第13話 変化する勢力図
エスコートクエストの日程は、一応3日設けられていた。
とは言え、第1回のことを覚えているプレイヤーは、のんびりと構えることは出来ない。
生存プレイヤーのうち、95%以上が受注した時点で足切りされた事実を考えれば、可能な限り早く挑戦する必要がある。
その結果として、2日目が終わる前には決着が付いた。
偽情報もあって、今回も多くのタイトルに被害が出たものの、CBOとSCOは最低限で済んでいる。
互いのタイトルの被害状況などは、公開される訳ではないが、同時接続者数などを調べれば、ある程度把握することが可能だ。
大樹の1室でその事実を確認していたダリアは、通信中だった高垣に、言葉の刃を浴びせ掛ける。
「最初から期待していなかったとは言え……無能ですね」
「ぐ! こ、効果はある程度あったでしょう!?」
「確かにそうですが、今わたしたちが標的にしているのはSCOです。 そこにダメージがなければ、ほとんど意味はありませんよ」
「そ、そうかもしれませんが……。 しかし、いったいどうして……」
「大方、貴方が捨てアカウントを使って拡散していたことを、誰かに気付かれたのでしょう。 かなり露骨でしたから」
「そ、そんな!? 世の中には数え切れないほど、アカウントが存在するんですよ!? その中から、発信源を特定するだなんて……」
「出来ないと思いたい気持ちはわかりますが、結果が全てです。 自分の無能を受け入れて下さい」
高垣に嘲笑を見せるダリア。
本性を隠そうともしない彼を、高垣は歯を食い縛って睨む。
しかしダリアは、むしろ笑みを深めて言い捨てた。
「では、わたしはそろそろ失礼します。 今回はこちらに被害が出た訳ではないので良いですが、あまり足を引っ張らないで下さいね?」
言いたいことを言ったダリアは、返事も聞かずにログアウトした。
残された高垣は怒りに震えていたが、顔を真っ赤にしたまま呟く。
「わたしが無能ですって……? 冗談じゃありません。 こうなったら、最高のアップデートを実施して、わたしの優秀さを思い知らせてあげましょう」
怪しい笑みを湛えた高垣が、強く宣言する。
このときの彼は、そのプライドから冷静ではなかった。
ウィンドウが消失し、大樹の部屋に沈黙が落ちる。
高垣の暴走を知る者は、いなかった。
MLOの拠点は森に囲まれているが、森の規模や密度自体は大したことない。
それに比してBKOの世界は、ほぼ全域が大森林。
プレイヤー全員が獣人であることが特徴的で、魔法などの超常の力を持たない代わりに、驚異的な身体能力を体験出来ることが人気の秘訣。
各種族での縄張り争いや、種族間での地位の取り合いもあったが、生存戦争が始まってからは沈静化していた。
装備の入手難易度はCBOほど高くなく、他の4大タイトルと同程度である。
ただし、それらとは別の超獣化と呼ばれる、進化を果たしている4人がいた。
この4人は四獣王と呼ばれており、他の獣人と隔絶した実力を誇っている。
そして今、BKOの拠点である集落の奥にある洞窟内に、四獣王が集結していた。
「まったく! 今回のGENESISクエストは、散々でしたわね! あんな偽情報に踊らされただなんて、腹が立って仕方ありませんわ!」
ヒステリックに叫んだのは、蛇族の長でBKOのトッププレイヤーでもある。
名前はナーガで、通称は毒蛇王。
ウェーブが掛かった紫の髪に、爬虫類の目、蛇の体は緑色。
まるでモンスターだが、本人は美しいと思っている。
それに答えたのは、爽やかな少年の声だった。
「まぁまぁ、ナーガさん落ち着きなよ。 BKOだって、致命的なダメージを受けた訳じゃないんだから。 まだまだ勝負出来るよ」
苦笑を漏らしながら、ナーガを宥めようとする少年。
外見は赤い短髪で、小学生か中学生くらいの小柄。
燃え盛る鳥の羽と、鉤爪が印象的。
名前はコースケで、鳥族の長だ。
通称は不死王。
彼は善意から言った訳だが、ナーガはむしろ攻撃的に返す。
「何を呑気なことを言ってるんですか!? 一刻も早く、他のタイトルを潰さなければならないと言うのに!」
「そうだけど、焦っても良いことなんてないでしょ? どの道、エスコートクエストは終わったんだし、どうせなら今後のことを話し合おうよ」
「うるさいですわね! そんなこと、わかっていますわ!」
地団太を踏みそう――蛇なので足はない――な勢いのナーガ。
そんな彼女にコースケは嘆息していたが――
「少し気になることがある」
そう呟いたのは、壁に寄り掛かって沈黙を保っていた男性。
長身痩躯の青年で、白髪を雑に伸ばしており、色黒の肌には白い紋様が描かれている。
上半身は裸で、野性味あふれるズボンを履いており、足元は裸足。
冷ややかな目と鋭い牙が目を引いた。
名前は白太で、虎族の長だ。
通称は守護王。
静かで厳かな雰囲気を醸し出しており、高飛車なナーガであっても強くは出難い相手。
それでもプライドの高い彼女は、あくまでも上から目線で問い掛ける。
「何が気になると言うんですか? どうでも良いことなら、その喉笛を噛み千切りますわよ?」
「そのときは全力で抵抗させてもらうが、これがどうでも良いと言うなら、お前はそこまでのプレイヤーだと言うことだ」
「何ですって!?」
激昂したナーガが、今にも白太に跳び掛かる体勢を取る。
対する白太も壁から背を離し、泰然と構えた。
四獣王同士の戦いが始まるかに思われたが、そこに最後の1人が恐る恐る声を割り込ませる。
「ふ、2人とも、そこまでにしませんか……? 今は、仲間割れしている場合じゃないと思うんですけど……」
隅の方で縮こまっていたのは、女性にしては身長が高い猫背のプレイヤー。
何より目立つのは1本の角で、肌は白く、白髪を2つ括りにしている。
蒼い瞳は不安げに揺らいでおり、ビクビクしていた。
名前はミントで、馬族の長である。
通称は一角王。
そんな彼女にナーガは、標的を変えようとしたが、コースケが割って入った。
「ミントちゃんの言う通りだよ。 ナーガさん、白太くん、敵を間違えないでね」
「ふん! わたくしに命令しないで下さい!」
「俺は最初から、やり合うつもりなどない」
コースケの仲裁によって、なんとか矛を収めるナーガと白太。
そのことにホッとしたミントが、視線でコースケに礼を告げると、彼はニコリと笑った。
そうしてようやく、話が出来る状態になったと確かめた白太は、ゆっくりと口を開く。
「今回の偽情報を流したのは、MLOで間違いなかったな?」
「何を今更。 わたくしが総力を持って調べさせたのですから、当然ですわ」
「では、その前提で進める。 自分で情報を流したのだから、MLOの被害が少ないのは当然だ。 だが、SCOとCBOも大きな被害が出ていない。 これは恐らく、2つのタイトルが偽情報を見破っていたからだ」
「だろうね。 でも、それがどうしたの?」
「慌てるな、コースケ。 もう1つ、無視出来ない事実がある。 それは、フレンとアリエッタがガルフォードを落とした際に、CBOプレイヤーである雪夜が手を貸していることだ」
「そんなことは知っていますわ。 結局、何が言いたいんですか?」
「わからないか、ナーガ? 具体的なことはわからないが、俺はSCOとCBOが手を組んでいると睨んでいる」
「え……!? ほ、本当ですか……?」
「ミント、まだ確証はない。 だが、そのつもりで動くべきだと言いたいだけだ」
胸の前で拳を握って、怯えた表情を見せるミント。
そんな彼女に微笑を見せた白太だが、内心ではかなり警戒心を高めていた。
だが、ナーガには届かない。
「だから何だと言うんですか? 結果としてSCOは勝手に弱体化して、CBOなんて最初から眼中にありません。 そんな2つのタイトルが協力したところで、大した脅威じゃないでしょう?」
髪をかき上げて、自信満々に言い放つナーガ。
しかし、コースケは難しい顔で手をおとがいに当て、別の見解を語った。
「いや、白太くんの言う通りだとしたら、状況はかなり不味いかも。 SCOが弱体化したのは間違いないだろうけど、問題はCBOだね」
「コースケの言う通りだ。 ナーガ、お前はCBOを眼中にないと言ったが、俺はむしろ逆だ。 奴らこそ、最も警戒するべき相手だろう」
「はぁ? あんな過疎ゲームの、何を恐れると言うんですか? 白太、貴方がそこまで弱腰とは思いませんでしたわよ」
「俺をどう思うかは自由だ。 だが、元々CBOはかなり特殊なタイトル。 人口が少ない代わりに、1人1人の実力は群を抜いているからな。 そしてそれは、前回のアンリミテッドクエストで証明された。 違うか?」
「それは……」
「冷静になれ、ナーガ。 もしSCOとCBOが手を組んでいるとすれば、他の4大タイトルを凌ぐかもしれない」
白太の言葉を最後に、洞窟内が静寂に包まれる。
ナーガは反論したいようだが、その材料が見当たらなかった。
ミントはひたすら不安そうにしており、そんな彼女を元気付けるかのようにコースケは微笑んだが、彼自身にあまり余裕がない。
そうして、四獣王が今後のことを憂いていた、そのとき――
「あら?」
ナーガが何かに反応した。
不思議に思った残りの3人が注目する中、彼女はウィンドウを開いて画面を見ていたが、いきなり目を見開く。
そのまましばしの時間が経過し、やがてウィンドウを消したナーガが、面白がるように声を発した。
「TETRAのリーダー、Zenithから連絡ですわ。 THOとBKOで手を組まないか……とのことです」
「THOとBKOで……!? そ、それは本当なんですか……?」
「何ですの、ミント? わたくしが、嘘をついているとでも?」
「あ……い、いえ、そう言うつもりじゃ……」
「ナーガさん、ミントちゃんに突っ掛かっていないで、詳しく教えてよ」
「はぁ、仕方ないですわね。 癪ではありますが、Zenithも白太と似たようなことを考えていたようです。 そこで、わたしたちも手を組んで、対抗しようと言う話のようですわね」
「……それで、どうするつもりだ」
「即答はなしですわ、白太。 一考の余地はありますが、手を組むにしろこちらに有利な条件でなくてはなりませんから」
「まぁ、有利とは行かなくても、対等じゃないと駄目だよね」
「で、ですがコースケさん、Zenithは応じるでしょうか……?」
「そこは、応じさせるように持って行きますわ。 貴方たちには無理でしょうが。 ふふふ、面白くなって来ましたね」
舌なめずりするナーガにコースケは肩をすくめ、ミントは不安を捨て切れない様子。
一方の白太は――
「……そう上手く行けば良いがな」
誰にも聞こえない声を、ポツリと落とした。
こうして生存戦争の勢力図に、またしても変化が起きようとしている。
そして遂に、CBOでは1度目のアップデートが行われようとしていた。




