優菜は、防衛が終わったあとにすぐ食べられるよう、毎日差し入れしているのだ。
料理を作り過ぎたからお裾分けしていると言う名目だが、蓮太郎はそうではないことを察している。
だからと言って指摘することはなく、有難く厚意を受け取っていた。
もっとも、流石にもらいっ放しは良くないと考えた彼は、用意していたものと洗っておいたタッパーを持って、玄関に向かう。
蓮太郎が何を持っているのかわからない優菜は、小首を傾げていた。
それに構わず彼はタッパーをまず返し、続いて小さな紙袋を手渡す。
優菜は反射的に受け取ったが、目をパチクリさせて蓮太郎に真意を尋ねた。
「えっと、これは?」
「職場でもらったんだが、俺は甘い物が苦手でな。 良ければ、受け取って欲しい」
「……有難うございます」
「もらいものだから、気にするな」
恥ずかしそうに俯く優菜に、蓮太郎はきっぱりと言い放った。
彼が渡したのは、チョコレート。
それも、かなり高級な。
優菜も蓮太郎がお返しとして用意してくれたことには気付いているが、敢えて気付かぬふりをしている。
そうして何とも甘酸っぱい空気が玄関に流れているのを、家族である犬と猫たちは見守っていたが、率先して蓮太郎が口火を切った。
「では、失礼する」
「あ……は、はい」
「何度も言っているが、無理に来なくて良いんだぞ?」
「無理はしてませんよ。 余ったら勿体ないから、お裾分けしてるだけです。 それに、この子たちにも会いたいですし」
「……そうか」
しゃがみ込んで、犬と猫たちを撫でる優菜。
家族たちも彼女に懐いており、その様子を眺めて蓮太郎は微笑んだ。
しかし、すぐに表情を引き締めて、力強く宣言する。
「もう暫くしたら、決着が付くはずだ。 そのときは、改めて礼をさせて欲しい」
「お礼をしてもらうようなことじゃないんですけど……。 でも、楽しみにしてますね」
苦笑を漏らした優菜は立ち上がり、軽く会釈をして帰って行った。
その背中を見送った蓮太郎はドアを閉め、タッパーが温かいことに今更気付く。
優菜の心遣いに内心で感謝しつつ、彼は食事の準備を始めた。




