第6話 偽情報
それから数日、CBOは特に代わり映えのない日々を過ごしていた。
外の情勢も大きな変化はないが、MLOやBKOによる侵攻によって、少しずつタイトルの数は削られて行っている。
このままなら、再びCBOが標的になる未来も、そう遠くないかもしれない。
だからと言って雪夜たちは焦っておらず、出来ることをしようと誓っていた。
その一環として、今日も防衛後にケーキの装備経験値を稼ぐべく、ダンジョンに潜っていたのだが――
「やったね、ケーキちゃん! これで、3つ目の能力を解放出来るよ!」
「はい、Aliceさん。 強化値を6まで鍛えるのは、中々大変ですけれど……」
「こればかりは、仕方ねぇな。 誰もが通る道だぜ。 つっても、素材集めとか資金集めもやってたから、足りないってことはねぇだろ」
ダンジョンを出たAliceがケーキの手を取って、ぶんぶん振りながら喜んでいる。
対するケーキは恥ずかしそうに目を逸らしつつ、嫌な気はしていないらしい。
ゼロも上機嫌で、頭の後ろで手を組んで笑っている。
彼女たちの会話からわかるだろうが、ケーキの『プリンセス・ドレス』と『プリンセス・ミラー』は、強化値6まで鍛えられるようになった。
実際に強化するには膨大な素材や費用が掛かるとは言え、これでケーキは更なる高みに上る。
仲間たちの姿を1歩離れたところから眺めていた雪夜だが、満足した気持ちになっていた。
EGOISTSとして活動し、仲間が強くなる手助けが出来ている。
この事実は、彼にとって非常に大きな意味を持っていた。
次第にソロだった頃の感覚も抜けて来て、本来の雪夜に戻りつつある。
それと同時に、生存戦争を戦い抜こうと言う気持ちも強くなっていた。
結果がどうなるかはわからないが、全力を尽くそうと雪夜が改めて決意していると、ケーキが不思議そうに問い掛ける。
「雪夜さん? どうかされましたか?」
「……いや、何でもない。 それより、今回解放される能力はどんなものだ?」
「えぇと、『プリンセス・ドレス』が『魔法攻撃被ダメージ20%減少』で、『プリンセス・ミラー』が『ジャストガード成功時のダウン値上昇率30%増加』ですね」
「わ! 相変わらずカチカチだけど、ダウン値が増えるのは大きいね~」
「だな、Aliceちゃん。 これで、ボス戦がまた楽になるぜ!」
「Aliceさん、ゼロさん、過信はしないで下さい。 あくまでもジャストガード成功時のダウン値なので、決められなければ意味はありません」
「心配するな、ケーキ。 キミなら、たとえ初見の相手でもすぐに対応出来る」
「そ、そうでしょうか? いえ、雪夜さんがそう仰るなら、きっとそうなのでしょうね」
雪夜から信頼を寄せられたケーキは、手をモジモジさせて顔を赤らめた。
そんな2人を見たAliceは、頬を膨らませて不満そうにしていたが、敢えて文句を言うことはしない。
ゼロはニヤニヤと笑いつつ、やはり口出しするつもりはなさそうだ。
パーティの空気が少しばかりおかしくなりつつあると感じた雪夜は、咄嗟に別の話題を取り出す。
「ところで皆、GENESISクエストの噂を聞いたか?」
「あ、うん。 なんか、ジェネシス・タイタンみたいなボス戦だけど、毒とか燃焼とか麻痺とか、とにかく状態異常に気を付けないといけないらしいね」
「俺が聞いたのも、そんな感じだったな。 今のうちに、状態異常を回復するアイテムを、とにかく集めとけって話になってるな」
雪夜の問いに、Aliceとゼロがすぐさま答えた。
ケーキは黙っていたが、雪夜が見る限り似たような情報を持っているらしい。
それを確認した彼は、少しばかり考えてからゆっくりと口を開く。
「皆、その情報はどこで得たものだ?」
「どこと言われてもな……。 もう、SNSとかで話題になってるから、嫌でも耳に入って来る感じだぜ」
「あたしも、ゼロさんと同じかな。 わざわざ調べなくても、勝手に情報が入るの。 こんなに拡散されるなんて、GENESISも意外と抜けてるよね」
「ホントだぜ。 あいつらも、ミスするときはするんだな。 てことで、俺らもそろそろアイテム集めを始めるか?」
ケラケラと笑うAliceとゼロ。
だが雪夜は、それに便乗することは出来なかった。
ケーキも、表情を引き締めて何事かを考えている。
とは言え、2人ともなんとなく違和感を覚えているだけだった。
それゆえ、引っ掛かりを抱えながらゼロの案を採用しようとして――
『ちょっと待った』
ウィンドウが出現し、貴音の顔が表示された。
突然の登場にAliceとゼロ、ケーキは驚いていたが、雪夜としてはむしろ待ってましたと言わんばかり。
すぐさま考えを纏めた彼は、迷いなく口を開く。
「場所を変えよう」
返事も聞かずにウィンドウを操作した雪夜は、剣姫と戦った訓練用のクエストを受注した。
いきなり青白い空間に飛ばされた仲間たちは驚いていたが、再び現れた貴音は真剣そのもの。
それを察した雪夜は、鋭い声を発する。
「貴音ちゃん、もしかしてGENESISクエストの話か?」
『流石、雪夜くん。 話が速いわね。 単刀直入に言うけど、その情報はデマよ』
「え!? デマってどう言うこと?」
『この間、言ったでしょ? わたしも情報を手に入れたって。 それが皆と同じものなんだけど、調べた結果わかったことがあるの』
「何がわかったってんだよ?」
『発信源よ、ゼロくん。 いくつもの捨てアカウントが元になっていて、そこからどんどん広まったみたい。 どのアカウントも同じ時期に作られたものだから、意図的に偽情報を流したんでしょうね』
「何か不自然だと思っていましたが、そう言うことでしたか……。 それにしても、いったい誰がそのようなことを?」
『ごめんねケーキちゃん、そこまではわからないの。 どちらにせよ、今の情報を信じちゃ駄目。 GENESISが公開するのを待ちましょう』
「そうだな。 だが、このまま放置する訳には行かない。 ケーキ、Alice、ゼロ、他のCBOプレイヤーに伝えてくれるか? 俺は、同盟関係のSCOに話しておく」
「そ、そうだね、雪夜くん。 あ、て言うか、この情報がデマだってSNSで発信すれば良いんじゃないの?」
「やめとけよ、Aliceちゃん。 もう、かなり広く拡散されてんだ。 今更、俺らがちょっと動いたくらいで、どうこうならねぇよ。 むしろ、それこそ嘘情報を流してるって思われて、叩かれるかもしれねぇぜ? もっと言えば、これは俺たちにとってチャンスでもある」
「どう言う意味ですか、ゼロさん?」
「わかんねぇか、ケーキちゃん? 誰が仕掛けたのか知らねぇが、他のタイトルが罠にはまるのは有難いってことだよ。 その分、俺らが有利になるからな」
「ゼ、ゼロさん、それはちょっと卑怯じゃない……?」
「Aliceちゃん、意外と甘いな。 これは戦争なんだぜ? 利用出来るものは、利用しねぇとな」
珍しく真面目な面持ちのゼロが、強い口調で言い切る。
一方のAliceが、辛そうに俯いていると――
「わたしも、ゼロさんに賛成です」
「……! ケーキちゃん……」
「わたしにとっては、CBOが最優先です。 他のタイトルのことまで、気に掛けている余裕はありません」
「……うん、そうだね」
毅然とした顔付きのケーキを前に、Aliceは控えめながら同意した。
しかし、ケーキの言葉は終わっていない。
「ただ……Aliceさんの優しさは、尊いものだと思います。 わたしは非情に徹しますが、貴女はそのままでいて下さい」
Aliceの手を握ったケーキが、少し困ったように眉を落としながら、笑みを見せた。
それを受けたAliceは瞠目したが、すぐに言い返す。
「駄目だよ、ケーキちゃん」
「え?」
「ケーキちゃんが悪役になるなんて、許さない。 ゼロさんも、悪ぶったって無駄だよ? 本当は優しいの、知ってるんだから」
「べ、別に俺は、悪ぶってなんかねぇよ?」
「とにかく! あたしだって、CBOを勝たせたい気持ちは一緒なの! だからこれは、EGOISTSの方針! あとで誰に何を言われたって、皆で受け止めようよ!」
「Aliceの言う通りだ。 そもそも、俺たちに非難される覚えはない。 堂々としていよう」
「だよね、雪夜くん! じゃあ早速、他のCBOプレイヤーに教えに行こうか!」
「わ、わかりましたから、離れて下さい……」
何やらテンションが上がったAliceに、抱き着かれて困惑するケーキ。
2人の様子に雪夜とゼロは苦笑を交換していたが、話はまだ終わっていなかった。
『ごめん、もうちょっと時間くれる?』
「ん? 貴音ちゃん、まだ何かあるのか?」
『うん、ゼロくん。 割と大事な話よ。 実は、今後の戦いに備えて、アップデートを実行しようと思うんだけど――』
「待て」
『どうしたの、雪夜くん?』
「アップデートの内容は、他のプレイヤーと同じタイミングで教えて欲しい。 先に聞くのは、不公平だからな」
『ホント、真面目ね……。 皆もそれで良いの?』
「はい。 雪夜さんがそう決めたのなら、わたしもそれに従います」
「あたしも、なるべくズルはしたくないしね~」
「俺としては、先に聞いておきたいのが本音だけどよ……まぁ、別に構わねぇぜ」
『そっか……。 わかったわ、なるべく早く実装出来るように頑張るわね』
「すまないな、貴音ちゃん。 今回の偽情報に関してもそうだが、いつも助かっている」
『気にしないで。 あたしたちとしても、雪夜くんたちに勝ってもらわないと、困るんだから。 それじゃあ、またね』
笑顔で手を振りながら、貴音は姿を消した。
それを見送った雪夜は、改めて指示を出す。
「3人とも、CBOプレイヤーに対する説明は頼んだ。 今ならまだ、無駄な行動を最小限にすることが出来るはずだ」
「任せろよ。 逆に、SCOのことは頼んだぜ」
「勿論だ、ゼロ。 明日会う約束があるから、ちょうど良い」
「会うって……アリエッタさんとですか?」
「そうだが……どうかしたのか、ケーキ?」
「……いえ、何でもありません」
などと言いつつ、ケーキはプイっとそっぽを向いた。
その仕草を受けて、雪夜はある程度の事情を悟ったが、どうしようもない。
困った彼は、視線でAliceとゼロに助けを求めたが――
「雪夜くん、よろしくね~」
「ぷふ……が、頑張れよ、雪夜」
全く目が笑っていない笑顔のAliceと、必死に吹き出すのを堪えているゼロ。
援護が期待出来ないと知った雪夜は憮然とし、深く息を吐いてから声を落とす。
「……お休み」
「あ、逃げた!」
「ぷ……逃げやがった」
「逃げるのですね……」
仲間たちの言葉通り、逃げるようにログアウトする雪夜。
現実に戻った彼は盛大に嘆息したが、次いで苦笑を漏らした。
こうしたやり取りが出来るのも、人と関わりを持てているからこそ。
それを楽しもうと思い直した彼は、就寝支度に取り掛かる。
だが、雪夜は知らない。
現実でまたしても、厄介事に巻き込まれることを。




