第34話 雪夜の教え
絶え間なく宙を走る、光線と光剣。
その全てが互いにぶつかり合い、激しく火花を散らす。
その使い手は、Evolとアリエッタ。
単純な手数は、Evolが両手の銃とビットを合計した7で、アリエッタは8本の光剣と両手のレジェンドソード。
ただし、Evolには頭上を取っているアドバンテージがある。
同時に、アリエッタの双剣は届かない。
結果として拮抗した戦いが続いており、まだどちらが有利とも言い難かった。
また、アリエッタには狙いがある。
それは雪夜と同じく、『Fluegel』の限界稼働時間。
Evolが必ずどこかで着陸するとわかっているアリエッタは、焦らず守りを固めてそのときを待ち、ようやくして待ちに待った瞬間がやって来た。
距離を取りながら下降するEvolに向かって、光剣を引き連れたアリエッタが全力で踏み込む。
雪夜ほど完璧な読みではないが、見事な反応だった。
ところが――
「掛かったな!」
地面に降り立つ直前に、Evolが急上昇してアリエッタの背後に回り込む。
完全に虚を突かれたアリエッタは目を見開き、そこに双銃とビットによる一斉射撃が放たれた。
オート機能を持つフラガラッハは、そのうち5発を弾き返したが、残り2発がアリエッタの右肩と左脚を撃ち抜く。
HPが大きく減少したことを悔しく思いながら、反転したアリエッタは反撃の光剣を射出した。
しかし、それを予見していたEvolは深追いすることなく、余裕を持って回避に成功する。
この辺りは、彼の慎重な性格を表していた。
一連の攻防を経てアリエッタは、安易に『Fluegel』の限界稼働時間に狙いを定める訳には行かないと心に誓う。
だが、彼女もやられっ放しではなかった。
「なるほどね。 セツ兄……じゃなくて雪夜くんのときに、ビットを使ってなかった理由がわかったよ」
「へぇ? 言ってみろよ」
「簡単だよ、機動力が落ちるんだよね? 最高速度も旋回力も、ビットを展開する前の方が上だったもん」
「単純だな。 勘違いさせるように、わざとそうしてんだよ」
「ふーん。 でも、元々の機動力とビットの手数があれば、あたしはもっと苦しいよ? それに何の代償もないなら、雪夜くん相手に温存した理由が説明出来ないよ?」
「……ちッ。 意外と考えなしって訳じゃねぇみてぇだな。 伊達に七剣星を名乗ってねぇってか?」
「別に名乗ってないよ。 あたしはあたしとして、出来ることをしてるだけ」
「そうかよ。 答え合わせして気が済んだなら、再開しようぜ。 本当に『Fluegel』が限界になっちまうからな」
「あたしとしては、その方が楽なんだけどね」
「可愛い顔して容赦ねぇな。 だったら……こっちから行くぜ!」
大声で宣言したEvolが加速して、アリエッタの周囲を飛び回る。
彼女の指摘した通り、雪夜のときよりも僅かに動きが鈍いが、それでも相当なスピード。
何より、今の彼はビットによる多角的な攻撃が可能だ。
前後、左右、上空から降り注ぐ光線を、アリエッタは双剣と8本の光剣を駆使して防ぎ続ける。
オート性能に依存せずに、自らの意志で全ての光剣を操っていた。
フラガラッハを受け取った直後は、短時間の運用でも疲労困憊になっていたが、今では手足のように使えるようになっている。
もっとも、だからと言って負担がないのではない。
徐々にアリエッタの息が乱れ始め、汗が滴り落ちた。
それほどEvolの攻撃は、苛烈を極めている。
このままでは、アリエッタの限界が訪れるのも、そう遠くない未来に思えた。
奇しくも両者ともにリミットがある状況において、冷静さは失っていない。
Evolはあくまでも勝負を急がずにアリエッタを追い詰め、アリエッタも強引にならずにチャンスを窺っている。
互いに無言のまま、戦闘音だけが夕暮れの草原に響き続け、どれくらい経ったのだろうか。
意地の張り合いが続いていたが、唐突に戦況が動く。
上空を高速で飛翔しながら、Evolが左の銃口をアリエッタに突き付け――
「捕まえたッ!」
「何!?」
引き金を引く前に、撃ち出された光剣の1本が銃を弾き飛ばす。
武器の1つを失ったEvolは驚きつつ、動きを止めずに旋回してアリエッタの側面を取った。
同時に残った銃を構えたが、彼女は1歩先を行く。
「無駄だよ!」
既に攻撃態勢に入っていたアリエッタが、3本の光剣を繰り出す。
思わぬ超反応にEvolは焦ったが、彼も百戦錬磨の猛者に違いはない。
咄嗟にビットで迎撃し、迫り来る光剣を撃ち落とした。
なんとか持ち堪えたことに、Evolはホッとしたが――飛来する細剣。
アリエッタが投げ放ったフラガラッハが、Evolの右腕に突き立って銃を取り落とす。
油断した自分にEvolは舌打ちしそうになりつつ、平静を失ってはいない。
自分も主武装を失ったが、アリエッタの手からフラガラッハが離れた。
それはつまり、光剣のコントロール権を投げ捨てたと同義。
事実として光剣は、宙に留まったまま停止している。
まだアリエッタにはジュワユーズが残っているものの、地上戦しか出来ないなら怖くはない。
1秒にも満たない時間でそこまで考えたEvolは、アリエッタの痛恨のミスに付け込むべくビットを展開し――
「やぁッ!」
地上から上空のEvol目掛けて、ジュワユーズを突き出したアリエッタが跳躍する。
まるで自分自身を槍、あるいは矢のようにした一撃で、当たれば必殺になったかもしれないが、Evolを慌てさせることは出来なかった。
彼女ならやりかねないと考えていたEvolは、横にスライドするだけで躱し、擦れ違ったアリエッタに振り向き――
「な……!?」
今度こそ、唖然とした声を漏らす。
彼が見たのは、背後に浮かんだまま止まっていた光剣を掴んだアリエッタ。
いつの間に設置されていたのかと驚いたEvolは、彼女の策にハマったと悟る。
それでも諦めはせず、必死に両腕を交差してガードを固めたが、アリエッタの狙いは別にあった。
「今ッ!」
「うぉ……!?」
振り抜かれた光剣が捉えたのは、Evolではなく『Fluegel』の片翼。
まさに翼をもがれたEvolは墜落し、苦しそうに身を起こした。
遅れて着地したアリエッタは間髪入れずに、ジュワユーズと光剣の双剣で接近する。
駆け引きなどない、全身全霊最後の踏み込み。
だからこそ速く、鋭く、ほんの一瞬だけEvolを怯ませた。
しかし、彼もこのままでは終われない。
「調子に乗るなよ!」
立ち直ったEvolはビットを引き寄せて、一斉射撃を行った。
5条の光線はアリエッタの頭と両腕、両脚を精確に狙っており、少なくとも足止め出来ると思ったが――
「はぁッ!」
アリエッタが左手の光剣を投げ放ち、頭を撃ち抜きそうだった光線を弾く。
だが、残り4発は完璧に彼女にヒットして、HPゲージを一気に危険域まで消滅させた。
ジュワユーズによるステータス強化がなければ、戦闘不能になっていただろう。
それでも、アリエッタは止まらない。
眦を吊り上げてEvolの懐に到達し――
「……ふぅ。 ここまでか」
胸を貫いた。
無念そうに嘆息して声を落としたEvolが、背中から草原に倒れ込む。
次第に光の粒子となって消え去ろうとしているEvolを、アリエッタは真剣な眼差しで見つめた。
勝つには勝ったが、本当に際どいところだった。
ビットの4発を受けて生き残るかどうかも賭けであり、成功した今でも鼓動が速くなっている。
目の前のプレイヤーが間違いなく強者だったと、改めて認識したアリエッタ。
せめて最後まで見届けようと決めた彼女だが、Evolにはまだ言いたいことがあった。
「聞いても良いか?」
「え? 何かな?」
「どうやって、俺の動きを読んだ? 罠を仕掛けたのも上手かったけどよ、問題はその前だろ?」
Evolの言う通り、全ての切っ掛けはアリエッタが均衡を破ったところだった。
だからこそ彼は、脱落する前に答えを聞いておきたかったのだが、アリエッタは何やら気まずそうに視線を逸らしながら、たどたどしく言葉を連ねる。
「あー……それね。 実は、雪夜くんが教えてくれたんだよ」
「は? 雪夜が?」
「うん、別れる前に耳打ちされたの。 「Evolの機動力は厄介だが、左の銃を撃つ前に左に旋回する癖がある」……ってね」
「マジかよ……。 全然、身に覚えがねぇな」
「基本的には縦横無尽に動いてたからねー。 だからあたしも、捕まえるまで時間が掛かっちゃった」
「はぁ……。 まったく、やられたぜ。 でもまぁ、途中から雪夜に攻撃が当たらなくなったのも、それが関係してんだろうな。 なんか、原因がわかってスッキリしたぜ」
「……満足してるの?」
「そんな訳ねぇだろ。 けど、結果は結果だ。 受け入れるしかねぇ。 それに、Zenithさんなら仇を討ってくれるかもしれねぇしな」
強がりではなく、Evolは本気でそう信じていた。
だからこそ、清々しい気持ちで終わりを迎えようとしていたが――
「ごめんね、それは無理だと思うよ。 雪夜くんが負けるなんて、考えられないから」
ニコニコと笑ったアリエッタが、純然たる信頼を抱きながら言い切った。
それを受けたEvolは反論しようとしたが、言葉が出て来ない。
それほど、アリエッタからは絶対的な自信を感じる。
内心で苦笑したEvolは、しみじみと呟いた。
「俺たちは、手を出しちゃいけねぇ奴らに手を出したのかもしれねぇな」
「今更わかったの?」
「他人事みたいに言ってんじゃねぇよ。 今は仲間かもしれねぇけど、俺たちの次はお前らがあの化物とやり合うんだぜ? お前も強いのは身を持って知ってるが、雪夜に勝てるとは思えねぇな」
「……意地悪だね」
「はは! 俺はここで終わるんだ。 恨み言の1つくらい言っても、罰は当たらねぇだろ? てことで、先に行くぜ。 精々、頑張るんだな」
一矢報いたと思ったのか、爽やかに笑いながらEvolは消え去った。
アリエッタは厳しい表情で立ち尽くしたまま、彼がいた場所を凝視し続けている。
そのまましばしの時が経ち、やがて大きく溜息をついたアリエッタが声を落とした。
「セツ兄とやり合う、か……。 覚悟してたつもりだけど……」
怖い。
その言葉をアリエッタは、寸前で飲み込んだ。
感じている恐怖は、戦闘力の差を自覚しているからだけではない。
届かなかったとは言え、恋していた相手と敵対することに、抵抗を覚えている。
とは言え、逃げるつもりはなかった。
様々な気持ちが綯い交ぜになったまま、アリエッタは胸に手を当てて拳を作り、静かに瞼を下ろす。
こうして彼女の戦いに区切りが付き、此度の侵攻もいよいよ終着点へと至りつつあった。




