43.裏月 ヘカテーブレイク⑥
北海道でのイベントを終えた私と大志は東京に戻っていた。
都内での私たちの干されっぷりは相変わらずで、清々しいぐらいだ。
バイトを熟し、腕のリハビリをする。
そんな単純作業の繰り返しが当たり前になりつつあった。
北海道ライブから数日後、私は診察を受けるために総合病院の整形外科を訪れていた。
「キョウゴクさーん、キョウゴクウラツキさんどうぞー」
毎度のように読み間違えられて診察室に入る。
白衣を着た中年女性の医師が私の担当だ。
「はい、京極さん。その後どうですか?」
「痛みはなくなりました。でも、前みたいに手首が回らないんですよね……」
それはどうしようもない事実だった。
前回のライブで腕を骨折してから私の腕……。特に手首は調子が悪い。
「んー……。そうですね……。そうしたらレントゲン撮ってみましょう」
酷く事務的だ。
まぁ、整形外来なんてどこでもこんな感じなのだろうけれど……。
それから私は手首のレントゲンを撮り、しばらく待たされた。
総合病院の待合室は人でごった返している。
お年寄りが多く、彼らは皆どこが悪いのか分からないくらい口が達者だった。
30分ほど待たされる。
いつも思うけれど、待ち時間に対して診察時間が短すぎるのではないだろうか?
もっとも、長時間看たからといって良くなるわけでもないけれど……。
「キョウゴクさーん。キョウゴクウラツキさんどうぞー」
例によってまた読み間違われる。本日2回目。
診察室に入ると、担当医の女性が難しい顔をしてレントゲンフィルムを眺めていた。
「はい……。えーとですね。ここを見て下さい」
私は蛍光灯入りのボードに貼り付けられたレントゲンフィルムを見た。
そこには私の腕を透過した画像が光っている。
「京極さん。率直に言いますと、腕の可動域が非常に狭くなっています。特に前方向に手首を周りづらくなってる感じですね」
「ですよね……。洗濯干したり、洗い物したりが最近難しいのでそれは感じてました。やっぱりリハビリ頑張らないと治らないですよね……」
私は彼女に同意を求めるつもりでそう聞いた。
担当医は私の言葉が聞こえているのか、いないのか分からないような表情を浮かべる。
10秒ほど間を置いて彼女は口を開いた。
「これは私の経験則ですので、鵜呑みにしないで下さいね……。おそらく、今後リハビリしても可動域の回復は望めないと思います」
意味が分からなかった。
「え?」
「ご説明しますね……。ここの関節部分が……」
彼女は懇切丁寧に、私の手の状態を説明してくれた。
難しいことは分からないけれど、どっちにしても元通りには治らないらしい。
「徐々に慣れてはくると思います。ただ……。精密な作業は難しいかと……」
「つまり……。楽器とかは無理ってことですか?」
私のその質問に彼女はゆっくりと首を縦に振った。
その首の振る様子はまるでギロチンのように思えた。
私の左手首に振り下ろされる大きなギロチン――。
絶望――。という最も苦痛に満ちた感情に私は襲われた。
これからどうやって生きていけば良いのだろう?
私にはギターしかない。
それを奪われたら……。そう考えただけで全身の毛穴が逆立つのを感じた。
それでも、私の頭は驚くぐらい静かだった。
苦痛としての絶望にはすっかり慣れてしまったのかもしれない。
その日の夜。私は2人にこの事実は告げた。
予想通り、大志は感情的に私を慰めてくれたし、ジュンは論理的に私を慰めてくれた。
2人の言葉は私を勇気づけてくれたけれど、ただそれだけだった。
どんな優しい言葉も私の腕を元に戻してくれるわけではない……。
彼らと別れた後、私は自分の部屋に戻り普通に過ごした。
もう涙が零れることもなかった――。
涙よりも《バービナ》の存続のほうがずっと大切だ。
だから私は自分のコピーを探すことにしたのだ。
《バービナ》にとって支障が出ないレベルのギタリストを……。
結論を言うと私の代替えのギタリストはすぐに見つかった。
高嶺七星。彼が私の後任となった。
「ウラちゃんが復帰するまで、俺が頑張るよ」
七星はそう言ってくれたけれど、正直自分の復帰は望めない気がした。
徐々に自身が闇に溶けていくのを感じた。
そして……。
私の気持ちとは裏腹に様々なことが《バービナ》に有利に働き始めた。




