第27話 50回
遠くから、轟音が鳴り響く。
今やMLOの本拠地は、戦場と化していた。
BKOのコースケとTHOのEvolが先頭となって攻めて来ており、モエモエと残ったMLOプレイヤーたちは必死に防衛している。
その一方で――
「先ほども言ったが、俺に構っている暇があるのか? モエモエを援護しに行かないと、本当にMLOが終わるかもしれないぞ?」
「うるさい! まずはお前を、すぐに落としてやる! 侵攻して来た連中は、そのあとだ!」
「俺としてもお前と戦うことに不満はないが、守るべきものの順番を間違えていないか?」
「黙れ! 僕に意見するな!」
「ふぅ……仕方ない。 そこまで言うなら、相手をしてやる」
雪夜の希望を言うなら、まずは侵攻して来た者たちを撃退し、その後にダリアと一騎打ちする――と言う感じだ。
もっとも、それが難しいことはわかっている。
もし先に防衛した場合、下手をすればダリアとモエモエ、多くのMLOプレイヤーが、一斉に襲って来るかもしれないからだ。
それゆえ、今回は退こうとも考えた雪夜だが、ダリアを相手に背中を見せるのは危険。
考えを纏めた彼は、本格的にダリアを仕留めることに決める。
ダリアが生み出す数多の重力場を、縫うようにして避けて接近した。
常人離れした雪夜の動きにダリアは歯噛みし、【イレイザー】で右脚を消滅させようとしたが――
「わかり易い」
「……!? クソッ!」
アイの視線が右脚に注がれるのを察知した雪夜が、体勢を変えて右脚を隠す。
たったの3秒。
見つめれば、勝負は決するはずだ。
いかに雪夜が強かろうが、左腕を失っている上に機動力まで奪われたら、どうしようもない。
しかし、その3秒が途轍もなく長かった。
観察力も尋常ではなく高い雪夜は、ダリアがどこを狙っているかを見破り、適切な対応を取り続けている。
自慢の古代魔法が通用しないことに、ダリアははらわたが煮えくり返る思いだが、思考を切り替えて狂笑を漏らした。
そんな彼を訝しく思いつつ、雪夜は重力場を回避しながら間合いを詰め、【瞬影】を繰り出す。
それと同時にダリアの姿が消え、雪夜の後方に離れて現れた。
この繰り返しで、雪夜はダリアの攻撃を受けないが、自身の攻撃を当てることも出来ていない。
完全な拮抗状態に陥っているようだが、実際は違う。
そのことをきちんと認識しているダリアは、雪夜に嘲笑を浴びせて言い放った。
「お前がどれだけ火力に振ってるか知らないけど、脳筋過ぎるな。 そんなデメリットを抱えてるなんて、愚かでしかないよ」
ダリアが見ているのは、雪夜のHPゲージ。
今も少しずつ減少しており、70%を下回ろうとしている。
これは『滅龍』のデメリットによるもので、隻腕である今の雪夜では、満足に納刀が出来ない。
更に、ダリアに攻撃が当たらない以上、回復する手段はアイテムを使うしかないが、その場合は【イレイザー】の餌食だ。
結果として雪夜は、タイムリミットのある戦いを強いられており、ダリアは逆に逃げ切るだけで勝てる。
圧倒的に不利な状況に置かれている雪夜だが、その顔には常の無表情を湛えていた。
それが強がりだと思ったダリアは笑みを深めたが、彼は鋭い言葉を発する。
「お前が本気を出すのは、いつぶりだ?」
「は? 覚えてないな。 ずっと、駒どもを使ってたからね」
「なるほど、通りで手応えがないはずだ」
「はぁ!?」
「お前には、人を纏めたり扇動する力はあるんだろう。 だが、プレイヤーとして見るなら、モエモエや他のペンタゴンの方が、よほど強力だと思う」
「ふざけるな! ペンタゴンのトップは僕だ! つまり、MLOのトップは僕なんだよ!」
「だから、それは別の能力だと言っている。 戦闘力に限って言えば、ガルフォードにも遠く及ばない」
「どこまでも見下しやがって……! 僕に勝てないからって、負け惜しみを言ってるだけだろ!?」
「俺がお前なら、最初の【イレイザー】で脚を狙った。 そうすれば、俺は逃げ帰るしかなかっただろう。 しかしお前は、2発目以降も当たると信じて疑わず、安易に腕を選んだ。 その辺りが、戦闘経験の少なさを物語っている」
「ぐ! う、うるさい! 普通なら当たるんだ! 今回が特殊なだけなんだよ!」
「常に最悪のケースを想定して動く。 そんなことは、基本中の基本だ。 それが出来ていないお前は、所詮それまでのプレイヤーだと言うことだ」
「黙れって言ってるだろ! 長々と話してるけど、今もお前のHPは減ってるんだぞ!? お前の方がよっぽど考えなしだろうが!」
「そうだな、つい話し込んでしまった。 サッサと終わらせよう」
「舐めやがって……! 【イレイザー】に頼るまでもない! ぶっ潰してやる!」
半狂乱に陥ったダリアが、それまで以上に激しく攻め立てる。
数え切れない重力場が雪夜を襲い、ろくに近付くことも出来ない。
【イレイザー】は相変わらずシャットアウトしているが、このままでは彼のHPが尽きるのが先だ。
そう確信したダリアは嗜虐的な笑みを浮かべたが、雪夜の表情は小動もしない。
そのことを不気味に思いつつ、ダリアは魔法を繰り出し続けていたが――
「良し、50回だ」
ポツリと呟く雪夜。
意味がわからなかったダリアが眉を顰めた瞬間、雪夜の体が淡く発光する。
アクティブスキル、【戦機到来】だ。
いきなり奥の手を出した雪夜にダリアは面食らったが、やるべきことに変化はない。
重力場の連打で彼を押し止め、デメリットでの自爆を誘う。
事実として雪夜のHPゲージは30%に迫ろうとしており、ダリアの戦法は間違っているとは言えなかった。
だが、雪夜はその上を行く。
「ふッ……!」
「……! ちッ!」
重力場を躱すと同時に【瞬影】を発動することで、一気にダリアとの距離を縮めた。
思わぬ急接近にダリアは焦ったが、すぐに空間を渡って雪夜の後ろを取り――
「なッ!?」
目と鼻の先に、雪夜が【瞬影】で迫っていた。
訳がわからないダリアは混乱しながら、もう1度転移しようとしたが、僅かに遅い。
被弾は免れないと察したダリアだが、それでも自身の勝ちは揺るがないと思っている。
何故なら、【瞬影】の威力が大したことないことを、事前の調査で知っていたからだ。
その見立ては正しいが、それはあくまでも一般的な知識に過ぎない。
振り抜かれた刀がダリアを真一文字に斬り裂き――HPゲージの8割が消し飛ぶ。
理解出来ない事態にダリアは絶句し、硬直していた。
そんな彼と至近距離で相対した雪夜は、刀を構えながら告げる。
「お前の言う通り、俺のビルドは火力特化だ。 更にスキルによる底上げ。 そして、進化した『影桜』の能力が組み合わさった結果が、これだ」
「う……あ……」
「だが、根本的な敗因はそこじゃない。 お前には、致命的な癖がある」
「癖、だと……?」
「相手の攻撃に合わせて空間転移する技術は高いが、必ず相手の背後を取ることだ。 確かに背後は最も隙が大きいが、それだけでは読まれてしまう。 今のようにな」
「ぐ! た、頼む、見逃してくれ! そ、そうだ! SCOを切って、僕たちと手を組まないか!? その方が、CBOにとっても有利に――」
ダリアが口に出来たのは、そこまでだった。
刀を振り切った雪夜によって首を断たれ、呆気なくHPゲージがゼロになる。
ダリアが脱落すると同時に、消滅していた雪夜の左腕が復活した。
なんとなく手を開いたり閉じたりして、感触を確かめる雪夜。
わかってはいたが、問題がないことを確認した彼は、小さく息をついて声を落とす。
「俺に裏切りを勧めるんじゃない」
吐き捨てた雪夜は刀を納刀し、回復薬を飲むことで、残り僅かになっていたHPを回復した。
これにて、今回の雪夜の仕事は終わったかに思われたが、彼は尚も響いて来る戦闘音を耳にして考え込む。
しかしその時間は短く、嘆息してから答えを出した。
「ダリアを始末した、俺にも責任はあるな……。 それに、ここでMLOが落ちるのは、あまり良い展開とは言えない」
誰にともなく呟いた雪夜が、全速力で駆け出す。
その足は、戦闘の中心部へと向かっていた。




