第8話 破滅と排除
四獣王の集合場所である、洞窟内。
現在ここには、ナーガのみがいた。
防衛が終わった白太は家族の世話をするべく現実に戻り、ミントは母親のご飯を用意しなければならずログアウト。
ナーガもさほど夜中までプレイする訳ではない――美容に悪いと言う理由――ものの、今日は少しばかり用がある。
最近はヒステリックになることが多い彼女だが、今は非常に機嫌が良さそうだ。
もっとも、その顔には嗜虐的な笑みを浮かべており、蛇の長い舌を出している。
どことなくウキウキした様子でウィンドウを操作した彼女は、表示された連絡先を見て愉悦に目を細めた。
そして躊躇いなくタップすると、暫くしたのちに応答があり、画面に郡山の怯えた姿が映し出される。
それこそ、蛇に睨まれた蛙のようだ。
そんな彼女を見てニヤリと笑ったナーガは、居丈高に言い放つ。
「わたくしの連絡には、3コール以内に出るように言っていましたよね?」
『も、申し訳ありません! 少し立て込んでいたものでして……』
「言い訳は結構ですわ。 これは、罰が必要のようですわね。 そうですね……BKO運営をクビにしてあげましょうか。 それから、同業種には決して再就職出来ないよう、根回ししてあげますわ」
『ひ……! ど、どうかお許し下さい! で、出来ることなら何でもしますから!』
恥も外聞もなく叫ぶ郡山。
普通に考えれば、1人のプレイヤーにそのような権限などある訳ないが、松原グループの力をもってすれば、充分に可能である。
そのことを認識している郡山は、本気で身の危険を感じて、先ほどのようなことを言い出した。
ナーガの策略だとも知らずに。
「何でも、ですか。 でしたら、考えてあげなくもないですわ」
『ほ、本当ですか!?』
「あら、わたくしが嘘をついているとでも?」
『い、いえ! 決してそのようなつもりでは……』
「ふん、まぁ良いですわ。 貴女に、あることをやってもらいたいのですわ」
『あ、あること、ですか……?』
「そうです。 侵攻時間に合わせて、他の4大タイトルとCBOに、サーバー攻撃を仕掛けなさい。 それによって混乱しているところに、わたくしたちが乗り込んで落としますわ」
『な!? そ、そんなの無理です! CBOは不明ですけど、4大タイトルのプロテクトは極めて厳重なんですよ!? わたし1人の力でどうこう出来る訳がありませんし、逮捕されてしまいま――』
「また口答えしましたわね? そんなにも、わたくしを怒らせたいのですか?」
『ひぅ!?』
「決めましたわ。 BKOをクビにした挙句、同業種だけではなくあらゆる職業に就けないように、徹底的に潰してやりますわ。 そうすれば、貴女の人生は終わりですわね」
『そ、そんな!? お願いです、ナーガ様! それだけは! それだけは許して下さい!』
「でしたら、つべこべ言わずに言うことを聞きなさい。 なぁに、成功すれば、あとのことはわたくしが揉み消してやりますわ」
『か……かしこまりました……』
「あら、やっぱりやりたくないんですか? でしたら、人生終了させてやりますけど?」
『い、いえ! 是非、やらせて下さい! 必ずや成功させてみせます!』
「ふふふ、その意気ですわ。 じゃあ、具体的なタイミングはこちらから指示するので、今日は失せなさい。 あぁそれと、アップデートに関しても後ほど内容を指示するので、きちんと対応するように」
『は、はい……。 失礼致します……』
顔面蒼白とさせた郡山が、ウィンドウごと消える。
1人になったナーガはニヤリと笑い、心底楽しそうに声を発した。
「さぁて、どうなるでしょうね。 従っても破滅、逆らっても破滅。 人の人生を滅茶苦茶にする快感、たまりませんわ」
控えめに言っても下種な考えだが、ナーガは本気でそう思っていた。
まるで、誕生日やクリスマスが待ち遠しい少女のように、郡山が終わる日を待ち望んでいる。
アップデート権だけは使おうとしている辺り、抜け目がない。
こうして、ナーガの快楽と引き換えに、1人の人間が犯罪に手を染めようとしていた。
同時刻、TETRAのチームルームに5人の姿があった。
ZenithとEvol、EdenにNicole、そして笹本。
いつもの会議のようだが、このような時間に集まるのは初めて。
Zenithの発案であり、他のTETRAのメンバーは不思議に思いつつも、特に問題なく応じている。
だが、笹本だけは不満いっぱいのようだ。
『ちょっとZenithくん、こんな時間に呼び出しとかマジで勘弁して下さいよー。 一応、時間外手当ては出るみたいですけど、本当なら飲みに行く予定だったんですからね?』
ウィンドウの中でデスクに頬杖を突いて、明らかに面倒臭そうにしている。
その様子にNicoleは苛立ちを募らせていたが、いつも通り無視を決め込んでいた。
何より彼女も、Zenithの真意がわからないのは同じ。
それはEvolとEdenも例外ではなく、揃って内心で不思議に思っている。
そんな中、しばし沈黙を保っていたZenithが、重々しい口調で言い放った。
「笹本、お前は本気でTHOを勝たせるつもりがあるのか?」
『は? いや、別に? まぁ、THOがサービス終了したら給料は下がるかもなんで、それはやだなーって思いますけど。 でも、自分が頑張るくらいなら、負けても良いですよ』
「それは、運営全体の方針なのか?」
『まっさかー。 上の奴らは、何が何でも勝ちたいんじゃないですか? 俺には関係ないですけど』
「お前も運営である以上、尽力するべきじゃないのか?」
『Zenithくん、今日はやけに突っ掛かりますね? 何と言われようと、俺は今のスタンスを変えませんって。 橋渡し役を買って出たのだって、適当にやってサボる口実なんですから。 まぁ、上司たちは俺が真面目にやってるって、思い込んでるみたいですけど。 ホント、馬鹿ですよねー』
「なるほど、お前の考えは良くわかった」
『お、流石はTETRAのリーダー、話が早くて助かります。 てことで、今後は残業とか勘弁して下さいね?』
「あぁ、わかった。 今日はご苦労だった、帰って構わない」
『オッケーです。 ふぅ、とんだ無駄な時間でしたよ。 今からでも飲みに行けるかなー? 取り敢えず、ツレに連絡してみるか』
遊びの話をしながら、笹本が通信を切る。
そのときになって、Nicoleが爆発した。
「何なのよ、アイツ!? 最低にもほどがあるじゃん!」
「落ち着いて、Nicole。 俺も流石に、どうかと思うけど」
「Edenも相当イラついてんな。 まぁ、俺も正直腹が立ったけどよ」
Nicoleに続いて、EdenとEvolも思いを口にする。
対するZenithは黙って腕を組んでいたが、デスクに身を乗り出すようにしながら言葉を紡いだ。
「採決を取る」
「何の!?」
「アップデート権を放棄する代わりに笹本を切るかどうかだ、Nicole」
「Zenithさん、もしかして……」
「察しの通りだと思うぞ、Evol。 今の会話は、全て録音した。 これをTHO運営の上層部へ送り付ければ、笹本はただじゃすまないはずだ」
「やけに饒舌だと思ったら、そう言うことかい……。 だったら、俺たちには教えてくれていても良かったんじゃないか?」
「敵を騙すにはまず味方からだと言うだろう、Eden? 特にNicole、お前は態度に出易いからな」
「う……。 それは否定出来ないけど……。 て言うか、アップデート権を放棄するって何? 先に使ってからにすれば良いじゃん」
「お前の言うことももっともだが、笹本がまともなアップデートをすると思うか? こちらの要望を伝えたとしても、適当に処置されるのが関の山だ。 それなら、余計なことをする前に切るのもありだと判断した」
「なるほどね。 確かに、変なアップデートをされて、今までの戦法とかが使えなくなるのは困る」
「だな、Eden。 そうなるくらいなら、今のうちに不穏分子を始末するのも良いんじゃねぇか?」
「まぁ、そう言うのを抜きにしても、あたしはあいつ嫌いだし」
「もう聞くまでもなさそうだが、改めて採決を取る。 笹本を切ることに賛成の者は、挙手してくれ」
Zenithが言い終わると同時に、TETRA全員の手が挙がった。
それを確認したZenithは手を下ろし、無言でウィンドウを操作する。
どうやら、先ほどの音声データを上層部に送っているらしい。
大して時間を掛けることもなく終わったZenithは、メンバーを見渡して言い放った。
「これで、俺たちは運営の後ろ盾を失った。 その代わりに、邪魔されることもない」
「ふん! 初めから、運営なんか当てにしてないっての! 実力で勝てば良いだけじゃん!」
「Nicoleの言う通りだ。 現状、俺たちは決して悪い位置にはいない。 ここからの立ち回り次第で、充分に勝ち残る道はあるはずだよ」
「そう言うこったな、Eden。 こうなると、コースケを落とせたのはでかいぜ」
「確かにな。 とにかく、今はCBOだ。 BKOを利用して、なんとか奴らを落とす。 皆、頼んだぞ」
Zenithの言葉にEvolたちは、はっきりと頷いてみせる。
笹本を切る選択が正しかったかどうかは、現時点では判然としていない。
それでも彼らは、後悔はしていなかった。
しかし、決戦のときに向けて準備を続けているのは、彼らだけではない。




