第7話 2つの予告
アリスから想いを告げられた雪夜は、僅かに緊張しながらログインした。
彼女はいつも通りを振る舞うと言っていたが、自分がそれに対応出来るか不安に思っている。
周囲のCBOプレイヤーたちは、普段から感情の起伏に乏しい雪夜の顔が、1割増しくらいで硬いことに気付き、不思議そうにしていた。
そんな視線を浴びつつ歩を連ねた雪夜は、待ち合わせ場所に辿り着く前に立ち止まり、軽く呼吸を整える。
その姿も珍しい為、ますます他のプレイヤーたちは頭上に疑問符を浮かべていたが、彼は気にせず足を踏み出した。
そうして目にしたのは、いつもと変わらないEGOISTSのメンバーたち。
Aliceとゼロが楽しそうに話しており、ケーキはたまに相槌を打つ程度。
しかし、仲間外れになっているのではなく、これが自然体だと雪夜は知っている。
内心でホッとした彼は、意を決したように言葉を投げ掛けた。
「皆、こんばんは」
違和感なく声が出て来たことに、雪夜は安堵している。
対する仲間たちの返事は、本当に何ら変わりない。
「オッス、雪夜! 今日はどんな感じになるだろうな!」
快活な笑みで、腕を組んでいるゼロ。
「こんばんは、雪夜くん! 残りタイトルも数えられる程度だし、前ほどのんびりは出来ないかもね~」
言葉に反して楽しそうにしながら、ウィンドウを操作しているAlice。
「雪夜さん、今日もCBOを守りましょう」
華やかな微笑を湛えながら胸に手を添え、力強く宣誓するケーキ。
彼らの反応を受けた雪夜は、完全に平常運転に戻った。
密かに苦笑を浮かべ、素知らぬ顔で言葉を並べ立てる。
「BKOとTHOが組んだのは間違いないだろうが、今のところ大きな動きはない。 THOはEvolを中心に、他のタイトルに攻め込んでいるけどな」
「そうだけど、あの戦力なら何とでもなるよね? あたしが本気でCBOを攻めるなら、BKOと協力して幹部クラスを最低でも4人は集めるかな~」
「俺もAliceちゃんと、似たような考えだぜ。 TETRAが全員で攻めて来たらヤバいけどよ、そんなことしたらBKOがTHOを落とすだろ。 逆も一緒だな。 残りの四獣王が一気に出たら、THOがBKOを潰すだろうぜ」
淀みなく作戦会議を始めるEGOISTS。
Aliceとゼロの考えは、決して的外れではない。
だが、AIであるケーキが下した結論は、別のものだった。
「わたしは、総力戦を想定しています」
「ん? ケーキちゃん、総力戦って?」
「言葉通りですよ、Aliceさん。 TETRAと四獣王が軍勢を引き連れて、全員でCBOに侵攻すると言うことです」
「は!? いやいや、そんなことしたらBKOとTHOが、SCOやMLOの標的になるだろ?」
「当然、ある程度は防衛に人員を割くでしょうし、そのときはすぐに引き返すと思いますよ、ゼロさん。 ただ、CBOの主力であるわたしたちを1人でも落とすことが出来れば、こちらの同盟は弱体化します。 それを繰り返せば、いずれは瓦解するでしょう。 何より、BKOとTHOが幹部をフル投入することで、裏切り防止にもなります」
「……ケーキの仮説は、正しいかもしれないな。 1度の侵攻で落とすのではなく、ジワジワと戦力を削いで行く。 そう言う攻め方もありそうだ」
「こっちの同盟は、自分で言うのも何だけど、あたしたちが鍵だもんね……」
「だな、Aliceちゃん。 CBOさえ機能しなくなったら、向こうからすればSCOとMLOを、各個撃破すれば良いだけだ」
「ゼロの言う通りだ。 それを防ぐ為には、SCOとMLOとの連携を強化する必要がある。 どう言ったケースにどう動くか、事前に決めておくべきだろう」
「はい、雪夜さん。 今からでも取り掛かるべきです。 言うまでもなく防衛が最優先ですが、攻めて来る様子がなければ、この時間に打ち合わせを進めましょう」
「良し、俺はアリエッタやフレンに連絡してみるから、Aliceはネーヴェとモエモエを頼めるか? ゼロとケーキは、他のタイトルの動向に注意していて欲しい」
雪夜の指示を聞いたケーキたちは、揃って首を縦に振った。
それぞれが成すべきことに取り組み、防衛時間に入ってもそれは続く。
幸いにも攻めて来るタイトルはなかった為、雪夜は話し合いに注力した。
EGOISTSメンバーの意見を汲みつつ、同盟相手の都合も織り交ぜて調整する。
どうしても簡単には行かなかったが、22時の手前でようやく話が纏まった。
「ふぅ……こんなところか」
「雪夜くん、お疲れ様! これなら、大抵のパターンに対応出来るんじゃないかな!」
「そうですね、Aliceさん。 流石は雪夜さんです」
「イレギュラーは起きるかもしれねぇけど、無策でいるよりはずっと良いよな。 あとは、いつ仕掛けて来るかだけどよ」
「そればかりは相手次第だな、ゼロ。 とは言え、そう遠くないと思うが」
「わたしも、そう思います。 ただ、これまでの傾向から考えると、あちらの方が先な気がします」
「あちら? あちらって何だよ?」
ケーキの言葉に引っ掛かったゼロが、疑問を呈する。
一方の雪夜は、彼女が何を言いたいか理解しており、空を見つめていた。
すると、22時を回り――
「あ!」
「そう言うことかよ……」
Aliceが驚きの声を上げ、ゼロがウンザリしたように呟いた。
他のプレイヤーたちも注目しているのは、唐突に現れた巨大なウィンドウ。
GENESISのマークが映っており、それが何を意味しているかはすぐに判明する。
『第4回、GENESISクエスト告知。 1週間後。 19時スタート。 クエストタイプ、ダンジョン攻略。 続報を待て』
毎度ながらウィンドウは、言いたいことを言ってすぐに消えた。
予想通りの展開ではあったものの、雪夜はすぐさま頭を働かせる。
「ダンジョン攻略……。 そのままなら、ダンジョンをクリアすれば良いんだろうが、そう単純な話ではないんだろうな」
「恐らくそうかと。 少なくとも、普通のダンジョンではないでしょう」
「だよね~、ケーキちゃん。 嫌がらせみたいなギミックが、これでもかってくらいあるのかな~」
「案外、ダンジョン自体は普通かもしれねぇぜ? その代わり、クリア条件とか足切り条件が、メンドクセェ可能性もあるな」
「Aliceが言っていることも、ゼロが言っていることも、両方充分にあり得る。 どちらにせよ、現時点で出来ることは少ない。 言われた通り、続報を待とう」
「オッケー! じゃあ、今日も装備経験値稼ぎか、スプリントクエストに――」
Aliceが方針を提案しようとした瞬間、またしても宙に巨大なウィンドウが出現した。
連続での登場は初めてだったので、雪夜ですら目を丸くしている。
しかし、そのウィンドウに表示されていたのは、GENESISのマークではなく、CBOのロゴだった。
ここに来て雪夜は予感を抱き、それは正しい。
『親愛なるCBOプレイヤーの皆様、御機嫌よう。 近々、2度目のアップデートを行う予定です。 装備やプレイヤースキルを磨いて、備えておくことをお勧めします。 それでは、失礼します』
言葉遣いこそ丁寧だったが、GENESISと同じように一方的に告げて消えた。
GENESISクエスト告知のときよりも、周囲のざわめきは大きく、それはEGOISTSの面々も例外ではない。
「ここでアップデートかよ。 前回からそんなに経ってないが、運営も使えるうちに使えって感じなのかもな」
「そうですね、ゼロさん。 わたしたちはアンリミテッドクエストの報酬で3回権利がありますし、下手をすれば使わず仕舞いで終わってしまう恐れがありますから」
「ケーキの懸念は、俺も持っていた。 運営は大変かもしれないが、ここは頑張ってもらおう」
「大丈夫だよ、雪夜くん! 貴音ちゃんたちなら、良い感じのアップデートをしてくれるって!」
「Aliceさん、わたしも信じています。 貴音ちゃんは、優秀ですから」
「その代わり、また大変な目には遭うんだろうな……。 スプリントクエストは、マジで嫌がらせだったぜ」
「ゼロ、気持ちは痛いほどわかるが、それくらいじゃなければ大幅な強化は見込めない。 それに、スプリントクエストは、副次的な効果もある」
「副次的な効果? 雪夜くん、それって何なの?」
「簡単に言えば、動きが洗練される。 先を読む力、的確な判断力、無駄のない動き、全てが鍛えられるからな。 もしかしたら、貴音ちゃんはそう言うつもりで実装したのかもしれない」
「そんな高尚な思惑があったとは、思えねぇけどなぁ……。 まぁでも、雪夜の言ってることもわからなくはねぇか」
「まぁね~。 取り敢えず、次の装備の強化値を10に上げないと! てことでダンジョンに潜るけど、一緒に行く人いる?」
「Aliceさん、わたしも行きます。 武器の次は防具なので」
「俺もそうだな。 雪夜はどうする?」
「俺はスプリントクエストに行って来る。 早いうちに、2つ目をLRに進化させたい」
「了解だよ! じゃあ、ケーキちゃん、ゼロさん、行こうか!」
「はい、Aliceさん。 雪夜さん、また明日です」
「雪夜! すぐ追い付いてやるから、先に行ってろよ!」
和気藹々としながらパーティを組んで、ダンジョンに旅立つ仲間たち。
3人を見送った雪夜は、薄く微笑んだ。
本心を言えば一緒に遊びたかったが、今は強くなることを優先しなければならない。
生存戦争はゲームではあっても、真剣勝負なのだから。
意識を切り替えた雪夜はスプリントクエストを受注し、孤独な戦いに身を投じる。
こうしてCBOが、プレイヤーと運営で連携を取っていたのに反して、BKOとTHOは真逆とも言える状況に瀕していた。




