第25話 ノイとエリス
夜空の下、絶え間なく刃と刃がぶつかる音が鳴り響く。
短刀と短剣と言う、奇しくも似た武器を持つゼロとノイが、激しく斬り結んでいた。
技量は僅かにゼロが上とは言え、覆せないほどの違いはない。
また、ゼロは【忍の志】によって正面からの攻撃力が下がっており、たまに攻撃を当てても思ったようなダメージが出せずにいる。
その代わりに【カース】による反射ダメージも低い為、一概に完全な不利とは言い難いが。
もっとも、今はまだ互いに様子見段階。
本格的に戦況が変わるのは、ここからだった。
「うお!?」
ノイに斬り掛かろうとしたゼロの側面に出現した、使い魔であるナーデによる闇のレーザー。
不意を突かれたゼロは回避が間に合わず、ガードが間に合いつつも被弾してしまう。
致命的なダメージではないものの、無視することも出来ない。
仕方なく先にナーデを処理しようとしたゼロだが、そのときには再び姿を消していた。
これがナーデの能力であり、神出鬼没にノイをサポートする。
面倒だと思ったゼロは小さく舌打ちしそうになったが、そのような暇すら与えられない。
「どこを見ている」
「ちッ!」
ナーデに気を取られていたゼロに、ノイが連続で闇の弾丸を撃ち込んだ。
そのうち何発かが掠め、更にゼロのHPを削る。
しかし彼もやられっ放しではなく、【放たれる暗器】で反撃した。
これは反射的なもので、高い実力を持つゼロだからこそ、取った選択だと言える。
ところが、結果としては裏目に出た。
「もらおう」
「……!? メンドクセェ!」
敢えて手裏剣を受けたノイのHPが大きく減り、それに伴ってゼロも反射ダメージを受ける。
残りHPで言えば同じくらいだが、その意味合いは全くと言って良いほど違っていた。
ゼロはもうあとがない一方で、ノイにはエリスと言う強力な味方がいる。
ここで仮にノイを戦闘不能に追い込んでも、すぐに復活させられるのは目に見えていた。
即座に結論付けたゼロは後方に跳躍し、間合いを空けてから回復薬を口にする。
この戦法を取れば、負けることはないと思われるかもしれないが、そうは問屋が卸さない。
CBOにおける回復アイテムは強力な反面、持ち歩けるのは5個までと決まっているからだ。
つまり、このまま戦いが長引けば、回復薬が尽きて万事休す。
エリスのアイテムも無尽蔵ではないだろうが、MLOがCBOより様々な面で緩いことを思えば、ある程度ストックがあると思っている方が良い。
考えを纏めたゼロは大きく息を吐き出し、ニヤリと笑って声を発した。
「ノイだったか? お前、生粋のMLOプレイヤーじゃねぇだろ?」
「……どうしてそう思う?」
「普通のMLOプレイヤーなら、もっと魔法に頼るはずだ。 だが、お前はそうじゃねぇ。 むしろ、接近戦がメインなほどだ。 たぶん、SCO辺りから移住したんじゃねぇか?」
「ふぅ……見事な洞察力だと言っておこう。 確かに俺は、過去にSCOをプレイしていた」
「やっぱりな。 なんで移住したんだよ? フレンと渡り合えるほどの実力者なら、相当上の方にいたんじゃねぇか?」
「昔の話だ。 それに、お前には関係な――」
「わたしの為ですよ」
ゼロの問をノイは突っ撥ねようとしたが、その前にエリスが言葉を滑り込ませた。
意外に思ったゼロとフレンは目を丸くしており、ノイは渋い面持ちになっている。
そんな男性陣に構うことなく、エリスは苦笑気味に口を開いた。
「ノイって本当に優しいんですよ。 わたし、彼がSCOをしてるって知らずに、MLOに興味があるって言っちゃって……。 そうしたら、迷わず一緒に始めるって言ってくれたんです。 凄く申し訳なかったですけど……嬉しかったです」
「エリス……」
「照れなくて良いじゃない。 本当のことなんだから」
満面の笑みを湛えるエリスと、居心地悪そうに顔を背けるノイ。
一方のゼロとフレンは顔を見合わせ、苦笑を漏らした。
敵であることに変わりはないが、2人はノイとエリスを好ましい人物だと感じている。
だからと言って譲ることは出来ず、回復を終えたフレンがゼロと並び立った。
そして、自分に言い聞かせるように告げる。
「素晴らしい関係だと思う。 キミたちを倒すことを躊躇いそうになるほどだが……僕も負けられないんだ」
「そう言うこったな。 あんたらに恨みはねぇし、むしろ良い奴らだと思うぜ。 けどよ、これは戦争なんだよ」
「こちらに気を遣う必要はない。 どちらにせよ、勝つのは俺たちだが」
「ノイ、わたしも頑張るね。 一緒に、MLOに帰ろう」
クラウソラスとエクスカリバーの、双剣を構えるフレン。
進化した『闇丸』、『【隠刀】闇丸』を握り直すゼロ。
短剣を構えつつ、ナーデを従えるノイ。
力強く杖を持ち、使い魔であるチヒを顕現させたエリス。
それぞれが全力を持って、最後の勝負に出ようとしていた。
草原に風が吹き抜け、無言の時間が続き――
「はッ!」
効果が復活していたクラウソラスにチャージしたフレンが、必殺のレーザーを放つ。
狙いは、エリス。
一直線に突き進んで来る光線を前に、彼女は1歩も動けない。
いや、動かなかった。
「チヒ!」
エリスの前に立ち塞がったチヒが、半球状のシールドを張る。
その防御力は非常に高く、必殺の威力を持つクラウソラスの一撃を防ぎ切った。
フレンは少なからず驚いていたが、動きを止めることはしない。
次のプランとしてノイに駆け込み、双剣で斬り掛かる。
対するノイは守りに回っていたが、時折わざと攻撃を受ける素振りを見せることで、フレンの勢いを止めていた。
逆に言えば、フレンがノイの誘いを見破っていると言うことでもある。
【カース】が不発に終わっていることに、ノイはフラストレーションを溜めつつ、冷静さは失っていない。
「行かせん」
「やっぱり、視野が広ぇな!」
密かに自分をスルーしようとしていたゼロに、ノイがナーデによるレーザーと闇の弾丸を繰り出した。
その全てを彼は短刀で弾いたが、その間にノイの接近を許してしまう。
短刀と短剣が交錯し、互いに細かな傷を負った。
だが、反射ダメージを受けるゼロの方が被害が大きく、完全に押し負けている。
しかし、彼の顔には不敵な笑みが浮かんでおり、そのことをノイが訝しく思った瞬間――消えた。
眼前で姿を消したゼロにノイは目を見開いたが、即座に答えを出す。
敢えてその場を動かなかったノイの背後に出現したゼロが、【刹那の刻】で斬り裂いた。
スキルの効果もあり、強烈な一撃となったゼロのアーツは、ノイのHPゲージを削り切る。
同時に彼自身のHPも残り僅かになったが、これは覚悟の上だった。
戦闘不能になったノイは、このままなら脱落する。
しかし、彼女がそれを許さない。
「わたしだって!」
エリスの【リザレクション】によって、ノイのHPが最大まで回復した。
彼女の援護を確信していたノイは、既に攻撃に移っており、反転しながら短剣をゼロに突き出す。
結局、ゼロの苦労は水の泡になったかに思われたが、今の彼は1人ではない。
「させるかッ!」
エクスカリバーにチャージしたフレンが、巨大な光刃を振り下ろした。
ゼロにトドメを刺そうとしていたノイを飲み込み、またしても彼のHPゲージを消し飛ばす。
【カース】によってフレンのHPも3割に達したが、これでノイを連続で戦闘不能に追い込んだ。
そして、エリスが【リザレクション】を再発動する為には、アイテムを使う必要がある。
その隙に彼女を仕留めることで、この戦いはフレンたちの勝利に終わる―――はずだった。
「チヒ、お願い!」
エリスの呼び掛けに応えたチヒが、光の粒子を彼女に浴びせる。
フレンにはその意味がわからなかったが、否応なく思い知らされることになった。
「な……!?」
あらんばかりに目を見開くフレン。
彼の見る先では、またしてもノイが完全復活を果たしていた。
種明かしをすると、エリスの使い魔であるチヒは、1度だけMP――CBOで言うAP――を回復する力を持っている。
エリスはその切り札を使った訳だが、最高のタイミングだった。
要するに、フレンとゼロからすれば、最悪のタイミングである。
瞳に暗い炎を灯したノイが、決着を付けるべく指先をゼロに向けた。
この距離で弾丸を避けるのは不可能に近く、ガードしたところで戦闘不能は免れない。
その認識は全員に共通しており、ノイとエリスは心苦しく思いながら、ゼロを落とそうとしている。
フレンはゼロが倒される前提で、限りなく勝率の低い戦いをどう進めるか、考え始めていた。
そのとき――
「む……!」
再びゼロが、ノイの目の前で消える。
一瞬だけ驚いたノイだが、この挙動が【刹那の刻】だと知っている彼は、落ち着いて対処した。
わざとこの攻撃を受けることで、【カース】によってゼロを脱落させる。
そのあとはエリスと連携を取って、確実にフレンを追い詰めれば良い。
ノイの考えは至極合理的で、そこに間違いなどないかに思われたが――
「え……?」
草原にエリスの呆然とした声が流れる。
その目は皿のように丸くなっており、ノイを真っ直ぐに見つめていた。
そしてノイは顔を歪めて、エリスを――いや、その背後の人物を見ている。
「悪いな」
ポツリと呟いたのは、【刹那の刻】でエリスの背を斬ったゼロ。
彼の狙いは、最初からこれだった。
【刹那の刻】は、瞬間移動して相手の背後から斬り掛かるアーツ。
ただし、その射程は決して長くない。
そうでなければ無双状態になるので、当然と言えば当然。
しかし、隠密を使いこなしているゼロは、【刹那の刻】の射程を正確に把握しており、さり気なくエリスをその内に捉えたのだ。
まさしく刹那の時間、空気が凍ったかのように静かになったが、真っ先に立ち直ったのはノイ。
「やめろぉぉぉッ!!!」
恥も外聞もなく叫んだノイが、エリスとゼロに向かって駆け出す。
そんな彼をエリスは涙ながらに見つめ――笑った。
彼女の笑みを見たノイは瞠目し――
「終わりだ」
無慈悲なゼロによる、【五月雨の如く】。
背後判定で全弾を受けたエリスは、戦闘不能となって草原に倒れ伏した。
いくら【リザレクション】が使えようが、それは他者に対してのみ。
自分を癒すことは不可能。
脱落した彼女は光となって、消滅した。
ノイは光に向かって手を伸ばしたが、すり抜けて行く。
全身から力が抜けたノイは、感情を失った顔で地面に膝を突き、項垂れた。
勝負は終わったと判断したフレンは、沈痛な面持ちでノイを見つめている。
勝ちを望み、全力を尽くしたが、なんともやり切れない気持ちだった。
だが、ゼロはそこで止まりはしない。
「あとは、お前だけだな」
「ゼロくん……」
「何だよ、フレン? まさか、見逃すってんじゃねぇだろうな? だとしたら、少なくとも俺は今後SCOには協力しねぇぜ。 どんな事情があろうが、敵の主力を落とすチャンスをふいにするなんざ、あったら駄目なんだよ」
ゼロに冷たい眼差しで貫かれたフレンは、口を堅く引き結んだ。
彼とて、ゼロの言っていることが正しいとわかっている。
それでも、大事な人を失ったノイに、追い打ちを掛けることを躊躇っていた。
そんなフレンに嘆息したゼロは、仕方なく自らが手を下そうとしたが、その前にノイがゆらりと立ち上がる。
まさかやる気なのかと考えたゼロとフレンは、それぞれの武器を構えて様子を見た。
するとノイは短剣を振り上げ――自らの胸に突き立てる。
思わぬ行動に唖然とするフレンと、厳しい顔付きのゼロ。
2人を順に見つめたノイは、力ない声で告げた。
「エリスのいないこの世界に、意味はない。 俺は下りる」
「……僕たちを恨んでいるか?」
「心配するな、フレン。 俺たちは互いに退けない理由があった。 その結果衝突し、刃を交わし、俺たちが敗れた。 ただ、それだけのことだ」
「やけに物分かりが良いな。 フレンはともかく、不意打ちした俺のことは恨んで良いんだぜ?」
「ゼロ、そんなつもりはない。 エリスに手を掛けたのは許せんが……それもこれも、生存戦争のせいだ。 お前自身に非がある訳じゃない」
「……そうかよ」
「さて、俺のHPも尽きる。 皮肉ではなく、最後に戦えたのがお前たちで良かった。 ……生き残れよ」
その言葉を最後に、清々しい笑みをこぼしたノイが脱落した。
フレンは硬く拳を握って俯いていたが、ゼロはすぐに行動に移る。
彼の肩をポンと叩いて、あくまでも事務的に言い放った。
「ご苦労だったな、フレン。 俺はケーキちゃんとAliceちゃんのとこに行くけどよ、お前はどうする?」
「……僕も行く。 他のSCOプレイヤーの様子を、見に行かなければならない」
「そうか。 言っておくが、お前は何も間違っちゃいねぇ。 堂々としていろよ」
「……意外と優しいんだな、キミは」
「な、何を言ってやがる。 ほら、行くぞ」
誤魔化すように歩き出したゼロを、苦笑交じりに見つめるフレン。
未だに完全には消化し切れていないが、SCOの代表として立ち止まる訳には行かない。
そう誓ったフレンは深呼吸して、ゼロの背中を追い掛ける。
こうして1つの戦いは幕を閉じ、別の戦いの終わりも近付いていた。




