第13話 大好きだよ
夜が明けて、朝日が昇り始める時間帯。
雪夜はいつものように、両親の遺影に挨拶をしてから、素振りの準備を始める。
動き易い服装に着替え、竹刀を片手に庭へ。
そこには普段通り朱里の姿があったが、やはり様子が少々おかしい。
ぼんやりとした様子で遠くを見つめており、顔も僅かに赤く見えた。
もしかして風邪かと思った雪夜は、若干の心配も込めて声を掛ける。
「おはよう、朱里。 大丈夫か?」
「え……? あ! お、おはよう、セツ兄! 大丈夫って、何が?」
「いや、体調が悪いのかと思ってな。 昨日から態度が妙だったし、今も心ここにあらずと言った感じだった」
「ぜ、全然平気だよ! 元気、元気!」
「それなら良いんだが……あまり抱え込むな。 生存戦争のことにしろ勉強のことにしろ料理のことにしろ、可能な限りは力になる。 相談したいことがあれば、遠慮なく聞いてくれ」
そう言って雪夜は、朱里の頭を優しく撫でた。
幾度となくして来た行為であり、今更何ら躊躇うことはない。
しかし、それを受けた朱里は彫像のように硬直し、目を見開いている。
顔はますます紅潮し、いよいよもって雪夜が不安になっていると――
「……じゃあ、恋愛のことも相談して良いの?」
俯き加減に視線を落とした朱里が、ポツリと尋ねた。
対する雪夜は多少なりとも驚いたが、即座に返事する。
「はっきり言って管轄外だが、出来ることがあればする」
「そっか……」
「フレンと何かあったのか?」
「ううん、そうじゃないよ。 いや、ある意味あったけど……これは、あたしの問題なの」
「良くわからないな……。 俺に出来ることはあるのか?」
「うーん、そうだねー。 じゃあ、あたしを抱き締めてみて?」
「何……?」
「抱き締めるの。 ギュって。 ちょっとだけで良いから」
「……朱里がそれを望むなら、構わないが」
「有難う。 よろしくね」
ニコニコ笑って、両手を突き出す朱里。
だが、頬は朱に染まっており、緊張しているのが見て取れた。
この時点で雪夜は、朱里の思惑に気付いていなかったが、彼女の願いを突っ撥ねることはしない。
念の為に周囲を見渡して、誰にも見られないことを確認。
それから朱里に近寄った雪夜は、壊れ物を扱うかの如く慎重に、彼女を抱き寄せる。
力を入れ過ぎず、それでいてしっかりと互いを感じられるように。
鼻腔をくすぐる朱里の甘い匂いと、鍛えられながらも柔らかさを残した体躯が、雪夜の鼓動を速くさせた。
それでも彼の表情筋はピクリともせず、暫くしてから敢えて平坦な声で問い掛ける。
「まだ続けるか?」
「……もう大丈夫、有難う」
名残惜しそうにしながら、朱里は雪夜の腕を解いて笑みを浮かべた。
しかし、その笑みはどこか寂しそうで、ともすれば今にも泣きそうに見える。
自分が何か失敗したのかと思った雪夜は、咄嗟に口を開こうとしたが、その前に朱里が言葉を滑り込ませた。
「さーて! 今日も朝練頑張ろう! セツ兄も、始めて!」
「……わかった」
有無を言わさぬ口調で告げた朱里は竹刀を振るい始め、タイミングを逸した雪夜もそれに倣った。
その後は無言で鍛錬の時間が続き、2人揃って汗をかく。
しかし、このとき朱里の胸の内では、ある想いが渦巻いていた。
1つは、自分が雪夜に恋していると言う確信。
そしてもう1つは、彼が自分のことを異性として見ていないと言う事実。
その事実は朱里に重くのしかかり、瞳に涙を浮かび上がらせた。
顔を伝う汗が、それを辛うじて誤魔化している。
胸に突き刺さるような痛みを感じつつ、懸命に竹刀を振り続けた朱里は、なんとか平常心を取り戻しつつあった。
何の解決もしていないが、少しずつ前を向こうと思えている。
そうして朝練が終わる頃、息も絶え絶えになった朱里に、雪夜が声を掛けた。
「今日は随分と気合いが入っていたな」
「はぁ……はぁ……。 うん、気合いは入ったね」
「何があったか知らないが、悪いことではないな。 ただ、がむしゃらに頑張れば良いと言う問題でもないぞ?」
「わかってるよ。 でも、場合によってはそうも言ってられないかも」
「あまり勧めたくはないが……決意は固そうだな」
「そうだね。 あたしにも、譲れないものがあるから」
疲弊しつつも尚、朱里の笑顔は眩しかった。
そんな幼馴染に苦笑した雪夜は、軽く頭を撫でながら声を発する。
「取り敢えず、汗を流して来い。 そのあと、一緒に朝食を作ろう」
「はーい。 じゃあ、またあとでね」
大人しく言うことを聞いた朱里は、踵を返して自宅へ向かった。
その背中を見つめていた雪夜だが、急に立ち止まった彼女は振り返り――
「セツ兄、大好きだよ!」
満面の笑みで言い放った。
突然の告白に雪夜は虚を突かれ、目を丸くしている。
それでも彼はすぐに立ち直り、自身の想いも告げた。
「俺も、朱里のことは好きだ」
「……えへへ、有難う!」
だらしなく頬を弛緩させた朱里が、今度こそ姿を消した。
雪夜と自分の好きでは意味合いが違うと理解しながら、彼女は幸せに感じている。
そんな幼馴染を訝しく思いつつ、雪夜も家に入ってシャワーを浴びた。
それから合流した2人は、仲良く朝食を作り始めたのだが、朝のニュースを見て驚くことになる。




