44.月姫 かぐや姫は月に帰りました⑪
原宿駅は人で賑わっていた。
古びた駅舎を取り囲むように人の波が出来ていた。
「原宿来るの久しぶりです!」
「私も久しぶり……。新宿にはいつも行くけど、原宿は通り過ぎるだけだったからね」
高嶺さんはスケッチブックの入った大きなトートバッグを肩からぶら下げている。
こうやって屋外スケッチするのは本当に久しぶりだった。
ちょっとしたピクニック気分だ。
「やっぱり若者の街って感じしますよねー。私の働いてた店は竹下通りを少し入ったとこにあるんですよー」
「そうなのね。寄ってく?」
「そ……。うですね。帰りにでも」
高嶺さんは原宿という街に詳しかった。
私もよく知らない道まで熟知しているようだ。
雑踏を抜けて明治神宮方面に抜ける。肌で感じる風は秋らしく、少し肌寒かった。
「先生とこうやって一緒に外出するのも久しぶりですねー」
「そうねー。最近はすっかりインドアだったからね……」
高嶺さんが工房のスタッフになってから私たちはあまり外出をしていない。
仕事はともかく、『遊び』として出かけるのは本当に久しぶりだ。
明治神宮に向かいながら昔のことをふと思い出す。この道は私にとっても大切な思い出の場所なのだ。
「すっかり秋ですね。紅葉をゆっくりスケッチするのなんて実家に居たとき以来です」
高嶺さんは笑みを浮かべ、すっかり高くなった空を見上げた。
「エリちゃんの実家はたしか山梨だったわよね?」
「そうです! 本当に山の中で、コンビニだって近くに無いような場所なんですよ!」
「そう、でもそれってのどかですごく住みやすそうね」
「ん……。まぁそうですね……。悪い場所ではなかったと思います。離れてみると案外甲府って良い場所なのかもしれませんね」
こうして、高嶺さんが自分の実家の話をするのは珍しいことだった。
彼女は極力、実家には近寄りたがらなかったし、お盆休みも実家に帰った様子はなかったのだ。
「ご両親はお元気かしら? 今年の年末年始ぐらいは帰ってあげたら?」
「そうですね……。普段あんまり話さないですが、私あんまり実家と上手くいってないんです」
高嶺さんは苦笑いを浮かべ、小さく首を振った。
彼女がご両親と折り合いが悪いことは、何となく察していた。
いくら都内で生活しているとはいえ、両親や実家との接触があまりにも少なすぎたのだ。
私自身、あまりそのことに言及はしなかったけれど、少しだけ不思議には思っていた。
高嶺さんは少し変わってはいるけれど、決して悪い子ではない。なのに、なぜそこまで両親と確執があるのだろうか?
「色々あるとは思うけれど、ご両親は大切にした方が良いと思うわよ? 亡くした後に後悔しても遅いからね」
「ええ……。それは分かってるんですけどね。ただ、うちの両親過保護っていうか……。あまり私のやりたいこと許してくれなかったんです。もし、実家に戻ったら何だかんだ理由つけて、お見合いとかさせられそうなんですよ……」
そう話す彼女は心底ウンザリしてるように見えた。
おそらく、彼女の両親は彼女のことが可愛くて仕方ないのだろう。
可愛いのは結構だけれど、それで彼女の自由を奪ったとしたら問題だと思う。
「そうだったのね……。ごめんなさい。何か立ち入ったこと聞いたみたいで……」
「いえいえ、大丈夫ですよ。ただ……。私は自分が好きになった人と結婚がしたいだけなので」
高嶺さんは当たり前の願いを口にした――。
神宮外苑の銀杏並木はまさに見頃だった。
木々と敷き詰められた落ち葉によって黄色の世界が広がっている。
「ふぅ……。そうしたらスケッチ始めましょうか?」
「はい!」
私たちは隣り合って銀杏並木のトンネルをスケッチブックに描いた。
木々の隙間から差し込む日差しが綺麗にコントラストを作り上げている。
そんな穏やかなトンネルの中で、一つだけ異質な音色が混じっていた。
弦楽器……。音色から察するにアコースティックギターのような音色だ。
「あら? あの人ギター弾いてるわね」
「え? ああ、ほんとですね! 珍しい」
その音の主は私たちから少し離れた場所に腰掛けてギターを弾いていた。
白いワイシャツにデニムのパンツを履いた20代前後の青年だ。
「ちょっと聴いてきてもいいですか?」
「ええ」
のどかな午後だ。こうしてスケッチをしながら雑踏を眺めるのも悪くない。
私はこんな日が続くように願った。
高嶺さんと一緒に仕事したり、スケッチしたりこれからもしていきた。
そう思ったのだ。
高嶺さんはそんなことお構いなしに、さっきの青年のギターを聴いていた。
風が出てきたのか、銀杏の葉がトンネル内で舞い上がった――。




