第5話 女の子として
通学路で宗隆と透流と合流した雪夜たちの会話は、生存戦争の話題から始まった。
ちなみに、宗隆たちは朱里がアリエッタだと言う事実を知らない。
それゆえ、完全に雪夜たちの事情を把握している訳ではないが、生存戦争が佳境に入っていることはわかっている。
元は当事者だった宗隆は言うまでもなく、部外者である透流も興味深そうだ。
そうしてある程度盛り上がってからは、次期生徒会について話し合う。
具体的に動く訳ではないものの、今のうちから業務内容などを把握しておくのは、悪いことではない。
これに関しては現生徒会長である石川が、全面的に協力してくれていた。
何なら、誰よりも熱心なほど。
また、雪夜はクラスメイトと接する機会も増え、遅ればせながら馴染み始めている。
それ自体は喜ばしいことなのだが、彼に熱っぽい目を向ける女子生徒も急増していた。
ただし、偽とは言え彼女がいる雪夜に手出しするような者は、今のところ現れていない。
雪夜としては少々反応に困る現状ながら、宗隆は羨ましそうにしており、透流はそんな彼を宥めていた。
尚、朱里は非常に警戒心を高めている。
何はともあれ、以前よりも格段に充実した学校生活を送るようになった雪夜は今、放課後の街に来ていた。
念の為に断っておくと、1人だ。
朱里と宗隆は部活動があり、透流は用事があるらしい。
どちらにせよ、目的は夕飯の買い出しだったので、特に問題はなかった。
そうして食材や、少なくなって来た生活用品を買い足した雪夜は、寄り道することなく帰路に就こうとして――路地裏から伸びて来た手に、腕を掴まれる。
咄嗟に反撃しようとした雪夜だが、相手が誰かを認識して思い留まった。
引っ張られる勢いに逆らわず、自分から路地裏に跳び込む。
そこにいた、襲撃者(?)は――
「こんにちは、雪夜くん!」
帽子とサングラスで変装した、アイドルのアリス。
そこまでは思考が追い付いていた雪夜だが、彼女の思惑自体は不明なまま。
だからこそ彼は、挨拶を返しつつ端的に尋ねた。
「こんにちは、アリス。 ところで、アイドルがこんなところで何をしている?」
「えっと、近くで雑誌のインタビューがあったの。 それで、ここにいたら雪夜くんに会えるかなって」
「俺に?」
「うんうん。 前に助けてもらったのも、ここだったでしょ? だから、待ってたの」
「……もしかして、暇なのか?」
「そんな訳ないでしょ!? あたしがいつも、どれだけ頑張って防衛の時間に間に合わせてると思ってるの!?」
「わかった、すまない。 今のは俺が全面的に悪かった。 だから、声を抑えてくれ」
柳眉を逆立てて激昂するアリスを、雪夜は必死に押し留めた。
通りの方からチラチラと見られて、居心地が悪いことこの上ない。
それでもアリスは文句を言い足りなさそうだったので、彼は強硬手段を取る。
「取り敢えず、場所を移そう」
「ふぇ!?」
問答無用でアリスの手を取った雪夜は、そのまま通りに出て閑散とした喫茶店に入る。
普段使うことはないが、場所だけは把握していて助かったと、このときの雪夜は心底思っていた。
背後で借りて来た猫のように縮こまっているアリスを不思議に思いつつ、1番奥の席に対面で座る。
このときになって、なんとか復活を遂げたアリスは、少しばかり口を尖らせて言い放った。
「雪夜くんって、意外と強引なんだね」
「状況が状況だったからな。 キミも、あの場で正体がバレるのは、避けたかったんじゃないか?」
「それはそうだけど……」
「とは言え、原因を作ったのは俺だ。 ここは奢るから、好きなものを頼んでくれ」
「ホント!? わ~い! じゃあ、アップルタルトとミルクティー!」
「相変わらず、容赦ないな」
「む。 良いじゃない、これくらい。 アイドルとデートしてるんだよ?」
「いつからデートになってたんだ」
「手を繋いだときから!」
「そんな決まりがあったとは知らなかった。 取り敢えず、注文しよう」
店員を呼んだ雪夜はアリスの希望を伝え、自分はアイスコーヒーのみ。
待っている間もアリスはニコニコしており、非常に機嫌が良さそうだ。
そのことに雪夜は苦笑しつつ、飲み物とアップルタルトが揃った段階で口を開く。
「それで、今日はどうしたんだ?」
「え? 何が?」
「だから、何の用があったのかと聞いている。 会えるかどうかもわからないのに、わざわざ待っていたんだ。 よほどの事情があったんじゃないのか?」
雪夜からすれば当然の疑問で、アリスの身に何か起こったのかと、本気で心配している。
しかし、アリスは頬に人差し指を添えて、軽い口調で答えた。
「ん~……特にないかな」
「何?」
「だって、そもそもこの近くでお仕事があったのだって、偶然なんだよ? それに、もし本当に緊急の用事があるなら、チャットアプリで言うよ」
「……確かに、そうかもしれない。 なら、本当に何の用もなく俺を待っていたのか?」
「そう言うことだね。 敢えて言うなら、会うことが目的かな~」
「こんな不確実なことをしなくても、CBOで毎日会っているだろう?」
「わかってないな~。 現実で会うから、意味があるんじゃない!」
「そう言うものか? アイドルの考えは、良くわからないな」
アリスの言葉に苦笑した雪夜は、アイスコーヒーに口を付けた。
ところが――
「じゃあ、女の子としてのあたしの考えは?」
固まる。
目を見開いて手を止め、正面の美少女を見つめた。
膝の上で手をモジモジさせ、顔を真っ赤にしている。
俯き気味に上目遣いで雪夜を見やり、彼の鼓動を加速させた。
何と返事するべきかわからない雪夜は、必死に頭を回転させている。
だが、その中で思い浮かんだのは、1人の少女だった。
控えめながら熱い想いをぶつけて来る、ケーキ。
今のアリスからは、彼女と遜色ない意志を感じる。
思わず唾を飲み込んだ雪夜は、深呼吸してから告げた。
「漠然とではあるが、察するものはある」
「あはは。 雪夜くんらしい言い回しだね。 心配しなくても、今すぐ気持ちに応えろとは言わないよ」
「そうなのか……?」
「うん。 前にアイドルと……その……つ、付き合うのは大変そうだって言ってたし。 それに、生存戦争の真っ只中だからね。 何より……」
そこで言葉を切ったアリスは俯いたが、すぐに顔を上げた。
困ったように眉を落とした笑みで、複雑そうな声を発する。
「ケーキちゃんとは、正々堂々と戦いたいの」
「……! アリス……」
「でも、雪夜くんを譲る気はないよ。 あの子が踏み出さないままだったら、あたしは自分の想いを貫くから。 そのときは、覚悟してね?」
「……わかった。 俺も、真剣に向き合おう」
「その言葉が聞けて、良かったよ。 じゃあ、頂きま~す!」
これで話は終わりだとでも言いたげに、アップルタルトを切り分けて食べるアリス。
一見すると幸せそうだが、雪夜の目には何かを堪えているように見えた。
それが勘違いではないと確信した彼は、自分を落ち着ける為にアイスコーヒーを飲む。
いつもより苦く感じ、顔を強張らせた。
アリスのことは、決して嫌いではない。
むしろ、仲間としても1人の少女としても、充分以上に魅力的だと言える。
少なくとも、現時点で恋愛する気はないと言う、自身の考えが揺らぐ程度には。
そんな彼女の想いに応えることに、何を躊躇うことがあるのか。
内心でそう考えながら、どうしても雪夜は決断出来ない。
その理由がわからず雪夜が懊悩していると、アリスがクスリと笑い声を漏らす。
どうしたのかと思った雪夜が目を向けると、彼女は苦笑しながら言葉を紡いだ。
「ホントは、こんな形で伝えるつもりなかったんだけどね~。 気付いたら、言っちゃってた」
「……聞いても良いか?」
「答えられるかわかんないけど、どうぞ~」
「いつから……何と言うか……俺に、そう言う感情を持っていたんだ?」
「う~ん、難しいね。 はっきり自覚したのは、現実で会った日かな? でも、たぶん本当は、ずっと前からだと思う」
「そうだったのか……。 まったく心当たりがないとは言わないが、友人として仲良くしようとしていると思っていた」
「まぁ、それも嘘じゃなかったしね~。 何なら、最初なんか対抗意識だったと思うよ?」
「対抗意識?」
「そうそう。 あたしもCBOでは強いって自信はあったから、雪夜くんの話を聞く度に「負けない!」って燃えてたの。 でも、実際に会ったら、そんな考えはどこかに行っちゃった」
「初めて会ったのは……高難易度ダンジョンだったな。 たまたま共闘したのを覚えている」
「うん、懐かしいね~。 そのときが切っ掛けで、雪夜くんが本当に凄いんだって知って、一緒に遊びたいって思うようになったの。 ことごとく、フラれちゃったけどね~」
「その節は……申し訳ない」
「あはは、気にしないで? 雪夜くんには雪夜くんの事情があったんだろうし、今は一緒に遊べてるんだから」
屈託のない笑みを浮かべて、目を細めるアリス。
あまりにも可憐な笑顔を目の当たりにした雪夜は、胸が高鳴るのを抑えられない。
だが、それでも、ケーキの姿が頭に残り続けていた。
アリスに失礼だと思った彼は小さく頭を振りつつ、自分に言い聞かせるように声を発する。
「アリスの気持ちはわかった。 先ほども言ったが、真剣に向き合う」
「有難う、嬉しいよ。 じゃあ、そろそろ行こうか。 もっと2人でいたいけど、そろそろ帰らなきゃ。 あ、CBOではいつも通り振る舞うから、安心してね」
「そうしてもらえると、正直なところ助かる。 俺の方が、挙動不審になりそうだが……」
「そこは頑張ってもらうしかないかな~。 女の子から告白されたんだから、それくらいの苦労は仕方ないよね?」
「まったくもって、その通りだ。 良し、帰ろう。 俺も、気合いを入れなければならない」
「ふふ、何それ。 冗談だから、あまり深刻にならないでよ? あたしは、雪夜くんを困らせたいんじゃないんだから」
「わかっている。 それでも、正面から受け止めるべきことだと俺は思う」
「もう、ホントに真面目なんだから……。 真剣に悩んでくれるのは、嬉しいんだけどね~。 だからって、防衛は疎かにしないでよ?」
「勿論だ。 それはそれ、これはこれだからな」
「流石、雪夜くん! それでこそ、あたしの……す、好きな人だよ!」
眩しいほどの笑顔のまま、アリスは頬を赤らめている。
対する雪夜も恥ずかしくなり、目を背けそうになったのを懸命に耐えた。
ここで逃げるのは、不誠実だと思ったらしい。
その後、喫茶店を出て別れた2人は、帰宅して防衛の準備を始める。
そしてこの頃、ケーキも自身の想いを募らせていた。




