第9話 確かめて
時間の使い方は、人それぞれ。
雪夜たちは自身の強化に走り、ナーガは己の快楽に溺れ、TETRAは決断を下していた。
その頃、SCOではMLO侵攻によって減じた戦力を立て直すべく、部隊の編制や個々のレベルアップを図っていた。
本音を言えば、彼らの中にはMLOと同盟を結ぶことに難色を示す者もいる。
実際に侵攻された側なのだから、当然と言えば当然かもしれない。
しかし、それを言い出せば自分たちはCBOを攻めた過去があり、何より勝つ為に必要だと理解していた。
それもこれも、フレンとアリエッタが中心となって、説得した結果ではある。
そしてその2人は今、互いに向かって剣を振るっていた。
「はぁッ!」
「やぁッ!」
場所は、アリエッタの自宅の近くにある広場。
今日も快晴の空が広がっており、穏やかな雰囲気。
だが、それに反して聞こえて来る剣戟音は、苛烈極まりなかった。
フレンが振り下ろしたクラウソラスを、アリエッタがジュワユーズで受け流す。
僅かにフレンの体勢が前に流れ、そこにフラガラッハを突き出すアリエッタ。
鋭い細剣がフレンの胸を狙ったが、彼は自分から前に出ることで、間一髪やり過ごす。
そのままアリエッタと擦れ違い、反転する勢いでエクスカリバーを真一文字に振り切った。
背後からの一撃だったが、アリエッタは読み切っている。
その場で低くしゃがむことでエクスカリバーを躱し、振り返りながら逆にフレンの足元を狙った。
迫り来るジュワユーズを前に、一瞬だけフレンの目が見開かれる。
それでも彼が動揺することはなく、軽く跳躍することで回避して、落下の勢いも乗せた交差斬りを放った。
クロスして襲い来る双剣を目にして、アリエッタは低い姿勢から全力で横に跳ぶ。
紙一重で刃を避けてフレンから距離を取り、立ち上がった。
そこで一息つくかに思われたが――
「ここッ!」
地面を陥没させる勢いで踏み込んだアリエッタが、推進力をフラガラッハの先端に込めて、最速の突きを繰り出す。
予想外の攻撃に流石のフレンも驚いたものの、咄嗟に体が反応した。
「させないよッ!」
完璧なタイミングで振り上げたクラウソラスが、アリエッタの手からフラガラッハを弾き飛ばす。
今度はアリエッタが瞠目し、その眼前にフレンはエクスカリバーを突き付けた。
そこに来て両者が動きを止め、苦笑しながらアリエッタが告げる。
「はぁ……負けました!」
「お疲れ様」
悔しそうにしつつも晴れやかなアリエッタに、フレンも笑顔で応じた。
ロランとイヴからレジェンドソードを受け継いだ2人だが、まだまだそれを使いこなせているとは思っていない。
何故なら、そもそも双剣の練度が高くないからだ。
いくらレジェンドソードの力が強大だろうと、それを支えるのは基本となる剣技。
特にフレンは、MLOプレイヤーであるノイを剣技で圧倒出来なかったことで、その重要性を痛感している。
そこで彼らは双剣の訓練をメインに据えており、互いを相手に模擬戦を繰り返していた。
今のところフレンの全勝ではあるが、彼は感心したように口を開く。
「本当に強くなったね。 うかうかしていたら、第一星の座を持って行かれそうだよ」
「そんな、恐れ多いですよ! あたしがフレン様に勝つだなんて!」
「とか言いつつ、訓練中は本気で倒しに来てるよね?」
「う、それは……。 だ、だって、やるからには負けたくないですし」
「はは、それで良いんだよ。 だからこそ、僕も更に頑張ろうって思えるんだしね。 実際、レジェンドソードの力を解放したら、どちらに勝負が転ぶかわからない」
「うぅん、試してみたい気持ちはありますけど……。 でも今は、双剣を使いこなせるようにならないとですよね!」
「その通りだ。 とは言え、それぞれのレジェンドソードを完璧に扱えるようになる必要もある。 正直、時間はいくらあっても足りないよ」
フレンは本気でそう思って、頭を悩ましていた。
リアルを犠牲にする訳には行かないが、生存戦争を本気で勝ち抜くには、足りないものが多い。
CBOやMLOと組んでいる間はカバーしてもらえるかもしれないが、彼らと再び相対する際には、今のままでは勝てないと感じている。
だからこそ、彼は思考を回転させていたのだが、アリエッタがニコニコ笑っていることに気付いた。
それが意外だったフレンは、それとなく問い掛けてみる。
「なんだか機嫌が良さそうだけど、どうかした?」
「いえいえ、楽しそうだなーって思いまして」
「楽しそう? 僕が?」
「そうですよ! 真剣なのは真剣なんでしょうけど、ワクワクしてるように見えます!」
「ワクワク……。 そんな余裕はないんだけどね」
「あたしだって、そう思いますよ。 でも、折角のゲームなんですから、楽しんだ方が良いと思います! 生存戦争だって、セツ兄たちと戦うのだって、その延長線上なんですから!」
純度100%の笑顔を浮かべるアリエッタを見て、フレンはキョトンとした。
負けられないことに違いはないが、確かに雪夜たちと競い合うのは、純粋に楽しいかもしれない。
その思いを自覚した彼は苦笑して、小さく息を吐いてから言葉を紡ぐ。
「そうだね。 楽しんで、楽しんで、その上で勝つ。 それくらいの気持ちでいる方が、良いかもしれない」
「ですです! セツ兄たちが強いのも、きっとそれが理由なんですよ!」
「言われてみれば、彼らは本当に楽しそうにプレイしてるね。 だからってお気楽でもない。 そのマインドが重要なのかな」
「マインドとか、そんな難しいこと考えなくて良いんじゃないですか? 気が向くままに楽しむ! それで充分だと思いますよ! あ、勿論、勝ちを目指すのは前提です!」
「うん……。 有難う、アリエッタちゃん。 僕はどうにも頭で考えがちだから、そう言った意見をくれるのは助かるよ」
「えへへ! これでも副官ですからね!」
「ふ、副官とかそう言うのは、勘弁して欲しいけど……」
「もー、まだ慣れないんですか? 役割はしっかり果たしてるのに」
「そ、それとこれとは別だよ。 僕はあくまでも、皆が対等な仲間だと思ってるから。 それより、少し休憩しようか」
「むー、わかりました。 じゃあ、うちに来て下さい! 美味しいコーヒーをご馳走しますよ!」
「いつも悪いね」
「いえいえ! むしろ、あたしの楽しみなので!」
そう言って自宅に向かって歩み出すアリエッタ。
ルンルン気分な彼女を、フレンは苦笑交じりに追い掛ける。
すっかり馴染みのある場所になったが、何度来ても明るく開放感のある家だとフレンは感じた。
ダイニングテーブルに案内された彼は、大人しくいつもの椅子に座る。
すると間もなくして、トレーにコーヒーとオレンジジュースを乗せたアリエッタが帰って来た。
フレンの対面に座った彼女はコーヒーを差し出し、自分はオレンジジュースが入ったグラスを持つ。
それからは、他愛もない雑談が続いた。
話し役は専らアリエッタで、フレンは静かに聞いている。
それでいて完全な受け身にはならず、絶妙なタイミングで自分から話題を振ることもあった。
この辺りは、彼のコミュニケーション能力の高さを物語っている。
リアルの詮索はしないのが基本的なマナーではあるものの、ガルフォードの策略の件で2人は多少なりとも事情を打ち明けているので、それなりに現実生活のことも話していた。
これは今に始まったことではないが、フレンはあることが以前から気になっている。
そして遂に今日、そのことに触れた。
「それにしても、アリエッタちゃんは本当に雪夜くんが好きなんだね」
「……へ?」
「あれ、違うの? いつも彼の話ばかりしているし、そのときのキミは本当に幸せそうだよ。 だからてっきり、そうなんだと思っていたんだけど……」
「え……あ、いや……。 セ、セツ兄のことは確かに好きですけど、男の子として1番好きなのはフレン様で……」
それまでの快活さが嘘のように縮こまり、顔を真っ赤にして両手の人差し指を突き合わせるアリエッタ。
そんな彼女の仕草に苦笑したフレンは、言い聞かせるように言葉を連ねる。
「前にもそう言ってもらったけど、果たしてそれはキミの本心なのかな? いや、もしかしたら以前は、本当にそうだったかもしれない。 でも、今はどうなんだろう?」
「ち、違います! あ、あたしはそんなに、浮気性じゃないです!」
「うん、わかってる。 アリエッタちゃんは、不誠実なことはしない。 でも、気持ちが変わることがあっても、不思議でも何でもないんだ。 僕と恋人関係にあるならともかく、そうじゃないんだしね」
「でも、でも……」
「ごめん、僕がとやかく言うことじゃなかった。 ただ、もう1度自分の気持ちを、確かめてみた方が良いかもしれない。 後悔しない為にもね」
「フレン様……」
「さて、僕はそろそろ訓練に戻るよ。 アリエッタちゃんはどうする?」
「……ごめんなさい。 ちょっと気持ちの整理をして来ます」
「それが良い。 慌てる必要はないから、自分に正直にね」
「はい……。 お疲れ様でした……」
顔を赤くしたままウィンドウを開いたアリエッタは、ログアウトして行った。
それを見送ったフレンは残りのコーヒーを飲み干し、家を出て広場に戻る。
クラウソラスとエクスカリバーを両手に握った彼は、困ったような笑みでポツリと呟いた。
「余計な真似をしたかな。 でも、彼女にとっては大事なことだろう」
双剣を構えて、振るい始めるフレン。
レジェンドソードとしての力も解放し、効果的な運用方法を探った。
SCOが勝つことだけを考えるなら、アリエッタの心を乱すのは下策。
しかしフレンは、年長者としての立場から、彼女の気持ちを優先する選択をした。
それは彼の優しさでもあったが、アリエッタなら必ず乗り越えて、戻って来ると信じている。
1人となった広場で訓練を続けながら、フレンはアリエッタの恋路を応援していた。




