第16話 組み合わせ
いつものようにログインし、いつものようにクリスタルの元へ向かう雪夜。
周囲との挨拶も、最近は自然と出来るようになっており、彼らの確執は既に過去のもの。
しかし雪夜は、この現状は決して自分だけの力ではないと、常々思っている。
リアルも含めて、周囲の人たちに恵まれた結果だと、己に言い聞かせていた。
そしてその中でも、特に大きな切っ掛けになった人物がいる。
ソロを貫いていた自分に、強引に付いて来たケーキ。
当時は困ることも多かったが、彼女がいなければ今はないはずだ。
だからこそ雪夜は、ケーキに多大なる恩を感じている。
いや、本当にそれだけなのか?――と、自問自答する雪夜。
朱里に言われたこともあり、今一度自分の気持ちと向き合ってみようと決めた。
ただし、まずはGENESISクエスト。
気を入れ直した雪夜は、晴天の下に集まったEGOISTSメンバーに向かって、なるべくいつも通りに声を掛ける。
「こんばんは、皆。 いよいよだな」
「こんばんは、雪夜くん! どんなダンジョンなんだろうね~。 楽しみだな~」
「Aliceさん、楽しむのは結構ですが、油断はしないで下さい。 打ち合わせ通り、最初は攻略の速度は考えず、安全第一で行きましょう」
「まぁまぁ、良いじゃねぇか、ケーキちゃん。 Aliceちゃんだって、お気楽な訳じゃないって。 だろ?」
「勿論だよ! ケーキちゃん、楽しみ尽くして勝つのがEGOISTSなんだからね! 今回のGENESISクエストだって、思い切り楽しんでやるんだから!」
「……気を抜かないのなら、それで構いません」
快活な笑みを浮かべるゼロと、ニコニコ笑うAlice。
2人を前にケーキは嘆息していたが、本気で非難している訳ではない。
むしろ、このような状況においても自分を保てることに、敬意を表してさえいた。
3人のやり取りを、雪夜は黙って聞いていたが、どうしても意識はケーキに持って行かれてしまう。
自然と視線を向けて、思わずまじまじと観察してしまった。
今更言うまでもなく、途轍もない美少女。
目的の為に努力し続け、尚も成長を続けている。
戦いとなれば、これほど頼りになる仲間はいない。
その反面で泣き虫なところがあり、どちらかと言えば内気な性格だ。
だが、それは決して欠点ではなく、むしろ魅力だと言える。
雪夜が改めてケーキと言う存在を確認していると、彼女は恥ずかしそうにモジモジしながら口を開いた。
「あ、あの、雪夜さん……どうかされましたか……?」
顔を紅潮させて上目遣いで問われた雪夜はハッとして、自然な動作で目を逸らしながら言い返す。
「いや、何でもない。 少し考え事をしていただけだ」
「そ、そうですか……。 それなら良いんですけど……」
「いや、良くねぇだろ。 雪夜、今から大事なクエストなんだぜ? しっかりしてくれよ。 リーダーのお前が上の空じゃ、不安になるじゃねぇか」
「そうだよ! 雪夜くんも、一緒に楽しむんだからね?」
「すまない、ゼロ、Alice。 もう本当に大丈夫だ。 ケーキの言う通り、最初は様子見感覚で安全に行動するぞ」
「はい、わかりました」
「うんうん! やっと、らしくなって来たね!」
「だな。 それでこそ雪夜だぜ」
メンバーから信頼を寄せられた雪夜は、苦笑しながらウィンドウを開き、念の為にアイテムチェックを始めた。
ケーキたちも同じように準備に取り掛かり、間もなくして完了する。
その後は、各人が思い思いに過ごし、時計の針が19時を示した。
サイレン音が鳴り響き、空が真っ赤に染まる。
最早、見慣れた光景に動揺する者はおらず、周囲のプレイヤーは早速とばかりにクエストを受注し始めた。
安全策を取るなら、雪夜たちの帰還を待った方が確実だが、彼らにもゲーマーとしての矜持がある。
いつまでもEGOISTSに頼ってばかりはいられないと考え、自らの力で道を切り開こうとしていた。
仲間たちの向上心に、雪夜は胸中で舌を巻きつつ、自分たちもそれに負けないと誓う。
「行くぞ」
「オッケー!」
「任せろ!」
「全力を尽くします」
雪夜の号令に、Alice、ゼロ、ケーキがそれぞれ応えた。
それを確認した雪夜は小さく頷き、ウィンドウにタッチする。
瞬間、4人の姿が転移して、気が付けば暗雲の下に立っていた。
反射的に雪夜たちは戦闘態勢に入り、全周囲を警戒する。
しかし、現時点ではこれと言った脅威はなく、不気味な荒野が広がっていた。
もっとも、眼前に嫌でも目に入るものがあったが。
「なんつーか、いかにもって感じだな」
「確かにね~。 中はどんな感じなんだろう?」
しみじみと呟くゼロと、ワクワクした様子のAlice。
雪夜は返事をせずに、それを見上げた。
一言で言うなら、巨大な城。
それも、いわゆる魔王城の様相を呈している。
数多くのプレイヤーが既視感を抱くだろうが、雪夜は別のことが気になった。
ただし、自分がいったい何に引っ掛かっているのか、わかっていない。
その為、難しい顔で考え込んでいると、ケーキがポツリと声を落とす。
「バトルキャッスル……」
「……! なるほど、そう言うことか」
「え? 雪夜くん、そう言うことって?」
「Alice、どこかで見たことがあるとは思っていたんだが、この城はバトルキャッスルに似ているんだ」
「おー、言われてみれば確かにな。 てことは、もしかしてボスは剣姫か?」
「不吉なこと言わないでよ、ゼロさん! 剣姫並のボスとか、考えるだけで怖いんだけど!?」
「怒んなよ、Aliceちゃん。 俺だって、絶対に死ねない剣姫戦とか怖過ぎるっての」
このとき、Aliceとゼロに悪気など欠片もなかった。
だが、自分を否定されたように感じたケーキは――
「Aliceさんとゼロさんは、剣姫が嫌いなんですね……」
しょんぼりとした様子で呟く。
そんな彼女を不思議に思ったAliceとゼロは、顔を見合わせてからあっけらかんと言い放った。
「ううん、全然嫌いじゃないよ? むしろ、好きかな~。 可愛いし!」
「俺も、嫌いなんてことはねぇよ。 ギリギリの戦いになるから、どうしても怖くなるけどな。 けど、だからこそ面白い! 雪夜もそうだろ?」
「あぁ。 元々、俺がCBOをプレイしているのは、剣姫と戦う為だったからな。 そう言う意味では……最も好ましいとすら言える」
「あはは! 好ましいって何? 素直に好きって言えば良いのに~」
「察してやれよ、Aliceちゃん。 雪夜は、そう言う年頃なんだよ」
ニヤニヤと笑うAliceとゼロに、雪夜は憮然とした面持ちで反論しようとした。
ところが、その前にケーキが不審な態度を取っていることに気付く。
両手を頬に当てて下を向き、頭から湯気が出そうなほど顔が赤くなっていた。
心配になった雪夜は口元の言葉を入れ替え、ケーキに問い掛ける。
「大丈夫か、ケーキ?」
「え!? だ、大丈夫です! 全くもって、問題ありません! さぁ、行きましょう!」
「……そうだな。 Alice、ゼロ、おふざけはここまでにしよう」
「はーい!」
「おし! やってやるか!」
ギクシャクとした動作で歩き出したケーキに、雪夜たちも付いて行く。
疑問は残ったままだが、ひとまず雪夜は横に置いておくことにした。
城に近付くにつれて、威容がますます大きくなる。
門扉の前まで辿り着いたEGOISTSは、改めて視線を交換した。
流石に全員が集中しており、先ほどまでの緩い空気は霧散している。
そのことを確かめた雪夜は、代表して巨大な門扉に手を触れた。
すると、隙間から赤黒い光が発せられ、重い音を立てながら開く。
そこには石造りの広間があり、不穏な空気が流れていた。
中は暗いが、淡い光が最低限の視界を確保してくれている。
全域を見渡した4人は慎重に足を踏み入れ、中央まで来た。
その奥には――
「これは……厄介そうですね」
「あぁ、一筋縄では行かなさそうだ」
警戒したケーキの言葉を、雪夜が静かに肯定する。
彼らの眼前の壁には、怪しげな筆跡の文字が刻まれていた。
その内容は、『遅き者たちに我と戦う資格なし』と言うもの。
これが何を表しているのかは、現時点で確証はない。
とは言え、ある程度推察することは可能。
「要するに速く攻略しないと、ボスと戦うことすら出来ないってことかな?」
「そう言うことだろうな、Aliceちゃん。 まぁ、何回でも挑戦出来るんだから、慌てる必要ねぇだろ」
「はい、ゼロさん。 まずはこのダンジョンの仕組みを把握して、ボス戦のことはそのあと考えれば良いかと」
「俺もケーキに賛成だ。 もっとも、のんびりし過ぎる訳にも行かない。 安全第一だが、その中で最善を尽くそう」
「りょーかいだよ、雪夜くん! レッツゴー!」
「おう!」
気勢とともに右手を突き上げたAliceと、それに付き合うゼロ。
雪夜とケーキは無言だったが、黙って気合いを入れている。
すると、それを見計らっていたかのように、奥の壁が崩れ去って先への道が現れた。
1本道ではあるが、見える範囲に敵はいない。
それでも油断しない雪夜は、率先して中へと入って行く。
ケーキたちもあとを付いて歩き、全員が即座に戦闘に移れるよう備えていた。
そうして辿り着いたのは、先ほどよりも狭いが、似たような造りの部屋。
ただし、左右に通路が続いている。
それ以外には何もなく、雪夜たちは選択を迫られた。
「さてと。 どうする、雪夜? 手分けするか、全員で片方に進むか」
「難しいな、ゼロ。 だが、今回は安全が最優先だ。 全員で同じ道を進もう。 まずは右から行くぞ」
「わかりました」
「は~い!」
迅速に決断した雪夜に反論することもなく、4人が揃って右の通路へと進む。
何の変哲もない1本道で、モンスターは見当たらなかった。
そのことが逆に不可解だった雪夜だが、取り敢えず攻略のことだけを考える。
暫くは足音だけが響き、ようやくして見えて来たものは、床に描かれた魔法陣。
ここからが本番だと感じた雪夜たちは、気を抜かないまま魔法陣に踏み入り――
「……あれ?」
「何も起こりませんね……」
「どうなってんだ?」
素っ頓狂な声を漏らしたAlice。
困惑したケーキ。
眉間に皺を寄せて首を捻るゼロ。
そんな仲間たちに頓着することなく思考を巡らせた雪夜は、ある結論に至る。
正解かどうかはわからないが、わからないからこそ行動あるのみ。
「引き返すぞ」
「あん? どう言うことだよ?」
「ゼロ、反対の道も調べる必要が出来た。 恐らく、そこに答えがある」
「なんか良くわかんないけど、付いて行くよ!」
「わたしも、雪夜さんの指示に従います」
「有難う。 ここまでモンスターは出ていないが、帰りもそうだとは限らない。 注意を怠らず、それでいて最速で戻るぞ」
「あー、なるほどな。 おし、行くか!」
仲間たちの了承を得た雪夜は、駆け出した。
彼が全力で走ると3人を置いてけぼりにしてしまうので、そこは調整している。
やがて元の部屋に辿り着いた4人は1度止まったが、すぐにもう1つの通路へと飛び込んだ。
ここからはゆっくりとした動きになったものの、やはりモンスターが出現する気配はない。
何の問題もなく突き当りまでやって来て、同じような魔法陣を目の当たりにする。
ケーキたちに視線で断りを入れた雪夜は、躊躇いなく魔法陣に足を着けた。
ところが今回も反応はなく、無音の空間が広がっている。
しかし雪夜に落胆の色はなく、むしろ納得した様子で言葉を紡いだ。
「やはり、そう言うことか」
「雪夜さん、もしかしてこれは、同時起動でしょうか?」
「同時起動? あ~、わかった! さっきの魔法陣と一緒じゃないと、動かないんだ!」
「てことは、どっちにしろ手分けするしかないってことかよ? 無駄に時間を使っちまったなぁ」
「無駄な時間じゃないぞ、ゼロ。 少なくともこれで、最初の選択肢では迷う必要がなくなった。 ただこうなると、別の問題が出て来る」
「誰と誰が組むか、だね? じゃあ、あたしは雪夜くんとが良い!」
「却下です、Aliceさん。 雪夜さんと一緒に進むのは、わたしです」
「駄目! 先に言ったのはあたしなんだから、優先権はこっちにあるんだよ!」
「先とかあとの問題ではないです。 絶対に譲りません」
「む~! それなら、雪夜くんに決めてもらおうよ!」
「雪夜さんに……良いでしょう、受けて立ちます」
「よ~し! 雪夜くん、あたしだよね!?」
「雪夜さん……」
猛烈な勢いのAliceと、内に秘めた強い想いをぶつけるケーキ。
思わぬ方向に話が転がったことに、雪夜は内心で戸惑っていた。
特に今の彼は、2人のどちらかを選ぶと言う行為に、強い抵抗を覚えている。
表情に出さないまま焦燥感を抱いた雪夜は、必死で考えを纏めようとして――
「雪夜とは、俺が組むぜ」
ゼロが言葉を割り込ませた。
雪夜に注目していたケーキとAliceは、目を丸くして振り返り、雪夜も意外に思っている。
それでも立ち直った少女たちは、ゼロに文句を言おうとしたが、彼は先手を打った。
「Aliceちゃんは接近戦が出来るとは言え、『魔導士』だろ? だったら、『剣士』と組む方が安全だろうが。 それに、俺なら雪夜のスピードにそんなに遅れず付いて行ける。 戦闘スタイルの嚙み合わせも、悪くねぇからな。 これでもまだ、反論があるか?」
「う~!」
「く……」
「わかってくれたようで、何よりだぜ。 つーことで、よろしくな、雪夜!」
「……こちらこそ、頼む」
サムズアップしてニカッと笑うゼロに、雪夜は何とも言い難い複雑な顔で返事した。
ケーキとAliceは不満そうに、頬を膨らませている。
こうしてEGOISTSは二手に分かれ、本格的な攻略に挑むのだった。




