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セレナーデ 上

気にしてる


彼女は言った「気にしなくていいよ」。

「気にしてるんじゃない。気になってんだ」

そう言って、ボクは彼女をじっと見つめた。

肥後橋駅近くの喫茶店。

彼女の顔に、少し恥じらいを帯びた笑みが浮かんだ。



「My Ever Changing Moods」


初めて彼女の部屋を訪れたボク。

彼女は紅茶を淹れると、お気に入りのCDをかけた。

The Style Councilのこの曲。たしかピアノバージョンだったと思う。

曲に耳を傾け、ボクたちは抱き合うと、紅茶が冷めるのも構わずにそのままでいた。

愛は若く、ボクたちは幸せだった。



空耳、あるいは「Roxanne」


The Police の名曲の有名な「空耳」について、彼女に教えてあげた。

いわく「場末の街、その日暮らしで糊口を凌ぐ、うらぶれた『六さん』という男の物語」と。

いたく気に入った彼女は、少年のような声で何度も「六さん」と歌っていた。

その少年のような笑顔が、今でも忘れられない。



やわらかなパンチ


添い寝したボクの顔の、すぐ前に彼女の顔。

「オトコマエ」という言葉が、ボクの口を衝いて出た。

やわらかい、けれどしっかりとした彼女のパンチが、ボクの左の頬に飛んできた。

あのときボクは「ボーイッシュ」と言うはずだったんだ。



小さなビルの小さなオフィス


阪神高速沿いの小さなビルの小さなオフィスの

小さな会社に、ボクたちは勤めていた。

社長の秘蔵っ子だった彼女に比べて、

大した仕事ができなかったボク。

会社についていい思い出はない。けれど、

訪れた小さなビルのエレベーターの扉が開いて、

目の前に小さなオフィスが現れると、

今でも胸の奥が微かに震える。

彼女が、ボクが、せわしなく行き来していた、

小さなビルの小さなオフィスの光景が、

目の前によみがえる。



束縛という形


彼女のことをボクは、束縛しないようにしたかった。

しっかりと自分を持っている人。だから、

彼女の素振りにどこかよそよそしいところがあっても、

問い質さなかった。

彼女が、思わせぶりなことや、不安気な言葉を口にしても、

ただ微笑んで「大丈夫だよ」としか言わなかった。

二人の間には、幸せな時が流れていた。いや、

流れている、と信じ込んでいたボクには、

気付くことができなかった。

「愛の表現には、束縛という形も必要だ」ということを。


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