エピローグ 暗転
すっかり日が落ちた時間帯。
雪夜が戻って来たとき、町は異様な空気に包まれていた。
クリスタルの近くに集まっているのは、Aliceとゼロを始めとしたCBOプレイヤーたち。
そして、フレンやアリエッタ、ネーヴェにモエモエと言った、同盟中の援軍。
更には、白太、ミント、Eden、Nicoleと言った幹部に加えて、残った侵攻軍までも揃っている。
そうそうたる面子と言えなくもないが、誰も声を発さずに1人の少女を凝視していた。
大勢の中心に佇んでいるのは、ケーキ――いや、剣姫。
彼女は髪色と瞳の色を戻さずに、正体を明かし続けている。
CBO最強のレイドボスである彼女は、他のタイトルでも有名で、多くのプレイヤーにナーガを仕留める場面を目撃されたこともあり、言い逃れは出来ない状況だ。
ただし、真っ向から剣姫に言葉を掛けられる者はおらず、遠巻きに様子を窺っている。
ほとんどのプレイヤーは、彼女にどう接するべきかわからず、混乱していた。
レイドボスがプレイヤーに扮していたなど、すぐに受け入れるのは難しいだろう。
最も仲が良いと言って差し支えのない、Aliceですらも何も出来ない。
むしろ、仲が良いからこそショックが大きいようだ。
一方の剣姫は無表情で、何を考えているのか判然としない。
だが雪夜は、彼女が酷く怯えていることに気付いている。
それは恐らく、自分の正体を知ったGENESISの粛清に対するもの。
その結末が現実的だと感じた雪夜は、口を引き結んで強く拳を握り締めた。
しかし、立ち止まりはしない。
人垣を掻き分けて前に出た雪夜は、孤立した剣姫に歩み寄る。
彼の行動に周囲のプレイヤーは戸惑っていたが、口を挟むことはなかった。
正面に立った雪夜を、剣姫は真っ直ぐに見つめる。
そこからは感情が読み取れず、まるで人形のようだ。
それでも雪夜は揺らぐことなく、彼女の頭に手を伸ばしてゆっくりと撫でる。
瞬間、剣姫の体がビクリと震えたが、気付かぬふりをした。
そのまましばしの時が過ぎ去り、ようやくして雪夜は言葉を紡ぐ。
「良くやった、ケーキ。 頑張ったな」
「……ッ! せ……雪夜、さん……。 ですが、わたしは……」
「心配するな。 あとのことは任せろ」
「……はい」
いつもよりも柔らかい雪夜の微笑みを目の当たりにして、剣姫――氷のように固まっていたケーキの心が解ける。
両の眼から滂沱の涙を流し、必死に嗚咽を堪えていた。
そんな彼女に頷いた雪夜は真剣な顔で振り向いて、周りのプレイヤーたちを見渡し――深く頭を下げる。
思わぬ事態に、あちらこちらから息を飲む音が聞こえた。
だが、雪夜は構わず懇願の言葉を投げ掛ける。
「もうわかっているかもしれないが、ケーキはCBOのレイドボス、剣姫だ。 そのような存在が生存戦争に参加していたことを、許せない者がいても当然だと思う。 ただ、彼女は決して不正はしていない。 俺たちと同じ条件で、1からスタートしたんだ。 今回は、剣姫としての力を使ったのかもしれない。 だがそれは、彼女が本来持っていたもの。 あとからチートなどで得た力じゃないんだ。 だから、どうか……どうか許して欲しい。 奇跡的に生まれた彼女の人生を、ここで終わらせないでくれ」
ケーキがAIだと知りながら、敢えて『人生』と言うワードを使い、かつてないほど必死に訴え掛ける雪夜。
苦しい言い分だと、わかってはいる。
自分が反対の立場なら、たとえ仲間だとしても拒否したかもしれない。
ましてやそれが敵なら、言わずもがな。
だとしても、雪夜は諦めなかった。
ケーキを失わないで済むなら、自分のプライドなどどうでも良い。
このとき、彼は自分の気持ちをはっきりと自覚した。
ケーキがどれだけ大きな存在か、痛感している。
それゆえに、彼女が消えるかもしれないことに、恐れを抱いていたが――
「あたしからもお願い! ケーキちゃんは、大事な仲間……ううん、友だちなの!」
ケーキに駆け寄って抱き締め、涙ながらに叫ぶAlice。
彼女の腕の中でケーキも泣き続け、Aliceの声は他のCBOプレイヤーにも伝播して行った。
「そ、そうだ! ケーキちゃんは、俺たちの仲間だ!」
「レイドボスだとかAIだとか、関係ないよね! ずっと、助けてくれてたし!」
「正直まだビックリしてるけど、あの子が必死だったのは皆わかってるよ!」
「おうよ! それでも文句あるって奴がいるなら、俺がぶっ飛ばしてやる!」
「1人で格好付けんなよ! 俺たちで、ケーキちゃんを守るぞ!」
次々に意志を示したCBOプレイヤーたちが、ケーキを守るように陣形を組んだ。
彼らの気持ちを受け取ったケーキは目を丸くし、Aliceは涙を流しながら笑みを浮かべている。
顔を上げた雪夜の瞳も僅かに潤んでいたが、彼は表情を取り繕っていた。
こうしてCBOは団結したが、問題はここからだ。
仲間であるCBOプレイヤーが庇うのは、さほど意外ではない。
しかし、他のタイトルにとっては、ケーキと言う主力を削るチャンス。
冷静に考えれば、逃す手はないはずだ。
だからこそ雪夜は緊張していたが、真っ先に口を開いたのは――フレン。
「雪夜くん、いくつか聞かせてもらって良いかな」
「勿論だ」
「反応を見る限り、他のCBOプレイヤーは知らなかったようだけど、キミは彼女の正体を知っていたんだね?」
「……つい先日、ケーキ自身の口から聞いた」
「なるほど。 黙っていたのは何故かな?」
「俺自身が消化し切れていなかったことと、話しても信じてもらえないと思ったのが理由だ」
「ふむ。 ケーキちゃんを許して欲しいとのことだけど、彼女は強力なプレイヤーだ。 僕たちにとっては、邪魔な存在だと言える。 そのことはわかっているね?」
「……あぁ」
「わかった上で、僕たちにそれを受け入れろと?」
「都合が良いことを言っているのは、重々承知だ。 それでも、俺はケーキに消えて欲しくない」
フレンの厳しい眼差しを、雪夜は逃げずに受け止めた。
空気が張り詰めて、場合によっては戦いに発展しかねない。
そう感じた全てのプレイヤーが身構えていた、そのとき――
「あたしは良いと思いますよ」
アリエッタが割って入る。
驚いた雪夜とフレンは振り向き、他のプレイヤーたちも彼女に注目した。
だが、アリエッタは臆することなく、ニコニコ笑いながら自身の考えを語る。
「雪夜くんがそこまで言うなら、あたしは許しても良いかなって思います」
「アリエッタちゃん……」
「ごめんなさい、フレン様。 でもそれが、あたしの正直な気持ちなんです」
アリエッタの真っ直ぐな言葉を聞いたフレンは、口ごもった。
本心では彼も、このような形でケーキを脱落させるのは不本意だった。
SCOの代表として、非情に徹していたに過ぎない。
しかし、混じり気のないアリエッタの笑みを前に、そのような気は失せている。
苦笑を漏らしたフレンが、MLO陣であるネーヴェとモエモエに視線で確認を取ると、彼女たちも躊躇いがちに頷いた。
そんな2人にフレンは頷き返し、白太とミント、EdenとNicoleに問い掛ける。
「キミたちは、どう考えているんだい?」
「……雪夜、仮に見逃すなら条件がある」
「白太……。 言ってみてくれ」
「1つは、今後の戦いにケーキを参加させないことだ。 戦力として考えなくて良いなら、存在することは構わないと俺は思う」
「……わかった、飲もう」
「良し。 もう1つは、ミントに真実を教えることだ」
「真実……?」
白太の出した2つ目の条件に、雪夜は訝しそうに眉根を寄せた。
すると白太はミントに目を向け、意図を汲んだ彼女は大きく深呼吸してから、嘘偽りを許さない力を込めて問を投げる。
「コースケさんを脱落させたのは、貴方ですか?」
「いや、復活能力は使わせたが、それだけだ。 落としてはいない」
「……では、真犯人は誰なんですか?」
「すまないが、わからない。 少なくとも、俺が見送ったあとだとは思うが……」
「……そうですか」
雪夜の答えを聞いたミントは、沈痛な面持ちで俯いた。
だが、再び大きく息をついた彼女は顔を上げ、ペコリと頭を下げてから告げる。
「わかりました。 ひとまず、信じることにします。 これまで、すみませんでした」
「謝られることをされた覚えはないが……気にしないでくれ」
一方的に恨まれていたことを知らない雪夜からすれば、ミントの言葉は意味不明である。
それでも、無意味なことではない。
ミントの中で、1つの区切りが付いたのだから。
完全に吹っ切れたとは言えないが、ミントから殺伐とした雰囲気が失せつつある。
そのことに白太は内心で満足しつつ、EdenとNicoleに視線を転じた。
自分たちの番だと悟った双子は顔を見合わせ、代表してEdenが答えを返す。
「俺たちも、生存戦争に参加さえしないなら、放っておいて良いと思ってる。 だよね、Nicole?」
「まぁね。 それに、ここで駄々こねたら、あたしたちだけ悪者みたいじゃん」
「確かに。 と言うことで、約束は守ってくれるんだね?」
「あぁ、必ず。 ケーキも、それで良いな?」
「はい、雪夜さんの傍にいられるなら」
「うーわ、熱いじゃん。 ちょっと羨ましいかも」
「Nicoleだって、良く告白されてるだろう?」
「ちょ!? Eden、余計なこと言わないでよ!」
「あはは、ごめんごめん」
喚き散らすNicoleを、Edenが両手で制する。
途端に賑やかになったが、そこに現実的な問題が突き付けられた。
「でも、GENESISはどうするの? わたしたちが許したとしても、彼らが黙ってはいないのではないかしら」
「そうですね……。 正直、見逃してくれるのか疑問です」
固い面持ちのネーヴェと、辛そうなモエモエ。
彼女たちの懸念は雪夜たちもずっと考えていたことで、結局のところGENESIS次第なのだ。
だからこそ必死に、彼らは考えを巡らせていたが――
『その心配はない』
星空を塗り潰すように出現した巨大ウィンドウと、GENESISのマーク。
発せられた代表の声を聞いて、全プレイヤーに緊張が走った。
しかし、そのような反応など知ったことかとばかりに、代表はマイペースに続ける。
『レイドボスの戦闘AIが意志を持つ……これは、まさに奇跡。 それを台無しにするような真似はしないと、断言しよう』
代表の言葉を聞いたCBOプレイヤーたちの顔に、喜びの感情が浮かぶ。
ところが、雪夜は言いようのない不安感を拭えなかった。
そして彼の予感は、現実のものとなってしまう。
『やれ』
代表による、唐突な命令。
雪夜も含めて、誰もその意味がわからなかった。
ただ1人を除いて。
「え……?」
唖然としたケーキの声がこぼれる。
咄嗟に振り向いた雪夜が目にしたのは、彼女の首筋に注射器のようなものを突き刺した――ゼロ。
状況が理解出来ずに硬直している雪夜に頓着せず、ゼロは崩れ落ちたケーキを肩に担ぎ上げて跳躍し、その場から脱した。
背の高い建物に着地したゼロは、集まったプレイヤーたちを冷めた眼差しで見やる。
そこに来て呪縛が解けた雪夜は、震える口を無理やりに動かした。
「何を……何をしているんだ、ゼロ……?」
優秀な頭脳を持つ彼は、おおよその流れを察していた。
いや、察してしまっていた。
しかし、それが間違いであって欲しいと願って問い掛けた雪夜に、ゼロは無慈悲に言い放つ。
「悪いな、雪夜。 俺は最初から、この為にお前らに近付いたんだよ」
「どう言うことだ……? ケーキをいったい、どうするつもりだ……?」
「さぁな、そこまでは知らねぇよ。 俺の役目は、ケーキちゃんの情報をあいつらに提供することと、タイミングを見計らって捕えることだったからな」
「嘘だよ! ゼロさん! あたしたちは仲間でしょ!? ずっと一緒に、頑張って来たじゃない!」
「それは、お前らを信用させる為だ、Aliceちゃん。 俺の演技、上手かっただろ?」
そう言って勝気な笑みを湛えるゼロ。
いつも通りなことが、雪夜とAliceの心をより深く抉る。
だが、唇を噛み締めて奮い立った雪夜が、『無命』に手を掛けた。
そのことに気付いたAliceはハッとして止めようとしたが、雪夜は制止を振り切ってゼロに向かって跳躍する。
敢えて感情を消し去ったような無表情で抜刀し、ゼロに【閃裂】を繰り出した。
ところが――
「忘れたのかよ? ここは安全区域だぜ?」
雪夜の刃はゼロにヒットしたものの、何の戦果も得られない。
強烈な眼差しを突き刺す雪夜に対して、ゼロは平然とした態度を崩さなかった。
それでも雪夜は諦めることなく、ケーキに手を伸ばす。
何としてでも、取り返そうと言わんばかりに。
ただし、それが報われるかは別問題だった。
『させん』
代表の声が響き、ゼロとケーキを包むように障壁が展開される。
それに触れた雪夜は弾き飛ばされ、地面に落ちた。
すぐさま立ち上がった彼は、もう1度立ち向かおうとしたが――
「じゃあな、雪夜、Aliceちゃん。 お前らとの仲間ごっこ、楽しませてもらったぜ」
ゼロとケーキの姿が消え去った。
あまりにも無力だったことに、雪夜は強く歯を食い縛っている。
Aliceは呆然自失とし、フレンやアリエッタ、EdenにNicoleも含めた他のプレイヤーも、置いてきぼりにされていたが、代表は尚も止まらない。
『ケーキは、我らが有効活用させてもらう。 そして……ここからが、本当の生存戦争だ』
誰もが衝撃から立ち直れていない中、代表が告げると同時に世界が鳴動した。
何事かと思ったプレイヤーたちは困惑していたが、すぐに答えは与えられる。
『たった今、【ネオ・ジェネシス・オンライン】……通称NGOが稼働開始した。 これが我らのタイトルであり、諸君らの真の敵だ。 そしてここに、最後のGENESISクエストの実施を宣言する。 1週間以内に、我らNGOに勝利せよ。 それが出来れば、諸君らの勝ちだ。 生存戦争で脱落した者を、全員復活させると約束しよう。 ただし期間内に勝てなかった場合は、全てのタイトルが脱落となる。 以上だ、精々頑張りたまえ。 諸君らの健闘を祈る。 もっとも、無駄な足掻きだろうがな』
言いたいことを言い終わった代表は、ウィンドウを消した。
あとには美しい星空が広がっているが、雪夜の目には漆黒の闇のように映っている。
この場にいるほとんどの者が、事態に着いて行けていない。
雪夜の例外ではなく、一気に様々なことが起こり過ぎて、胸の内はグチャグチャだ。
それにもかかわらず彼の指は機械のように動き、ウィンドウを開いてタイトル一覧を確認する。
そこには間違いなく、真の敵――【ネオ・ジェネシス・オンライン】の名が記されていた。




