第6話 成長
ケーキは雪夜が好きだ。
このようなことは、今更確認するまでもない。
だが、よくよく考えてみたら、かなりの異常事態である。
AIが人格を持つことでさえ、本来ならあり得ないにもかかわらず、それが恋愛感情にまで発展するなど、いったいどれほどの奇跡なのだろうか。
ケーキもそのことは自覚しており、次はないと思っている。
だからこそ誰よりも生存戦争に本気であり、何があっても生き残ろうと誓っていた。
しかし、その過程で変わりつつあるものもある。
当初は、自分と雪夜さえいれば、他はどうでも良かった。
ところが最近は、Aliceやゼロと言ったEGOISTSの仲間たちを筆頭に、他のプレイヤーのことも考えるようになっている。
あまり表面には出していないが、ケーキはその事実に悩んでいた。
モヤモヤとしたものを抱えた彼女は、木の陰に腰を下ろして花畑を眺めながら、チャットアプリを起動する。
雪夜たちとは基本的にはクエスト関連の話題が多いが、何でもない雑談をすることも珍しくない。
もっとも、ケーキには理解出来ないことも多々あるので、専ら聞き役だが。
ずっとCBOの世界にいる彼女は、雪夜たちがいない間は、1人で行動することがほとんど。
他のプレイヤーたちと挨拶を交わすことはあっても、一緒にクエストに行くほどの仲ではない。
そして、雪夜から適度に休憩するように言われているケーキは、度々こうして花畑に来る。
とは言え、本当に休憩しているだけでやることなどないので、本音を言えば時間を持て余していた。
雪夜にチャットを送ってみようかと思ったケーキだが、迷惑ではないかと考えて断念する。
小さく嘆息した彼女が、自身の悩みをどうするべきか考えていると、1件の通知が届いた。
まさか雪夜かと思ったケーキは目を見開いたが、残念ながら相手は違う。
ただし、話し相手としては文句などない。
『やっほー、ケーキちゃん。 今って時間ある?』
貴音の軽い文面を見てケーキは苦笑をこぼし、すぐさま返事を送信した。
『はい、大丈夫です。 どうかしましたか?』
『ううん、特に何もないわよ。 ただ、ケーキちゃんはどうしてるかなって』
『わたしは、いつも通りです。 休憩を挟みながら、装備経験値を稼いでいました。 貴音ちゃんはお休みですか?』
『わたし? バリバリ仕事中よ。 だから、チャットだけでごめんね?』
『それは構いませんが……仕事に集中しなくて良いのですか?』
『良いの良いの。 ちゃんと、やることはやってるんだから。 それに、プレイヤーとの橋渡しだって、わたしの仕事なんだから』
『なんだか、屁理屈に聞こえますが……不問とします』
『うんうん、それで良いのよ』
今はケーキから貴音の顔は見えないが、彼女が笑っていることを、なんとなく悟っていた。
そのことに苦笑を深めたケーキだが、次いで送られて来た文面には、ドキリとさせられる。
『ケーキちゃん、何か悩んでるんじゃないの?』
単刀直入な貴音の問に、ケーキは何と言うべきか迷った。
しばし逡巡した彼女は、ゆっくりとウィンドウに文字を打ち込んで行く。
『どうしてそう思うのですか?』
『どうしてと言われると難しいけど、勘かな? これでもわたし、ケーキちゃんのお母さんだし』
『凄いですね……。 実際には悩みと言うべきかわかりませんけど、考え事があるのは確かです』
『そうなんだ。 良かったら、話してくれない? 役に立てるかわからないけど、1人で考え込むより良いかもしれないわよ?』
『そうですね……。 何から話せば良いかわかりませんが、1つ1つ確認しながらで良いですか?』
『勿論よ。 焦らずゆっくり、ね』
貴音に諭されたケーキは、胸に手を当てて深呼吸した。
それから自分の気持ちを考え、文字として綴って行く。
『わたしは、雪夜さんが好きです。 その気持ちだけは、何があっても変わりません』
『うん』
『ですが、Aliceさんやゼロさんのことも……嫌いではありません。 他のプレイヤーたちにも、以前よりは仲間意識が芽生えています』
『うん』
『SCOやMLOと同盟を結んだことで、彼女たちのことも、守る対象と思うようになりました』
『うん』
『こう言った変化自体は、悪いことだとは思いません。 ただ……』
『ただ?』
『雪夜さんへの想いが、弱くなってしまったのかと不安になりました……。 彼にだけ向いていたわたしの心が、分散してしまったのではないかと……』
そこまで語ったケーキは手を止め、沈痛な面持ちで俯いた。
彼女にとって雪夜は、全てだと言っても過言ではない相手。
それなのに他の者たちのことも考えるのは、良くないのではないか――そのような思考に陥っている。
実際に言葉にすることで、ますます沈みそうだったケーキだが、貴音の見解は違った。
『ケーキちゃん』
『はい……』
『ケーキちゃんは、雪夜くんが好きなのよね?』
『はい!』
『ふふ、元気ね。 それは、前と同じくらい?』
『前と同じ……いえ、それ以上です。 雪夜さんと関われば関わるほど、彼のことを好きになって行きました』
『うんうん。 で、Aliceちゃんやゼロくんたちのことも、好きなのよね?』
『す、好きと言いますか……嫌いではないです』
『もう、素直じゃないわね。 とにかく、それは心が分散したんじゃなくて、成長したのよ』
『成長、ですか……?』
『そうよ。 生まれたてのケーキちゃんには、雪夜くんしかいなかった。 でも、今は違う。 いろんな人と接するようになって、大事なものが増えただけ。 雪夜くんへの想いが揺らいだ訳じゃないの』
『そうなのでしょうか……』
『そうよ! だから恐れずに、これからもいろんなことを経験しなさい。 ケーキちゃんの雪夜くんへの気持ちは、絶対になくなったりしないから』
『貴音ちゃん……。 わかりました、有難うございます』
完全に咀嚼出来た訳ではないが、ケーキは貴音によって勇気付けられた。
しかし――
『でも、そろそろ覚悟しておいた方が良いわよ』
『え?』
『わたしの勘が正しければ、Aliceちゃんの雪夜くんへの想いも、最高潮に達しつつあるの』
『それって……』
『あの子が告白するのも、時間の問題ってこと。 結果がどうなるかはわからないけど、もしかしたらくっ付いちゃうかもね』
『そ、そんな……』
『厳しいけど、それが現実よ。 だから、ケーキちゃんが恋路を突き進むと言うなら、残り時間は少ないと思っている方が良いわ。 どっちにしろ、報われる可能性は低いんだけど……』
貴音の返信を読む度に、ケーキは胸を抉られるような衝撃を受けた。
だが、それでも、彼女に諦めると言う選択はない。
『わかりました、覚悟しておきます』
『やっぱり言うの?』
『はい。 可能性はほとんどないとしても、わたしは雪夜さんの傍にいたいですから』
『そっか……。 どんな結果になっても、教えてね? 成功したら一緒に喜ぶし、駄目だったら思い切り慰めてあげる』
『ふふ……有難うございます。 わたしは幸せ者ですね。 大好きな人がいて、仲間たちもいて、これほど心配してくれる……お母さんもいるなんて。 本当に、生んでくれて有難うございました』
『ケーキちゃん……泣かせないでよ。 それに、まだまだこれからなんだからね? CBOが続く限り、ケーキちゃんも生き続けるの。 嬉しいことも辛いことも、皆で分け合いましょう?』
『はい、そう願います。 そろそろ休憩は終わりなので、行って来ますね』
『うん、行ってらっしゃい。 話してくれて、有難う。 頑張ってね』
それっきり、チャットが止まる。
貴音が言った最後の「頑張ってね」には、様々な意味が込められていることを、ケーキは理解していた。
立ち上がった彼女は、背中の『【華剣】プリンセス・フルール』に触れて、瞑目しながらポツリと呟く。
「わたしは……雪夜さんが好きです。 大好きです。 叶わないとしても、想い続けます」
その声は小さかったが、込められた感情は極めて強い。
瞳を開いたケーキは狩場へと転移し、防衛時間まで戦い続ける。
こうして、雪夜を巡る恋愛事情にも、大きな変化が訪れようとしていた。




