第14話 恋と逮捕
完成した朝食を食べる雪夜たち。
今日も今日とて朱里は雪夜から駄目出しを受けていたが、それ以上に褒められるようになって来た。
様々なものを吹っ切った彼女は機嫌良くしており、雪夜もそのことには安堵している。
ただし、手放しで喜ぶことも出来ない。
何故なら、朱里が別のベクトルで突っ走り始めたからだ。
「はい、あーん!」
卵焼きを箸で摘まんで、雪夜に差し出す朱里。
ニコニコと笑っているが、そこには拒否することを許さない圧があった。
嫌と言う訳ではないが困った雪夜は、しばし動けずにいたものの、最終的には溜息をついてから応じる。
卵焼きを口にした彼は、なるべく味だけに集中した。
もっとも、流石の彼も意識せざるを得ない。
そしてそれこそが、朱里の狙いである。
自身の恋心を認識した彼女は、偽の彼女と言う立場を存分に利用して、雪夜を攻める決意をした。
一方の雪夜はそのことに気付いていない――と言う訳でもない。
朝練での不可解な行動や、今の朱里の態度から、朧気ながら彼女の想いを悟っている。
これには、最近アリスから告白されたことも関係していた。
恋愛関係のイベントが連続で起こったことで、学習能力の高い彼は否応なく、察してしまっている。
アリスも朱里も、魅力的な少女だ。
普通なら彼女たちに想いを寄せられるなど、少年なら誰しも小躍りするほど喜ばしいこと。
しかし雪夜の頭には、またしてもケーキの姿が思い浮かんでいる。
CBOで初めて同行を許した少女であり、今では掛け替えのない仲間。
そのことに間違いはないが、本当にそれだけなのだろうか。
彼女に対する自分の想いは――と雪夜が考えたところで、朱里の声が耳朶を打つ。
「どうしたの? 美味しくなかった?」
「……いや、そんなことはない。 むしろ、かなり美味しいぞ」
「ホント!? 良かったー。 急に黙っちゃうから、失敗したかと思ったよ」
「卵焼きに関しては、自信を持って良い。 好みはあるだろうが、どこに出しても恥ずかしくない出来だ」
「わーい! じゃあ、次はお味噌汁かなー。 ただ作るだけなら出来るんだけど、本当に美味しくするのは難しいんだよねー」
「その段階まで来ているだけでも、大したものだぞ。 朱里が料理を始めたのは、まだ最近なんだからな」
「えへへ! 実はあたし、才能あるのかも?」
「教えている人が凄いんじゃないか?」
「あ! それ、すっごい自画自賛!」
「冗談だ」
「あはは! だよねー。 ほら、冷めないうちに他のも食べようよ!」
苦笑を漏らす雪夜と、心底楽しそうに笑う朱里。
心地良い幼馴染のやり取りで、明るい空気が充満している。
朱里はそこに変化を付けようと思いつつ、根本は崩したくなかった。
雪夜もそれは同様で、可能ならこの時間が続いて欲しいと思っている。
極めて微妙な状態の2人は、本音と建て前が混在する中、食事を進めて行く。
このままなら青春の1ページだが、今の彼らはそれだけで済まない。
テレビに流していた朝の情報番組が、生存戦争関連のコーナーに入った。
『BKO運営である郡山菊子容疑者が、別ゲームへのサーバー攻撃を行ったとして逮捕されました。 本人はプレイヤーに強要されたなどと供述していますが、現時点でそのような事実は確認出来ておりません』
聞こえて来たニュースの内容に、雪夜と朱里の表情が強張る。
彼らは昨日の空間震を経験している為、こうなることは予想出来ていた。
それでも、生存戦争と言う事件が1人の人物を犯罪に走らせた事実は、衝撃的と言わざるを得ない。
そして更に、新たな話題が飛び込んで来る。
『続いての情報です。 4大タイトルの1つであるTHOが、アップデート権を失いました。 理由は定かではありませんが、運営サイドで何かしらのトラブルがあったと見られています』
これに関しても雪夜たちは驚いたものの、単純にラッキーだと思っている。
TETRAと笹本の事情を知らない彼らは、どうしたのかと思いながら、そこに関しては深く考えないことにした。
大事なのは、ライバルの手札が減ったと言う事実。
自分たちにとって追い風だと思った雪夜は、冷静に言葉を紡いだ。
「BKO運営の逮捕はともかく、THOのアップデート権がなくなったのは大きい。 これで、対策を取り易いからな」
「そうだね。 ちょっとビックリしたけど、これはチャンスかな?」
「とは言え、パワーバランスは大きく変わっていないと思った方が良い。 少なくとも、自分たちから打って出るべきじゃないな。 今まで通り、迎え撃つ作戦で行こう」
「りょーかい! あ、BKOのアップデートはどうなってるんだろ?」
「今日の情報の中にはなかったが、何かしらの強化をしているんだろうな。 THOのように権利を手放している可能性もあるとは言え、希望的観測で動かない方が良い」
「まぁ、相手を大きくし過ぎるのも良くないけど、それに関してはそうだろうねー。 充分に注意しないと!」
「その通りだ。 さぁ、そろそろ学校に行くぞ。 生存戦争も大事だが、勉強を疎かにする訳には行かない」
「はーい。 ホント、セツ兄は真面目だよねー」
「朱里だって、最近は真面目に勉強しているだろう?」
「えへへ、まぁねー。 じゃあ、行こうか!」
気分を変えるように宣言した朱里が立ち上がり、鞄を持って玄関に向かう。
そのあとに雪夜が続き、2人揃って家を出た。
戸締りを確認した雪夜は、何ともなしに通学路に出たが――手を取られる。
反射的に振り向いた先には、嬉しそうに微笑んだ朱里。
無言で指を絡ませた彼女は、はにかみながら告げた。
「偽だけど、彼女だからこれくらい良いよね?」
「……あぁ」
「有難う!」
花のような笑みを咲かせる朱里に、雪夜は苦笑をこぼす。
本当なら、きっぱりと断るべきかもしれない。
しかし彼は、どうしても突き放すことが出来なかった。
この選択が正しいのかわからないまま、ゆっくりと歩き出す。
肩が密着するほどの距離まで近付いた朱里は、幸せそうにしていた。
彼女の笑顔が壊れないようにしたいと雪夜は願いながら、難しいかもしれないと考えている。
そしてそれは、アリスに関しても同様だ。
未だに己の気持ちを把握し切れていないが、何故だか予感がある。
少女たちを傷付けてしまうことに、自己嫌悪しそうになる心を抑え込んで、雪夜は必死に態度に出さないよう努めた。
そんな彼に構うことなく、GENESISクエストの日がやって来る。




