夜番
翌朝、村の井戸の前に男たちが集まった。
誰かが呼び集めたわけではなかった。水を汲みに来た者が昨日の話を始め、そこへ別の家の者が加わり、やがて仕事へ出るには人数が多すぎるほどになった。
ステパンは少し離れたところに立っていた。
フェドートも来ていた。
片方の目のまわりが紫色に腫れ、唇の端が切れている。昨日までなら誰かがその顔を見て何か言っただろうが、今日は誰も聞かなかった。
リューバの姿はなかった。
朝、ダーリヤから「生きてる」とだけ聞いた。
それ以上はステパンも聞かなかった。
「次に来たら撃つ」
フェドートが言った。
井戸のまわりが静かになった。
村で一番年上の男が首を振った。
「六人を撃って、それで終わると思うか。仲間を連れて戻ってくるぞ」
「じゃあ、また家へ入れろっていうのか」
「そうは言ってない」
「同じだ」
フェドートの声が震えた。
怒っているのか、泣きそうなのか、聞いている側にも分からなかった。
パーヴェルが口を開いた。
「赤軍に知らせた方がいい。近くに部隊がいる。昨日の連中がまだこの辺りにいるなら、追えるかもしれない」
ミハイルがすぐに言った。
「それで赤が村に駐まったら、今度は残った麦を数え始めるぞ」
「またそれか」
「まただよ」
「白に好き放題させるよりましだ」
「お前にはな」
パーヴェルが何か言い返そうとした。
ステパンはその前に言った。
「今夜、また来たらどうする」
二人が黙った。
ステパンは井戸のまわりを見た。
「赤を呼ぶかどうかは、そのあと決めればいい。今夜ここへ来る奴を、誰が最初に見るんだ」
老人が顎を撫でた。
「見張りか」
「西の道と、川の方。二人ずついればいい」
「銃はどうする」
誰かが聞いた。
そこでまた静かになった。
昨日までなら、その質問のあとに誰も答えなかったかもしれない。
ミハイルがため息をついた。
「持ってる奴は出せ。全部じゃなくていい」
「誰が持ってる」
「それをここで大声で聞くな」
少し離れた家から、一人の男が無言で戻っていった。
しばらくして、麻袋に包んだ長い物を持ってきた。
別の家からも一本出てきた。
古い小銃だった。
錆びているところもあったが、どちらも銃の形をしている。
パーヴェルは自分の肩の銃を見た。
「やっぱりあったんじゃないか」
ミハイルが鼻を鳴らした。
「昨日言っただろ」
「こんな近くに?」
「村なんだから近いだろ」
「何で隠してた」
「持ってると知られたら、赤にも白にも取られるからだ」
パーヴェルは黙った。
その答えには、反論しにくかった。
フェドートが一本へ手を伸ばした。
老人が止めた。
「お前は駄目だ」
「何でだ」
「今のお前に持たせたら、影でも撃つ」
フェドートの顔が赤くなった。
「俺の家で何があったか知ってるだろ」
「知ってるから言ってる」
二人の間へ重い沈黙が落ちた。
ステパンはフェドートの手を見た。
拳が固く握られている。
昨日、自分も同じ手をしていた。
守れなかったあと、人は何かを握りたくなる。
斧でも、銃でも、誰かの喉でも。
「俺が持つ」
ステパンが言った。
自分の声なのに、少し遠く聞こえた。
パーヴェルが兄を見た。
「使えるのか」
「使えない」
「兄貴」
「だから教えろ」
ミハイルが笑いかけたが、途中でやめた。
「昨日まで家に入れるなって言ってた奴がな」
「昨日は昨日だ」
パーヴェルが吹き出した。
ステパンは睨んだ。
「何だ」
「いや。その言い方、昨日も聞いたなと思って」
「教えないならミハイルに聞く」
「教えるよ」
パーヴェルはまだ少し笑っていた。
久しぶりに、いつもの弟の顔だった。
その日の夕方、畑仕事を早く切り上げた。
パーヴェルは家の裏で小銃の持ち方を教えた。銃口を人へ向けるな、撃つつもりがないなら引き金に指を掛けるな、装填したまま子供の手が届くところへ置くな。
「お前、昨日まで撃ったことなかっただろ」
ステパンが言った。
「兵隊に教わった」
「一日で先生か」
「兄貴よりは一日先輩だ」
「偉そうにするな」
「銃を持ってる時くらい言うこと聞け」
ステパンは小銃を肩へ当てた。
思ったより硬かった。
照準の向こうに納屋の壁が見える。
「これで合ってるか」
「肩が違う。そこだと撃った時に痛い」
パーヴェルが後ろから直した。
昔、鎌の研ぎ方をステパンが弟へ教えた時は、立つ位置が逆だった。
今はパーヴェルが兄の腕を動かしている。
ステパンはそれが少し気に入らなかった。
「お前、これ撃ったのか」
パーヴェルの手が止まった。
「まだ」
「そうか」
「何だよ」
「何でもない」
パーヴェルは少し黙った。
「怖いよ」
ステパンは弟を見る。
パーヴェルは笑っていなかった。
「じゃあやめろ」
「怖くても、やらなきゃならないことはあるだろ」
ステパンは返事をしなかった。
その言葉を、どこかに置いておくように聞いた。
夜はミハイルと組んだ。
西へ続く道から少し外れた、畑の境の低い土手に二人で座った。
月は細く、遠くの家は屋根の形しか見えない。
犬が時々鳴いた。
そのたびにステパンは顔を上げた。
最初の一時間で三度。
二時間目には七度。
「それじゃ朝までに首が折れるぞ」
ミハイルが言った。
「お前はよく平気だな」
「平気じゃない」
「寝てるように見える」
「目を閉じてるだけだ」
「それを寝てるって言う」
「敵が来たら起こせ」
「撃つぞ」
「俺を?」
「寝てたら」
ミハイルが小さく笑った。
昼間の井戸では言い争っていたのに、暗い畑では昔と同じ話し方が戻った。
しばらくして、ミハイルが低い声で言った。
「フェドートには持たせなくて正解だ」
ステパンは道から目を離さなかった。
「ああ」
「お前にもまだ早いけどな」
「返すぞ」
「返したら俺が持つ」
「それが嫌だ」
「何でだ」
「お前はすぐ撃ちそうだから」
「失礼な奴だな」
また沈黙になった。
風が麦の穂を揺らす音がした。
ステパンは銃を膝に置いていた。
銃があるだけで安心すると思っていた。
実際には逆だった。
暗がりに何か動くたび、撃つかどうかを考えなければならなくなった。
持っていなければ、逃げるか隠れるかしかない。
持ってしまうと、その前に一つ選択が増える。
撃つ。
その選択が膝の上に載っていた。
真夜中を過ぎたころ、ミハイルの手がステパンの腕に触れた。
「いる」
ステパンも見た。
道の脇の黒い影が動いていた。
一人。
いや、二人かもしれない。
背の低い何かを連れている。
馬ではない。
人影が止まった。
こちらを見た気がした。
ステパンは小銃を持ち上げた。
肩へ当てる。
さっきパーヴェルに教えられた位置へ。
「誰だ」
返事がない。
「止まれ」
影が動いた。
ステパンの指が引き金の近くへ行った。
ミハイルが横で息を呑んだ。
「待て」
「止まれ!」
今度は声が返ってきた。
「撃たないで!」
子供の声だった。
ステパンの指が止まった。
影が月明かりへ出た。
ヤコフの息子だった。
十四歳の少年が、山羊の綱を引いている。
「何してる」
ステパンは銃を下ろさずに聞いた。
「山羊を隣の畑に隠してたんだ。昨日、牛を持っていかれたから」
「何で今戻る」
「昼に戻したら見つかるかもしれないって父ちゃんが」
少年の声が震えていた。
山羊も落ち着かず、綱を引いている。
ステパンはようやく銃口を地面へ向けた。
「先に名前を言え」
「え?」
「暗い時に歩くなら、誰だか先に言え」
少年は何度もうなずいた。
「分かった」
ミハイルが言った。
「もう行け。道の真ん中を歩け」
少年が通り過ぎる。
ステパンのそばまで来た時、顔が見えた。
泣いていた。
ステパンは何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
少年が村へ消えてから、ミハイルが長く息を吐いた。
「危なかったな」
「ああ」
「撃つところだったか」
ステパンは答えなかった。
撃つつもりだったのか、自分でも分からない。
ただ、あと少し返事が遅ければ、指に力が入っていたかもしれない。
ミハイルが小銃を見た。
「持つと、守れる気がするだろ」
「ああ」
「同時に、間違えることもできる」
ステパンは横目で見た。
「急に賢そうなこと言うな」
「俺は昔から賢い」
「知らなかった」
ミハイルが笑った。
今度はステパンも少しだけ笑った。
それから銃を膝へ戻した。
朝まで白軍は来なかった。
東の空が白くなり始めたころ、交代の男たちが歩いてきた。
ステパンは家へ戻った。
ダーリヤはもう起きていて、竈に火を入れていた。
「何かあった?」
「ヤコフの息子が山羊を連れて帰ってきた」
「それだけ?」
ステパンは少し迷った。
「ああ」
銃を壁へ置いた。
コーリャが寝床から顔を出し、それを見た。
「お父ちゃん、それ持ってたの?」
「ああ」
「撃った?」
「撃ってない」
コーリャは残念そうな顔をした。
「なんで?」
ステパンは息子を見る。
答えようとして、やめた。
「撃たなくてよかったからだ」
コーリャには、それで十分だったらしい。
また毛布へ潜った。
その日から、オルロフカでは日が落ちてから村へ入る者は、姿が見える前に名前を言うようになった。




