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セレナーデ 中

「北へ」


彼女は北へ向かっていた。金曜日の夜、四つ橋筋を。

彼女の家とは反対方向。ボクはついて行った。

彼女は「ついて来ないで」と言いながら、

ボクがたまらなく悲しくなるようなことを言った。

肥後橋の地下鉄の駅の入口まで来た。

「もうこれ以上ついて来ないで」と言って彼女は、

ボクを残して駅へと下りて行った。

梅雨前線が上空を、まさに北へ向かおうとしている頃だった。

ボクはそのまま北へ歩いて大阪駅へ行った。

当時まだ走っていた、北陸本線の夜行の急行列車に乗った。

翌朝、終点からフェリーに乗り継いだ。

さらに北へ、北海道まで行った。



回した彼女の手


ボクは彼女にキスしようとし続けた。

彼女はそれを拒み続けた。

力尽きたボクは、弱々しく彼女にすがった。

ボクの口からは、微かに嗚咽が漏れていた。

彼女はそっと手を回して、ボクの背中を何度もやさしくたたいた。

ゆったりとしたリズムで、

なだめるように、あやすように。



眠れぬ夏の夜


彼女の部屋の電話が鳴った。

真夜中だった。

ボクを向いて人差し指を口の前に立てる彼女。

言葉少なに何やら話した。

電話を切ると着替え始めた。

彼女の部屋の前に車の音。

彼女は出て行った。

眠ろうとするボク。

眠れないまま短い夏の夜が明けようとしていた。

彼女の部屋の前に再び車の音。

彼女が戻ってきた。

着替えると横になって寝息を立てた。

いたたまれなくなって外に出た。

路地から路地へと彷徨い歩いた。

戻ったボクを目を覚ました彼女が見つめた。

悲しそうな目だった。



払い戻し手数料


正月にボクは招かれて、地方都市の彼女の実家に行った。

家族から歓待を受けた。

それから半年。

ボクは彼女の故郷へ飛ぶためのチケットを2枚買った。

搭乗者の名前は彼女とボク。

彼女は拒んだ。

ボクは諦めるしかなかった。

数日後彼女から聞かれた、もうキャンセルしたの。

まだキャンセルしていない、とボクが言うと、彼女は、

2枚とも譲って欲しいと言った。

ボクの名前のチケットの払い戻し手数料は、自分たちで払うという。

愛は時として残酷だ。

でもそれが、いずれ支払わなければならない手数料なのだとすれば、

愛はその分だけ優しいのだ、とも思う。



花


金曜日になるとボクたちは心斎橋筋へ出て、そのままずっと南に歩いた。

ボクが、開いていた花屋で彼女に花を買ってあげたことがあった。

今でも思い出す、そのときの彼女の嬉しそうな顔。

ボクたちの関係が終わろうとしていた頃、心斎橋筋の花屋の前。

花を指差すと、彼女はボクに向かって言った。

「お花...」

今でも思い出す、そのときの彼女の悲しそうな顔。



モノガタリ、あるいは「風を忘れて」


童話風のモノガタリを書いた...

彼女は白い鳥さん。

ボクは犬のポチ。

ポチが暮らす野原で出会ったふたりは、仲良く過ごしました。

ある日気まぐれな風が、野原に吹き渡りました。すると、

鳥さんは羽ばたいて、空へと飛んで行きました。

ポチは、空に向かって呼びかけました。

「帰りたくなったら、いつでも帰っておいで」...

読み終えると、彼女は言った。

「これじゃあ結びは『つづく』だね」

二人のモノガタリは「おわり」に向かっているというのに。

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