第21話 終わったら
GENESISクエスト2日目の夜。
時間通りに集まったEGOISTSは、早速とばかりにダンジョンに突入した。
受注するや否や目の前の城に向かい、即座に門扉を開く。
アイコンタクトを取る暇すら惜しんで、全速力で奥に進み、昨日と同じ組み合わせで左右に分かれた。
同時に起動した魔法陣によって転移し、あらかじめ決めていたルートに沿って、最短距離を駆け抜ける。
道中のモンスターもなるべくやり過ごし、ようやくして合流地点に辿り着いた。
ここに至るまでに掛かった時間は、およそ10分。
前回とは比べ物にならない速度だ。
その甲斐はあったらしく、昨日は閉ざされていた道が開いている。
最低限、全てを無視すればボスと戦えることを確認した雪夜は、内心で安堵しながら言い放った。
「ひとまず、奥に進もう。 それから待機する」
「え、待機? ボスと戦うんじゃないの?」
「当然戦うぞ、Alice。 だが、この道がどれくらいの時間で閉じるか知っておきたい」
「なるほど……。 確かに、必要な情報ですね。 それを知ることが出来れば、逆算してルートを決めることが可能です」
「そう言うことだ、ケーキ。 とは言え、1度通り抜けたら開いたままの可能性もある。 だから待つのは、最長でも昨日の攻略時間までだ」
「了解だぜ。 そんじゃ、暇だし何か雑談でもするか?」
「ゼロさん、今はそう言う場合では……」
「良いじゃない、ケーキちゃん! どうせ暇を持て余すくらいなら、お喋りしようよ! 良いよね、雪夜くん?」
「そうだな……。 先にボス戦の確認だけ済ませるが、そのあとなら良いだろう」
「わ~い! やっぱり、たまには親交も深めないとね!」
万歳して心底楽しそうなAliceに、早くも地面に座り込もうとしているゼロ。
ケーキはやや躊躇いがありそうだったが、雪夜は彼女も本心では、こう言う時間を求めていると知っている。
そうして全員が腰を下ろし、車座になったのを確認した雪夜が、約束通りまずは確認事項に取り掛かった。
「立ち回りはいつも通りの予定だから、最近の新要素であるLR装備についておさらいしておこう。 基本的に特殊能力が軒並み上昇しているのは既に判明済みだが、それぞれの解放能力が重要になるかもしれない」
「確かに、解放能力のお陰で戦い方がちょっと変わったしね~。 ある程度は意識してないと、振り回されちゃいそうだもん」
「わかるぜ、Aliceちゃん。 俺の『【隠刀】闇丸』も、割と特殊だからよ。 その点、ケーキちゃんはわかり易くて良いよな」
「そうとは言い切れません。 『【華剣】プリンセス・フルール』に進化したことで、各モンスターの確殺ラインを修正する必要があります。 考えなしに振り回せば良いと言う訳ではありませんよ」
「『【聖杖】クリスタル・ロッド』が攻撃範囲の拡大、『【隠刀】闇丸』は状態異常の敵に対するダメージアップ、『【華剣】プリンセス・フルール』は攻撃時に花弁による追加ダメージだったな。 どれも強力だがケーキの言うように、使いこなすには慣れも必要だろう。 今回のボス戦は、その練習も兼ねると良い」
「おいおい、完全に勝つ前提じゃねぇか。 そんな余裕がある相手か、まだわかんねぇだろ?」
「大丈夫だ、ゼロ。 勿論、昨日も言ったように気を抜く訳には行かない。 だが、俺たちが勝てないような調整に、GENESISがするとも思えなくてな」
「あはは! 自信満々だね~。 でも、あたしも雪夜くんと同意見だよ! EGOISTSは最強なんだから!」
「断言は出来ませんが、その見解は大きく外れていないかと。 どちらにせよ、わたしは全力を尽くします」
「ケーキちゃん、俺もやれることはやるぜ。 さてと、確認事項はそんなところか?」
「未知の相手だからな、対策を立てるのは難しい。 今はこれくらいで良いだろう」
「よ~し! じゃあ、お喋りタイム!」
「Aliceさん、ほどほどにして下さい」
「わかってるって! ちゃんと、気持ちは切らさないようにするから!」
ケーキに釘を刺されてもAliceの勢いが止まることはなく、ウキウキとした様子で話し始めた。
アイドルと言う仕事をしているからか、彼女のトークの技術は高く、メンバーを楽しませている。
ゼロもそれに適度に便乗し、上手く場を回していた。
雪夜とケーキは自ら話題を振ることはなかったものの、受け答えはしっかりしており、積極的に参加している。
食事の話など、AIであるケーキには答えられないものもあったが、彼女はその現実を受け入れた上で、軽やかに躱していた。
これこそが、本当の意味で自分の在り方を認識した上で雪夜への想いを貫き、EGOISTSのメンバーとして戦う覚悟が出来た証。
Aliceはケーキの事情を知らないが、彼女が吹っ切れたことには気付いており、非常に満足している。
その後も話題が尽きることはなく、ボス戦前とは思えない和やかな空間が広がっていた。
するとAliceが、何かを思い付いたような顔で、新たな話の種を放り込む。
「ねぇねぇ、皆は生存戦争が終わったら何かしたいことはある?」
「生存戦争が終わったら、か。 あんまり、具体的に考えたことねぇかも」
「じゃあ、この機会に考えてみようよ、ゼロさん! あたしはね~、皆でアミューズランドに行きたい! それで一日中、思い切り遊び尽くすの!」
「アミューズランド……前に約束していたな。 そのときは、是非参加させてもらう」
「有難う、雪夜くん! ケーキちゃんとゼロさんは?」
「そうですね……悪くないかもしれません」
「あぁ、そうなったら面白そうだぜ」
「良かった~! じゃあ、決まりね! 次は~……ケーキちゃん!」
「わたしですか? わたしは……少しのんびり過ごしたいです。 生き残ることが出来たと、喜びを噛み締めたいですね」
どこか遠くを眺めて微笑を湛え、混じり気のない本心を語るケーキ。
ともすれば次の瞬間には儚く消えてしまいそうで、雪夜は無性に心配になった。
Aliceとゼロも何かを感じた様子で、言葉に詰まっている。
そんな仲間たちの反応に内心で苦笑したケーキは、満面の笑みで雪夜に尋ねた。
「雪夜さんはどうですか?」
「……あまり変わらないかもしれない。 いつも通りの日常を過ごし、やるべきことを果たし、CBOで遊ぶ。 そのままじゃないか?」
「雪夜くんらしいね~。 でも、少しくらい何かあるんじゃない?」
「そうだぜ。 もうちょっと考えてみろよ」
「そう言われてもな……。 まぁ、敢えて言うなら1つある」
「なになに? 気になる~」
「だよな、Aliceちゃん。 雪夜、もったいぶらずに教えろよ」
おとがいに手を当てて考え込んだ雪夜は、1つの答えを出した。
それに対してAliceは身を乗り出しそうなほど食い付き、ゼロも興味津々。
ケーキは何も言わなかったが、一言一句聞き逃すまいとしている。
3人の様子に雪夜は若干困惑しつつ、軽く咳払いしてから――
「剣姫に、感謝を伝えたい」
「え……?」
告げた。
思わぬ言葉にケーキは裂けんばかりに瞠目し、Aliceとゼロも呆気に取られている。
それも無理はないと感じた雪夜は苦笑し、説明を追加した。
「俺はずっと、剣姫に支えられて来た。 彼女と戦うことで、心が満たされていたんだ。 今でこそ皆がいるが、あのときの俺には剣姫しか縋れる相手がいなかった。 だから、感謝を伝えたい」
「律儀と言うか何と言うか……ホント変わってんな、お前」
「まったくだよ、ゼロさん。 あたしはずっと、誘ってたのに~」
「それについては、本当に申し訳なかったと思う。 過去は変えられないが、今は仲間だと思っているから、それで許してくれないか?」
「しょうがないな~。 その代わり、もう絶対1人になるなんて言わないでよ?」
「あぁ、約束する」
「よろしい!」
花のような笑みを咲かせたAliceに、雪夜は苦笑を禁じ得ない。
ゼロも嬉しそうに笑って、うんうん頷いていた。
その一方で――
「ケーキ……?」
口を堅く引き結んで、滂沱の涙を流すケーキ。
驚いたのは雪夜だけではなく、Aliceとゼロも同様だ。
しかし理由がわからず、何と声を掛ければ良いのかもわからない。
どうしたものか悩んだ雪夜が、必死に頭を回転させていると、手で涙を拭ったケーキが口を開く。
「有難うございます、雪夜さん」
「……それは、何に対する礼だ?」
「わからなくて良いのです。 ただ嬉しくて、お礼を言いたくなりました」
「良くわからないが……あまり踏み込まない方が良いのか?」
「はい、今はまだ。 ですが、いずれ話すときが来ると思います」
「……わかった。 だったら、ひとまず何も聞かないでおく」
「そうして下さい」
一転してニコニコ笑うケーキを不思議に思いつつ、雪夜は一旦不問にすることにした。
Aliceとゼロの頭上にも疑問符が浮かんでいたが、ケーキが取り合う気配はない。
その代わりに彼女は、話を次の段階に移行させる。
「ゼロさんは、どうなのですか?」
「ん? 俺?」
「そうです。 生存戦争が終わったら、何がしたいのですか?」
いきなり水を向けられたゼロは腕を組み、視線を上に向けて考え込んだ。
そのまましばしのときが経ち、やがて彼は言葉を発する。
「娘と旅行に行きてぇな」
「え!? 娘!? ゼロさん、結婚してたの!?」
「何だよ、Aliceちゃん。 俺が結婚してたら、そんなに変かよ?」
「変とまでは言わないけど、ビックリしたと言うか……。 雪夜くんたちも、そうじゃない?」
「いや、それほど意外じゃない」
「ゼロさんの年齢を考えれば、充分に可能性はあったかと」
「……冷静だね、2人とも。 そんなことより! ゼロさんの奥さんってどんな人!? 気になる!」
雪夜とケーキの態度にガックリしながら、Aliceは瞳をキラキラさせて問い掛けた。
ところが、ゼロは少し困ったような笑みで言い放つ。
「悪いな、Aliceちゃん。 もう、いねぇんだ」
「え……。 それって……」
「元々、体が弱くてな。 娘を産んですぐに、逝っちまったよ」
「……ごめんなさい」
「はは、気にすんなって。 もう、何年も前のことだ。 心の整理は、とっくに出来てるって。 だから、雪夜たちもそんな顔すんなよ」
いつも通りあっけらかんとした口調のゼロだが、雪夜たちはどうしても沈痛な面持ちを浮かべてしまう。
特に雪夜は両親を早くに亡くしていることもあり、家族との別れがどれほど強いか、多少なりともわかるつもりだった。
先ほどまでの明るい空気が霧散し、重苦しい雰囲気が広がる。
Aliceに至っては、不用意なことをしてしまったと、涙ぐんでさえいた。
だが、それはゼロの望むことではない。
「何だよ、皆して。 本人が大丈夫って言ってんだから、いつまでも落ち込んでんじゃねぇよ」
「ゼロさん……。 でも……」
「でもじゃねぇって、Aliceちゃん。 俺には娘がいるし、お前らだっている。 勝手に人を不幸だと思うなよ? むしろ、お前らに気を遣われる方が、何倍も嫌だぜ」
鼻を鳴らして、強がるでもなく言い切るゼロ。
彼の言葉を受けた雪夜たちは顔を見合わせ、ついで苦笑を漏らした。
これ以上は、逆に彼に対して失礼だと理解したらしい。
結論付けた雪夜は軽く息を吐き、可能な限り平静を装って声を発する。
「わかった、ゼロ。 それなら、この話はこれで終わりだ」
「おう、そうしてくれ。 そんじゃ、次は――」
快活な笑みでゼロが返事した瞬間、彼らの背後で通路が塞がった。
突然のことにAliceとゼロは目を見開いたが、雪夜とケーキは立ち上がりながら言葉を紡ぐ。
「およそ、1時間か」
「はい、雪夜さん。 この情報を基に、帰ったら最適ルートを考えましょう」
「あぁ。 だが、まずはボス戦だ。 皆、行くぞ」
即座に戦闘モードに切り替えた、雪夜とケーキ。
そんな彼らに続いて腰を上げたAliceとゼロも、力強く首を縦に振った。
こうして憩いの時間は終わり、舞台は戦場に移る。




