42.聖子 河童の山登り
伊瀬君と私は学習塾を訪れた。
「なんで塾?」
「ここが彼女の姿を見た最後の場所だからだよ」
なんと短絡的な理由だろう。小学生だってもっとマシな理由を思いつくだろうに。
「はぁ……。まぁいいけどさ。で? いったい何を調べるの?」
「ちょっと気になることがあってね」
この男はいったい何を考えているのだろうか? 私には理解できなかった。
「ちょっとここで待ってろ!」
そう言うと彼は私を残して学習塾の事務室に入っていった……。
伊瀬君が学習塾に行っている間、私は本を読んで彼を待つことにした。
幸い、読みかけの小説が手元にあるし、良い暇つぶしになるだろう。
本のタイトルは《一角獣の見た景色》というものだった。作者の名前は川村栞。
内容はユニコーンと人間との交流を描いたファンタジー作品で、人間の感情の機微が細かく描かれていた。
普段、私は純文学しか読まないが、だからこそこの作品は私にとってとても新鮮だった。
おそらく、自分自身ではこの手の本を買ったりはしないだろう。
それなのにこの本を手に取ったのには理由があった。
これは蓮子が死ぬ前に私にくれた本だったのだ。
彼女は私と違って、純文学よりもファンタジー小説を好んでいた。
魔法使いや西洋の騎士が登場するような作品がとても好きで、映画の好みもそういった作品に偏っていた。
蓮子は川村栞という作家が好きだった。
蓮子の話だと川村栞は若い頃から新人賞を複数受賞し、現在はファンタジー作品メインに活動しているらしい。
《一角獣の見た景色》を読んでいると蓮子が好きな理由も分かる気がした。
その文章はとても瑞々しく、透明感があり、それでいて悲しい内容だったのだ。
蓮子はそんなフランス映画のような悲しい物語を好んでいた。
普段の彼女からは想像出来ないが、好きな物語の傾向はハッピーエンドではなく、バッドエンドだったのだ。
そう考えると、蓮子の最期は彼女の好み通りだったのかもしれない。不謹慎だが。
伊瀬君が戻ってきたのは私が本を読み終わった後だった。時間にして小一時間は経過している。
「遅くね?」
「ああ、悪かったよ」
伊瀬君の手には何やらDVDのケースが握られていた。
「それなに?」
「ああ、ちょっと録画貰ってきたんだ……。これからネカフェで見ようと思って……」
いったい何なのだろうか?
私はすっかり彼のペースに巻き込まれている気がする。
仕方ない……。
ここまで来たら最期まで伊瀬君に付き合ってやろう……。
私は諦めるようにそう思った。




