第22話 データは揃った
奥の階段を上った雪夜たちは、城の屋上に出た。
元々が不気味だった空が、今では赤黒い雷雲に変わっている。
かなり不穏な雰囲気に、雪夜たちは一層警戒心を高めていた。
すると、そこに現れたのは黒い全身甲冑を身に纏い、フルフェイスの兜を被った剣士。
右手に大剣を握り、左手には大盾を構えている。
高身長で逞しい体付きだが、人間を逸脱してはいない。
そんな黒騎士を前に、雪夜は険しい顔付きで呟いた。
「Aliceとゼロの言う通りかもしれないな」
「え? 何が?」
「今回のボスだ、Alice。 剣姫並の強さを想定して戦おう」
「マジかよ……。 そいつはちょっと、キツイな」
「ゼロさん、嘆いても仕方ありません。 それに、敵は待ってくれませんよ」
「ケーキの言う通りだ。 ……来るぞ」
ゆったりとした動作で構えを取った黒騎士を目にして、雪夜が注意を促した。
それを聞いたケーキたちは散開し――剣の雨が降り注ぐ。
広範囲を覆っている為に密度は低いが、それでも充分な脅威。
雪夜は全てを躱し切り、ケーキは盾でガード。
ゼロは短刀と体捌きを駆使してやり過ごし、Aliceは【イグニス・フレア】で吹き飛ばす。
それぞれの戦法で初撃を防いだ4人だが、Aliceとゼロは驚愕していた。
何故なら――
「今のって、剣姫の【ブレイド・ダンサー】!?」
「剣姫並の覚悟はしてたけどよ、まんま同じアーツを使って来るなんて聞いてねぇぞ!」
と言うことだ。
動転したように喚くAliceとゼロだが、雪夜とケーキはあくまでも冷静な姿勢を崩さない。
「落ち着け。 こう言った攻撃は、何も剣姫の専売特許じゃない。 他のボスでも、似たような攻撃をして来ることはある」
「そうですね。 それに、仮に剣姫と同じアーツだとしても、その練度は比べ物になりません。 威力も速度も、オリジナルより遥かに低いです」
「俺もそう思う。 むしろ、本当に剣姫を真似ていると言うなら、その方が有難い。 対処がし易いからな」
驕るでもなく、客観的に分析した雪夜とケーキ。
彼らの言葉を聞いたAliceとゼロも落ち着きを取り戻し、強気に言い放った。
「確かにね~。 剣姫とそっくりな攻撃でビックリしちゃったけど、本物はこんなに簡単に防げないもん」
「だな。 俺としたことが、無駄に取り乱しちまったぜ」
「とは言え、気を抜いて良い理由にはならない。 予定通り、全力で行くぞ」
「はい、雪夜さん。 Aliceさんとゼロさんも、良いですね?」
「勿論だよ、ケーキちゃん!」
「任せろよ!」
立ち直ったEGOISTSは、即座に行動に出た。
まず仕掛けたのは雪夜。
【瞬影】で黒騎士に接近し、刀を一閃。
見事に胴を捉えて、HPゲージを目に見えて削る。
今の攻防を見ていたケーキたちは、改めて黒騎士が剣姫ほどではないと悟った。
剣姫なら、恐らくガードされていたからだ。
当然と言うべきか、雪夜もそのことがわかっており、躊躇うことなく【閃裂】まで繋げる。
今度は黒騎士も反応し、なんとか盾を割り込ませた。
ところが、強引な動きだったせいで体勢が崩れ、それを見逃すほど他の3人は甘くない。
「それだけ大きな隙があれば!」
杖を振り下ろしたAliceが、黒騎士の頭上から【サンダー・ストライク】を落とす。
このアーツは威力が高い代わりに予兆が大きく、剣姫戦で使えるようなものではない。
「俺はいつも通り行くぜ!」
呆気なく【刹那の刻】で黒騎士の背後を取ったゼロが斬り掛かり、【五月雨の如く】へと連携させる。
これも、本来の剣姫相手には通用しないはずだ。
「はぁッ!」
【ツイスト・リッパー】で突撃したケーキが、【オーバー・スラッシュ】を繰り出す。
どちらのアーツも威力自体は控えめだが、振るわれた大剣から花弁が舞い、黒騎士に殺到した。
この追撃が馬鹿に出来ず、ケーキの火力を底上げしている。
3人の同時攻撃を受けた黒騎士のHPが更に減少したが、流石にこのまま終わることはない。
体を捻るように引き絞った黒騎士が、大剣で回転斬りを放った。
その直後、全周囲に円形の斬撃が飛び、雪夜たちに襲い掛かる――かに思われたが――
「予備動作が大き過ぎる」
雪夜の言葉を証明するかのように、4人は既に跳躍しており、斬撃は空を斬るのみ。
アーツ名で言えば【サークル・シュナイダー】に該当するだろうが、彼らからすれば劣化品でしかなかった。
発動後の硬直も長く、着地した雪夜は【瞬影】から【閃裂】、【爪牙】へのコンボを繰り出す。
ケーキたちも負けておらず、それぞれの最大火力を発揮していた。
その後も黒騎士は、明らかに剣姫を基にした動きを繰り返していたが、そのどれもが雪夜たちには通用しない。
何なら、前回のボスである人形の方が、初見だったこともあって、やり難かったとすら感じている。
Aliceとゼロにも余裕が生まれ始め、戦いは順調に進んでいたが、雪夜とケーキの心中は穏やかではなかった。
「見るに堪えないな」
「まったくです。 正直なところ、嫌悪感すら抱きます」
「こんなものを用意して、GENESISは何を考えているんだ? 剣姫を愚弄するにもほどがある」
「不愉快です。 もう終わらせましょう」
「あぁ」
メラメラと、怒りの炎を燃やす雪夜とケーキ。
Aliceとゼロには2人の気持ちがわからなかったが、顔を見合わせて苦笑しながら告げる。
「よ~し! ラストスパートだね!」
「こんな出来損ないはパパっと片付けて、ルート開拓をしようぜ!」
「そのつもりだ。 ケーキ、ダウンさせるまでもない。 押し切るぞ」
「わかりました。 全力を尽くします」
そこから先は速かった。
それぞれが切り札であるアクティブスキルも使用し、一気呵成に攻め立てる。
黒騎士も何とか対応しようとしていたが、彼らの勢いを留めることなど出来はしない。
結局、最後まで押されっ放しだった黒騎士は――
「消えろ」
雪夜の【閃裂】によって、HPゲージを削り取られた。
断末魔の声を上げることもなく消え去り、雷雲に覆われていた空が晴れやかになる。
昨日同様、空中に『Quest Clear』の文字が浮かび上がったが、内容は全く違っていた。
宝箱から得られるスコアと踏破率が全く評価されていない一方で、攻略速度とボス撃破による加点がある。
それによってわかったのは、ボス撃破スコアは破格であり、なるべく倒す必要があると言うこと。
要するに、ボスと戦える権利がある1時間の間に、可能な限り宝箱を開けながら、ダンジョンを踏破しなければならない。
考えを纏めた雪夜は、平坦な声で仲間たちを促した。
「戻ろう。 おおよその情報は集まった。 あとは、煮詰めるだけだ」
「了解だぜ。 ボスが大したことなくて、助かったな」
「でもゼロさん、他のCBOプレイヤーには言っておいた方が良いんじゃない? 自分で言うのも何だけど、ここまであっさり勝てるのはあたしたちくらいだと思うよ」
「確かにそうですね、Aliceさん。 一般的なCBOプレイヤーにとっては、充分に強敵かもしれません。 雪夜さん、先に情報共有をしませんか?」
「わかった、ケーキ。 皆で手分けして、出来るだけ多くのプレイヤーに伝えよう」
「おし、そうと決まれば帰るか」
ゼロの言葉を合図として、雪夜たちは順次拠点へと戻って行く。
こうして此度のGENESISクエストも、完全攻略の目途が立った。
GENESISの本拠地。
いつもは会議に使われるこの部屋に、代表だけの姿があった。
席に着いた彼は、目の前のディスプレイを眺めている。
そこに映っていたのは、黒騎士と戦う雪夜たち。
代表は何度も繰り返し同じ映像を見ていたが、ようやくして口を開いた。
「やはり、凄まじいな。 全員がハイレベルなのは間違いないが、特に雪夜とケーキが抜けている。 戦闘AIであるケーキは理解出来るとして、雪夜は常軌を逸している。 だが……」
そこで言葉を切った代表は、映像を閉じて別の画面を立ち上げた。
そして、途轍もない速さで手元のキーボードを叩き、何事かを入力して行く。
暫くそのような時間が続いたが、手を止めないままポツリと声を落とした。
「彼も人間であることに違いはない。 必ず限界はある。 データは揃った。 あとは実行に移すのみ」
代表からは、感情らしきものが感じられない。
だが、それに反して強烈な意志を宿している。
運命のときは、刻一刻と近付いていた。




