セレナーデ 下
絶交
「彼」について、彼女はボクの知らないヒトだと言った。
もしも知っているヒトだったら「絶交」するとボクは言った。
戎橋筋商店街の食堂で、彼女は本当のことを話した。
「絶交」という言葉が、ボクの口から反射的にこぼれた。
彼女の顔が悲しげに曇った。
一番つらかったのはキミだろう、嘘をつくことができない人だから。
そうボクは言った。
彼女の顔に、少し憂いを帯びた笑みが広がった。
ボクたちは「仲直り」した。
距離
ボクたちは、お互いに抱えた傷を癒そうとしていた。
言葉を交わし、言葉を重ねることで。
もう越えることのできない、二人の間の距離。
その、ぎりぎりのところに立ちながら。
「ホタルと流れ星」
山鉾巡行の日、朝から二人で京都に行って、祭囃子が遠くに聞こえる中、東山で展覧会を見た。
喧騒を嫌がった彼女。新快速で神戸に行って、百貨店でお揃いの財布を買った。
ハーバーランドで最後の食事をして、新快速で大阪に向かう車中。
二人は買ったばかりの財布にお金やカード、小物などを必死で移し替えた。
タイムリミットの午前0時になる前に。
そのときの財布は、もう随分前に使えなくなったけれど、セットの名刺入れは今でも手元にある。
「いちょう並木のセレナーデ」
別れてしばらくして、ボクは彼女と電話で話をした。
カッとなった彼女は、彼に「別れる」と言ったらしい。
すると彼は、大声で泣きだしたのだという。
「もしあのとき、キミが大声で泣いたていたら、どうなっていただろう」
彼女のその問いにボクは答えなかった。
そしてボクたちは、小沢健二のこの曲を、電話越しに一緒に聴いた。
ベンジャミンくん
初めて彼女の部屋に行ったとき、青々と繁った元気な観葉植物が目に入った。
「ベンジャミンくん」だと彼女が言った。
時は流れ、部屋を訪れる主が変わった。
置いていた着替えとかをボクが引き上げに行ったとき、ベンジャミンは無くなっていた。
突然、枯れたのだという。
「ベンジャミンくんは、きっとキミのことが大好きだったんだね」と彼女は言った。
軌道線
彼女の住んでいた街には、軌道線が走っていた。
軌道のすぐそばにある鶏料理の店は、満員で入れなかった。
ボクたちは軌道を渡って、さらに鉄道の高架をくぐった。
いつも長い時間、話をした国道沿いのファミレス。
最後のテーマは「時はまっすぐに進むかどうか?」。
ボクは「必ずしもまっすぐではない」と言った。
彼女は「まっすぐだと思いたい」と言った。
秋は深まりつつあった。
いつも高架の鉄道を使っていたボクは、
帰り道、最後の記念に軌道線に乗ることにした。
高架下、ちょうど駅の改札口の前を過ぎたあたり。
ボクの左腕は自然に腕組みの形になった。
彼女も自然に右手を添えようとした。
かつて自然にそうしたように...
気付いたボクたちは笑い出した。笑い終わると、
やさしく手をつないで、軌道線の停留場へと向かった。
了




