第35話 似た者同士
草原をひた走る黒い影。
全身からオーラが幻視出来るほど、ひり付いた空気が発せられている。
雪夜だ。
最初の狙撃でZenithのいる方角を知った彼は、全速力で距離を詰めている。
その速度は『【葬衣】影桜』の特殊能力もあり、全プレイヤーで最速と言っても過言ではない。
しかし、必ずしもそれが常にプラスに働くかと言えば、そうとは限らなかった。
「……!」
疾走を止めないまま、『無命』を抜刀する雪夜。
頭を狙って正面から放たれた光線を斬り払い、2度目の狙撃を無効化する。
だが、Zenithの攻撃は勢いを緩めず、連続して雪夜の四肢に撃ち込まれた。
彼は全てを回避、あるいは相殺することで被弾を免れているが、距離が近付くほどにそれも難しくなる。
遂には疾走をやめざるを得なくなり、守りを優先して少しずつ前に進む方針に変えた。
この判断は間違いではないだろうが、雪夜にとっては苦肉の策。
本当ならもっと接近したかったところだが、Zenithの精確な遠距離射撃がそれを許さない。
一旦仕切り直すべく、雪夜は近くの岩陰に跳び込もうとして――思い留まった。
直後、彼が通過するはずだった空間を、光線が走る。
もう少し判断が遅ければ、雪夜は今頃撃ち抜かれていたかもしれない。
射撃の技量のみならず、相手の心理を読んで先回りする力を、Zenithは持っていた。
窮地を脱した雪夜だが、依然としてピンチが継続している。
そもそも一方的に攻撃されている立場な上に、前に出れば出るほど危険の度合いも高まっているのだ。
流石の雪夜も背中に冷や汗をかくほどの綱渡りで、いつ緊張の糸が切れてもおかしくはない。
それでも――
「……退くな」
自分で自分を鼓舞した雪夜は、より一層力強く足を踏み出す。
怖くない訳ではない。
『Brionac』の恐ろしさも、Zenithの実力も痛いほど思い知った。
だからこそ、自分が仕留めてみせる。
そうしなければ、他の仲間たちが危険なのだから。
歯を食い縛った雪夜は、絶え間なく襲い来るZenithの狙撃を防ぎ続けながら、小さく息をつく。
そして――加速。
それまでの慎重な歩みをやめて、再び全力で駆け出した。
まさかの行動に驚いたのか、Zenithの狙撃が一瞬だけ止まったが、彼の肝の据わり方も雪夜に負けていない。
強敵が超速で迫り来るプレッシャーは、Zenithにとっても例外ではないだろう。
それにもかかわらず、彼の射撃の精度は一向に落ちなかった。
淡々と、それでいて確実に雪夜が避け難い部位を狙い、彼に決して楽をさせない。
事実として、雪夜の体を光線が捉える割合が増えている。
クリーンヒットはまだないものの、HPゲージが半分を切ろうとしていた。
雪夜からすれば、自ら死地に赴くようなものだが、彼に迷いはない。
多少のダメージは覚悟して、愚直に前を目指し続ける。
頬を汗が伝い落ち、消耗していることが見て取れた。
そうして、周りに誰もいない孤独な戦いが続き、とうとう雪夜は辿り着く。
「そこか」
草原の先。
背の高い木々が乱立する森の中から光線が射出されたのを見て、Zenithの位置を特定した雪夜。
しかし、このときには彼のHPゲージは3割以下になっていた。
Zenithの居場所が判明したとは言え、近付くほどにリスクも高まることを思えば、間に合わない可能性の方が高い。
そう、そのはずだった。
「行くぞ、The Sniper」
敢えて口に出した雪夜が、最後の突撃を敢行する。
対するZenithは狙撃で答えたが――
「ふッ……!」
光線が放たれると同時――いや、それより速く動き始めていた雪夜が、難なく斬り飛ばした。
尋常ではない反射速度に、またしてもZenithに攻撃が一瞬止まる。
だが、やはりその時間は短い。
立て続けに撃ち出された光線が、雪夜の頭と右肩、左腕を順番に襲った。
これまでならどれか1発は、掠るくらいはしたはずだが――当たらない。
未来予知かのような動きで回避し切った雪夜は、やがてZenithを視界に収める。
木の枝に佇んだ彼は、『Brionac』の照準を雪夜に定めていた。
高い位置にいるZenithを引き摺り下ろすべく、雪夜は【天衝】を繰り出す。
飛翔した斬撃は狙い違わずZenithを斬り裂こうとしたが、彼は即座に枝から飛び降りて躱した。
ただし、地上に降りたことで雪夜と同じ土俵に立ち、射程のアドバンテージもほぼ消えている。
この時点で、形勢は逆転したと言えるかもしれない。
雪夜もそう考えていたが、Zenithの様子に違和感を抱いた。
いくら冷静沈着だとしても、ここまで追い詰められて平然としていられるだろうか。
疑念を持った雪夜は微かに躊躇しながら、決着を付けるべく踏み込む。
そして、Zenithの本当の狙いはそこだった。
「お前なら、必ず来ると信じていたぞ」
小さく呟いたZenithが、右手に持ったスイッチボタンを押す。
瞬間、雪夜に悪寒が走った。
ほとんど反射だけで身を投げ――爆発。
雪夜の疾走経路に仕掛けられていた爆弾が、炸裂した。
草原にクレーターが出来るほどの威力で、雪夜は脱落したかに思われたが――
「……見事だ」
HPゲージが1割未満になりながらも、辛うじて生き残った雪夜に、Zenithは素直に賛辞を贈った。
しかし、詰めを誤りはしない。
雪夜なら、これくらいやってのけるかもしれないと考えていたZenithに油断はなく、慌てずに『Brionac』の銃口を向ける。
致命傷を免れるのに必死だった雪夜は、満足に迎撃出来る体勢ではなかった。
あとは引き金を引くだけで、今度こそ自分の勝ちだとZenithは確信する。
ところが、この戦いに向けて準備をしていたのは、彼だけではなかった。
「悪いが、ここで落ちる訳には行かない」
覚悟を宿した面持ちで、雪夜が懐からボールのようなものを取り出し、地面に投げ付ける。
すると、濃密な煙が辺りを包み込み、両者の視界を閉ざした。
標的が消えたことに、Zenithが初めて僅かな動揺を見せる。
それでも彼は即座に引き金を引き、雪夜がいた場所に光線を放った。
しかし、手応えはない。
内心で舌打ちしたZenithは、ひとまず退避するべく動こうとして――背後で金属音が鳴る。
それが刀の音だと認識したZenithは、総毛立つ思いで振り向いた。
そこには予想通り雪夜の姿があり、今まさに抜刀しようとしている。
だが、Zenithは鋼の精神で心を落ち着かせ、ノータイムで光線を射出した。
狙いは頭。
今の雪夜なら、掠っただけでも終わりだ。
ましてやこの距離で避けるなど不可能。
刹那の間に答えを出したZenithだったが、雪夜は更に先を行く。
Zenithが引き金を引くより早く首を横に倒した彼は、文字通り紙一重で光線を回避した。
信じられない事態に、流石のZenithも驚愕する。
それと同時に、このあとの展開も把握していた。
「はッ……!」
【瞬影】で間合いを埋めつつ、Zenithの手から『Brionac』を弾き飛ばす雪夜。
これで無力化。
雪夜は手を緩めず【閃裂】へと繋げ、ZenithのHPゲージをゴッソリと削る。
あとはトドメの【爪牙】で、決着が付くが――
「……何故、抵抗しない?」
無防備で攻撃を受けるZenithに、雪夜は問い掛けた。
確かに『Brionac』は失ったが、彼にもまだサブウェポンは残されているはず。
雪夜の残りHPを考えれば、万が一があるかもしれない。
それにもかかわらず、敗北を受け入れているように見えるZenithが、雪夜は不気味だった。
一方のZenithは、抑揚のない声音で告げる。
「ジタバタしたところで、結果は変わらないだろう。 仮に勝てたとしても、俺が納得出来ない」
「随分と潔いんだな。 もっと、何が何でも勝ちに拘るかと思っていた」
「勿論そうだ。 だがそれは、あくまでも自分で組み立てた戦略での範囲のこと。 偶然、たまたま、奇跡的な勝利など、俺は求めない」
「爆弾で辛うじて生き残った、俺に対する嫌味か?」
「違うな。 微かだとしても、お前は何かに引っ掛かっていた。 だからこそ、あの爆発にも対応出来た。 ならば、それは必然だ」
「……褒められたと思っておこう」
棒立ちのZenithを睨み付けたまま、雪夜は何とも言い難い思いを抱えていた。
そのまましばしの時が流れたが、唐突にZenithが問を投げる。
「俺からも聞いて良いか? どうせ落ちるのだから、出来れば答えて欲しい」
「……良いだろう」
「感謝する。 途中から、俺の攻撃に対する反応が良くなったのは何故だ? 自分で言うのも何だが、普通ならとっくに落ちていたはずだぞ」
本気で疑問に思っているらしく、Zenithの声には隠し切れない興味が含まれていた。
それを察した雪夜は、せめてもの手向けと思い、素直に語る。
「俺とお前は、ところどころ似ている部分がある」
「似ている部分?」
「そうだ。 理詰めで戦おうとしたり、相手の動きを読もうとしたりな。 違うか?」
「……確かに、そうかもしれない。 だが、それが何だと言うんだ?」
「難しいことじゃない。 俺がお前ならどうするか……そう考えていた。 いかに相手を追い詰めるか、嫌がることをするかとな。 結果として、その予測が当たったと言う訳だ」
「なるほど……。 そこまでは考えが及ばなかったな。 しかし、ようやく腑に落ちた。 これで心残りはない、やれ」
それっきり、黙り込んだZenith。
彼が本当に満足したと悟った雪夜は、この戦いを終わらせるべく刀に手を掛けた。
そして、最後の言葉を紡ごうとして――やめる。
この男を相手に、最早言葉は不要だと思い直した。
静かにZenithを見据えた雪夜は、敢えて呆気なく【爪牙】で斬り刻む。
消え行くZenithを最後まで見届け、数瞬だけ瞑目した。
感傷に浸りたい気持ちはあるものの、そうも言っていられない。
まだ、完全に侵攻が終わった訳ではないのだから。
頭を切り替えた雪夜は、仲間たちの様子を聞くべく連絡を取ろうとした。
すると、そのタイミングでAliceからの通信が入る。
少なくとも彼女が無事なことに、ホッとした雪夜はすぐに応答したが――
『あ! 雪夜くん、そっちは大丈夫!?』
「なんとかな。 Zenithは倒した。 Aliceの方はどうなった?」
『ごめん、それどころじゃないの! ケーキちゃんが……ケーキちゃんが大変なの!』
「ケーキが……? どう言うことだ?」
『説明はあと! とにかく、クリスタルまで戻って来て! 他のことは心配いらないから!』
「……わかった、すぐに向かう」
その言葉を最後に通信を切った雪夜は、ひとまず回復薬を飲んでから即座に駆け出す。
ともすればZenithと戦っていたときよりも、険しい表情が浮かんでいた。
ケーキの身に何かが起きている。
その事実は、彼に途轍もない焦燥感を抱かせた。
逸る気持ちを押し殺して、雪夜は最も近くのポータル端末を目指した。




