第26話 通行止め
CBOの拠点の周囲は草原ではあるが、完全に見通しが良いとは言えない。
と言うのも、巨大な岩が転がっていたり、勾配が急になっているせいで、隠れる場所は意外にあるからだ。
もっとも、彼らにとっては大した問題ではないが。
途轍もない速度で拠点の町へと迫る、白太とミント。
ホームが大森林である2人からすれば、この程度の障害などあってないようなもの。
しかし、白太はだからと言って油断してはいない。
「飛ばし過ぎだ、ミント。 もう少し、慎重に行くぞ」
「……はい」
前を全速力で走っていたミントが、不承不承ながら速度を落とした。
彼女が雪夜への復讐を望んでいるのは知っている白太だが、それにしても前のめり過ぎである。
思わず嘆息した白太は、ミントを落ち着かせるべく言葉を重ねようとしたが――
「ここから先は、通行止めだぜ?」
横合いから、多数の手裏剣が殺到した。
反射的に振り向いた白太は右腕を振り切り、その全てを弾き飛ばす。
しかし完全に防ぐことは出来ず、微かにHPゲージが減った。
その事実に、白太は眉間に皺を寄せる。
何故なら、彼の防御力はBKOでも圧倒的で、まともに被弾しない限りは、ダメージを受けないことがほとんどだからだ。
そんな自分の守りを上回る攻撃力を誇る相手の登場に、警戒心を露わにしている。
一方の襲撃者は、ニヤリと笑って言い放った。
「取り敢えず、攻撃が通って安心したぜ。 まぁ、大したダメージじゃなさそうだけどな」
「『隠密』、ゼロか……。 ノイとの戦いは見ていた。 ある意味、CBOで最も注意するべき奴だ」
「褒められたと思っておくけどよ、過大評価だぜ。 うちの最強は、間違いなく雪夜だ」
「確かに、あいつも要注意だ。 だが、どちらがやり難いかと言えば、俺はお前だと思っている」
「……ふぅ。 もっと油断してくれた方が、有難てぇんだけどな。 思い切りガチじゃねぇか」
ウンザリとした様子で、後頭部をガリガリと掻くゼロ。
一見すると隙だらけだが、白太はそうではないことを悟っている。
拳を固めて構えを取り、いつでも仕掛けられる体勢を作りながらも、決して無理はしない。
彼のクレバーさを察したゼロも、道化を演じるのをやめて、『【隠刀】闇丸』を抜き放った。
そのとき――
「雪夜はどこですか?」
ミントの凛とした声が響く。
無視していた訳ではないが、白太に比重を大きく乗せていたゼロは、内心で驚きつつもあっさり言い返した。
「さぁな。 こっちの情報を、簡単に喋る訳ねぇだろ?」
「……わたしは、雪夜に復讐する為に来たんです。 教えてくれるなら、貴方とは戦わないと約束します」
「雪夜に復讐……? どう言う意味だ? あいつが嬢ちゃんに恨まれるようなこと、したとは思えねぇんだが」
「ふざけないで下さい! あの人は、わたしの……大切な人を脱落させたんです! しかも、卑怯な手を使って! そんな人を、わたしは絶対に許せません!」
これまで静かだったミントが、激情のまま涙ながらに叫ぶ。
彼女の気持ちを知っている白太は、痛ましく思いながら何も言えなかった。
だがゼロは、ミントの言葉を正面から受け止めた上で、真っ直ぐに告げる。
「嬢ちゃん、それは自分の目で見たのか?」
「……いいえ」
「やっぱりな。 だったらそれは、勘違いだ。 もしくは、誰かに嘘を吹き込まれたかのどっちかだろ」
「ど、どうして言い切れるんですか!? 貴方だって、コースケさんが脱落したところは見てないでしょう!?」
「まぁな。 けどよ、俺はこれでも雪夜がどう言う奴か、良く知ってるつもりだ。 あいつは勝つことに拘ってるが、絶対に卑怯な真似なんてしない。 クソ真面目だからよ、いつでも真っ向勝負なんだ」
「……仲間だから、そう思いたいのはわかります。 でも……」
「逆に聞くが、嬢ちゃんに雪夜がやったって言った奴のことは、本当に信じられるのか? 絶対に嘘を言ってないって、断言出来るのかよ?」
「そ、それは……」
「大切な人を失って悲しいのは、辛いだろうけどな。 だからって、雪夜に八つ当たりするつもりなら、容赦しねぇぞ」
いつになく、剣呑な雰囲気を撒き散らすゼロ。
それを受けたミントは、最早何を信じれば良いかわからず、怒りの矛先を失いかけている。
それでも、このときの彼女に道は残されていなかった。
「……貴方の言っていることが、本当かどうかだってわかりません。 わたしはやっぱり、雪夜を狙います」
「……そうかよ。 守護王も同じ考えなのか?」
「本音を言えば、俺はコースケを落としたのが雪夜か、疑っている。 しかし、どちらにせよ倒さなければならない相手だ。 なら、ミントの気の済むようにさせてやる」
「まったく……話の通じねぇ奴らだぜ。 でもまぁ、どっちにしろ倒さないといけねぇってのは、同感だ。 あんたらが雪夜を狙おうがやめようが、俺らが戦うことに変わりはねぇんだろうよ」
「勝てると思っているのか? お前が強いのは知っているが、2対1では勝機はないぞ?」
「さてな。 やってみねぇと、わかんねぇぞ?」
「わたしは雪夜を倒すんです。 貴方に時間を掛けてはいられません。 すぐに終わらせます」
「逸るな、ミント。 何度でも言うが、奴は強い。 慌てず確実に、追い詰めて行くぞ」
「白太さん……。 わかりました」
「ちッ……。 勢いに任せて来てくれるなら、楽だったんだがな。 BKOのトップは毒蛇王だって聞いてたけどよ、本当は守護王なんじゃねぇか?」
「誰がトップかなど、興味はないな。 そろそろ始めるぞ、ゼロ。 慌てはしないが、無駄に長引かせるつもりもない」
そう言って姿勢を低くした白太が、両脚に力を溜めて――突進。
砲弾のような速度で巨体が撃ち出され、ゼロへと真っ直ぐに進む。
あまりの速さにゼロは目を見開きつつ、辛うじて右に転身することで躱した。
しかし、そこに襲い掛かるミント。
既に回し蹴りの体勢に入っており、右足を振り切る。
途轍もない威力を秘めており、回避直後のゼロの側頭部を的確に捉えた。
会心の手応えを得たミントだが――
「え!?」
ゼロの体が木材に変わる。
それを見た白太も片眉を跳ね上げ、2人から離れた場所にゼロは立っていた。
緊急回避スキル【変わり身】。
雪夜も認める練度で、今回もゼロの窮地を救った。
ゆっくりと振り向いた白太と、今にも駆け出しそうなミント。
そんな四獣王たちを、ゼロは強気な笑みで見つめていたが、背中にはビッショリと汗をかいている。
彼らが強いのは、わかっていた。
映像では何度も見たし、彼なりに対策も立てている。
ところが、実際に体験した実力は想定以上だ。
改めてこの2人を相手にすることの難しさを、痛いほど感じているゼロ。
だが、退く気は一切なく、速くなった鼓動を鎮めるように呼吸してから、今度は自分から打って出る。
白太たちの周りを駆けながら、【放たれる暗器】を何度も繰り出した。
無数の手裏剣が2人に殺到し、細かいダメージを蓄積させて行く。
とは言え、このまま続けていれば、確実にゼロのAPが先に尽きるはずだ。
白太とミントもそう考え、守りを固めながらゼロの息切れを待つ。
ところが――
「む……!」
「白太さん!?」
白太が毒と眩暈の状態異常に陥り、動きが鈍る。
彼らはゼロの実力が高いことは知っていたが、装備の詳細までは把握していなかった。
あまりダメージはないと知りながらも、ゼロが攻撃し続けたのは、手数を増やして状態異常を付与する確率を上げる為。
驚いたミントは悲鳴を上げたが、ゼロは止まりはしない。
チャンスだと考えた彼は一気に距離を詰め、短刀を白太の脇腹に突き入れる。
深々と突き刺さった刃は、白太のHPゲージを目に見えて削り取った。
もっとも、やはり白太の耐久力は高く、致命傷には至っていない。
それでも、毒の継続ダメージもあり、尚も眩暈は続いている。
このまま押し切れると考えたゼロは、【刹那の刻】から【五月雨の如く】へのコンボを発動しようとしたが、それを許さない者がいた。
「させません!」
ミントの体が眩く光り、現れたのは――角の生えた真っ白な馬。
彼女の超獣化は、【ユニコーン】。
その力は――
『わたしはこれ以上、大切な人を失いたくないんです!』
角の先端から放たれた光が辺りを照らし、それを浴びた白太のHPゲージを回復する。
更に、付与されていた状態異常も解除され、彼の動きに精彩が戻った。
計算を完全に狂わされたゼロは、直前で行動をキャンセルして、白太から距離を取るべく動く。
しかし、僅かに遅かった。
「おぉッ!」
「ぐ……!」
白太が繰り出したボディブローがゼロに叩き込まれ、豪快に殴り飛ばす。
際どいところでガードが間に合ったものの、元々『隠密』は耐久力が低い職業だ。
HPゲージの30%以上が吹き飛び、地面を何度かバウンドしてから立ち上がる。
実際に肉体的なダメージがある訳ではないが、ゼロは思わず自分の脇腹に手を当てて、骨の具合を確認しようとした。
取り敢えず無事を確認出来てホッとしつつ、現状は最悪に近い。
BKOは魔法などの超常的な力を使えない代わりに、驚異的な身体能力を体感出来るのが売りのゲームだが、超獣化だけは例外だ。
コースケの【フェニックス】が復活能力を備えていたように、【ユニコーン】は治癒能力を持っている。
HP回復量こそエリスの【リザレクション】ほどではない反面、状態異常を含めた全デバフを解除すると言うのが強味。
はっきり言って、ゼロにとっては天敵のような存在だ。
加えて厄介なことに、戦闘力も決して低くない。
『やぁッ!』
「うぉ!?」
馬の体で草原を駆けたミントが、角でゼロを串刺しにしようとした。
ゼロであっても反応が遅れるスピードで、脇腹を浅く抉られる。
それだけでもHPゲージが10%ほど消滅し、残りは半分ほど。
止む無く回復薬を飲んだゼロだが、これは延命行為に過ぎない。
治癒能力を持つ上に、自身も強力なミント。
彼女だけでも相当な重荷とは言え、それだけならばゼロには充分勝ち目はある。
だが――
「ミント、助かった。 侮っていたつもりはないが、やはりこいつは危険だ。 俺も全力で行く」
静かに宣言した白太の体が光に包まれ、形が変容して行った。
予想通りの展開にゼロは舌打ちしつつ、警戒の度合いを最大限まで高める。
そうして現れたのは、白と黒の毛並みの巨大な虎。
白太の超獣化である、【白虎】。
超獣化することで様々な恩恵が得られるが、彼の場合は至極シンプル。
『行くぞ』
告げると同時に――消えた。
あらん限りに目を見開いたゼロだが、ほとんど勘だけで反転して短刀を振るう。
そこには白太がおり、爪を振り下ろすところだった。
ギリギリで間に合ったことにゼロは安堵したが、残念ながら早計である。
「……ッ!?」
タイミングはほぼ同時だったにもかかわらず、完全に力負けして、ゼロの体が後方に弾け飛んだ。
空中で態勢を立て直した彼は、着地すると同時に駆け出そうとして――いない。
寸前までそこにいた白太が、姿を消している。
いったいどこに――と考える暇もなく、ゼロは前方に身を投げ出した。
『良い反応だ』
またしても背後を取っていた白太の噛み付きから、なんとか逃れたゼロ。
受け身を取りながら起き上がりつつ、【爆ぜる命】で爆弾を放った。
それによって白太をミントを足止め出来たが、これこそ本当に延命行為。
特殊な力を有していない白太だが、超獣化した彼のスピードは常軌を逸している。
ゼロが対処出来ているのは、雪夜との模擬戦が大きく影響していた。
そのことを認識したゼロは苦笑しつつ、必死に打開策を考える。
しかし、そう都合の良いものは見付からず、いよいよもってどちらかを道連れにするしかないと、本気で考え――光の結界が展開された。
何事かと驚いた白太とミントは身構え、ゼロは先ほどよりも深い苦笑を湛えながら言い放つ。
「前とは逆になっちまったな」
「僕としては、借りが返せて良かったよ」
ゼロの言葉に爽やかに返したのは、ゆっくりと歩み寄るフレン。
既にクラウソラスとエクスカリバーを抜き放っており、戦闘準備万端だ。
彼の姿を視界に捉えた白太とミントは、緊張感を高めつつも動揺してはいない。
CBOとSCOが同盟を結んでいる以上、こうなるのは織り込み済みである。
ゼロと並び立ったフレンは白太とミントに視線を走らせ、凛々しい声で告げた。
「僕が一角王を抑える。 守護王を任せて良いかな?」
「それが妥当だろうな。 ちなみに、この結界は俺には影響ないのか?」
「心配しなくても、対象を選ぶことが出来る。 大したダメージにはならないだろうけど、守護王と戦うなら役立つはずだよ」
「……なるほどな。 おし、じゃあ行くか。 頼んだぜ、フレン」
「あぁ、任せてくれ」
方針を固めたゼロとフレンは、少しずつ白太とミントへの間合いを詰めて行った。
対する四獣王たちも覚悟を決めており、率先して白太が声を発する。
『ミント、ここが正念場だ。 第一星は強敵だが……行けるか?』
『はい、白太さん。 相手が誰だろうと、負けるつもりはありません』
『……わかった。 俺のサポートは考えなくて良い。 思う存分にやれ』
『はい。 白太さんも、気を付けて下さい』
『言われるまでもない』
それぞれの相手と向かい合った白太とミントは、次第に距離を取り始めた。
これは互いに、1対1での戦いを望んでいると言うこと。
奇しくも全員が思いを同じくして、この場に奇妙な連帯感が生まれる。
だが、誰もそのことには触れず、しばしの睨み合いが続き――
「行くぜ、守護王!」
『受けて立とう、ゼロ』
「キミの相手は僕だ、一角王」
『邪魔するのなら、落ちてもらいます!』
ぶつかる。
こうして4人の戦いは、終着駅へと走り出した。




