第20話 大事なもの
GENESISクエスト初日の翌日は休日であり、非常に良い天気だった。
様々なことに適した気候で、外出している者も多くいるだろう。
雪夜たちは朝からダンジョンにこもっている――と言うこともなく、夜に集まる約束をしていた。
いくら生存戦争中とは言え、各々リアルの事情がある。
特にAliceは日々の防衛時間を確保する為に、必死でスケジュールを調整しているのだ。
彼女の正体を知っている雪夜だが、それがどれだけ大変なことか想像すら出来ない。
それでも泣き言を漏らさず、常に元気で明るく振る舞うAliceには、頭が上がらないと思っている。
ゼロも用事があるとのことだったので、雪夜も約束までは勉強することにした。
ケーキと2人で何かしても良いのだが、彼なりの考えがある。
そうして雪夜たちが、それぞれの時間を過ごしていた頃、2人の男性が山の中腹に佇んでいた。
傍には2台のバイクが停まっており、ツーリングして来たと察せられる。
1人は30歳前後だろうか。
身長180cmほどで、逞しい体付き。
いわゆるオシャレ坊主とでも言えそうな髪型で、綺麗に整えられた顎鬚が目を引く。
静かな面持ちを浮かべているが、強い光を瞳に宿していた。
もう1人は、20代半ばくらいの青年。
身長は先ほどの男性より少し低い程度で、どちらかと言えば細身。
若干軽薄な印象の長い茶髪で、爽やかな笑みを湛えている。
彼らも生存戦争の参加者で、THOでの名前はZenithとEvol。
そう、TETRAのリーダーと側近のような存在だ。
Zenithの本名は宇田川樹で、Evolは坂倉青空。
ゲーム内でも関わりが多い2人だが、現実での距離も近い。
彼らは暫く、無言で壮大な景色を眺めていたが、やがてZenithこと樹が口を開く。
「青空、次の侵攻が正念場だぞ。 ここを取れたら、ほぼ俺たちの勝ちだ」
「わかってますよ、樹先輩。 まぁ、なんとか上手くやりますよ」
「正直に言えば、不本意な展開なんだがな。 本来なら、もっと他の4大タイトルが疲弊するのを待って、それから動く予定だった。 その計算を狂わせたのは――」
「CBO、ですよね? 特に雪夜。 あいつの強さは、ちょっと普通じゃない。 はっきり言って、知らずにぶつからずに済んでラッキーでしたよ」
「それは確かに。 そう言う意味では、SCOに感謝しないとな。 奴らが雪夜の実力を知らしめてくれた。 もっとも、同盟を組まれたのは予想外だが」
「ですよね。 生存戦争で他のタイトルと協力するのは、相当難しいはずですから。 最終的には必ず敵対する訳ですし、簡単には信用出来ませんよ」
「だが、奴らの同盟は本物だろう。 MLOのSCOへの侵攻の際に、それは証明されている。 更に、MLOが同盟に加わった。 これが致命的だったな」
「えぇ。 単純計算で言えば、同盟の戦力はどのタイトルよりも上です。 放っておいたら、手が付けられなくなりますよ」
「だからこそ、俺たちは動いた。 BKOと手を組んだのは苦肉の策だが、今のところ悪くない。 コースケを落とせたことで、同盟を倒したあとの戦いも有利に運べそうだ」
「まぁ、そうなんですけど、ナーガが何か仕掛けてると思うんですよね。 運営が逮捕されたニュースはありましたけど、アップデート権を失ったとは言ってませんでしたし。 もしかして、もう使ってるんじゃないですか?」
「その可能性は、充分にある。 となると、一概に有利とは言い切れないか。 主力の人数では勝っているが、俺たちはリスクを排除する代わりに、アップデート権を放棄した訳だからな」
「ですね。 でも、BKOのことは取り敢えず忘れましょうよ。 同盟を倒さないと、その先はないんですし」
「その通りだ。 攻め方はBKOとも話し合った通りだが、自信はあるか?」
「そう聞かれると、答えに困りますね。 まぁ、樹先輩も一緒ですし、なんとかなるんじゃないですか?」
風で乱れた髪を直しながら、青空が苦笑交じりに告げる。
そんな彼を樹は横目で見て、小さく頷いた。
青空が言葉に反してやる気を滾らせていると、長い付き合いから察しているらしい。
それは、青空も同様。
自分の内心を樹が知ったことがわかり、苦笑を深めた。
それからはまた、並んで景色を眺めていたが、今度は青空が口火を切る。
「それはそうと、またそいつアップグレードしてません? 見たことないパーツがあるんですけど」
「気付いたか。 こいつは特注品でな、最近手に入ったばかりなんだ」
「おー、良いですねぇ。 俺もカスタムしたいんですけど、先立つものがないもんで」
「お前はまだ働いていないからな。 THOの賞金だけでは、限界があるだろう。 だが、今は我慢しておけ。 俺も大学院で機械工学を学んだお陰で、自分でいろいろ出来るようになった。 後々のことを考えれば、しっかり勉強した方が良い。 就職もそうだが、バイクを弄るのにも役立つぞ」
「わかってますって。 俺はずっと、樹先輩の背中を追い掛けてるんですからね。 こう見えても、大学院じゃ優秀だって褒められてるんですよ?」
「俺を追い掛ける必要はないが、それでお前が満足するなら構わない。 だが、何でもかんでも真似はするなよ?」
「それもわかってますよ。 そもそも、俺と樹先輩じゃバイクの好みも違いますし、俺は俺で好きなようにします」
「それで良い。 さて、もう一走りするか。 付いて来い」
「オッケーです。 まぁ、俺が前を走るかもしれませんけどね」
「ふん、10年早い。 行くぞ」
「はいはい」
鼻を鳴らして、ヘルメットを被る樹。
一見するとわかり難いが、ともすれば生存戦争に対するものより、熱い闘志が漲っている。
彼に火を点けたと自覚した青空は、苦笑しながら肩を竦めた。
実際、マシンの性能差も考慮すれば、自分が後れを取るのはわかっている。
もっとも、だからと言って最初から諦めはしない。
青空のバイクに対する想いも、樹に負けていないのだ。
その後、2人は愛車に乗って走り出し、安全運転を心掛けつつ競い合った。
生存戦争は間違いなく雪夜たちや樹たち、他の参加者にとっても重要なこと。
だが、大事なものは1つとは限らない。
少なくとも彼らにとってバイクは、掛け替えのないものである。
今だけはツーリングに没頭しようと決めた樹たちは、日が暮れるまでアクセルを回し続けた。
そして雪夜たちが、ダンジョンのボスと相まみえるときが近付く。




