第15話 次期生徒会長
翌日の朝、素振りを終えた雪夜は、朱里とともに朝食を食べていた。
作ったのは朱里であり、やはり雪夜から駄目出しを受けつつも、確実に進歩を見せている。
また、雑談交じりではあるが、内容に少しばかりの変化が見られた。
学校のことや生存戦争の話題だけではなく、朱里から具体的な勉強の質問がなされるようになっている。
良い傾向だと思った雪夜は快く答えており、朱里も真剣に話を聞いていた。
やがて食事を終えた2人は、登校時間までお茶を楽しむ時間に入る。
話題が尽きることはなく、主に朱里が主導となって話し続けていたが、不意に彼女が何かを思い出したように口を開いた。
「そう言えば、CBOでアップデートがあるんだよね? LRの実装だっけ?」
「あぁ。 今日の防衛後からだから、初日は様子見になるかもしれない」
「そんなこと言いながら、いきなり狙ってるんじゃないのー?」
「まぁ、出来ることならそうしたいが、何せCBO運営だからな……」
「あー……。 確かに、CBO運営だもんね……」
2人して、ゲンナリとした顔を見せ合う。
それほど、CBO運営に対する謎の信頼感は強い。
とは言え、雪夜にとっては望むところでもあった。
「最近は侵攻もなく、手応えのある戦いは剣姫戦だけだからな。 ちょうど良い」
「うわ、出たよ戦闘狂。 エスコートクエストは面倒じゃなかった?」
「ギミック自体は少し特殊だったが、強さと言う点では大したことなかった。 パーティ自体が強力だったから、猶更だな」
「うーん、言われてみればそうかも。 人形がボスだったことには驚いたけど、落ち着いて対処すれば勝てない相手じゃなかったよね。 それでも、結構脱落した人はいたみたいだけど……」
「CBOも似たようなものだ。 どうしても、一定数は脱落する。 こればかりは仕方ないが、それを最小限に留めることは出来る」
「うんうん。 にしても、LRかー。 CBOが強くなるのは、頼もしいけど怖くもあるんだよね」
ニヤリと笑う朱里。
完全に本気で言っている訳ではないが、全くの嘘とも言い難い。
今は限定的な同盟関係を結んでいるものの、いずれは雌雄を決するときが来る。
そのときを想像すると、朱里は辛い気持ちになるので、わざと強気なポーズを取っていた。
そんな彼女の心情を察した雪夜も、敢えて不敵な笑みを返す。
「嫌なら、朱里たちも強くなるんだな。 アップデート権は使い切っても、出来ることはあるだろう?」
「当然、そのつもりだよ! あたしもフレン様も、特訓中なんだからね!」
「そんなことを、俺に話して良いのか?」
「う……。 い、良いの! 今は味方なんだから!」
「お前がそれで良いなら、俺は構わないが……。 取り敢えず、そろそろ出るぞ」
「あ、はーい」
勢いで誤魔化そうとした朱里に呆れつつ、席を立つ雪夜。
彼に続いて朱里も準備をして、学校へと出発した。
新入生だった朱里もすっかり慣れ親しんだ通学路を歩き、途中で宗隆と透流が合流。
一気に騒がしくなったと思いつつ、雪夜は今の生活を楽しいと感じている。
これには、EGOISTSとして活動していることや、他のCBOプレイヤーとも交流を持ち始めたことも影響しており、以前よりも人付き合いが良くなっていた。
クラスメイトとも話す頻度が増え、雰囲気自体は変わっていないが、雪夜が接し易くなったと噂になるほど。
彼女(仮)の朱里としては、彼が他の女子生徒と仲良くすることを、複雑に思っていたが。
何はともあれ雪夜は現実にも変化が起き始めており、本人にも自覚がある。
そしてこの日、決定的な出来事が起ころうとしていた。
他学年ながら何故か付いて来た朱里も含めて、4人が2年生のフロアに到着すると――
「待っていたぞ、如月くん! 今日こそ、良い返事をもらおうか!」
朝っぱらから元気な、現生徒会長である石川。
彼の姿を見た瞬間に朱里と宗隆は面倒臭そうにし、透流は額に手を当てて溜息をついていた。
それに比して雪夜は平然としており、何の気負いもなく挨拶をする。
「おはようございます、石川先輩」
「おはよう! さぁ、次期生徒会長を引き受けると言うんだ!」
「わかりました」
「そうか、やはり駄目……え? い、今何と……?」
「ですから、わかりましたと言いました」
雪夜の思わぬ返答に、石川は目を点にして固まっている。
それは朱里たちも同様で、様子を窺っていた他の生徒たちも同じ。
まさに、青天の霹靂だった。
これまでの自分の態度を考えた雪夜は、それも致し方ないと思い、自分から考えを述べる。
「少し心境の変化がありまして。 ただし、条件があります」
「あ……も、勿論だとも! キミが生徒会長になってくれると言うなら、僕は最大限協力させてもらう!」
「有難うございます。 実は、他の生徒会役員を自分で決めさせて欲しいんです」
「それくらい、お安い御用だ! むしろ、キミが決めてくれるなら安心出来る! それで、もう目星は付いているのか?」
「えぇ」
そう言って雪夜は、クルリと後ろを振り返った。
そこには、未だに衝撃から立ち直れていない、彼女(偽)と友人たちがいる。
思わず苦笑をこぼしそうになりつつ、雪夜は真面目な顔で、いけしゃあしゃあと言い放った。
「副会長は東郷宗隆」
「え!? はぁ!?」
「会計は榊透流」
「ちょ……!? 雪夜……!?」
「書記は日高朱里」
「セツ兄!? 何を言ってるの!?」
「この3人に任せたいと思っています」
突然の任命に、朱里たちは悲鳴を上げた。
しかし雪夜が取り合うことはなく、素知らぬ顔で石川と相対する。
一方の石川は興味深そうにしており、おとがいに手を当てて問い掛けた。
「約束した以上、文句を言うつもりはない。 ただ、人選の理由を聞かせてもらえるか?」
「理由は2つあります。 1つは、彼らが最も気心の知れた人物だからです。 生徒会として連携を取るには、その方が何かと都合が良いですから」
「ふむ、なるほど。 もう1つの理由は?」
「適正面の高さです。 東郷は顔が広く、誰とでも友好関係を保つことが出来ます。 これは、俺に致命的に欠けているものでもあります。 榊は几帳面かつ真面目で、数字にも強いです。 会計を頼むには、打って付けの生徒かと。 日高は下の学年との橋渡し役として、必要な人材です。 彼女の友好関係も、かなり広いですから。 以上が、俺が彼らを選んだ理由です」
「うむ、実にわかり易く、納得が出来る理由だ! 流石は如月くんだな!」
「恐縮です」
「実際に代替わりするのはもう少し先だが、これで僕も後顧の憂いもなく卒業出来る! 本当に有難う!」
「熱心に誘って頂いていたのに、今まですみませんでした」
丁寧に頭を下げた雪夜に、石川は柔らかい笑みを向ける。
そこには、彼が口にした通り、確かな安堵があった。
「何、気にすることはない。 こうして、最終的には引き受けてくれたのだからな。 それにしても……どう言った心境の変化があったのか、気になるな」
「詳しいことは話せませんが……簡単に言えば、1人でいることに逃げるのをやめようと思ったんです」
「そうか……。 キミが他人とも協力出来るようになれば、向かうところ敵なしだな」
「……そう願います」
このとき雪夜が思い浮かべていたのはEGOISTSの仲間たちだが、現実世界でもそうあれるように精進しようと誓った。
満足そうに笑う石川と、苦笑を浮かべる雪夜。
雪夜は石川を特に慕っている訳ではないが、自分の殻を打ち破る機会をくれたことには、感謝している。
そうして石川は上機嫌に去って行き、野次馬になっていた生徒たちも、騒ぎながら散って行った。
残されたのは雪夜と朱里、宗隆、透流の4人。
無茶振りされた朱里たちは何やら複雑そうな顔をしているが、雪夜は澄まし顔で告げる。
「そう言うことだ、よろしく頼む」
「何から言えば良いかわかんねぇけどよ……。 ホント無茶苦茶だな、お前」
「すまないな、宗隆。 だが、力を貸してくれると助かる。 どうしても嫌だと言うなら、考え直すが……」
「うーん……。 本当は断るつもりだったんだけどな。 けどよ、お前にあそこまで言われると、悪い気はしねぇって言うか……。 なぁ、透流?」
「まぁ、ね……。 ビックリし過ぎて、正直ちょっと付いて行けてないけど……。 でも、宗隆の言う通り、雪夜に認められたのは嬉しいかな」
「じゃあ、引き受けてくれるのか?」
「まぁ、出来る限りはな。 俺は部活もあるから、あまり期待し過ぎんなよ?」
「僕は時間の融通は利くけど業務に関しては自信がないから、むしろ雪夜に教えてもらう立場かも」
「充分だ。 2人とも、感謝する」
友人たちから了承を得た雪夜は、軽く頭を下げた。
そんな彼に宗隆と透流は苦笑していたが、まだ1人が解決していない。
顔を上げた雪夜は、神妙な顔付きの朱里と対峙する。
怒っていると言う訳ではなく、ただただ真剣だった。
彼女の様子を見た宗隆たちは不安そうにしていたが、雪夜は真っ向から視線を受け止めて尋ねる。
「朱里はどうだ?」
「答える前に、聞かせて欲しいことがあるの」
「何だ?」
「あたしを選んだのは、単に仲の良い1年生が他にいないから? 他に頼める相手がいたら、あたしじゃなくても良かったの?」
嘘偽りを許さない力を込めて、朱里が問い質す。
対する雪夜は数瞬沈黙し――朱里の頭を撫でた。
驚いた朱里は目を丸くしていたが、雪夜は気にせず言葉を紡ぐ。
「お前を選んだ実務的な理由に嘘はないが、それだけじゃない」
「……実務的じゃない理由って何?」
「俺はこれでも、不安なんだ。 生徒会長と言う責任ある立場になることが、はっきり言って怖い。 だが、朱里が傍にいてくれたら、頑張れると思った。 お前は俺に、元気をくれるからな」
「セツ兄……」
「とは言え、これは俺のわがままだ。 宗隆たちにも言ったが、朱里も嫌なら――」
「嫌じゃないよ! あたしがセツ兄を、支えてあげる!」
「良いのか?」
「うん! 部活があるから、時間的な制約はあると思うけど……」
「大丈夫だ。 無理しない範囲で、手を貸してくれたら良い」
「はーい! ホントにもう、セツ兄はあたしがいないと駄目なんだからー」
「……今日は好きに言ってくれ」
一転してニコニコ笑い、嬉しそうな朱里。
彼女の豹変ぶりに雪夜は苦笑し、宗隆と透流も顔を見合わせて笑っている。
こうして次期生徒会の役員が、暫定的ながら決定した。
そのことに雪夜はホッとしていたが、まだ何も始まっていない。
代替わりするのはまだ先だが、今から準備しておくこともあるだろう。
しかし、意識を切り替えた彼の頭にあったのは、今夜のCBOアップデートだった。
現時点で詳細は不明だが、少なくとも楽な戦いにはならない。
雪夜は確信を持ってそう考え――その予感は現実となる。




