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レイドボスAIは恋をした ~孤高の最強プレイヤーと、VRMMO生存戦争を駆け抜けた剣姫の物語~  作者: YY
第4章

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エピローグ 暗転

 すっかり日が落ちた時間帯。

 雪夜が戻って来たとき、町は異様な空気に包まれていた。

 クリスタルの近くに集まっているのは、Aliceとゼロを始めとしたCBOプレイヤーたち。

 そして、フレンやアリエッタ、ネーヴェにモエモエと言った、同盟中の援軍。

 更には、白太、ミント、Eden、Nicoleと言った幹部に加えて、残った侵攻軍までも揃っている。

 そうそうたる面子と言えなくもないが、誰も声を発さずに1人の少女を凝視していた。

 大勢の中心に佇んでいるのは、ケーキ――いや、剣姫。

 彼女は髪色と瞳の色を戻さずに、正体を明かし続けている。

 CBO最強のレイドボスである彼女は、他のタイトルでも有名で、多くのプレイヤーにナーガを仕留める場面を目撃されたこともあり、言い逃れは出来ない状況だ。

 ただし、真っ向から剣姫に言葉を掛けられる者はおらず、遠巻きに様子を窺っている。

 ほとんどのプレイヤーは、彼女にどう接するべきかわからず、混乱していた。

 レイドボスがプレイヤーに扮していたなど、すぐに受け入れるのは難しいだろう。

 最も仲が良いと言って差し支えのない、Aliceですらも何も出来ない。

 むしろ、仲が良いからこそショックが大きいようだ。

 一方の剣姫は無表情で、何を考えているのか判然としない。

 だが雪夜は、彼女が酷く怯えていることに気付いている。

 それは恐らく、自分の正体を知ったGENESISの粛清に対するもの。

 その結末が現実的だと感じた雪夜は、口を引き結んで強く拳を握り締めた。

 しかし、立ち止まりはしない。

 人垣を掻き分けて前に出た雪夜は、孤立した剣姫に歩み寄る。

 彼の行動に周囲のプレイヤーは戸惑っていたが、口を挟むことはなかった。

 正面に立った雪夜を、剣姫は真っ直ぐに見つめる。

 そこからは感情が読み取れず、まるで人形のようだ。

 それでも雪夜は揺らぐことなく、彼女の頭に手を伸ばしてゆっくりと撫でる。

 瞬間、剣姫の体がビクリと震えたが、気付かぬふりをした。

 そのまましばしの時が過ぎ去り、ようやくして雪夜は言葉を紡ぐ。


「良くやった、ケーキ。 頑張ったな」

「……ッ! せ……雪夜、さん……。 ですが、わたしは……」

「心配するな。 あとのことは任せろ」

「……はい」


 いつもよりも柔らかい雪夜の微笑みを目の当たりにして、剣姫――氷のように固まっていたケーキの心が解ける。

 両の眼から滂沱の涙を流し、必死に嗚咽を堪えていた。

 そんな彼女に頷いた雪夜は真剣な顔で振り向いて、周りのプレイヤーたちを見渡し――深く頭を下げる。

 思わぬ事態に、あちらこちらから息を飲む音が聞こえた。

 だが、雪夜は構わず懇願の言葉を投げ掛ける。


「もうわかっているかもしれないが、ケーキはCBOのレイドボス、剣姫だ。 そのような存在が生存戦争に参加していたことを、許せない者がいても当然だと思う。 ただ、彼女は決して不正はしていない。 俺たちと同じ条件で、1からスタートしたんだ。 今回は、剣姫としての力を使ったのかもしれない。 だがそれは、彼女が本来持っていたもの。 あとからチートなどで得た力じゃないんだ。 だから、どうか……どうか許して欲しい。 奇跡的に生まれた彼女の人生を、ここで終わらせないでくれ」


 ケーキがAIだと知りながら、敢えて『人生』と言うワードを使い、かつてないほど必死に訴え掛ける雪夜。

 苦しい言い分だと、わかってはいる。

 自分が反対の立場なら、たとえ仲間だとしても拒否したかもしれない。

 ましてやそれが敵なら、言わずもがな。

 だとしても、雪夜は諦めなかった。

 ケーキを失わないで済むなら、自分のプライドなどどうでも良い。

 このとき、彼は自分の気持ちをはっきりと自覚した。

 ケーキがどれだけ大きな存在か、痛感している。

 それゆえに、彼女が消えるかもしれないことに、恐れを抱いていたが――


「あたしからもお願い! ケーキちゃんは、大事な仲間……ううん、友だちなの!」


 ケーキに駆け寄って抱き締め、涙ながらに叫ぶAlice。

 彼女の腕の中でケーキも泣き続け、Aliceの声は他のCBOプレイヤーにも伝播して行った。


「そ、そうだ! ケーキちゃんは、俺たちの仲間だ!」

「レイドボスだとかAIだとか、関係ないよね! ずっと、助けてくれてたし!」

「正直まだビックリしてるけど、あの子が必死だったのは皆わかってるよ!」

「おうよ! それでも文句あるって奴がいるなら、俺がぶっ飛ばしてやる!」

「1人で格好付けんなよ! 俺たちで、ケーキちゃんを守るぞ!」


 次々に意志を示したCBOプレイヤーたちが、ケーキを守るように陣形を組んだ。

 彼らの気持ちを受け取ったケーキは目を丸くし、Aliceは涙を流しながら笑みを浮かべている。

 顔を上げた雪夜の瞳も僅かに潤んでいたが、彼は表情を取り繕っていた。

 こうしてCBOは団結したが、問題はここからだ。

 仲間であるCBOプレイヤーが庇うのは、さほど意外ではない。

 しかし、他のタイトルにとっては、ケーキと言う主力を削るチャンス。

 冷静に考えれば、逃す手はないはずだ。

 だからこそ雪夜は緊張していたが、真っ先に口を開いたのは――フレン。


「雪夜くん、いくつか聞かせてもらって良いかな」

「勿論だ」

「反応を見る限り、他のCBOプレイヤーは知らなかったようだけど、キミは彼女の正体を知っていたんだね?」

「……つい先日、ケーキ自身の口から聞いた」

「なるほど。 黙っていたのは何故かな?」

「俺自身が消化し切れていなかったことと、話しても信じてもらえないと思ったのが理由だ」

「ふむ。 ケーキちゃんを許して欲しいとのことだけど、彼女は強力なプレイヤーだ。 僕たちにとっては、邪魔な存在だと言える。 そのことはわかっているね?」

「……あぁ」

「わかった上で、僕たちにそれを受け入れろと?」

「都合が良いことを言っているのは、重々承知だ。 それでも、俺はケーキに消えて欲しくない」


 フレンの厳しい眼差しを、雪夜は逃げずに受け止めた。

 空気が張り詰めて、場合によっては戦いに発展しかねない。

 そう感じた全てのプレイヤーが身構えていた、そのとき――


「あたしは良いと思いますよ」


 アリエッタが割って入る。

 驚いた雪夜とフレンは振り向き、他のプレイヤーたちも彼女に注目した。

 だが、アリエッタは臆することなく、ニコニコ笑いながら自身の考えを語る。


「雪夜くんがそこまで言うなら、あたしは許しても良いかなって思います」

「アリエッタちゃん……」

「ごめんなさい、フレン様。 でもそれが、あたしの正直な気持ちなんです」


 アリエッタの真っ直ぐな言葉を聞いたフレンは、口ごもった。

 本心では彼も、このような形でケーキを脱落させるのは不本意だった。

 SCOの代表として、非情に徹していたに過ぎない。

 しかし、混じり気のないアリエッタの笑みを前に、そのような気は失せている。

 苦笑を漏らしたフレンが、MLO陣であるネーヴェとモエモエに視線で確認を取ると、彼女たちも躊躇いがちに頷いた。

 そんな2人にフレンは頷き返し、白太とミント、EdenとNicoleに問い掛ける。


「キミたちは、どう考えているんだい?」

「……雪夜、仮に見逃すなら条件がある」

「白太……。 言ってみてくれ」

「1つは、今後の戦いにケーキを参加させないことだ。 戦力として考えなくて良いなら、存在することは構わないと俺は思う」

「……わかった、飲もう」

「良し。 もう1つは、ミントに真実を教えることだ」

「真実……?」


 白太の出した2つ目の条件に、雪夜は訝しそうに眉根を寄せた。

 すると白太はミントに目を向け、意図を汲んだ彼女は大きく深呼吸してから、嘘偽りを許さない力を込めて問を投げる。


「コースケさんを脱落させたのは、貴方ですか?」

「いや、復活能力は使わせたが、それだけだ。 落としてはいない」

「……では、真犯人は誰なんですか?」

「すまないが、わからない。 少なくとも、俺が見送ったあとだとは思うが……」

「……そうですか」


 雪夜の答えを聞いたミントは、沈痛な面持ちで俯いた。

 だが、再び大きく息をついた彼女は顔を上げ、ペコリと頭を下げてから告げる。


「わかりました。 ひとまず、信じることにします。 これまで、すみませんでした」

「謝られることをされた覚えはないが……気にしないでくれ」


 一方的に恨まれていたことを知らない雪夜からすれば、ミントの言葉は意味不明である。

 それでも、無意味なことではない。

 ミントの中で、1つの区切りが付いたのだから。

 完全に吹っ切れたとは言えないが、ミントから殺伐とした雰囲気が失せつつある。

 そのことに白太は内心で満足しつつ、EdenとNicoleに視線を転じた。

 自分たちの番だと悟った双子は顔を見合わせ、代表してEdenが答えを返す。


「俺たちも、生存戦争に参加さえしないなら、放っておいて良いと思ってる。 だよね、Nicole?」

「まぁね。 それに、ここで駄々こねたら、あたしたちだけ悪者みたいじゃん」

「確かに。 と言うことで、約束は守ってくれるんだね?」

「あぁ、必ず。 ケーキも、それで良いな?」

「はい、雪夜さんの傍にいられるなら」

「うーわ、熱いじゃん。 ちょっと羨ましいかも」

「Nicoleだって、良く告白されてるだろう?」

「ちょ!? Eden、余計なこと言わないでよ!」

「あはは、ごめんごめん」


 喚き散らすNicoleを、Edenが両手で制する。

 途端に賑やかになったが、そこに現実的な問題が突き付けられた。


「でも、GENESISはどうするの? わたしたちが許したとしても、彼らが黙ってはいないのではないかしら」

「そうですね……。 正直、見逃してくれるのか疑問です」


 固い面持ちのネーヴェと、辛そうなモエモエ。

 彼女たちの懸念は雪夜たちもずっと考えていたことで、結局のところGENESIS次第なのだ。

 だからこそ必死に、彼らは考えを巡らせていたが――


『その心配はない』


 星空を塗り潰すように出現した巨大ウィンドウと、GENESISのマーク。

 発せられた代表の声を聞いて、全プレイヤーに緊張が走った。

 しかし、そのような反応など知ったことかとばかりに、代表はマイペースに続ける。


『レイドボスの戦闘AIが意志を持つ……これは、まさに奇跡。 それを台無しにするような真似はしないと、断言しよう』


 代表の言葉を聞いたCBOプレイヤーたちの顔に、喜びの感情が浮かぶ。

 ところが、雪夜は言いようのない不安感を拭えなかった。

 そして彼の予感は、現実のものとなってしまう。


『やれ』


 代表による、唐突な命令。

 雪夜も含めて、誰もその意味がわからなかった。

 ただ1人を除いて。


「え……?」


 唖然としたケーキの声がこぼれる。

 咄嗟に振り向いた雪夜が目にしたのは、彼女の首筋に注射器のようなものを突き刺した――ゼロ。

 状況が理解出来ずに硬直している雪夜に頓着せず、ゼロは崩れ落ちたケーキを肩に担ぎ上げて跳躍し、その場から脱した。

 背の高い建物に着地したゼロは、集まったプレイヤーたちを冷めた眼差しで見やる。

 そこに来て呪縛が解けた雪夜は、震える口を無理やりに動かした。


「何を……何をしているんだ、ゼロ……?」


 優秀な頭脳を持つ彼は、おおよその流れを察していた。

 いや、察してしまっていた。

 しかし、それが間違いであって欲しいと願って問い掛けた雪夜に、ゼロは無慈悲に言い放つ。


「悪いな、雪夜。 俺は最初から、この為にお前らに近付いたんだよ」

「どう言うことだ……? ケーキをいったい、どうするつもりだ……?」

「さぁな、そこまでは知らねぇよ。 俺の役目は、ケーキちゃんの情報をあいつらに提供することと、タイミングを見計らって捕えることだったからな」

「嘘だよ! ゼロさん! あたしたちは仲間でしょ!? ずっと一緒に、頑張って来たじゃない!」

「それは、お前らを信用させる為だ、Aliceちゃん。 俺の演技、上手かっただろ?」


 そう言って勝気な笑みを湛えるゼロ。

 いつも通りなことが、雪夜とAliceの心をより深く抉る。

 だが、唇を噛み締めて奮い立った雪夜が、『無命』に手を掛けた。

 そのことに気付いたAliceはハッとして止めようとしたが、雪夜は制止を振り切ってゼロに向かって跳躍する。

 敢えて感情を消し去ったような無表情で抜刀し、ゼロに【閃裂】を繰り出した。

 ところが――


「忘れたのかよ? ここは安全区域だぜ?」


 雪夜の刃はゼロにヒットしたものの、何の戦果も得られない。

 強烈な眼差しを突き刺す雪夜に対して、ゼロは平然とした態度を崩さなかった。

 それでも雪夜は諦めることなく、ケーキに手を伸ばす。

 何としてでも、取り返そうと言わんばかりに。

 ただし、それが報われるかは別問題だった。


『させん』


 代表の声が響き、ゼロとケーキを包むように障壁が展開される。

 それに触れた雪夜は弾き飛ばされ、地面に落ちた。

 すぐさま立ち上がった彼は、もう1度立ち向かおうとしたが――


「じゃあな、雪夜、Aliceちゃん。 お前らとの仲間ごっこ、楽しませてもらったぜ」


 ゼロとケーキの姿が消え去った。

 あまりにも無力だったことに、雪夜は強く歯を食い縛っている。

 Aliceは呆然自失とし、フレンやアリエッタ、EdenにNicoleも含めた他のプレイヤーも、置いてきぼりにされていたが、代表は尚も止まらない。


『ケーキは、我らが有効活用させてもらう。 そして……ここからが、本当の生存戦争だ』


 誰もが衝撃から立ち直れていない中、代表が告げると同時に世界が鳴動した。

 何事かと思ったプレイヤーたちは困惑していたが、すぐに答えは与えられる。


『たった今、【ネオ・ジェネシス・オンライン】……通称NGOが稼働開始した。 これが我らのタイトルであり、諸君らの真の敵だ。 そしてここに、最後のGENESISクエストの実施を宣言する。 1週間以内に、我らNGOに勝利せよ。 それが出来れば、諸君らの勝ちだ。 生存戦争で脱落した者を、全員復活させると約束しよう。 ただし期間内に勝てなかった場合は、全てのタイトルが脱落となる。 以上だ、精々頑張りたまえ。 諸君らの健闘を祈る。 もっとも、無駄な足掻きだろうがな』


 言いたいことを言い終わった代表は、ウィンドウを消した。

 あとには美しい星空が広がっているが、雪夜の目には漆黒の闇のように映っている。

 この場にいるほとんどの者が、事態に着いて行けていない。

 雪夜の例外ではなく、一気に様々なことが起こり過ぎて、胸の内はグチャグチャだ。

 それにもかかわらず彼の指は機械のように動き、ウィンドウを開いてタイトル一覧を確認する。

 そこには間違いなく、真の敵――【ネオ・ジェネシス・オンライン】の名が記されていた。

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