↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『最弱魔術師、神の文字を刻む』 ――最弱魔術師。その正体は、千年前の大罪人。  作者: 雨宮ぐみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/40

第5話 石棺の中の存在

第5話 石棺の中の存在


 ガシャン――。


 最後の鎖が床に落ちた。


 静寂。


 アルトは石棺から目を離せなかった。


「…………」


 逃げたい。


 ものすごく逃げたい。


 今すぐ階段を駆け上がって、森を抜けて、村まで全力疾走したい。


 できれば布団にくるまって、今日のことを全部夢だったことにしたい。


「……でも」


 アルトは自分の頬をつねった。


「痛い」


 夢じゃない。


「ですよね……」


 そんなことをしている間にも、石棺の蓋がゆっくりと動き始めた。


 ゴゴゴゴゴ……。


「…………」


 アルトは一歩下がる。


 さらに一歩。


 そして――。


 逃げようとした。


「やっぱり帰――」


 ドンッ!


 背中が壁にぶつかった。


「……」


 行き止まりだった。


「…………」


 アルトは天井を見上げる。


「神様……」


 当然、返事はない。


「今だけは助けてほしいんだけど……」


 返事はない。


「……ですよね」


 諦めた。


 石棺の蓋が完全に開く。


 中から立ち上がったのは――。


 一人の男だった。


 長い黒髪。


 白く冷たい肌。


 黒い衣服。


 そして、赤く光る瞳。


 アルトよりも遥かに背が高い。


 男はゆっくりとアルトを見つめた。


「…………」


「…………」


 二人は無言で見つめ合う。


 アルトは思った。


(……人間?)


 いや。


 どう見ても普通ではない。


 そもそも千年前から石棺に入っていた人間が、普通に立っている時点でおかしい。


 男が口を開いた。


「汝が……ルーンを読む者か」


「……たぶん」


「たぶん?」


「自分でもよく分かってないので……」


 男の眉がわずかに動いた。


「…………」


「…………」


 気まずい。


 アルトは耐えられなくなって口を開いた。


「えっと……あなたは誰ですか?」


「我の名は――」


 男が名乗ろうとした瞬間。


 ぐぅぅぅぅ……。


 部屋に、盛大な音が響いた。


「…………」


「…………」


 アルトの顔が引きつる。


 音の出どころを見る。


 男だった。


「…………」


「…………」


「……お腹、空いてるんですか?」


「…………千年ぶりだからな」


「千年!?」


 アルトは思わず叫んだ。


「そりゃ空きますよ!!」


 思わずツッコんでしまった。


 男は真顔のままだった。


「食事というものを、千年していない」


「死なないんですか!?」


「我は人ではない」


「……ですよね」


 アルトは頭を抱えた。


 もう何が何だか分からない。


 男は石棺から出ると、アルトの前まで歩いてきた。


「我は――レグナス」


「レグナス……」


「かつて、ルーンを守護していた者だ」


 アルトの表情が変わった。


「ルーンを……守っていた?」


「ああ」


 レグナスは壁に刻まれた無数の文字を見上げた。


「千年前、この世界にはルーン魔術が存在していた」


「じゃあ、どうしてなくなったの?」


 レグナスは答えなかった。


 代わりに、アルトを見つめる。


「汝はすでに二つのルーンを使ったな」


「……はい」


「アルギズとケナズ」


「……どうして分かるんですか?」


「汝の魂に刻まれている」


「…………」


 アルトの表情が曇った。


「……記憶を失うことも?」


「知っている」


 レグナスの声が低くなる。


「それがルーン魔術の代償だ」


 アルトは拳を握った。


「……母さんの顔を忘れました」


 レグナスの赤い瞳がわずかに揺れた。


「一つ目の代償か」


「はい」


「二つ目は?」


「……分かりません」


「分からない?」


「何を忘れたのか、それすら分からないんです」


 アルトは苦笑した。


「だから……余計に怖い」


 レグナスはしばらく黙っていた。


 そして――。


「ならば、もうルーンを使うな」


「……え?」


「汝には向いていない」


「…………」


「記憶を失うことに耐えられぬ者が、ルーンを使い続ければ、いずれ自我そのものを失う」


 アルトは俯いた。


「……じゃあ、どうすれば?」


「普通の魔法を学べ」


「…………」


 アルトは少し黙った。


「……それができたら苦労してません」


「?」


「僕、普通の魔法がものすごく苦手なんです」


「どれほどだ」


「火を出そうとして、煙しか出ません」


「…………」


「水を出そうとして、手が濡れました」


「…………」


「風魔法を使おうとして、髪が少し揺れました」


「…………」


「土魔法は……」


「もうよい」


「まだありますけど」


「聞きたくない」


 アルトは少しだけ笑った。


 こんな状況なのに。


 なぜか少しだけ緊張が解けた。


 だが――。


 レグナスの表情が再び険しくなる。


「しかし、問題はそこではない」


「……?」


「汝がここへ来たことだ」


「僕が……?」


「あの遺跡は、誰でも入れる場所ではない」


 レグナスはアルトを指差した。


「汝が来ることを、千年前から待っていた」


「……僕を?」


「ああ」


「どうして?」


「それは――」


 レグナスが言葉を止める。


 その瞬間。


 遺跡全体が大きく揺れた。


 ドォォォン!!


「うわっ!」


 アルトは壁に手をついた。


「な、何!?」


 天井から石が落ちてくる。


 ゴゴゴゴゴ……。


 遠くから、複数の唸り声が聞こえた。


「……まさか」


 レグナスが振り返る。


「奴らが来たか」


「奴ら?」


「ルーンの目覚めを感じ取った者たちだ」


「……敵?」


「そう思っていい」


「何人?」


「分からぬ」


「強い?」


「かなり」


「…………」


 アルトは顔を引きつらせた。


「……帰っていい?」


「無理だ」


「ですよね!!」


 アルトの悲鳴が遺跡に響いた。


 そして――。


 遠くの通路から、無数の赤い光が現れた。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 いや――。


 十。


 二十。


 それ以上。


 レグナスが静かに構える。


「アルト」


「はい!」


「ここから先は、汝自身で選べ」


「……何を?」


「逃げるか」


 レグナスが敵のいる方向を見る。


「それとも――」


 アルトの胸元で、二つのルーンが淡く光った。


 ᛉ(アルギズ)。


 守護。


 そして――。


 ᚲ(ケナズ)。


 炎。


 アルトは拳を握った。


 また使えば、何かを失う。


 それでも――。


 迫ってくる足音を聞きながら、アルトは小さく呟いた。


「……逃げたい」


「…………」


「すごく逃げたい」


「ならば逃げろ」


「でも……」


 アルトは振り返った。


 そして、震える手を握りしめる。


「ここまで来たんだから……少しくらい、僕も頑張ってみる」


 その瞬間。


 暗闇の中から、魔物たちが一斉に飛び出してきた。


 レグナスが笑う。


「それでこそ――」


 赤い瞳が輝いた。


「神の文字に選ばれた者だ」


 アルトは息を呑む。


 そして思った。


(……いや、できれば選ばれたくなかったんだけど)


 しかし、その言葉を口にする暇はなかった。


 魔物の群れが、一斉に襲いかかってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。