第7話 戦いのルーン、ティール
第7話 戦いのルーン、ティール
グォォォォォォン――!!
遺跡全体を揺らすほどの咆哮。
天井から小さな石が次々と落ちてくる。
「…………」
アルトは固まっていた。
「…………レグナス」
「なんだ」
「さっきの『前座』って……」
「ああ」
「冗談だよね?」
「違う」
「ですよね!!」
アルトは頭を抱えた。
「なんで僕、こんなところに来ちゃったんだ……」
「自分で来たのだろう」
「そうだけど!」
アルトが叫んだ瞬間――。
ズシン。
ズシン。
ズシン。
巨大な足音が近づいてくる。
アルトの顔から笑みが消えた。
「……来る」
レグナスが構える。
「アルト。下がれ」
「う、うん!」
アルトは慌てて後ろへ下がる。
暗闇の向こうから、巨大な影が現れた。
頭が天井に届きそうなほどの巨体。
全身を黒い鱗に覆われた、巨大な魔物。
四本の腕。
それぞれの手には鋭い爪。
胸元には――。
赤黒いルーンが刻まれている。
「……また、ルーン……」
アルトは息を呑んだ。
魔物が口を開く。
「グルルル……」
その声だけで、床が震える。
「大きすぎない?」
「そうだな」
「勝てる?」
「問題ない」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶん!?」
アルトが叫んだ。
その瞬間。
魔物が突進してきた。
「来るぞ!」
「分かってる!」
レグナスが炎を放つ。
ゴォォォッ!!
巨大な炎が魔物を包む。
しかし――。
魔物は炎の中から姿を現した。
「ええっ!?」
アルトの声が裏返る。
「効いてない!?」
「いや」
レグナスが目を細める。
「効いている」
魔物の鱗には焦げ跡が残っている。
「だが、あれは炎に強い」
「そんなの聞いてない!」
「今知った」
「戦う前に調べてよ!」
魔物の腕が振り下ろされる。
ドゴォォン!!
レグナスが横へ飛んだ。
床が大きく砕ける。
「アルト!」
「はい!」
「ティールを使え!」
「……え?」
アルトの胸元が赤く輝いた。
空中に浮かんでいる文字。
ᛏ(ティール)。
戦い。
勝利。
正義。
「でも……」
アルトの表情が曇る。
「使ったら……また記憶を……」
「そうだ」
「何を失うか分からない」
「そうだ」
「怖いんだけど!」
「それも分かっている」
レグナスが魔物の攻撃を受け止めながら叫ぶ。
「だが、使わなければ勝てぬ!」
「…………!」
魔物が腕を振り回す。
レグナスが吹き飛ばされた。
「レグナス!」
ドゴォン!!
壁に叩きつけられる。
「レグナス!」
「……まだ死んではいない」
「よかった……!」
レグナスが立ち上がる。
しかし、肩から血が流れていた。
「……アルト」
「うん」
「決めろ」
アルトは魔物を見る。
怖い。
また記憶を失う。
何を失うか分からない。
でも――。
レグナスも傷ついている。
「…………」
アルトは右手を握りしめた。
「……分かった」
ᛏ(ティール)が強く輝く。
アルトの身体に赤い光が走った。
「――ᛏ(ティール)!」
ドォォォォン!!
爆発的な力が身体に流れ込んできた。
「ぐっ……!」
全身が熱い。
心臓が激しく鼓動する。
視界が変わった。
魔物の動きが――。
遅く見える。
「……見える」
魔物が右腕を振る。
アルトは横へ避けた。
ドゴォン!!
攻撃をかわす。
次の攻撃。
左腕。
アルトは身体をひねる。
ギリギリでかわす。
「すごい……!」
自分でも驚く。
身体が勝手に動く。
「これが……ティールの力……!」
魔物が咆哮する。
アルトへ突進。
「来い!」
アルトは拳を握る。
赤い光が拳に集まる。
「うおおおおおっ!」
ドゴォォォン!!
拳が魔物の胸に叩き込まれた。
「グォォォォッ!!」
魔物が吹き飛ぶ。
壁に激突する。
「やった……!」
アルトは思わず笑った。
しかし――。
ズキン。
「……っ!」
頭に激痛が走った。
膝をつく。
「アルト!」
レグナスが駆け寄る。
「……大丈夫」
アルトは頭を押さえた。
「でも……また……」
記憶が一つ、消えた。
何を失ったのか分からない。
アルトは恐る恐る、自分の記憶を探す。
「……えっと……」
村。
家。
母。
父。
自分。
そして――。
「…………」
何かがおかしい。
でも、分からない。
分からないことすら、怖い。
「……僕、また何か忘れた」
レグナスは何も言わなかった。
その時。
瓦礫の中から、魔物が立ち上がった。
「……え?」
アルトの顔が引きつる。
「まだ生きてる……」
レグナスが魔物を見る。
「ティールだけでは足りぬか」
「ちょっと待って」
アルトは青ざめた。
「つまり……」
魔物が再び咆哮する。
「まだ戦うの?」
「そうだ」
「…………」
アルトは天井を見上げた。
「神様……」
もちろん返事はない。
「僕、そろそろ帰りたいんだけど……」
その瞬間。
魔物の胸に刻まれたルーンが、禍々しく輝いた。
レグナスの顔が険しくなる。
「……まずい」
「何が?」
「あのルーンが目覚める」
「……何が起こるの?」
レグナスは魔物を睨みつけた。
「魔物が、本来の力を取り戻す」
「…………」
アルトは絶望した。
「それ、先に言ってほしかった……」
そして魔物の身体から――。
黒い炎が噴き出した。
アルトは拳を握る。
またルーンを使うのか。
また記憶を失うのか。
それでも。
ここで逃げるわけにはいかなかった。
「……だったら」
アルトは立ち上がった。
「僕も、もう一回だけ……!」
その瞬間。
アルトの脳裏に――。
一瞬だけ、見知らぬ少女の姿が浮かんだ。
「…………誰?」
少女は振り返る。
そして何かを言った。
しかし――。
声が聞こえない。
次の瞬間、映像は消えた。
「……今の……」
アルトは胸を押さえた。
自分の知らない記憶。
いや。
もしかすると――。
失った記憶の中に、何か重要なものがあったのかもしれない。
アルトが顔を上げる。
目の前では、黒い炎をまとった魔物が咆哮していた。
そして戦いは――。
さらに激しさを増していく。




