第12話 人形の正体
その後も雪夜たちは、順調に道程を消化して行った。
本人たちは流石にノーダメージではないが、回復が充分に間に合う程度。
何より、人形には傷1つ付いていない。
これはケーキの絶対的な防御力が大きく関わっているが、他の3人が迅速に敵を殲滅しているからでもある。
出現するモンスターに変化はなく、相変わらず黒い兵士たちが定期的に現れていた。
数は先に進むほど増えて行ったものの、このとき雪夜が抱いていたのは、言い知れぬ違和感。
現在進行形で兵士の攻撃を避けて、【閃裂】を繰り出す。
離れた場所から弓で狙われたが、【天衝】で撃破。
敵の数が増したことで、余裕はあまりないが、逆に言えばそれくらいの変化しかない。
雪夜がモヤモヤしたものを抱えながら戦い続けていると、人形を守っていたAliceとゼロが口を開いた。
「な~んか、普通だね」
「確かにな。 逆に不気味だぜ」
2人も雪夜と同じ気持ちらしく、どこか納得行っていない感じである。
ケーキは何も言わなかったが、かなり険しい表情をしていた。
とは言え、彼らに出来ることはなく、ひたすら兵士たちを駆逐するのみ。
だが、この時点で雪夜は、最悪の展開を頭に描いていた。
考え過ぎであれば、その方が良いと思いつつ、刀を振るい続ける。
そうして残り時間が5分ほどになろうとした頃、遂に終着点が見えて来た。
それまでの街道が途切れ、円形の広場が広がっている。
すると、過去最多の兵士たちが出現したが、雪夜たちの動きに淀みはない。
粛々と、最後まで連携を崩さずに、自分たちの力を発揮し続けた。
HPゲージにはゆとりがあるものの、疲労はかなり大きいが、泣き言を言うような者はいない。
雪夜が単独で各個撃破し、ケーキが人形への攻撃をシャットアウトし、Aliceとゼロが近付く不届き者たちを爆散させる。
途轍もない速度で兵士たちが滅ぼされ、人形が広場に向かって歩みを再開させた。
あとは、ゴールに着くのを待つのみ。
広場に入ったAliceたちはそう考え、ホッとしていたが――
「止まれ」
雪夜が鋭い声で制した。
何事かと思った3人は驚いていたが、言われた通りに足を止める。
眼前では人形が広場の中央に辿り着き、普通に考えればこれでクエストクリアになるはずだったが――
『アァァァァァ――』
人形が耳障りな声を発した。
反射的に耳を手で覆ったAliceとゼロ。
ケーキは戦闘態勢を維持したが、眉を顰めている。
対する雪夜も厳しい面持ちで、刀に手を掛けた。
そんな4人の見る先で、人形に異変が起きる。
まさしく姫と言った容貌だったのが醜悪に歪み、関節をゴキゴキ鳴らしながら、凶暴な体勢を取って雪夜たちと相対した。
それを見た雪夜は、ポツリと声を落とす。
「やはりか」
「ど、どう言うこと、雪夜くん?」
「お前、こうなるってわかってたのかよ?」
「確信はなかったが、可能性はあると思っていた。 GENESISクエストにしては、道中があまりにも普通だったからな」
「そうですね。 わたしも何かあるとは思っていましたが……まさか、人形がボスだったとは」
「あたしも驚いたよ、ケーキちゃん。 ホント、趣味悪いよね」
「まったくだな、Aliceちゃん。 護衛対象が最後に裏切るとか、やめて欲しいぜ」
ウンザリとしたゼロが発した、裏切りと言うワードに、雪夜の片眉がピクリと跳ねる。
しかし、それ以上の反応は見せず、心を落ち着けることが出来ていた。
この辺りは彼が過去を清算し、今を生きている証だと言える。
そのことに内心で苦笑した雪夜は、明らかに敵意を向けて来る人形を見据えながら、制限時間を確認した。
残り、約3分。
間に合うかどうかわからないが、やるしかない。
決意を固めた彼は、強気に言い放つ。
「やるぞ、皆」
「はい、雪夜さん」
「ここまで来て、負ける訳には行かないよね!」
「最後までやり遂げるぜ!」
仲間たちの頼もしい返事を聞いた雪夜が、薄く微笑んだ瞬間――人形が跳躍した。
高く跳び上がった勢いをそのままに、右手を4人に叩き付ける。
だが、彼らの焦りはなく、即座に散開して回避。
それを開戦の合図として、それぞれが最後の力を振り絞った。
「出し惜しみはなしだ」
残り時間が少ないことから、いきなり【戦機到来】を発動する雪夜。
全身を淡い光が包み込み、アーツ威力を上昇させた。
雪夜に振り向いた人形は左手を翳し、5本の指からレーザーを射出。
襲い来る閃光を前に雪夜は退かず、むしろ【瞬影】で懐に飛び込み、【爪牙】まで繋げた。
人形のHPゲージが目に見えて減ったのを見て、やはり耐久力自体はさほどないと察する。
そこに人形が今度は、かぎ爪のようにした手を雪夜に振り下ろしたが、彼はその場を動かない。
何故なら、彼女であれば必ず対応すると信じていたからだ。
「はぁッ……!」
雪夜と人形の間に割り込んだケーキが、盾でジャストガードを成功させる。
それによって人形の体勢を崩し、ダウン値を大きく上昇させ、【ガーディアン・ソウル】によって味方にバフを撒いた。
なおかつ、【JG・コンティチャージ】でチャージを継続していた彼女は、その力を解放する。
威力を上げた【ジャンピング・スラスト】で、かなりのダメージを人形に与えた。
そのときには人形が体勢を整えていたが、残りの2人も忘れてはならない。
「行っくよ~!」
「おし、やるか!」
Aliceが【マルチ・ゲイン】によって、更にパーティの戦力を補強し、【サンダー・ストライク】を人形の頭上から落とす。
一方のゼロは【刹那の刻】で背後を取りつつ、強力な斬撃を放った。
またしても人形のHPゲージが削られたが、相手もやられっ放しではない。
その場でスピンした人形のドレスが刃となり、近くにいた雪夜とケーキ、ゼロを斬り刻もうとする。
しかし、予見していた雪夜は既にバックステップを踏んでおり、ケーキはガード、ゼロは【変わり身】で脱出。
初見の相手でも後れを取らないのは、彼らの地力が高い証拠。
そして、人形が雪夜たちを狙っている隙をチャンスと捉えたAliceは【コンセントレート】を発動しており、10秒のチャージを終えた。
雪夜同様に体からオーラを立ち昇らせた彼女は、威力を上げた【サンダー・ストライク】を人形に浴びせる。
何重にもバフを受けたAliceの一撃は、相当なダメージを人形に与えた。
忌々しそうに振り向いた人形は、Aliceを狙おうとしていたが――
「行かせるか」
正面に立ち塞がった雪夜が、【閃裂】と【爪牙】のコンボを決める。
それによって再びターゲットが彼に移り、人形が右足を振り上げた。
初めて見せる挙動ではあったが、どうと言うこともない。
相手が人型である以上、この程度の攻撃方法は、彼にとって織り込み済みである。
余裕を持って右に転身しながら躱し、刀を真一文字に振り抜いた。
カウンターで人形の胴を斬り裂き、そこからまたしても【閃裂】と【爪牙】へと繋げた。
人形の顔が歪み、雪夜を振り払うように左手から光線を撃ち出したが、彼女の学習能力を侮ってはいけない。
「それは見ました」
再び雪夜の前に出たケーキが、ジャストガード。
たたらを踏んだ人形のダウン値が増加し、【ジャンピング・スラスト】で追い打ちを掛ける。
この時点でかなり人形のHPゲージは減っていたが、まだまだ手は緩めない。
「おらよ!」
背後を取り続けていたゼロによる、【五月雨の如く】。
分身との連撃によって、ガリガリと人形のHPを削った。
前からは雪夜とケーキ、背後からはゼロ、遠距離からはAlice。
完璧な布陣の敷かれた人形はされるがままで、残り時間が1分を切る頃には、HPゲージが風前の灯火だった。
これなら行けると、誰しもが思った、そのとき――
『アァァァァァッ!!!』
人形が大音声を上げ、周囲に衝撃が走り抜ける。
直接的な攻撃力はなかったが、あまりの大声に雪夜たちは顔を顰めて耳を押さえた。
このクエストが始まって、初めて見せる明確な隙。
モンスターである人形に感情などないはずだが、醜悪な顔が笑みに変わったように、雪夜は錯覚している。
だが、今はそのようなことを言っている場合ではない。
変則的なスタン状態から、なんとか抜け出さなければ。
そう考えた雪夜だが、その前に人形が右手をかぎ爪の形にして振り下ろす。
Aliceとゼロが息を飲むのを感じつつ、雪夜は最小限のダメージで抑えるべく、衝撃に備え――
「させませんッ!」
1人動きを止めていなかったケーキによる、ジャストガードが成功。
同時に人形のダウン値が最大に達し、その場に膝を突いた。
流石の雪夜も目を丸くしたが、すぐに立ち直って号令を出す。
「行くぞ」
「はい……!」
「う、うん!」
「おうよ!」
【閃裂】と【爪牙】を交互に繰り返し、最大DPSを叩き出す雪夜。
大剣を高々と掲げ、【グロリアス・キャリバー】のチャージを開始するケーキ。
若干の戸惑いを残しながらも、【サンダー・ストライク】を連打するAlice。
【一意専心】を発動して、背後から【五月雨の如く】で乱れ斬りを放つゼロ。
全員が意志を統一し、ここで終わらせると誓っていた。
そうして、人形が立ち直ると同時に、ケーキのチャージが完了し――
「はぁッ!」
振り下ろされた巨大化した大剣が、人形のHPゲージを完全に消滅させる。
光の粒子となって消えゆく人形を、EGOISTSの4人は無言で見つめた。
すると、空間に『Quest Clear』の文字が出現し、ファンファーレが鳴り響く。
そのときになって気を抜いた雪夜は、小さく息を吐いて告げた。
「どうやら、無事に終わったな」
「だな。 いやぁ、最後はどうなるかと思ったぜ」
「ホントだよね~! ケーキちゃん、有難う! 最後も格好良かったよ~!」
「わ、わかりましたから、離れて下さい……!?」
快活に笑うゼロと、ケーキに抱き着くAlice。
そんな彼女を持て余しつつ、強くは拒否しないケーキ。
仲間たちの様子を見て苦笑を浮かべた雪夜だが、胸中ではほんの微かな引っ掛かりが残っている。
人形による、最後のスタン攻撃。
あれは、本来なら誰でも僅かながら動きを止めるはずだったが、ケーキだけは何故かまともに動けていた。
まるで、聴覚への攻撃など意味を成さないかのように。
そこまで考えた雪夜は、小さく首を横に振る。
たった1度しか受けていない攻撃なのだから、もしかしたら抜け道があったのかもしれない。
それを検証する術もない以上、考えたところで詮無いこと。
頭を切り替えた雪夜は、仲間たちに声を掛ける。
「皆、お疲れ様。 取り敢えず戻って、いつも通り他のCBOプレイヤーに情報を共有しよう。 最後まで進めるプレイヤーがどれだけいるかわからないが、人形の正体は教えておく必要がある」
「そうだね! あ、でも、これって途中で人形が壊されてたら、どうなってたのかな?」
「推測に過ぎませんが、その時点でクエスト終了となるのではないでしょうか。 つまり、進行度もそこで止まるはずです」
「ケーキちゃんの言う通りかもな。 進行度を高めるには人形を守らないといけなくて、守ったら守ったで最後にボスになる……ホント、メンドクセェな」
「じゃあ、一番安全かつ進行度を高めるなら、広場に入る前に人形を破壊した方が良いのかな?」
「Aliceの言う方法も、ありかもしれない。 その辺りは、パーティで相談して決めるのが良いだろう。 人形を倒せそうなら倒した方が良いが、無理なら安全策を取るべきだ」
「んじゃまぁ、その辺りも含めて連中には説明するか」
「はい、ゼロさん。 では、戻りましょう」
「あぁ、ケーキ。 皆、よろしく頼む」
当然のように言った雪夜は、拠点に戻るべくウィンドウを開いたが――
「何を言ってるの? 雪夜くんも説明するんだよ?」
「何……? だがAlice、俺は……」
「いつまで遠慮してんだよ。 て言うか、お前だけ楽しようったって許さねぇからな?」
「ゼロ、遠慮とか楽と言う話じゃないんだが……」
「雪夜さん、一緒に行きましょう。 これを機に、他のCBOプレイヤーとも交流を持つべきです」
「ケーキ……」
両手を腰の後ろに回して、ニコニコ笑ったAlice。
頭の後ろで両手を組んで、ニヤリとした笑みを見せるゼロ。
胸に手を当てて、屈託のない微笑を漏らすケーキ。
3人から訴え掛けられた雪夜は渋い顔をしてから、盛大に嘆息した。
そして、視線を逸らしながら、妥協案を出す。
「最初は、補助役で許してくれ……」
「オッケー! じゃあ、行こうか!」
「はい、Aliceさん。 楽しみです」
「思い切り話を振ってやるから、覚悟してろよ?」
「……お手柔らかに頼む、ゼロ」
苦笑をこぼした雪夜は、改めてウィンドウを操作して、拠点へと帰還する。
そうしてエスコートクエストをクリアしたEGOISTSだが、今は束の間の休息に過ぎない。
ここから、彼らを取り巻く環境は、更に変化しようとしていた。




