第31話 恋する乙女
Aliceは、比較的臨機応変な戦い方の出来るプレイヤーだ。
【イグニス・フレア】は範囲や威力を調整することで、小爆発から大爆発まで引き起こせる。
【グラン・ランサー】は発動が速く、他のプレイヤーの邪魔をしなくて済む。
【ウィンド・スライサー】は範囲が広く、威力も低くない。
【サンダー・ストライク】は溜めが大きいが、大ダメージを与えることが可能。
【アクア・ケージ】はテクニカルで使用頻度は少ない反面、ハマれば効果的だ。
要するに、どのような場面でも強みを発揮出来るのだが、今回の相手はそれでも厳しい。
「どんどん行くよ」
草原をスラスターで滑走しながら、『Tonitrus』でプラズマ弾を連射するEden。
一撃必殺とまでは言わないが、1発1発が高い威力を誇っている。
対するAliceは【ウィンド・スライサー】によって、全てのプラズマ弾を吹き散らした。
それによって難を逃れたかに思われたが、彼女の試練は続く。
「そう来ると思っていた」
今の一瞬で接近したEdenが、プラズマブレードを振り下ろした。
【ウィンド・スライサー】は広範囲をカバー出来る代わりに、周囲の状況が一瞬わからなくなると言う欠点を持つ。
もっとも、本来なら気にもならない程度の時間なのだが、Edenはその一瞬を許さない。
眼前に迫ったプラズマブレードを、Aliceは杖で受け止めた。
しかしかなりギリギリで、あと少しで押し切られそうである。
それでもAliceは、必死に押し返そうとしていたが――
「甘い」
「う!」
Edenが突然力を抜き、Aliceの体を前方に流した。
それと同時に彼女の背後に回り、プラズマブレードを一閃する。
辛うじて身を捻ったAliceは致命傷を避けたものの、浅くないダメージを受けてしまった。
だが、そのことを嘆くよりも早く立ち直った彼女は、最速の【グラン・ランサー】を発動する。
Edenの足元から何本もの土の槍が突き上がり、彼を害さんとした。
ところが、それを見越していたEdenは軽くバックステップを踏むだけで回避し、またしてもプラズマ弾を放つ。
反射的に身構えたAliceだが、今回はやけに弾速が遅い。
フワフワと滞空するかのように、ゆっくりとAliceに近付いて行った。
どう言うことかと訝しんだ彼女は、ひとまず様子を見ようとしたが――発光。
明滅を繰り返すプラズマ弾を見たAliceは、このあとの流れを察して地面に身を投げる。
同時に、全てのプラズマ弾が爆発した。
爆風に身を揺らされながら耐え切ったAliceは、なんとか無事だったことに安堵したが、すぐさま立ち上がる。
そして、今度こそ反撃しようと振り向き――Edenがプラズマブレードを振り下ろし始めていた。
瞠目したAliceだが、体は即座に反応する。
後方に跳躍することで、プラズマブレードの空振りを誘おうとした。
ここまで防戦一方になっているが、そのお陰でAliceは間合いを完全に熟知している――はずだった。
「悪いね」
「え!?」
Edenの呟きとともに、プラズマブレードの剣身が僅かに伸びて、Aliceの体を袈裟斬りにする。
完全なるクリーンヒットではなかったものの、先ほどよりもダメージは重い。
とにかくこのままでは不味いと考えたAliceは距離を取り、回復薬を口にした。
削られていたHPゲージが元に戻り、危険域を脱出する。
ただし、これは一時凌ぎに過ぎない。
根本的な現状打破が叶わない限り、何度も同じことを繰り返すだろう。
そのことを自覚したAliceは、自分を落ち着けるべく深呼吸して、半ば無理やり笑いながら口を開いた。
「便利な武器だね。 遠距離も近距離もお手の物って感じ。 その上、微妙にアレンジを加えられるんだから。 まぁ、使いこなせてるキミが1番凄いんだけど」
「お褒めに預かり、光栄だね。 『Tonitrus』は唯一無二の性能を持っている訳じゃないけど、汎用性は随一だ。 キミにとっては、かなりやり辛いんじゃないかな?」
「……確かに、そうだね。 あたしとしては、何かに特化してくれてた方が、まだマシだったよ。 キミみたいなタイプは、どちらかと言えば苦手かな」
Aliceは笑顔を崩さなかったが、内心は悔しさでいっぱいである。
自身も対応力の高さが武器だと思っていた為、現時点では似た分野でEdenに上を行かれていた。
だからと言ってAliceの実力が劣っているとは言い切れないが、戦況がEden有利なのは間違いない。
どうしたものかと思ったAliceが、必死で思考を巡らせていると――
「そんなに脱落するのが怖いかい?」
「へ……?」
「キミはずっと笑ってるけど、なんとなく怯えているように見える。 俺の勘違いかな?」
「あたしが怯えてる……」
「俺としては、どっちでも良いんだけど。 ただ、正直拍子抜けだ。 もっと苦戦すると思っていたからね」
どこまで本気かわからない口調で告げたEdenが、『Tonitrus』の銃口をAliceに向ける。
一方のAliceは、自分自身に問い掛けた。
本当に脱落するのが怖いのか?
それはそうだ、怖いに決まっている。
しかし、本質からはズレている気がした。
自分が本当に恐れているのは――
「……あはは」
「……? どうしたんだい?」
「ううん。 キミの言う通り、あたし怖がってたんだな~って」
「そうかい。 まぁ、俺だって脱落するのは――」
「ううん、そうじゃないの。 脱落するのは確かに怖いけど、本当の理由は別にある」
「本当の理由……?」
怪訝そうなEden。
そんな彼に苦笑したAliceは、『本当の』笑みを見せて告げた。
「あたし、雪夜くんに告白したの。 それで、この戦いが終わったら答えを聞かせてもらうんだよね」
「……驚いたな。 まさか、敵の恋愛事情を聞かされるとは思わなかったよ」
「あはは、ごめんごめん。 でも、あたしにとっては大事なことなの。 その答えを聞くまでは、絶対に負けられないんだよね。 だから、いつもより脱落することを怖がってたみたい」
「なるほど。 キミの事情はわかったけど、手は抜かないよ」
「だよね。 けど、ここからのあたしは、別人だと思った方が良いよ。 もう、覚悟を決めちゃったから。 今までの弱腰のあたしじゃ、雪夜くんに合わせる顔がないもん」
「……どうやら、余計なことを言ったようだ。 だが、俺だって負ける訳には行かない。 守りたいものがあるからね」
吹っ切れた様子で微笑むAliceに、Edenは警戒心を強めた。
だからと言って怯むことはなく、しばしの沈黙を挟んでから動き出す。
『Tonitrus』を構えて、プラズマ弾を発射し――
「それそれそれそれ!」
その直前、無数の【グラン・ランサー】がEdenを襲った。
AP効率など考えていない、怒涛の連続攻撃。
立ち回りを意識していたこれまでとは打って変わった攻勢に、流石のEdenも驚きを禁じ得なかった。
だが、Aliceの猛攻を前にしてもEdenは落ち着き払っており、最小限の動きで回避してみせる。
射撃の腕前などはともかく、身のこなしに関しては、THOで彼の右に出る者はいない。
だからと言って余裕はなく、反撃することは出来なかった。
それでも粘り続けたEdenは、とうとう突破口を見付ける。
【グラン・ランサー】の間隔が空いて、Aliceへの射線が生まれた。
そこを見逃さなかったEdenは、瞬時にプラズマ弾を放つ。
最短距離を走った一撃は、見事にAliceを捉えるかに思われたが――
「えい!」
完璧なタイミングでAliceが『【聖杖】クリスタル・ロッド』を振り切り、プラズマ弾を打ち返した。
まさか防ぐどころか返されるとは思っていなかったEdenは、咄嗟に地面にプラズマ弾を撃ち込んで障壁を展開する。
打ち返されたプラズマ弾は障壁に阻まれ、ノーダメージに終わった。
そのとき、Edenの緊張の糸がほんの少しだけ緩む。
そしてAliceが狙うのは、まさにそこだった。
「そう来ると思ってたよ!」
先ほどEdenに言われたセリフを真似た彼女は、全速力で接近して杖を振り下ろす。
この段階になってEdenは、自分が策にハマったのだと気付いた。
【グラン・ランサー】の連続発動によって動きを制限し、そこに敢えて隙を見せる。
まんまと乗った彼はプラズマ弾を撃ったが、それはAliceの注文通り。
来ることがわかっている攻撃を返す技量を彼女は持っており、結果としてEdenに更なる守りを強いた。
そして障壁を張る際、Edenがその場に留まり続ける必要があることを、Aliceは初見で見破っている。
だからこそ迷いなく突っ込むことが出来て、今まさに痛烈な一撃を食らわせようとしていた。
1秒にも満たない時間で思考を巡らせたEdenだが、感心しつつも諦めてはいない。
右に転身することで杖の直撃を避けて、肩で受け止める。
それなりのダメージを受けたものの、『魔導士』の近接攻撃力自体は決して高くない。
事前調査でその事実を知っていたEdenは、計算通り最小限の被害で抑えたのだが、そのようなことはAliceが誰よりわかっていた。
「さ~て、付き合ってもらおうかな!」
「……!? まさか!?」
至近距離で顔を突き合わせている2人を中心に、膨大なエネルギーが膨れ上がる。
これが【イグニス・フレア】の前兆だとEdenは察知したが、それにしてもチャージのし過ぎだ。
今から逃げても攻撃範囲から逃れることは不可能で、それはAliceも同様。
思わぬ自爆特攻を受けようとしていることに焦ったEdenは、必死に説得を試みた。
「待て! このままじゃ、お互いに落ちるよ!? それでも良いのかい!?」
「ううん、良くないよ。 あたしは、雪夜くんの返事をもらうって、決めてるんだから」
「だったら!」
「大丈夫だよ。 『魔導士』は魔法に対する耐久力が高いから、運が良ければ生き残れると思うし」
「運が良ければって……。 もし失敗したら、どうするんだい?」
「そのときはそのときだよ。 そう言う運命だったんだろうね」
「……諦められるのかい?」
「違うよ、運命を信じてるの。 雪夜くんに選んでもらえるかはわからないけど、返事も聞けずに終わる訳ないってね」
「……はぁ。 恋する乙女は強い……なんて聞いたことはあるけど、ここまで厄介だとは思わなかったな」
「あはは。 てことで、覚悟してね?」
「わかった。 どちらにせよ、今更逃れられないんだ。 付き合ってあげるよ」
「有難う! じゃあ……行くよ~!」
完全に戦闘態勢を解いて、事の成り行きを見守るEden。
彼の潔さにAliceは笑みを漏らし――2人を爆炎が包み込んだ。




