第2話 師弟
放課後の学校に、雪夜は残っていた。
部活動にも入っていなければ、委員会や生徒会にも関わりのない彼は、基本的には既に帰っている時間帯。
だが、今日に限っては特別である。
「じゃあ如月くんは、本気でT大を受験するつもりなんだね?」
「はい」
「うーん。 まぁ、キミほどの成績なら、無理ではないんだけど……。 ちなみに、金銭面は大丈夫なのかい?」
「大丈夫です。 生前は両親も、進学に賛成していましたから。 その費用には、残してくれたものを有難く使わせてもらおうと思っています」
「なるほどねぇ……」
机を挟んで向かい合った担任が、難しい顔で資料を眺める。
その様子を雪夜は、静かに見つめていた。
もうわかったかもしれないが、今日は進路相談である。
もっとも、既に進路を決めている雪夜にとっては、確認作業でしかないのだが。
ところが、担任は何かに引っ掛かっているようで、簡単には話が終わらない。
疑問に思った雪夜は、自分から切り出すことにした。
「先生、何か問題があるんですか?」
「あ、いや、問題と言うか……。 キミ、例の事件に巻き込まれてるだろう? ほら、生存戦争とか言う、ゲームの……」
「えぇ、まぁ。 巻き込まれていると言う表現が正しいかはわかりませんが、参加しているのは事実です」
「だよねぇ。 そこがちょっと、気になってね」
「……生存戦争に参加していることと、受験に何か関係があるんですか?」
まさか、内申点が下がるのか。
そう疑った雪夜は、少しばかり視線の温度を下げて問い掛けた。
それを受けた担任は、慌てて手を横に振りながら告げる。
「いやいや、直接関係はないよ。 ただねぇ、あまりにもゲームに熱中するようだと、成績をキープ出来るのか心配なんだよ」
「それに関しては、この間のテストでも証明したはずですが?」
「確かに、素晴らしい成績だったよ。 でも、それをずっと続けられるのかな? いくら如月くんが優秀でも、そのうち厳しくなるんじゃない?」
「そんなことは……」
「ないって言い切れるのかな? キミも、1人の高校生であることに、違いはないんだ。 無理をすれば、ろくなことにならないよ」
「……では、どうしろと言うんですか?」
「僕としては、受験に絞って欲しい。 それなら全面的に応援出来るし、安心出来るんだけどね」
この担任に、悪気はない。
多少なりとも保身に走っている部分はあるが、それでも雪夜のことを考えているのも本当だ。
実際、単なる娯楽であるゲームと、将来を決める要素の1つである進学先、どちらを優先するべきかは決まっているのかもしれない。
だが、それでも、雪夜に譲る気はなかった。
ケーキやAlice、ゼロに貴音。
EGOISTSの仲間たちの為にも、ここで自分が抜ける訳には行かないと考えている。
改めて覚悟した雪夜は反論しようとしたが、その前にこの場にいる最後の1人が沈黙を破った。
「先生のお気持ちもわかりますが、ここは雪夜の好きにさせてやってくれませんか? コイツなら、必ず両立出来ますから」
穏やかながら芯のある声を発したのは、雪夜の恩師である修司。
彼は両親の代わりとして、雪夜の三者面談に来ていたのだ。
ずっと静観していた修司が口を挟んだことに、担任は面食らったようだが、すぐに言い返す。
「そうは言いますが、これは如月くんの将来が懸かった話です。 あくまでも他人である、貴方がどうこう言うのはいかがなものかと」
「先生、そんな言い方は――」
「良いんだ、雪夜。 俺が他人だってことは、間違いないからな」
「師範……」
「ただ先生、俺は雪夜を本当の息子のように思っています。 だからこそ、コイツのやりたいことをやらせてやりたいんですよ。 もし勉強を疎かにするようなら、俺からも言って聞かせます。 ですから、今は見守ってやってくれませんか?」
「……俺も今の成績を落とさないと、約束します。 師範の顔に、泥を塗りたくないので」
真剣な面持ちの、修司と雪夜。
2人の強い意志を叩き付けられた担任は、僅かに仰け反ってから盛大に嘆息し、渋々ながら言葉を紡いだ。
「わかりました、ひとまずは様子を見ます。 でも如月くん、これだけは覚えておいてくれ。 T大は通常、受験一本でも厳しいんだ。 二足の草鞋を履くと言うなら、それ相応の頑張りが必要だぞ?」
「はい、重々承知しています。 先生を安心させられるよう、精進します」
「頼んだよ。 では、今日の三者面談は終了です。 近藤さんも、お時間を頂き有難うございました」
「こちらこそ参加させて下さって、有難うございました。 今後とも雪夜を、よろしくお願いします」
担任に向かって、丁寧に頭を下げる修司。
それを見た雪夜も、並んで一礼する。
担任は苦笑しつつも、この2人に確かな絆があることを、認めていた。
その後、教室を出た雪夜たちは、無言で廊下を歩んで学校をあとにする。
暫くは2人とも黙ったままだったが、ようやくして雪夜が口を開いた。
「師範、今日はお忙しい中、有難うございました。 お陰でこれからも、自分の道を歩けそうです」
「気にするな。 それにお前なら、1人でも言い負かされることはなかっただろう。 そう言う意味では、余計なお世話だったかもしれないな」
「そんなことはないです。 俺は、師範の言葉で勇気付けられました」
「それなら良かったが、俺を嘘つきにしないでくれよ?」
「勿論です。 勉強も生存戦争も、全力を尽くします」
「あぁ、お前なら大丈夫だ。 ただし、無理だけはするなよ? 先生が言っていたように、お前も1人の高校生に違いはない。 頑張り過ぎたら、倒れてしまうからな」
「はい、肝に銘じます。 俺が倒れたら、皆にも迷惑を掛けてしまうので」
帰り道を修司と並んで歩みながら、固く誓う雪夜。
すると、何やら修司がニヤニヤ笑っていた。
怪訝に思った雪夜が視線で問い掛けると、修司はおとがいに手を当てて、愉快そうに言葉を連ねる。
「皆にも……か。 お前にも、新しい仲間が出来たんだな。 良かったじゃないか」
「そう、ですね……」
「何だ? 煮え切らない態度だな。 嬉しくないのか?」
「いえ、そう言う訳ではないんですけど。 ただ、ソロの時間が長かったからか、まだ少し慣れない部分もあって」
「なるほど。 要するに、照れてるのか」
「……はっきり言われると、肯定し辛いんですが」
「はは! お前にも、年相応の感情があったと言うことだ。 いやぁ、良かった良かった」
「絶対、面白がっていますよね……?」
楽しそうに笑う修司に、雪夜はジト目を向けた。
しかし、修司は微笑を浮かべて横目で雪夜を見つめ、はっきりと告げる。
「あぁ、面白い。 自分の愛弟子が、成長しようとしているんだ。 これほど面白いことはないぞ」
「……そうですか」
修司の想いを知った雪夜は、思わず視線を逸らした。
それが恥ずかしさからだと察した修司は、苦笑している。
しばしの間、口を閉ざした2人の足音だけが聞こえた。
やがて彼らは岐路にまで辿り着こうとしたが、雪夜があるものに気付く。
それは、建物の壁に貼り付けてあった、アリスのポスター。
どうやら、ライブの告知用らしい。
やはりAliceと似ていると感じた雪夜が、まじまじとポスターを眺めていると――
「なんだ、雪夜もやっぱり年頃の少年だな。 そう言う子が好きなのか?」
「……! いえ、そう言う訳ではないです。 単に、知り合いに似ていると言うだけで……」
「隠すな、隠すな。 別に恥ずかしがることじゃないだろう? むしろ、俺は嬉しいぞ。 雪夜は、女の子に興味がないのかと思っていたからな」
「ですから……」
「これは、彼女が出来るのも時間の問題だな。 そのときは、ちゃんと紹介しろよ? いやぁ、楽しみだ」
上機嫌に歩みを進める修司に、雪夜はこれ以上の言葉は無意味だと悟った。
大きく溜息をついた彼は足を再稼働させ、恩師を追い掛ける。
間もなくして修司と別れた雪夜は、真っ直ぐに自宅へと向かったのだが、このとき既に生存戦争は新たな局面を迎えようとしていた。




