第26話 生き残る為に楽しむ
Aliceとネーヴェの間に、純粋な実力差はさほどなかった。
むしろ、Aliceの方がプレイヤースキルと言う面においては、上かもしれない。
しかし、相性は最悪。
魔法が主な戦法のMLOに対して、CBOの魔導士はあくまでも職業の1つに過ぎないのだ。
どうしても正面から魔法でぶつかれば、後手に回ってしまう。
実際、Aliceはネーヴェとリルの攻撃を捌くのに必死で、まともに反撃出来ていない。
それも完全には守り切れておらず、次第にAliceのHPゲージは危険域へと到達して行った。
だからと言って彼女が諦めることはなく、隙を見付けてはリルに【イグニス・フレア】をお見舞いしている。
1発1発は大きなダメージを与えられないが、何度も繰り返すことで、リルのHPゲージは半分を切っていた。
ところが――
「残念でした」
ネーヴェから柔らかな光が照射され、リルのHPを8割近くまで回復する。
それを見たAliceは目を丸くしたが、戦う意志は捨てていない。
とは言え、状況が悪化したのは事実。
ここまで戦ってわかったのは、ネーヴェの手札の多さが尋常ではないこと。
属性も魔法の種類も多種多様で、5種類のアーツしか持たないCBOの魔導士とは、雲泥の差だ。
何よりネーヴェは、Aliceに楽をさせない選択を取り続けている。
いくら手札が多くても使いこなせなければ意味はないが、ネーヴェに関しては見事な運用方法だと言わざるを得ない。
文字通り肌でそれを感じているAliceだが、彼女もまだ諦めてはいなかった。
無言で勝気な笑みを浮かべて、最早数え切れないほど繰り返した【イグニス・フレア】を、リルにぶつける。
やはり最短発動ではあまり威力が出せないが、動きの速いリルにはこれが精一杯。
そして、ダメージを蓄積させたところで、ネーヴェの回復魔法によって、努力が水泡に帰すのだ。
何度も同じことの繰り返しで、Aliceは遂に4つ目の回復薬を使う。
残りの回復薬が1つだと知っているネーヴェは、もう一息だと思いながら、あることが気になっていた。
「わたしを足止めして、向こうの決着が付くのを待っているのかしら?」
開始当初にSCOに大打撃を与えたとは言え、フレンはまだ健在で、軍勢同士の戦いもケーキの参戦によって押し返されつつある。
それゆえにネーヴェは、なるべく早くAliceを倒して戦線復帰したいと考えていたが、彼女の粘りを崩し切れずにいた。
だからこその問だったが――
「え? そんなつもりないよ? 言ったじゃない、貴女はわたしが倒すって」
「強がり……ではなさそうだけれど、この状況をどうやって引っ繰り返すつもりなのかしら」
「あはは、それは言えないね~。 でも、そろそろかな~」
「そろそろ……?」
「うん! 覚悟してね、ネーヴェちゃん? あたしの本気、見せてあげる!」
そう言って笑みを深めたAliceからは、闘気が幻視出来るほどのやる気を感じた。
ネーヴェは目を細め、これ以上長引かせるには危険だと判断する。
リルに指示を出し、Aliceの側面から噛み付かせた。
対するAliceは即座に反応し、攻防一体の【イグニス・フレア】を発動。
だが、その頃にはネーヴェが自身の魔法を完成させており、5本の光の槍をAliceの周囲から撃ち出した。
トドメを刺せるとまでは考えていなかったものの、ネーヴェの計算では多少なりともダメージを与えられる。
その計算自体は、間違っていなかったが――
「行くよ!」
「な……!?」
光の槍が自身に突き立つのに構わず、Aliceが前に出た。
HPゲージがゴッソリと削れたが、お構いなし。
思わぬ特攻に目を見開いたネーヴェは、咄嗟にリルを向かわせる。
Aliceの前方に回り込んだリルは、前足を高速で振り下ろした。
しかし、Aliceが止まることはなく、高く跳躍することでリルを飛び越えつつ、【イグニス・フレア】を放つ。
またしてもリルにダメージを与えたが、自身も爪による一撃を完全回避することは出来ず、更にHPが減少していた。
それでもAliceは愚直に走り続け、遂にネーヴェの眼前に辿り着く。
彼女の思惑が理解出来ないネーヴェは、困惑しながらも迎撃態勢を取った。
Aliceの影から黒い棘が生えて、彼女に殺到する。
今度こそ退けられると考えていたネーヴェだが、Aliceは強引に突っ切った。
それによって残りHPは2割にまで達しているものの、本人は会心の笑みを浮かべている。
特攻を通り越して自爆に思えたネーヴェだが、Aliceは間違いなく勝利への一手を打っていた。
「やぁッ!」
「……!? う……!」
Aliceが杖で、横殴りの一撃を繰り出す。
まさかの接近戦にネーヴェは驚きながら、咄嗟にガードした。
だが、ネーヴェの近接戦闘能力は、はっきり言ってその辺のSCOプレイヤーと比べても低い。
衝撃をモロに受けた彼女は吹き飛び、今回初めてHPゲージを減少させる。
よろめきながらすぐに立ち上がったネーヴェだが、Aliceは手を緩めなかった。
「まだまだ!」
「く……!」
『クリスタル・ロッド』――いや、進化した『【聖杖】クリスタル・ロッド』を剣のように持ち、ネーヴェを攻撃するAlice。
これこそが、彼女の考えた逆転の秘策だった。
ネーヴェが純粋な魔法戦専門のプレイヤーだと見破った彼女は、接近戦に持ち込む計画を立てたのだ。
もっとも、誰にでも出来ることではない。
むしろ、ほとんどのプレイヤーはネーヴェに近付くことも出来ず、敗れることになるだろう。
それでは何故、Aliceには可能だったかだが――
「伊達にいつも、雪夜くんを見てないよ!」
と言うことだ。
常日頃から雪夜と行動をともにし、彼の動きを間近で見続けているAliceは、魔法戦のみならず接近戦の技量も他を圧倒していた。
無論、彼女自身のセンスが図抜けて高いからでもある。
巧みに杖を操り、距離を取ろうとするネーヴェを逃がさず、猛烈な攻撃をAliceは加えた。
ネーヴェとて最初から相手が接近戦を仕掛けて来るとわかっていれば、もう少し対処出来ただろう。
ところが、今回はほとんど奇襲のようなもの。
守り切ることが出来ず、被弾も増え、HPゲージは5割以下になった。
流石に焦ったネーヴェは、強硬策に出る。
「調子に……乗らないで!」
「わわ!?」
自分とAliceの間で爆発を起こし、無理やりに距離を空ける。
残りHPが僅かだったAliceは大きく後方に飛び退き、際どいところで生き残った。
一方のネーヴェもHPゲージは危険域に達していたが、アイテムを使うことで立ち直る。
それを見たAliceも最後の回復薬を飲み、態勢を整えた。
これで仕切り直し――かに思われたが、奇しくも両者ともにそのつもりはない。
リルを呼び寄せたネーヴェは体を優しく撫でながら、Aliceを真っ直ぐに見つめる。
それを受けたAliceも真剣な表情で、強気な眼差しを返した。
互いに無言のまま時が過ぎ、風の音がやけに大きく聞こえ――
「ぷ」
「クス……」
「あ、笑ったね?」
「わ、笑っていないわよ。 貴女こそ、笑ったでしょう?」
「うん! 楽しくて!」
「お気楽ね、こちらは必死だと言うのに」
「別にふざけてるんじゃないよ? でも、ゲームなんだから、楽しまないと損でしょ? 生き残る為に楽しむ! それが、あたしたちEGOISTSなんだから!」
「生き残る為に楽しむ、ね……。 楽しむだなんて、ここ暫く考えたことなかったわ」
「え~、勿体ないよ! ネーヴェちゃん、そんなに強いんだし、もっと楽しもうよ!」
「そうね……。 貴女を倒したら、もう少し楽しんでみようかしら」
「あ、それは無理だね。 勝つのはあたしだから! てことで、楽しむなら生存戦争とは関係ないゲームでね!」
「言っていることがメチャクチャだけれど……まぁ良いわ。 決着を付けましょう」
「オッケー! 最後の勝負だよ!」
笑みを交換し合ったAliceとネーヴェ。
本当に、生存戦争と言う状況でなければ、良いライバルであり友人になれたかもしれない。
似たようなことを思った2人だが、だからと言って手を抜きはしなかった。
Aliceは右手を前に突き出して、力を集束して行く。
それに呼応するかのように、ネーヴェもリルに力を注いで行った。
そうして準備が整った両者は、示し合わせたかのように声を上げる。
「行くよ、ネーヴェちゃん!」
「来なさい、Alice!」
Aliceの右手から極大の砲撃がなされ、リルの口から極寒のブレスが吐き出された。
中間地点でぶつかり、大気が震えるほどの衝撃が草原を走る。
Aliceのフィニッシュアーツ、【エレメンタル・マスター】。
全APを消費した一撃を繰り出し、確定で弱点判定になり、全状態異常を付与する、正真正銘の切り札。
ただし、発動条件は「弱点ダメージを100回以上与える」こと。
効果が薄いにもかかわらず、リルに【イグニス・フレア】を撃ち続けていたのは、これが理由だった。
対するネーヴェも奥の手を出しており、これを使うとリルが通常状態に戻ってしまう。
つまり、2人とも全身全霊を賭した攻撃だったのだが、果たしてどちらに軍配が上がるのか。
歯を食い縛る少女たちの間で、力がせめぎ合い――
「わ!?」
「……ッ!」
消失。
急に支えがなくなったかのようにAliceはたたらを踏み、ネーヴェは目を丸くしている。
すると【フェンリル】が解けてリルが元に戻り、グッタリとしていた。
それを見たネーヴェは微笑を漏らしながらしゃがみ込み、リルを優しく撫でて告げる。
「良く頑張ったわね。 ゆっくり休んでいなさい」
ネーヴェの言葉を受けたリルは、しばし主を見つめてから姿を消した。
これでかなり戦い易くなったと思いつつ、Aliceは内心で緊張感を高めている。
APが尽きた状態でネーヴェと渡り合うのは、かなり厳しいからだ。
接近さえすればなんとかなるだろうが、もう簡単には懐に入れてもらえないはず。
そう考えたAliceは、どう攻めるか頭を回転させていたが――
「引き分け……と言うのはどうかしら?」
「へ?」
「貴女の先ほどの魔法、何の代償もないとは考え難いわ。 そしてわたしは、リルを失った。 これ以上やり合っても、消耗戦になるだけよ」
「そうかもしれないけど……」
「それに……ノイとエリスは、脱落したようだから。 フレンが帰って来ることを思えば、わたしたちとしては手を引きたいのだけれど」
ネーヴェの提案は、はっきり言って苦しいものだった。
Aliceだけならまだしも、フレンが健在だとすれば、どう考えても不利なのは彼女。
もっと言えば、ネーヴェは知らないがゼロもいる。
そのことは彼女自身が良くわかっており、聞き入れてもらえるとは思っていない。
最悪は、自分の首を差し出してでも、他のMLOプレイヤーを助けたいと思っていた。
しかしAliceは、少し考える素振りを見せてから、あっけらかんと答える。
「良いんじゃないかな」
「え……? 本当に……?」
「うん。 あたしたちはSCOを守る手伝いが目的であって、MLOを倒すのはまた別の話だし」
「……随分と甘いのね。 ここでわたしを見逃せば、今度はCBOが危険に陥るかもしれないわよ?」
「そのときは、またあたしが止めるよ! 皆で頑張れば、MLOにも他のタイトルにも、絶対負けないんだから!」
屈託のない笑みを見せるAliceに、ネーヴェは唖然とした。
ゼロがこの場にいれば、反対したかもしれない。
だが、それでもAliceは、己を貫き通しただろう。
底抜けに明るい彼女に苦笑したネーヴェは、ウィンドウを開いた。
その様子をAliceが不思議そうに見ていると、ネーヴェは溜息混じりに言い放つ。
「今、侵攻中のMLOプレイヤー全員に、撤退するように通達したわ」
「ホント? 良かった~。 これで、今回の戦いは終わりだね!」
「えぇ、そうね。 次に会うのがどう言う状況かわからないけれど……これは借りにさせてもらうわ」
「あはは、別に気にしなくて良いよ。 あたしが勝手に決めたことだし」
「そう……。 じゃあ、わたしもそろそろ……」
そこでネーヴェの言葉が途切れる。
訝しく思ったAliceが様子を窺っていると、彼女はウィンドウを見て目を見開いた。
「そんな……MLOが……!?」
「ど、どうしたの、ネーヴェちゃん?」
「……BKOとTHOを攻めて来たらしいわ。 どうやら、わたしたちが侵攻して手薄なところを、狙われたようね。 モエモエたちが頑張っているようだけれど……このままでは、落とされるのは時間の問題ね」
「え!? た、大変、すぐに帰らないと!」
「わかっているわ」
表面上は落ち着いたまま、大慌てで踵を返すネーヴェ。
侵攻先から転移する為には、元の安全エリアに戻る必要がある。
その時間すら惜しいと思った彼女だが、こればかりは致し方ない。
全速力で駆け出したネーヴェは、一直線に安全エリアを目指したが――
「……何をしているの?」
「え? あたしも行こうと思って」
「どう言うつもり? 貴女には関係ないでしょう?」
「そうなんだけど……。 なんとなく、放っておけなくって」
「変わっているとは思っていたけれど、ここまで来たら意味不明ね。 言っておくけれど、他のMLOプレイヤーが貴女を襲わない保証なんてないのよ?」
「わかってるよ! 最悪すぐに逃げるから、あたしのことは気にしないで! ほら、行くよ!」
ネーヴェを追い抜く勢いで、走り続けるAlice。
彼女の真意がネーヴェにはわからなかったが、考えるだけ無駄だと思い直した。
何より、今は時間がない。
こうして死闘を終えたAliceとネーヴェは、揃ってMLOを目指した。




