第33話 終幕
ケーキにとってナーガの動きを読むことは、さほど難しくない。
ガードしようと思えばいつでも出来るし、カウンターを合わせることも可能。
それにはBKO全体の戦闘スタイルが、あまり搦め手などを利用せずに、身体能力で真っ向勝負するタイプだからと言う理由もあった。
加えてケーキの学習能力の高さや、これまでに培われた対応力もあり、戦闘開始間もなくして、ナーガの攻撃パターンの多くを把握している。
だが、それでも、形勢は不利だった。
『シャァァァッ!!!』
「く……!」
超速で突撃して来た、【ヨルムンガンド】形態のナーガ。
対するケーキはジャストガードに成功し、ノーダメージで切り抜けた上に相手の体勢を崩す。
ところが、あまりの衝撃にケーキの両足が地面に沈み、反撃するタイミングを逃してしまった。
更に、体勢を崩されたはずのナーガが、仰け反ったまま構わず尻尾を振り回す。
右側面から襲い来る、柱のように太い尻尾。
ケーキはガードが間に合わないと瞬時に判断し、ノンチャージの【オーバー・スラッシュ】を最速で放った。
大剣は狙い違わずヒットしたが――
『貧弱! 貧弱! 貧弱ですわッ!』
「う……!」
完全に力負けして、ケーキの小さな体が呆気なく吹っ飛ぶ。
地面を数度バウンドしてから受け身を取った彼女は、なんとか立ち上がったが、ナーガは尚も容赦しない。
大蛇の頬がプクっと風船のように膨らんだのを見て、ケーキの脳裏に嫌な予感が過った。
咄嗟に盾を頭上に翳し、直後にそれは起こる。
『カァァァッ!』
ナーガが吐き出した毒液のブレスが、ケーキの盾に直撃した。
強烈な衝撃に歯を食い縛りつつ、ケーキは攻撃が終わるのを辛抱強く待つ。
実際には数秒だったが、彼女にとっては時間が何倍にも引き延ばされたようなもの。
しかし音を上げることはなく、最後まで耐え抜いた。
腕に掛かる負担が軽くなったと同時に、ケーキは守りを解いて打って出ようとしたが――
『甘いですわね!』
いつの間にかナーガの体躯が、ケーキを取り囲むように巻いて、一気に締まる。
締め付けると言うよりは、最早すり潰すような勢いだ。
流石のケーキでも全周囲に攻撃判定があると、ガードし切れない。
即座に結論を下した彼女は高くジャンプし、締め付けから逃れると同時に斬り下ろしを繰り出す。
もっとも、強靭なナーガの鱗を浅く傷付けることしか出来なかったが。
先ほどの【オーバー・スラッシュ】も今の斬撃も、多少はナーガにダメージを与えている。
ただし、それは微々たる量だった。
一方のケーキにも大きな被害はないが、両者の間には大きな隔たりがある。
それは、ケーキが必死に守り続けているのに対して、ナーガはほぼノーガードと言うこと。
両者の基本性能の差は歴然であり、ナーガがアップデート権を用いて自己強化を行った結果だ。
付け加えるなら、彼女は蛇族強化の恩恵も受けているので、ある意味でガルフォード以上に、自分のことしか考えていない。
その上で渡り合えているケーキは大したものだが、勝てなければ無意味だと彼女は思っている。
ケーキは必死に糸口を探しながら、またしても突撃して来たナーガと擦れ違うように、カウンターで【ツイスト・リッパー】を繰り出した。
下手をすれば一撃死の可能性もあったが、ケーキに迷いはない。
だが、そんな彼女の勇気を、ナーガは鼻で笑い飛ばす。
『ふん。 相変わらず、小手先の技術は高いようですわね。 ですが、それだけですわ。 貴女の攻撃では、わたくしに通用しません』
「……それは、貴女も同じでしょう? 破壊力が高いのは認めますが、わたしなら凌ぎ切れます」
『は! 愚かですわね。 目に見えるものばかりに囚われているから、罠に掛かるのですわ』
「罠……?」
『ふふふ、そろそろ頃合いですわね』
「いったい、何の話……」
言い掛けて、ケーキは気付いた。
自身に毒が付与されたことに。
いつの間に――と考えた彼女だが、すぐに答えを導き出す。
「先ほどのブレス……。 あれに、遅効性の毒が仕込まれていたのですか」
『概ね合っていますわ。 正確に言うなら、防がれた毒が辺りに充満して、一定時間その場に留まった者を毒状態にするんです。 あぁ、勿論わたくしには効きませんわよ』
「なるほど……。 ですが、毒なら回復すれば済みます」
『うふふ、させると思いますか? アイテムを使おうとすれば、必ず硬直時間が生まれます。 それを狙われたら、貴女は終わりですわよ? だからと言って毒を解除出来なければ、HPゲージは減り続けます。 どちらに転んでも、貴女は終わりですわ』
「……」
『反論出来ないようですわね。 では、再開しましょうか。 勝者の決まっている、貴女にとって絶望的な戦いを』
体を立たせて舌をチロチロと出し、ケーキを睥睨するナーガ。
愉悦に満ちた笑みを浮かべており、ケーキのHPゲージがジワジワと削られて行くのを、楽しそうに眺めている。
このときケーキは、迷っていた。
勝つ方法は――ある。
理不尽なまでに開いた基本性能の差を覆す手段が、彼女には残されていた。
しかし、代償は計り知れない。
もしかしたら、仮にナーガを倒しても自分は脱落するのではないか。
仲間たちと別れ、雪夜の返事も聞けぬまま消えてしまうのではないか。
そう考えると、どうしても躊躇してしまう。
表情を取り繕ったままケーキが懊悩していた、そのとき――
「1人だと絶望でも、2人なら希望もあるんじゃない?」
『ギャッ!?』
ナーガの眼前で爆発が起こった。
ダメージ自体は大きくないが、突然のことにナーガが絶叫を上げている。
それに反してケーキは澄まし顔を維持していたが、内心では驚いていた。
何故なら、ここにいるはずのない人物が視界に映ったからだ。
草原を力強く踏み締めながら、颯爽と歩み寄るモエモエ。
彼女の帰還に、ケーキは気持ちを押し殺したような声で問い掛ける。
「貴女には、他の蛇族を任せたはずですが」
ケーキは自分に責める権利などないと知りながら、それでもモエモエには他のCBOプレイヤーを助けて欲しかった。
そうすることで、CBO自体を救うことに繋がると考えている訳だが、それだけではない。
本人にはあまり自覚がないものの、単純に仲間を守って欲しい想いも芽生えている。
そんなケーキの心情を知ってか知らずか、モエモエは苦笑を漏らしながら口を開いた。
「仕方ないじゃない。 追い返されちゃったんだから」
「追い返された……?」
「そうよ。 「自分たちの身は自分たちで守れるから、ケーキちゃんを援護してくれ」……だって。 良い仲間たちを持ったね」
「……そうなのですか」
「うん。 心配しなくても蛇族はかなり倒して来たから、実際あの人たちだけでも持ち堪えられると思う。 ただ、長引かせると危ないかもね。 だから、手早く終わらせるよ」
「待って下さい。 この場には、毒が満ちています。 あくまでも他のタイトルのプレイヤーである、貴女を巻き込む訳には行きません」
「確かにそうなんだけど……ここまで来たら、退けないよね。 それに、あたしには借りがあるから」
「借り、ですか?」
「そうだよ。 MLOを落とされそうになったとき、雪夜さんに助けてもらった借り。 まぁ、ダリアさんのこともあるし、いろいろ難しいところではあるんだけど……。 でも、感謝してるのは本当なの」
「……わかりました。 それなら、遠慮なく手を貸してもらいましょう。 よろしくお願いします」
「うん、任せて!」
ケーキから了承を得たモエモエは快活に笑い、2人揃ってナーガと相対する。
これで、2対1。
単純に考えれば、戦況は引っ繰り返ったかに思われるが、ナーガは恐れ入ることはなかった。
『話し合いは終わりましたか?』
「あれ、待っててくれたんだ? 意外と優しいんだね」
『おめでたいですわね、モエモエ。 時間を稼いだ方が、わたくしにとって得だっただけですわ。 その証拠に……ほら、貴女にも毒が付与されたでしょう?』
「モエモエさん……」
「大丈夫だよ、ケーキちゃん。 覚悟してたから。 それに、この人……て言うか蛇を倒せば済む話でしょ?」
『舐めたことを言うんじゃありませんわ。 貴女たち如きに、わたくしが負ける訳――』
瞬間、ナーガが右に跳ねる。
その直後、ケーキが放った【ブレイブ・エッジ】が、ナーガの首があった空間を斬り裂いた。
強制的に言葉を中断させられたナーガは、ケーキに怒声を叩き付けようとしたが、それより先に彼女が口を開く。
「こちらには時間がないので、無駄話に付き合うつもりはありません。 巻き込んでしまった以上、わたしにはモエモエさんを無事にMLOに返す義務があります」
『この、小娘……許しませんわ!』
体勢を整えたナーガが縦に回転し、尻尾を思い切り振り下ろす。
迫り来る脅威を前にケーキは目を研ぎ澄ませ、盾を構えた。
このときナーガは、ガードされることは織り込み済みだった。
口ではケーキを罵っていても、実力は認めている。
だが、たとえガード、あるいはジャストガードされたところで、今の自分なら押し切れると信じていた。
ところが――
「舐めているのは、どちらですか?」
ケーキが盾で尻尾を――いなす。
正面から受け止めるのではなく、受け流すようにして軌道を変えた。
結果として尻尾はケーキのすぐ隣を叩き、地響きを上げたものの、彼女は全くのノーダメージ。
何より、反撃する余力を残している。
「ふッ……!」
既にチャージを始めていた【ジャンピング・スラスト】で、ナーガの尻尾を斬り裂いた。
花弁の追撃も合わさって、初めて目に見えるほどナーガのHPゲージが減少する。
まさかの事態に驚いたナーガだが、まだ終わりではない。
「やるね、ケーキちゃん!」
膨大な数の炎の矢を生成したモエモエが、一斉に射掛けた。
しかしナーガは、はっきり言って気にもしていない。
モエモエの【インフェルノ】は脅威だが、それ以外の魔法は取るに足らないと考えている。
実際、いくら彼女の魔法が強力でも、強化に強化を重ねたナーガには通用しない――はずだった。
「油断し過ぎだね」
『な!?』
ほぼノーダメージで済むと考えていたナーガのHPゲージが、またしてもはっきりと削れる。
何が起こったのかと焦ったナーガは自身の体を見て、忌々しそうに舌打ちした。
本来なら鱗に阻まれていただろう炎の矢が、隙間に深々と突き刺さっている。
様々な戦いを経て成長を続けているのは、モエモエも同じ。
コースケに炎魔法を完封された彼女だが、安易に別の属性に手を出すのではなく、今ある武器に磨きを掛けた。
以前から定評のあった殲滅力に加えて、精度を向上させたことで、より一層幅広い戦法が取れるようになっている。
漠然とそのことを悟ったナーガは、先に彼女を始末しようと考えて突撃を敢行しようとしたが、ケーキがそれを許さない。
「どこに行こうと言うのですか?」
『ぐ!? 小娘ぇッ……!』
【バトル・エリア】を発動したケーキによって、ナーガの意識が無理やり引き戻される。
なおかつ、ケーキの攻撃力と防御力が上昇した。
基本性能では圧倒しているナーガが、モエモエの参入によって翻弄し始めている。
ここに来てナーガは焦燥感を抱き、一気に決めるべく毒のブレスで2人を葬ろうと考えたが、あまりにも迂闊だった。
口腔に溜めた毒液を吐き出すべく、顎を大きく開けた、その刹那――
「させないよ!」
『ゴッ……!?』
ナーガの口内でモエモエが爆発を起こし、ブレスを中断させる。
実際に痛みがある訳ではないとは言え、かなりの衝撃を受けたナーガはのたうち回り、そこに振り下ろされる巨大な輝く剣。
「はぁッ!」
モエモエを信じてチャージしていたケーキによる、【グロリアス・キャリバー】。
凄まじい威力を誇るこのアーツは、反則級に高いナーガの耐久力を突き破り、ごっそりとHPゲージを消滅させた。
いよいよもって、窮地に立たされたナーガ。
ケーキとモエモエも、この調子なら勝てると踏んでいる。
だが彼女たちは、ナーガがどのような人間性か、まだわかっていなかった。
突如として身を縮めたナーガを見て、ケーキとモエモエは警戒心を高める。
すると、バネ仕掛けのような要領でナーガが跳び掛かったが、備えていた2人は左右に散開することでやり過ごした。
あまりにも安直な攻撃を怪訝に思いつつ、ケーキは即座に反撃しようとして――
「な……!?」
困惑した声を漏らす。
彼女が見たものは、自分とモエモエに背を向けて逃げ去るナーガの姿。
まさか諦めたのかと思ったケーキだが、すぐにその考えを捨て去った。
何故なら、ナーガが向かっているのは安全エリアではなく――CBOの拠点。
完全に決闘として勝負を付ける頭にあったケーキは、自身の浅慮を呪いながら、全速力で後を追う。
モエモエも状況を理解したようで、ほぼ同時に足を踏み出した。
ところが、【ヨルムンガンド】のステータスは暴力的に高く、少しずつ2人を引き離して行く。
そして遂に、そのときが訪れた。
「な、何だ、あれ!?」
「大蛇!? てことは、四獣王!?」
「ケ、ケーキちゃんがやられたのか!?」
「いや、後ろに付いて来てるぞ!」
「も、もしかして、問答無用でクリスタルを壊そうってのか!?」
必死に他の侵攻軍を押し留めていた、他のCBOプレイヤーたち。
全員ボロボロだが、今のところ大きな被害は出ていなかった。
しかし、ナーガを相手にするのは、流石に荷が重過ぎる。
それでも逃げないCBOプレイヤーたちは、脱落を覚悟で少しでも足止めしようとした。
そんな彼らの想いを前に、ナーガは邪悪な笑みを漏らして蹂躙しようとして――剣の雨が降り注ぐ。
自画自賛した己の体躯に突き刺さる無数の剣と、危険域に到達したHPゲージを順に見やって、ナーガの思考は停止しかけた。
だがそこに、無視出来ない声が転がる。
「……やってしまいましたね」
その声に反応したナーガは、ゆっくりと首を巡らせた。
いや、彼女だけではない。
モエモエも、他のCBOプレイヤーも、侵攻軍ですら動きを止めている。
全員の視線の先に立っていたのは、凛然としたケーキ。
ただし、髪色は銀で瞳は真紅。
そう、正体を明かした剣姫の姿。
信じられない事態に誰も何も言えない中、彼女は静かに告げる。
「こうなった以上、わたしは終わりかもしれません。 ですがナーガ、貴女だけは連れて行きます」
『ま、待って下さい! 貴女、何者なんですか!? CBOの『剣士』に、今のような攻撃が出来るはずがありません! チートですか!? チートを使ってるんですね!?』
「チート……。 そう思われても仕方ありませんね。 いずれにせよ、わたしのやるべきことは変わりません。 貴女を倒す……それだけです」
『く……くそぉぉぉぉぉッ!!!』
恥も外聞もなく、醜悪な叫びを上げたナーガが、剣姫を丸呑みにしようと跳び掛かり――
「終幕です」
剣姫がポツリと呟くと同時に、止まる。
時間や空間ごと止まっているようで、ナーガ自身に意識があるのか不明だ。
そんな彼女の脇をスタスタと通り過ぎた剣姫は、大剣を一閃して――粉微塵。
無数に斬り刻まれたナーガが、静かに消えて行く。
その様子を、モエモエを含めた周囲のプレイヤーたちは、呆然と眺めていた。
【エンド・オブ・ステージ】。
剣姫、最後にして最強のアーツで、発動=敗北と言う凶悪さ。
CBOプレイヤーが剣姫に勝つには、このアーツを出される前に倒すしかない。
そして、このアーツを使えることこそが、剣姫である証明だった。
成すべきことを果たした剣姫は大きく息をつき、大剣を仕舞う。
それだけでも美しく感じるほどだが、モエモエたちにとっては、それどころではなかった。
改めて自分の正体が露見した事実を噛み締めた剣姫は、取り返しが付かないことを自覚しつつ、敢えて平静を装って声を発する。
「見ての通り、ナーガは始末しました。 これ以上の侵攻は、互いの為にならないでしょう。 退くと言うのなら止めませんが、続けるのなら……容赦はしません」
冷ややかな眼差しを、侵攻軍に突き刺す剣姫。
それを受けた者たちは、2つの意味で身を震わせた。
1つは、絶対的強者だと思っていたナーガを、瞬殺した剣姫の実力に対しての恐れ。
もう1つは、人間なのかどうかすら不明な、剣姫の不気味さ。
これらによって戦意が完全に失せた侵攻軍は、ゆっくりと引き上げ始める。
別の場所ではまだ戦いが続いているが、少なくともこの場の勝敗は決した。
先ほどまでの怒号や剣戟音は消え去り、ひたすらに静寂が続いている。
その原因が自分にあることを痛感した剣姫は、誰とも目を合わせずに、沈み行く太陽を見つめて言葉を紡いだ。
「雪夜さん……」
この戦いに勝利しても、剣姫としての力を使った自分は、GENESISに処分されてしまうだろう。
そう考えた剣姫は、堪え切れずに一筋の涙を流した。
一方で雪夜とアリエッタたちの決着も、刻一刻と近付いている。
尚も周囲のプレイヤーたちは固まり続け、風の音がやけに大きく聞こえた。




