第24話 幼馴染として
第4回GENESISクエストは、大方の予想通りEGOISTSがトップを取った。
そのことにメンバーや他のCBOプレイヤーだけではなく、朱里や宗隆、透流も喜んでいた。
更に言えば学校の生徒たちも、雪夜を褒め称えていた。
ところが、当の本人は完全に上の空で、心ここにあらず。
ずっと何かを考え込んでおり、激しく懊悩しているのが見て取れた。
授業中ですら例外ではなく、教師から当てられて回答出来なかった雪夜を、クラスメイトたちは初めて見た。
あまりにも様子がおかしなことに心配していたが、声を掛けられる者は少ない。
その中でも、宗隆と別のクラスの透流が休み時間に駆け付けて、事情を聞こうとはしていた。
しかし、雪夜は最後まで打ち明けることは出来なかった。
それも致し方ないだろう。
仲間の正体がレイドボスAIであり、あまつさえ告白されたなど、夢物語だと笑われると思っていた。
実際は宗隆たちなら真剣に聞いたかもしれないが、このときの雪夜にそのような判断が出来る余裕などない。
とは言え、いくら考えても答えは出せなかった。
結局、成果のないまま帰路に就いたが、真っ直ぐ帰る気にもなれず、だからと言って道場に行く気分でもなく、彼は最寄りの小さな公園に足を向ける。
夕日を浴びながらベンチに腰掛けた雪夜は、ボンヤリと池を眺めた。
水面は静かで、ほとんど揺らいでいない。
自分の心もこうなら良いなどと、とりとめのないことを思ってしまっている。
やがて彼は下を向き、今日だけでも何度考えたかわからない事柄に着手した。
ケーキ=剣姫。
これに関しては、辛うじて咀嚼することが出来ている。
昨今のVR技術の発展を鑑みれば、いずれはそう言う時代も訪れるかもしれないと思っていた。
もっとも、まさかこれほど早いとは夢にも考えていなかったが。
だが、本当の問題はそこではない。
相手がレイドボス、つまりはAIだとしても、告白されたからには正面から向き合う必要がある。
そしてそれは、アリスや朱里に関しても同様だ。
我ながら最低だと思いながら、自分は全員に惹かれていると自覚している雪夜。
だからと言って全員と関係を持つなど、倫理的にも感情的にも性格的にも、彼は良しとしない。
つまり選ばなくてはならないのだが、これが本当に難しかった。
いや、本当は決まっているのだろう。
ただ、その選択が正しいのか、自信を持てずにいる。
どんどん深みにはまって行った雪夜は、次第に頭痛がして来た。
そのとき――
「……ッ!?」
頬にヒンヤリとした感覚があった。
驚いて振り向いた先に立っていたのは、缶ジュースを両手に持った朱里。
まさしく悪戯が成功した子どものようで、上機嫌に笑っている。
対する雪夜はどう反応すれば良いかわからず、何とも言い難い面持ちを浮かべていた。
すると朱里は口を尖らせ、不満そうに声を発する。
「もー。 もっとリアクションしてくれて良くない?」
「いや……充分驚いているが」
「それなら「わ!?」とか「ひぇ!?」とか、言ってくれても良いのに」
「そう言われてもな……」
「まぁ、良いや。 隣、座っても良い?」
「……あぁ」
雪夜としては、今まさに悩みの種になっている朱里と一緒にいることに、ほんの僅かながら抵抗があった。
今朝の素振りや朝食の席では、なるべく普段通りを装っていたつもりだが、彼女には通用していないと思っている。
ところが、意外にも朱里は何も言わなかった。
通学中や学校でもそうで、今も黙ってジュースを飲んでいる。
彼女の真意がわからない雪夜は、それとなく尋ねてみた。
「何も聞かないのか?」
「ん? 聞いて欲しいの?」
「そうは言わないが……。 この時間にここにいると言うことは、部活を休んだか早めに切り上げたんだろう? 用があったんじゃないのか?」
「まぁ、そうだね。 でも、目的は達成してるから」
「目的……?」
「うん。 セツ兄を1人にしないって目的。 今のセツ兄、放っておけないから。 だから、一緒にいるだけで良いの」
「朱里……」
「それとも、本当は誰かに話したかったりするの? あたしで良ければ聞くよ?」
ニコリと笑った朱里から、雪夜は目を背けそうになった。
しかし、辛うじて堪えた彼は深呼吸して、ポツリポツリと語る。
「例えばの話だが……ゲームや漫画、アニメのキャラクターから告白されたら、朱里ならどうする? 自分もその相手を……好ましく思っている前提でだ」
自分で言っておいて馬鹿げていると考えた雪夜は、顔が熱くなるのを感じた。
朱里もさぞ呆れているだろうと思った彼は、どんな言葉が返って来るかと身構えていたが――
「うーん……。 その人が好きなら、あたしならオッケーしちゃうかも。 気持ちがあればどんな障害も乗り越えられる!……とまでは言わないけど、やっぱり自分の気持ちに正直でいたいし」
おとがいに手を当てて、極めて真剣な顔で答えを出す朱里。
意外な反応に雪夜は面食らったが、すぐに言葉を返した。
「だが、相手は人間じゃないんだぞ? 現実には出て来られないし、根本的に別の存在だ。 年齢の乖離も、次第に進んで行く。 それでも良いのか?」
「確かにそうだね。 人間じゃない相手と結ばれるなんて、周りから何を言われるかわかんない。 現実にいないなら、デートも出来ない。 あたしがお婆ちゃんになっても、相手は若いまま。 それって、かなり辛いと思う」
「だったら……」
「けどさ、恋愛ってそう言うの全部ひっくるめてでも、相手を想えるかどうかじゃないかな。 理屈で全部解決出来るなら、誰も悩んだりしないと思う。 最終的には、やっぱり自分の気持ち次第だよ」
「自分の気持ち次第……」
「うんうん。 あたしがセツ兄を好きなのだって、「なんで?」って聞かれたらすぐには答えられないよ? 勿論、格好良いとか優しいとか、良いところはいっぱいある。 けど、本当の理由は「好きだから」としか言えない気がするんだよね。 好きな気持ちって、そう言うものじゃないかな」
「なるほどな……」
「だから相手がどうでも、好きだって思えるならあたしなら受け入れちゃうかも。 それが間違いだとしても、そのときはそのとき。 あたしたちは若いんだし、当たって砕けろだよ!」
雪夜の胸に拳を伸ばし、軽く当てる朱里。
大した衝撃ではなかったが、雪夜には響いている。
彼女の言葉を聞いても、雪夜は完全に吹っ切れはしなかった。
それでも、かなり気持ちは楽になっており、ぎこちない笑みを浮かべている。
朱里の拳を握った彼は真っ直ぐに彼女を見つめ、はっきりと告げた。
「有難う朱里。 俺も、なんとか前に進めそうだ」
「良かった、良かった! 沈んでるセツ兄とか、あまり見たくなかったもん!」
「心配掛けたな。 それと……すまない。 朱里の気持ちには応えられないと思う」
「……うん、そんな気はしてた」
「本当に申し訳ないと思っている。 だが、それが正直な俺の気持ちだ」
「それで良いの。 もし自分に嘘をついて、あたしを選ぶって言って来たら、引っ叩いてやろうと思ってたから」
「そうか……。 遠慮なく、1発くらいなら構わないぞ?」
「あはは! 大丈夫だよ、覚悟は出来てたし。 でも、1つだけ良いかな?」
「何でも言ってくれ。 可能な限りは、要望に応じよう」
このとき雪夜は、握った朱里の拳が震えていることに気付いていた。
だが、彼女は瞳を潤ませながらも涙を見せず、笑顔のまま伝える。
「セツ兄が誰を選んでも、1番一緒の時間を過ごして来たのはあたしだし、誰よりも理解してるって断言出来る。 だからこれからも、幼馴染として傍にいさせてくれるかな?」
「俺はむしろ、それを望んでいるが……朱里は辛くないのか?」
「辛いよ。 今だって、胸が張り裂けそう」
「それなら……」
「けどね、セツ兄と別れるのはもっと辛い。 それに、癒えない傷はないんだよ。 今は辛くても、いつか心から笑えるようになるって、信じてる」
「……強いな、朱里は。 俺とは大違いだ」
「えへへー。 伊達に、セツ兄の幼馴染をやってないよ! それに、セツ兄だって充分強いから、自信持ってね!」
「あぁ、有難う。 ……そろそろ帰るか。 今日の防衛は、山場かもしれない」
「だね。 あたしたちも、注意しておくよ。 まぁ、自分たちのタイトルが優先なのは、変わらないけど」
「それは、俺たちも同じだ。 では、行くか」
そう言って朱里の手を離した雪夜は、ベンチから立ち上がった。
しかし――
「ごめん、セツ兄。 先に帰ってくれる? 防衛には間に合わせるから」
「……わかった」
座ったまま俯いた朱里を見て、雪夜は一言だけ残して背を向けた。
背後から嗚咽が聞こえてきたが、歯を食い縛って足を踏み出す。
これが、大事な人を傷付ける痛み。
それをまさに実感した雪夜だが、弱音を吐きそうになる自分に喝を入れた。
朱里の痛みは、この程度ではないと考えたからだ。
拳を固く握り締め、敢えて力強く地面を踏み締めて前へ。
最後まで彼が振り返ることはなく、先に気持ちを伝える決心をした相手は――アリスだった。




