第18話 約束
雪夜たちと同じタイミングで転移したケーキとAliceは、違う場所に飛ばされた。
基本的な造りは同じで、石造りの迷宮が広がっている。
最初に話し合った結果、彼女たちもマッピングしながら探索することにして、既にいくつかの宝箱を開けた。
得られるのはスコアのみだが、数字はバラバラである。
そのこともメモしつつ、ダンジョンを攻略していた2人は、新たな宝箱を発見した。
横目でAliceに意思を伝えたケーキが前に出て、宝箱を開きつつ距離を取る。
瞬間――
『トラップが発動されました』
いつかは来るだろうと思っていた展開。
咄嗟に背中合わせに構えたケーキとAliceを、5体の幽霊型モンスターが囲う。
これまでで最大の数であり、ケーキは険しい顔になっていたが、Aliceはむしろ余裕綽々だった。
「このモンスターたちは、弱点部位を覚える必要ないよね?」
「そうですね。 この宝箱を開けなければ、出現しない訳ですから」
「オッケー! じゃあ、思い切りやっちゃうから!」
にこやかに笑ったAliceが、【ウィンド・スライサー】を発動した。
2人を中心に風の刃が荒れ狂い、5体のモンスターが斬り刻まれる。
結果としてどこが弱点だったかはわからないが、呆気なく掃討し終わった。
Aliceの殲滅能力が高いのは知っていたケーキだが、武器が進化したことでそれに輪が掛かっている。
『【聖杖】クリスタルロッド』の解放能力は、『攻撃範囲50%拡大』。
ただでさえ対多数戦が得意だったAliceが、最早無双状態になっていた。
対単体戦に関しては相変わらず得意とは言えないものの、進化によって特殊能力も強化されているので、単純に火力が底上げされている。
ケーキは自分の出番がないことを悔しがる――ことなく、役割分担だと割り切っていた。
この辺りは、彼女もEGOISTSとしてチーム戦に慣れて来たことを、示していると言えるかもしれない。
もっとも、ボス戦では自分こそが役立ってみせると、誓っているのだが。
何はともあれ無事にトラップを切り抜けた2人は、改めて周囲の安全を確認して、戦闘態勢を解除する。
ケーキは小さく息をつき、Aliceは元気良く声を発した。
「よ~し! 次も頑張ろう~!」
「大声を出さないで下さい。 モンスターが寄って来たら、どうするのですか」
「大丈夫だって! あたしがすぐに片付けちゃうから!」
「そう言う問題ではないのですが……」
「まぁまぁ、良いじゃない! 折角、珍しく2人きりなんだし、楽しもうよ!」
「楽しむのは止めませんけど、無駄な戦闘は避けるべきかと」
「むぅ、ケーキちゃんは真面目だね~」
「あくまでも、ダンジョン攻略が最優先なのは変わりませんから」
「それもそうか。 じゃあ、真面目に楽しんで行こう~!」
「本当に、この人は……」
鼻歌を歌いながら歩き始めたAliceに、溜息をつくケーキ。
しかし、すぐに立ち直った彼女はAliceを追い抜き、前衛に戻った。
Aliceの実力を疑う訳ではないが、前を譲る気はないらしい。
ケーキの矜持を悟ったAliceは、背後で苦笑している。
それからも彼女たちは順調に、入り組んだ迷宮を踏破して行った。
何度もモンスターと出くわし、数多くの宝箱の場所と中身をメモしながら、少しずつダンジョンの全容を把握して行く。
しかし、かなり入り組んだ構造の上に範囲も広く、マッピングが完了するには時間が掛かりそうだ。
仮に全てをメモし終わっても、それらを覚え切るのは至難の業だろう。
雪夜とゼロの方もあるとなると、猶更だ。
入手した情報を基に、最大限のスコアを宝箱から獲得しつつ、素早く攻略するルートを見付けること。
これこそが、このクエストの肝かもしれない。
AIであるケーキは問題ないとしても、普通の人間には相当な難題だと思われる。
そう憂いた彼女だが、反面で雪夜なら大丈夫だと信じていた。
いや、彼だけではない。
Aliceやゼロも、きっと乗り越えてくれる。
そう断言出来る程度には、ケーキも仲間たちを信頼していた。
ただし、別のことが彼女の胸を締め付ける。
(わかってはいましたが……わたしはやはり、人間とは違うのですね……)
歩みを進めながら、表情を曇らせるケーキ。
自分はこの複雑な迷宮を覚えることを苦にしないが、同時に攻略する楽しみもない。
雪夜たちとは根本から違う存在であることを、改めて突き付けられた気分のケーキは、寂寥感に苛まれていた。
そのとき――
「ふんふふ~ん」
非常に機嫌の良さそうなAliceの、鼻歌がケーキの耳朶を打つ。
思わず立ち止まった彼女は振り向いて、胡乱気な眼差しをAliceに向けたが、ニコニコ笑っているだけ。
どう言うつもりかと思ったケーキは、若干苛立ちながら問い掛けようとしたが、その前にAliceが口を開いた。
「楽しいね!」
「え?」
「CBOの主要コンテンツはほとんどクリアしてたから、こんなに凄いダンジョンは久しぶりなの! GENESISが何を考えてるのか知らないけど、そのことには感謝したいかな~」
「……貴女は良いですね、何でも楽しめて。 わたしには、とてもそのような余裕はありません」
「あたしだって、余裕なんてないよ? でも、楽しめるものは楽しまないとね!」
キラキラと輝いてすら見える、Aliceの笑顔。
それを直視出来ず目を逸らしたケーキは、ポツリと呟いた。
「雪夜さんには、貴女のような人が相応しいのかもしれませんね」
「へ?」
「いつも元気で明るく可愛らしい……悔しいですが、魅力的だと認めざるを得ません。 Aliceさんになら、雪夜さんの隣に立つ資格があると思います」
「ケーキちゃん……」
下を向いて唇を噛み締め、瞳に涙を溜めながらケーキは本心を吐露した。
AIである自分は、どの道いつかは別れる日が来る。
そのことを思えば、今のうちからAliceに譲った方が良いのかもしれない。
そう結論付けたケーキは、断腸の思いでそう告げたのだが――
「ふ~ん。 ケーキちゃんの想いって、そんなものだったんだ~。 なんかガッカリかも」
あからさまに嘲るようなAliceの言い様に、反射的に柳眉を逆立てた。
そして涙ながらに顔を振り上げ、言葉通りガッカリした様子のAliceに噛み付く。
「見くびらないで下さい! わたしの雪夜さんへの想いは、決して誰にも負けません!」
「でも、諦めちゃうんでしょ? じゃあ結局、その程度だってことじゃないの?」
「そ、それは……貴女にはわからない、事情があるのです」
「なるほどね~。 ケーキちゃんは、事情があれば雪夜くんを諦められるんだ。 だったら、やっぱりあたしの勝ちだね」
「な……!? そ、そのようなことは――」
「あたし、現実ではアイドルなの」
「アイドル……?」
「信じてもらえないかもしれないけど、本当だよ。 売り出し中で、結構人気もあって、まさにこれからって感じ」
「……それが何だと言うのですか?」
話が見えないケーキは、眉間に皺を寄せて尋ねた。
対するAliceは苦笑を浮かべ、自身の覚悟を語る。
「雪夜くんにね、前に言われたんだ。 アイドルと付き合うのは大変そうだって。 そのときはショックだったけど、今はもう吹っ切れちゃった」
「まさか……」
「うん。 雪夜くんと一緒にいられるなら、アイドルやめても良いやって。 子どもの頃からの夢で、やっと叶ったばかりだけど、あたしにとってはそれくらい大事な気持ちだから。 いろんな人に、怒られると思うけどね」
片目を閉じて舌を出し、叱られた子どものような顔のAlice。
一見すると茶目っ気たっぷりだが、ケーキは彼女から途轍もない決意を感じていた。
自分の立場を失ってでも恋に邁進することが、本当に正しいのかはわからない。
それでもケーキは、Aliceの選択を素晴らしく感じている。
それに比べて、自分はどうだ。
AIと人間が結ばれるはずがないと言う常識。
だとしても、心の底から諦められたかと言えば――答えは否。
ましてや、Aliceに譲るなどと言い訳して身を引くなど、あってはならない。
今度こそ確固たる意志を持ったケーキは深呼吸して、澄んだ瞳で真っ向からAliceを見つめる。
そのまま数秒黙ってから、はっきりと言葉を紡いだ。
「前言を撤回します。 雪夜さんに相応しいのは、わたしです。 誰にも譲る気はありません」
「あれ~? 随分と早い心変わりだね。 そんなこと言っておいて、やっぱり諦めました~ってなるんじゃないの?」
「そう思われても仕方ないでしょう。 ですが、わたしはもう揺らぎません。 どれだけ低い可能性でも、最後まで想いを貫き通してみせます」
口元に手を当ててニヤニヤ笑うAliceに、ケーキはあくまでも強気に言い返す。
宣言通り、挑発されてもブレることなく、ひたすらに前だけを向いていた。
そんな彼女にAliceも表情を改め、真剣な面持ちで歩み寄る。
何をされても、受け止める気概を持っていたケーキだが――
「やっと素直になったね。 ケーキちゃんが雪夜くんを諦めるなんて、絶対駄目だよ」
「……! Aliceさん……」
Aliceは優しくケーキを抱擁し、ゆっくりと頭を撫でた。
思わぬ事態にケーキは硬直したが、次第に体から力を抜いて行く。
それを察したAliceは、ゆっくりと言葉を連ねた。
「そりゃ、あたしとしてはライバルが減った方が助かるけど、そんな結末は望んでない。 ちゃんと気持ちを伝え合って、その上で雪夜くんに選んで欲しいの」
「気持ちを……。 Aliceさんは、伝えたのですか……?」
「うん、現実でね。 本当はあのタイミングで言うつもりなかったんだけど、抑えられなかったみたい」
「そうですか……。 その……答えは……?」
「まだもらってないよ。 だから、少なくとも何かには悩んでるんだろうね。 凄く怖いけど、こればかりは待つしかないかな」
「なるほどです……」
「次はケーキちゃんの番だね」
「わたしの……」
「そうだよ。 あたしだって勇気を振り絞ったんだから、ケーキちゃんも頑張ってね」
「……わかりました、必ず伝えます」
「よろしい! 約束だよ?」
そう言って身を離したAliceは、小指を差し出した。
それが何を意味するのか、ケーキには一瞬理解出来なかったが、すぐに苦笑しながらAliceの小指に自身の小指を絡ませる。
笑顔を深めたAliceと、恐れを抱きながらも晴れやかな気持ちのケーキ。
依然として問題は残ったままだが、取るべき方針は固まった。
こうして少女たちは、誓いを立てたのだが――
「まぁ、あたしたち以外が選ばれる可能性もあるけどね」
「え……!?」
「驚くことじゃないでしょ? 客観的に見ても雪夜くんって普通に格好良いし、他にも好きになってる子はいると思うよ?」
「い、言われてみれば……」
「特にアリエッタちゃんとか怪しいんだよね~」
「こ、根拠はあるんですか……?」
「ないよ! 女の勘!」
「……聞いたわたしが馬鹿でした」
「む、何よ。 あたしの勘は当たるんだからね?」
「わかりましたから、そろそろ攻略に戻りましょう。 流石に、これ以上は立ち止まる訳には行きません」
「なんかあしらわれた気がするけど……。 まぁ、良いか。 レッツゴー!」
「何度も言いますが、大声は控えて下さい」
先ほどまでの空気もどこへやら、元気に右手を突き上げて歩き出すAlice。
そんな彼女に溜息をつきつつ、憎くは思えないケーキ。
彼女たちは恋のライバルではあるが、間違いなく同士でもある。
此度のことを経て絆を深めた2人は、抜群の連携を取って迷宮を進んで行った。




