第4話 獄炎と氷狼
時間を夕方頃まで巻き戻す。
ここは、とある少女の自室だ。
特別目を引くようなものはないが、敢えて言うなら使い込まれたバスケットボールくらいだろう。
部屋の主は雪夜のように机に向かい合い、うんうん唸りながら問題を解いていた。
綺麗に切り揃えられたボブカットに、活発な印象の面持ち。
座っている為にわかり難いが、かなり身長は低く、胸元は悲しいくらいに平坦。
名を赤城萌香と言い、高校3年生の18歳だ。
外見で言えば中学生くらいだが。
そして、何を隠そう彼女こそ、獄炎の魔女モエモエの正体。
あの高身長のアバターは、現実のコンプレックスに影響されている。
大学受験を控えている萌香は、勉強に勤しんでいる訳だが、この場にはもう1人いた。
「そろそろ出来たかしら?」
「も、もうちょっと」
「早くしないと、防衛に間に合わないわよ?」
「わ、わかってるから、焦らすのやめてよ、先生!」
「事実を言っただけよ。 さぁ、続けなさい」
「うぅ……」
喚く萌香を涼しげに躱しつつ、ローテーブルにレポート用紙を広げている女性。
萌香とは対照的にスタイルが良く、身長も高そうだ。
黒いロングヘアーが、清潔で真面目な印象を与える。
彼女の名は柊木環奈と言い、20歳の女子大生で、萌香の家庭教師。
また、MLOでは氷狼の魔女ネーヴェと呼ばれている。
要するに彼女たちは、現実では先生と生徒と言う関係ながら、ペンタゴンの一角を担うプレイヤーでもあるのだ。
何故、このようなことになったかと言うと――
「ねぇ先生、今度あたしたちと一緒に遊ばない? ソロ活動だと、いろいろ不便でしょ?」
「駄目よ。 わたしはあくまでも、お目付け役なの。 貴女が羽目を外して、遊び過ぎないように監視する為のね。 その役に徹するには、ソロの方が動き易くて良いのよ」
「……本当は誰かと遊びたいくせに」
「何か言ったかしら?」
「べ、別に? ほら、出来たから採点して!」
「まったく……見せてみなさい」
萌香から答案用紙を受け取った環奈は、鋭い視線でチェックして行った。
その様子をボンヤリ眺めていた萌香は、あることを思い出して、興味深そうに問い掛ける。
「そう言えば、モデルの話はどうなったの? 結構有名な雑誌から、スカウトされたって聞いたよ?」
「……貴女には関係ないでしょう?」
「良いじゃない、教えてよ。 自分の先生が、モデルになるかもしれないんだよ? 気になって勉強に集中出来ないよ」
「またそう言うことを……。 はぁ……まだ、答えは出していないわ」
「え、どうして? 先生綺麗だし、スタイルも良いし、絶対向いてると思うんだけど」
「そう簡単な話ではないわよ。 仮に貴女の言う通りだとしても、モデルの世界って厳しいと思うし。 それに、外見のことを言うなら……」
「うん? どうしたの、先生?」
「な、何でもないわ」
一瞬、手を止めて萌香を見つめた環奈だが、すぐに仕事に戻った。
そんな彼女を萌香は不思議そうに見やっている。
実のところ、この両者はない物ねだりをしていた。
萌香は環奈を理想の女性だと思い、アバターの参考にしている。
対する環奈も、小柄な萌香を可愛らしいと感じており、自身のアバターに反映させていた。
そうして、やや複雑な事情を抱えている2人だが、共通していることもある。
採点を終えた環奈は1つ息をつき、萌香に用紙を返しながら告げた。
「まぁまぁね。 まだミスもあるけれど、悪くないわ」
「もう、もっと素直に褒めてよ」
「それは、受験に合格してからね。 今どれだけ高得点を取っても、通らなかったら意味がないのだから」
「う、嫌なこと言うね……。 まぁ、その通りなんだけど」
「とは言え、このまま勉強を続けていれば、第一志望も充分に現実的よ。 あとは……」
「生存戦争、だね……」
「家庭教師としての立場から言わせてもらうなら、サッサとやめて勉強に集中して欲しいのだけれど」
「じゃあ、同じMLOプレイヤーとしてなら?」
「……簡単に負ける訳には行かないわね」
「あはは。 先生のそう言うとこ、好きだよ。 あたしも、皆との居場所を守る為に頑張る」
「バスケ部の友だちね……。 引退してからも、仲良くしているの?」
「当然! まぁ、一緒にいる時間は減っちゃったけどね。 だからこそ、MLOで遊ぶのが楽しみなの」
「そう……」
「……ねぇ、先生。 やっぱり、あたしたちのギルドに――」
「入らないわ。 少なくとも、今は他人のふりを続けるわよ」
「……だったら、生存戦争で生き残って、あたしが受験に合格したあとなら?」
「そのときは……考えてあげても良いわ」
「そっか。 なら、余計に負けられないね。 ……あ、そろそろ時間だ」
「本当ね。 わたしは一旦帰るわ」
「うん、今日も有難う。 先生、またあとでね」
「えぇ」
短く答えた環奈が、手早く帰り支度を済ませて部屋を出て行く。
淡泊に見えるが、萌香は彼女が防衛に向けて、やる気になっていることを知っていた。
苦笑をこぼした萌香は勉強道具を片付け、バイザー型デバイスを装着し、MLOにログインする。
モエモエの姿で拠点の町に降り立った彼女は、迷うことなく大樹に向かった。
これはペンタゴンの決まりで、防衛前に1度集まることをダリアが提案している。
道中に彼女は多くのプレイヤーから声を掛けられ、気さくに手を振って応えていた。
近くでは、使い魔である小竜のフランが、パタパタと飛んでいる。
モエモエはペンタゴンの中でもフレンドリーな方で、その実力と容姿も相まってファンが多い。
本人としては、あまり特別扱いして欲しくないようだが。
何はともあれ、いつもの1室にモエモエが辿り着くと、そこにはダリアの姿があった。
なんとなく居住まいを正した彼女は、なるべく普段通りに声を掛ける。
「こんばんは、ダリアさん」
「おや。 こんばんは、モエモエさん」
「あの……他の人たちは?」
「ノイさんとエリスさんは、偵察の準備をしています。 ネーヴェさんはまだですね」
「そ、そうですか」
ダリアの返答を受けて、微妙にぎこちない笑みを浮かべるモエモエ。
彼女はダリアの実力を認めており、人柄も良いと思っているが――
(なんとなく、落ち着かないんだよね……)
と、直感的に彼に対して警戒心を持っていた。
ただし、そこに明確な理由はなく、だからこそどうすることも出来ない。
それに比してダリアは穏やかな笑みを絶やさず、余裕を崩さずにいる。
そのまま無言の時間が経過し、いよいよモエモエがいたたまれなくなって来た頃、彼女がやって来た。
「ギリギリになって悪いわね」
言わずもがな、ネーヴェ。
彼女を見たモエモエは反射的に喜びかけたが、MLOでは他人。
そのことを思い出したモエモエは、敢えて淡々と声を発する。
「こんばんは、ネーヴェさん」
「こんばんは、モエモエ」
自分を見ようともしないネーヴェに、僅かに胸がチクリとしつつ、モエモエはダリアに目を向けた。
ノイとエリスが既に行動に移っていると言うことは、ペンタゴンはこれで全員。
そしてメンバーが揃った段階で、ダリアが指示を出すのが慣例。
ネーヴェもダリアのことは完全に信用していないが、能力は買っている。
それゆえ、2人はこれまで大人しく指示に従っており、今日もそのつもりだ。
彼女たちの様子を見ていたダリアは、少しばかり間を置いてからニコリと笑い、ゆっくりと口を開く。
「モエモエさん、ネーヴェさん、今日は防衛に徹して下さい」
「え? 防衛ですか?」
「そうです、モエモエさん。 不確かな情報ですが、どこかのタイトルがMLOに攻めて来るかもしれないんです。 今は無理に侵攻する必要もありませんし、守りを固めましょう」
「情報源が気になるけれど……良いわ、引き受けてあげる。 どの道、わたしは防衛のつもりだったしね」
「ネーヴェさん、助かります。 モエモエさんも、お友だちと一緒に頑張って下さいね」
「は、はい、わかりました」
ダリアに微笑み掛けられたモエモエは、緊張しつつも首を縦に振った。
すると、ネーヴェが何も言わずに踵を返す。
MLOでは可能な限り会話しない方針なので、致し方ないと思ったモエモエは、フレンドに一斉メッセージを送った。
それから大樹を出て、待ち合わせ場所に向かう。
そこには、3人の少女たちと、それぞれの使い魔が待っていた。
「あ、モエモエ!」
「ごめん、皆。 待たせた?」
「いやいや、さっきメッセージ送って来たばかりでしょ? あたしたちは、たまたま近くにいただけだよ」
「そうそう! それより、今日は侵攻じゃないんだね?」
「うん、ダリアさんからの指示なの。 もしかしたら、MLOにどこかが攻めて来るかもしれないんだって」
「そっかぁ。 ちょっと怖いけど、モエモエが一緒なら大丈夫だよね!」
「うんうん! なんてったって、獄炎の魔女なんだから!」
「ちょっと、その呼び方はやめてよ! 結構恥ずかしいんだからね?」
「えー。 格好良くて良いじゃない。 実際強いんだし、照れなくても良いのにね?」
「だね」
「ねー」
「照れてないってば!」
顔を真っ赤にして叫ぶモエモエ。
しかし、嫌な気はしておらず、こうしてふざけ合えることを喜んでいた。
その一方で――
「楽しそうね……」
離れた場所から4人を眺めていたネーヴェは、眩しそうに目を細めていた。
自身の役割を全うする為に孤高の存在を貫いている彼女だが、本心では他のプレイヤーと遊びたいと思っている。
それでもネーヴェは、優先事項を間違えない。
防衛に備えて装備などのチェックを済ませ、使い魔である白い狼を呼び出した。
味方にもかかわらず、周囲のプレイヤーが僅かにどよめくほどの、存在感を放っている。
だが、ネーヴェは一切気にした素振りもなく狼を撫でて、慈しむように声を発した。
「今日もお願いね、リル」
狼ことリルは返事をしなかったが、発する迫力が一段と増した。
それこそが答えだと感じたネーヴェは微笑を漏らし、そのときが訪れる。
「来たぞ!」
「上等よ! やってやるわ!」
「MLOを舐めんじゃねぇぞ!」
19時を回り暫くして、大勢のプレイヤーが転移して来た。
それなりに知名度が高く、残っている中でも活発なタイトルの1つ。
拠点である町に向かって来ており、森に入ろうとして――獄炎。
寸前で放たれた地獄の業火が、辺り一面を焼き払った。
それを成し遂げたのは、言うまでもなくモエモエ。
いきなり【インフェルノ】を受けた相手タイトルは二の足を踏んでおり、そこに3人の少女が襲い掛かる。
「あたしたちだって!」
「モエモエにだけ、任せてられないよ!」
「頑張っちゃうよー!」
元気いっぱいなモエモエの仲間たちが、得意の炎魔法で次々と敵を倒して行く。
使い魔たちも頑張っており、それぞれの主を援護していた。
その様子をモエモエは苦笑を浮かべて眺め、自身もより一層勢い込んで戦いに臨む。
フランも気合いが入っているようで、炎のブレスを吐き出していた。
彼女たちのギルドであるプラーミャは、炎魔法のみを使うことで知られている。
属性の相性で不利になることもあるが、その実力は間違いない。
モエモエを筆頭に膨大な炎を撒き散らす4人に続くかのように、他のMLOプレイヤーも奮起していた。
しかし、そのとき――
「え!? 向こう!?」
「もしかして、こいつら囮だったのか!?」
町を挟んで戦場とは反対側に、新たなプレイヤーが出現した。
どうやら、主戦力にMLOプレイヤーの意識を集中させて、迂回した別動隊がクリスタルを破壊する算段だったらしい。
その策は見事にはまり、今から戻っても間に合わないだろう。
もっとも、モエモエは何の心配もしていなかったが。
「行くわよ、リル」
クリスタルの近くに陣取っていたネーヴェが呟き、リルに白い光が収束すると――巨大化。
見上げるほどの白狼を目の当たりにして、別動隊は恐れ戦いていた。
古代魔法、【フェンリル】。
使い魔であるリルを強化する効果で、分類的には補助魔法。
とは言え、実態はかなり攻撃的だ。
「始末しなさい」
ネーヴェがゆらりと右手を前に出し、短く命じる。
それと同時に、リルの姿が掻き消えた。
驚愕した別動隊は、必死に周囲を見渡したが、全てが遅過ぎる。
「ぐぁッ!?」
「ぎゃあ!?」
凄まじい速度で駆け回ったリルが、その爪で、牙で、尾で、敵を瞬く間に殲滅して行く。
相手もなんとか反撃しようとしていたが、リルのスピードには付いて行けていない。
結局、侵攻して来たタイトルはまともに攻撃することも出来ず、大打撃を受けて逃げ帰った。
MLOプレイヤーたちは警戒を続けたが、無事に22時を迎える。
そのときになって空気が弛緩し、喜びの声があちらこちらから聞こえて来た。
モエモエたちプラーミャもはしゃいでおり、その光景を見てネーヴェは笑みを浮かべていたが――
「いやぁ、皆さん流石ですね。 お見事です」
モノクルの位置を整えながら、にこやかに歩み寄って来たダリア。
使い魔である単眼のコウモリ、アイも一緒だ。
彼を視界に捉えた瞬間、ネーヴェが冷たい表情になる。
だが、ダリアはマイペースに言葉を連ねた。
「今回も、わたしが出る幕はありませんでした。 素晴らしい仲間たちだと思います」
「仲間たち、ね……。 たまには、貴方にも働いてもらいたいのだけれど?」
「それに関しては、話し合ったでしょう? 敵に情報を与えない為にも、ペンタゴン全員が手の内を晒すのは得策じゃありません。 わたしは敢えて、手を出さないようにしているんですよ」
「物は言いようね。 まぁ、良いわ。 それより、何か用かしら?」
「おや、用がなければ仲間に話し掛けたらいけませんか?」
「悪いけれど、おふざけに付き合うつもりはないの」
「やれやれ、わかりましたよ。 実は、次回のGENESISクエストの情報を手に入れたんです」
「……! それは確かなの?」
「いいえ。 残念ながら、デマでした。 ちなみに、情報の真偽を確かめてくれたのは、高垣さんでした。 彼には感謝しなければなりませんね」
「……そう」
ダリアの言葉を聞いて、難しい顔で黙り込むネーヴェ。
彼女から見て高垣は、正直なところ当てにならない人物だった。
それは的外れな感覚ではないのだが、ダリアの嘘によって、多少なりとも見直している。
そんな彼女を内心で嘲笑いつつ、ダリアは続きを話した。
「それで本題なんですけど、このことを他のペンタゴンにも伝えてくれませんか? もし現時点でGENESISクエストの情報を掴んでも、偽の情報である可能性が高いので、事前に必ず相談するようにと」
「構わないけれど、どうして自分で言わないの?」
「わたしは、他のプレイヤーに説明して来ます。 それとも、役割と交代しますか?」
「……わたしはペンタゴンを担当するわ」
「有難うございます。 では、よろしくお願いしますね」
最後まで笑顔を絶やさなかったダリアは、モノクルの位置を正しながら歩み去った。
暗に自分が1人だと言われた気がするネーヴェは、渋い顔をしつつもモエモエの元に向かう。
その足取りは軽く、事務的な話であっても、彼女と関われるのは楽しみらしい。
こうしてMLOは侵攻を難なく退け、ダリアは偽情報の策を順調に進めるのだった。
そしてこの頃、ノイとエリスは自身の仕事を果たしていた。




