第23話 本物の想い
第4回GENESISクエスト、最終日。
この期間、何度も繰り返しダンジョンに潜り、最適なルートを探り続けていたEGOISTS。
遂にその成果が出ようとしていた。
「これで終わりだ!」
黒騎士による【セルシウス・スパーダ】を凌ぎ切り、ゼロが【放たれる暗器】でトドメを刺す。
ボス戦の撃破時間に関しては評価対象外だが、彼らはそこにも拘っていた。
そうして出された最終スコアは目標に達し、それぞれが喜びの声を上げる。
「やった~! 皆、お疲れ様!」
「Aliceさんも、お疲れ様です。 理論的には行けると思っていましたが、初めてミスなく通せましたね」
「そうだな、ケーキ。 細かなことを言い出せばキリがないが、充分に許容範囲内だろう」
「何だよ、雪夜。 こう言うときくらい、素直に喜べって。 前日までのランキング結果を見る限り、また俺たちが1位なんだぜ?」
「ゼロさんの言う通りだよ! やっぱりEGOISTSは、誰よりも楽しんで、誰よりも強いんだから!」
Aliceとゼロは喜びを前面に押し出し、ケーキも喜んでいるのは共通している。
雪夜も決して嬉しくない訳ではないが、あることが気になっていた。
それを打ち明けるべきか、彼は僅かに逡巡したものの、仲間たちには話しておくべきだと結論付ける。
半ばお祭り状態の空気に水を差すと知りながら、雪夜は思い切って口を開いた。
「確かにGENESISクエストは、俺たちがトップだろう。 だが、それと同時に見過ごせないことがある」
「見過ごせないこと、ですか?」
「あぁ。 SCOとMLOは、自分たちの戦力を立て直すことを優先しているのを知っているが、BKOの四獣王とTHOのTETRAも、あまりハイスコアを目指していないんだ。 これは、ある可能性を示している」
「可能性って……。 あ、もしかして、GENESISクエストより、侵攻準備に力を入れてたとか?」
「そう言うことだ、Alice。 あくまでも可能性だが、俺はそんな気がしている」
「なるほどな……。 まぁ、少なくとも本気でトップを取りに来てるスコアじゃねぇのは、間違いねぇな」
「相手の立場を考えれば、当然かもしれません。 今回のGENESISクエストは、特に報酬もないのですから」
雪夜の見解を聞いて、ケーキたちの表情が引き締まる。
そのことに雪夜は少々申し訳なく思いながら、敢えて強い口調で言い切った。
「恐らく、早ければ明日にでも行動に出るだろう。 狙われるのはSCOかMLOかもしれないが……俺たちCBOが、最も確率が高い。 皆、覚悟していよう」
このとき雪夜は、自身の言葉通り死闘を覚悟していた。
BKOかTHO、どちらか片方でも厄介なのに、それが同時に攻めて来るとすれば、そう考えるのも致し方ない。
ところが――
「気負う必要はありませんよ、雪夜さん。 わたしたちは、いつも通りにしていれば良いのです」
胸に手を当てて、花のように可憐な笑みを湛えるケーキ。
「だよね~。 BKOとTHOは強敵だけど、あたしたちだって負けてないよ!」
腰の後ろに手を回してニコニコ笑い、明るく言い放つAlice。
「どっちにしろ、今更ジタバタしたって変わらねぇんだ。 なら、ドンと構えて迎え撃ってやろうぜ」
腕を組んで快活な笑みを浮かべ、力強く佇むゼロ。
仲間たちの頼もしい姿に、雪夜は思わず目を丸くして、次いで苦笑を漏らす。
1つ深呼吸した彼は数瞬瞑目し、改めて宣言した。
「言い直そう。 CBOが狙われる確率が、最も高い。 だが、俺たちなら乗り切れる。 むしろ、強敵との戦いを楽しもう」
「あはは! それでこそ雪夜くんだね! そうだよ、本来なら戦えない人たちと戦えるんだから、楽しまないとね!」
「Aliceちゃん、俺はそこまで吹っ切れねぇが、簡単にやられるつもりなんざねぇよ。 最悪でも、1人は道連れにしてやるぜ」
「それは駄目ですよ、ゼロさん。 全員が生き残るんです。 わたしたちなら、それが可能だと信じています」
「ケーキちゃんにそうまで言われちゃ、ますます脱落する訳には行かねぇな」
「ゼロ、それで良い。 では、そろそろ帰るか。 本当に侵攻して来るのが明日か不明だが、皆も疲れているだろう。 今日は早めに休んで、備えるべきだ」
そう言って雪夜はウィンドウを開き、全員で拠点に戻ろうとした。
だが、その前にAliceが言葉を割り込ませる。
「あ、ちょっと待って」
「どうした?」
「えっとね、ケーキちゃんが雪夜くんに、話があるんだって」
「え……!?」
「そうだよね、ケーキちゃん?」
「それは、その……」
突然、Aliceから話を振られたケーキは、顔を真っ赤にして俯いた。
この時点で雪夜は事情を察し、Aliceを見やる。
対するAliceは笑顔を崩さなかったが、雪夜は彼女が緊張していることに気付いていた。
それでも敢えて触れず、今度はゼロに視線を向けると、彼は真剣な顔で大きく頷く。
先ほどとは別の意味で覚悟を決めた雪夜は、人知れず拳を固めて声を発した。
「わかった。 Aliceとゼロは、先に戻ってくれ」
「は~い! 行こう、ゼロさん!」
「おう、Aliceちゃん」
その言葉を置き去りに、2人が姿を消す。
直前、Aliceがケーキに「頑張ってね」と言ったことを、雪夜は聞き逃さなかった。
より一層、顔を紅潮させたケーキだが、落ち着いたように見える。
城の屋上で向かい合う、雪夜とケーキ。
両者ともに何も言わないまま時が経ったが、何度も深呼吸したケーキが雪夜から目を離し、遠くの景色を見ながら呟いた。
「本当にここは、バトルキャッスルに似ていますね」
「……そうだな」
ケーキが最初に口にしたのが、バトルキャッスルだったことに、雪夜は意外感を覚えた。
そんな彼の戸惑いを感じたケーキはクスリと笑い、胸の内に秘めていたものを、少しずつ露わにして行く。
「わたしはこの景色に、良い思い出も悪い思い出もあります」
「剣姫と戦う舞台だからな。 そう言うプレイヤーは多いんじゃないか? むしろ、この短期間で剣姫と戦えるようになったケーキは、はっきり言って尋常じゃない成長速度だ」
これは雪夜の、偽らざる気持ちだ。
初めて会ったときは初心者プレイヤーに近かった彼女が、今やCBOトップクラスにまで躍り出ている。
そのことを彼は、本気で称賛していたが――
「違うのです」
「違う……?」
「はい。 わたしの成長が速いのは努力ではなく、そう言う存在だからです」
「……意味がわからないな。 キミがここまで強くなったのは、誰が何と言おうと努力の賜物だろう」
「確かに、そう言った側面もあるにはあります。 ですが、根本的には違うのです」
「やはりわからないな。 ケーキ、キミはいったい何が言いたいんだ?」
雪夜には、ケーキの真意が掴めない。
だからこそ真剣に答えを聞いたのだが、彼女は黙って雪夜と向き直り、微笑みながら言葉を紡いだ。
「わたしの外見を見て、何か気付きませんか?」
「……素直に可愛いとは思っているぞ」
「有難うございます。 他には何かありませんか?」
「他に……?」
「はい。 たとえば、誰かに似ているとか」
「それを言うなら、剣姫に似ている。 髪色や瞳の色は違うが。 だが、それがどうした? 彼女に似たアバターを作るプレイヤーは、それほど珍しくない」
雪夜の言っていることは事実で、CBOプレイヤーの中には少なからず、剣姫を真似たアバターを使う者がいる。
とは言え、あくまでもそれらしく作っているだけで、本当の意味で似ているプレイヤーはほぼいない。
しかし、改めてその視点から見ると、ケーキはまさに瓜二つだった。
それが何を意味するのか、雪夜は考えようとして――
「わたしは、剣姫です」
吹き抜ける風に乗って、ケーキの声が耳朶を打った。
そんな馬鹿な。
反射的に雪夜は、そう言いそうになったが、寸前で口が止まってしまう。
何故なら、そう考える方が辻褄の合うことが多いからだ。
剣姫にそっくりな外見。
信じられない成長速度と、学習能力。
初めてだったはずの剣姫戦で見せた、完璧な立ち回り。
どこか人とはズレた、感覚の持ち主であること。
1度たりとも、ログアウトする瞬間を見たことがない。
聴覚への攻撃をものともせず、瞬時に動けた理由。
何より、異常なまでのCBOへの執着心。
他にも数え切れないほど、様々な出来事があった。
もっとも、だからと言ってすんなりと信じられる話でもない。
ゲームのレイドボスが意思を持って行動するなど、誰かに話せば正気を疑われるだろう。
だが雪夜は、急激に渇いた喉の奥から絞り出すように、声を発した。
「本当なのか……?」
このような問い掛けが出て来ること自体、おかしなことだと雪夜は思ったが、聞かずにはいられなかった。
それを受けたケーキは、少しだけ寂し気な笑みを浮かべ、虚空に指を走らせる。
雪夜からは何も見えなかったが、すぐに変化が現れた。
ケーキの髪が銀色になり、瞳は真紅に染まる。
装備も合わせて、その姿はどこからどう見ても剣姫。
そもそも、CBOにいきなりアバターの見た目を変えるシステムは、備わっていない。
この変貌こそが証拠である――と、言わんばかりだった。
目を皿のように丸くした雪夜は絶句し、ケーキ――いや、剣姫から目を逸らせずにいる。
彼に多大なる衝撃を与えていることを知りながら、尚もケーキこと剣姫は止まらなかった。
「わたしは、バトルキャッスルで多くのプレイヤーと戦いました。 当初は誰しもがわたしを恐れ、憎悪の対象にし、勝てる見込みが出て来てからは、ドロップアイテムを得る為の獲物と認識されていました」
「……否定は出来ない」
「別に、責めているのではありません。 ゲームのレイドボスなど、普通はそう言う存在ですから。 ただ……わたしは寂しかったのです」
「ケーキ……」
今にも泣きそうな笑みを浮かべる剣姫に、雪夜は何も言うことが出来ない。
不甲斐ない自分を殴り飛ばしたくなったが、彼女の言葉には続きがあった。
「ですが、雪夜さんだけは違いました」
「俺が……?」
「そうです。 貴方はわたしと正面から向き合い、ドロップアイテムや経験値などを度外視して、純然たる戦意を持って挑んでくれました。 そのことが、たまらなく嬉しかったのです」
「……買い被りだ。 俺は単に、自分の欲求に従っていただけなんだからな」
「だとしてもです。 わたしにとって雪夜さんと戦っている時間は、唯一の楽しみでした。 そして芽生えた気持ちは、いつしか昇華されたのです」
来る。
混乱しつつも予感を抱いた雪夜は、咄嗟に身構えた。
そのことに剣姫は気付きつつ、決定的な一言を放つ。
「好きです、雪夜さん。 誰よりも、何よりも、貴方を愛しています。 人間とAIが結ばれることなど、ないのかもしれません。 だとしても、わたしの気持ちは決してデジタルでもシステムでもなく、本物なのです」
「俺は……」
剣姫の真っ直ぐな告白を前に、雪夜は口ごもった。
もしかしたら、彼女がAIだと知らないままなら、この時点で受け入れていたかもしれない。
しかし、彼は知ってしまった。
本当か嘘か判然としない状況下で、剣姫の言葉を信じている。
思考が纏まらず、何をどうするべきかもわからなくなり、いっそのことこの場から逃げ出したいとすら思っていた。
だが、歯を食い縛った雪夜はそれだけは自分に許さず、なんとか踏み止まる。
だからと言って答えを出せずにいる彼に、剣姫は穏やかに告げた。
「すぐに返事が欲しいとは、言いません。 Aliceさんのこともありますし、ゆっくり考えて下さい」
「……すまない」
「わたしの方こそ、すみません。 驚きましたよね?」
「……正直に言うと、完全に消化出来たとは言えない。 ケーキ……剣姫の言う通り、考える時間が必要だ」
「ケーキで良いですよ。 わたしの正体は、出来れば内緒にして欲しいですから。 それに、EGOISTSのメンバーとしてのわたしは、間違いなくケーキです」
そう言って剣姫はケーキの姿に戻り、華やかな笑みを咲かせた。
あまりにも人間らしい表情に、雪夜の中で疑いが出て来ると同時に、今の変貌が剣姫=ケーキの図式を成り立たせている。
心の準備をしていたつもりの雪夜だが、あまりにも突拍子もない話を聞いて、流石の彼も心が乱れていた。
それでも、1つだけ伝えたいことがある。
「ケーキ」
「はい」
「キミが剣姫だと言うことは……ひとまず信じよう」
「有難うございます」
「だが、俺たちが仲間だと言うことに違いはない。 明日からも、よろしく頼む。 それを踏まえて……キミの気持ちとは、真剣に向き合おう」
「雪夜さん……」
「少し時間はもらうが、必ず返事をする。 それまで待っていてくれるか?」
「……はい、勿論です」
「……すまない、感謝する」
「謝らないで下さい。 むしろ、完全に否定されるかもしれないと思っていたので、安心しました」
「そう言ってもらえると助かる。 俺はそろそろ落ちるが……ケーキは残り続けるんだな?」
「そうですね。 わたしの居場所は、ここしかないので」
自虐するでもなく、事実として語るケーキ。
だが、雪夜はそれで良しと出来ず、微妙に顔を背けながら告げた。
「いつでも、メッセージを送って来い」
「え?」
「ずっと1人だと、時間を持て余すこともあるだろう。 すぐに返せるかはわからないが、俺で良ければ話し相手になる」
「……有難うございます」
「これは、仲間としての提案だ。 それ以上のことは……今はまだ何とも言えない」
「充分ですよ。 本当にわたしは、幸せ者です」
瞳に薄っすらと涙を浮かばせて、ケーキは微笑んだ。
彼女の笑顔が眩し過ぎて、雪夜は直視出来ずにいたが、なんとか行動に移る。
「では、また明日。 今回のことも大事だが、生存戦争も疎かには出来ない。 キミが剣姫だと言うなら、猶更な」
「そうですね。 わたしも、意識を切り替えて頑張ります」
「俺も、明日までに頭を整理しておく。 ケーキには寝る概念がないのかもしれないが……お休み」
「はい、お休みなさい」
笑みを浮かべたまま、小さく手を振るケーキ。
しばし彼女を見つめた雪夜はウィンドウを開き、現実へと帰って行った。
それを見送ったケーキは――
「き、緊張しました……」
その場に、へなへなと崩れ落ちる。
地面に両手を突いて項垂れ、呼吸を乱していた。
雪夜の前では気丈に振る舞っていたが、彼女もいろいろと限界だったらしい。
それでも最後まで耐え切ったケーキは、屋上に横になって空を見上げ、ポツリと呟く。
「雪夜さんを好きになって、本当に良かったです。 わたしの見立てに、間違いはありませんでした。 想いが届くかわかりませんけど……伝えられて良かったです」
空に手を伸ばしながら、ケーキは清々しい笑みを浮かべる。
本音を言えば、どのような答えが返って来るか怖い。
しかし、今の言葉にも嘘はなかった。
暫くそのままでいたが、ゆっくりと身を起こしたケーキは座り直し、ウィンドウを開く。
「Aliceさんに、報告しておきましょう。 それから、貴音ちゃんにも話を聞いてもらいたいですね」
Aliceにメッセージを送ったケーキは、貴音に連絡した。
即座に応答した貴音はケーキから事の顛末を聞いて、仰天する勢いで驚いていた。
その後は時間も忘れて話し込み、夜が明ける。
そうして、生存戦争が始まって以来、最大の戦いが幕を開けようとしていた。




