第4話 遺跡に眠る真実
第4話 遺跡に眠る真実
魔物が消えたあと。
アルトは、しばらくその場から動けなかった。
「…………」
床に残った黒い灰を見つめる。
自分が倒した。
あの巨大な魔物を。
「……僕が?」
信じられない。
普通の魔法なら、火の玉一つまともに出せない自分が。
なのに――。
「ルーンって……反則じゃない?」
思わず呟いた。
返事はない。
「……だよね。誰も聞いてないよね」
自分で言って、自分で寂しくなった。
「…………」
アルトは立ち上がる。
しかし、すぐに表情が曇った。
「……でも」
頭の中に、母の顔を思い浮かべる。
思い浮かばない。
「…………」
胸が痛くなった。
「やっぱり……嫌だ」
ルーンの力は強い。
強すぎる。
その代わりに、自分の大切な記憶を奪っていく。
「これ以上使ったら……僕、本当に何もかも忘れちゃうんじゃ……」
想像する。
父の声を忘れる。
友達の名前を忘れる。
村の場所を忘れる。
自分の名前を忘れる。
「…………」
そして最後には――。
「……自分のことを『僕』って呼んでる理由まで忘れたりして」
そこまで考えて、アルトは首を振った。
「いや、それはさすがに怖すぎる」
その時だった。
ズズズズズ……。
「…………」
アルトは固まった。
「今のは……」
遺跡の奥から、地響きが聞こえた。
「……帰っていい?」
もちろん返事はない。
「だよね」
アルトはため息をついた。
「知ってた」
壁に刻まれた古代文字が、次々と光り始める。
青白い光が一本の道のようにつながり、暗闇の奥へ伸びていく。
「……進めってこと?」
当然、返事はない。
「便利だな、この遺跡。質問には答えないくせに、道だけは用意してくれる」
アルトはぶつぶつ言いながら歩き始めた。
怖い。
ものすごく怖い。
でも、ここまで来た以上、何が起きているのか知りたかった。
階段を下りる。
カツン。
カツン。
カツン。
「……長いな」
まだ続く。
「…………長いな」
まだ続く。
「…………」
アルトは眉をひそめた。
「この遺跡、地下何階まであるの?」
誰も答えない。
「エレベーター欲しい……」
当然、あるはずもなかった。
やがて、巨大な空間へ出た。
「……わあ」
そこには、巨大な石の扉があった。
扉の中央には一つの文字。
ᚠ(フェフ)。
「……またルーンだ」
アルトは近づく。
文字を見た瞬間、意味が頭へ流れ込んできた。
「ᚠ(フェフ)――豊穣、財、生命力……」
アルトは首を傾げる。
「……お金持ちになれる文字?」
しばらく考える。
「いや、違うか」
自分でツッコむ。
「僕、今そんなこと考えてる場合じゃないよね」
ᚠ(フェフ)が光った。
「うわっ!」
ドォン!!
石の扉がゆっくりと開いていく。
ゴゴゴゴゴ……。
「……開いた」
アルトは目を丸くする。
「え、僕、今触っただけだよ?」
扉は完全に開いた。
「……」
「…………」
「もしかして、僕って鍵?」
もちろん答えはない。
「……便利すぎない?」
アルトは恐る恐る中へ入った。
そこには巨大な部屋があった。
壁一面に無数のルーン。
床にも。
天井にも。
柱にも。
「……すごい」
アルトは思わず息を呑んだ。
そして部屋の中央。
そこには――。
巨大な石棺があった。
「…………」
アルトは固まる。
「……いやいやいや」
一歩後ろへ下がる。
「こういうのって普通、開けちゃダメなやつだよね?」
もちろん返事はない。
「絶対そうだよね?」
沈黙。
「…………」
「じゃあ、近づかないほうがいいな」
アルトはくるりと背を向けた。
一歩。
二歩。
三歩。
「……帰ろう」
その瞬間。
ガシャン!!
「うわああああっ!!」
アルトは飛び上がった。
石棺に巻きついていた鎖が一本、突然切れた。
「なんで!?」
さらに――。
ガシャン!!
「いや待って!」
もう一本。
ガシャン!!
「僕、帰ろうとしたよね!?」
石棺は答えない。
「帰ろうとしてる人を引き止めるって、どういう遺跡なの!?」
ガシャン!!
「話を聞いて!!」
鎖が次々と切れていく。
アルトの顔から血の気が引いていった。
「……まずい」
石棺の蓋に、文字が刻まれている。
アルトは目を凝らした。
「……『神の文字を読む者が現れし時、封印は終わる』……?」
「…………」
嫌な予感しかしない。
「……これ」
アルトは指を震わせながら、自分を指差した。
「僕のこと……?」
その瞬間。
石棺の中から――。
ドクン。
「…………」
アルトの顔が引きつる。
もう一度。
ドクン。
「……心臓?」
ドクン。
「……生きてる?」
アルトはゆっくり後ずさる。
「いやいやいや」
首を横に振る。
「そんなわけない」
さらに後ろへ。
「石棺だよ?」
ドクン。
「人が入ってるわけ――」
ドクン。
「…………」
アルトは黙った。
「……入ってるよね、これ」
そして。
石棺の隙間から――。
赤い光が二つ浮かび上がった。
「…………」
アルトは完全に固まった。
それはまるで――。
暗闇の中で、何かが目を開いたようだった。
『……ようやく』
「…………」
『我らの文字を読む者が現れた』
「…………」
アルトは震えながら、一歩下がる。
「……あの」
『なんだ』
「一つ聞いていい?」
『言ってみろ』
「…………」
アルトは真剣な顔で尋ねた。
「ここ、帰り道あります?」
沈黙。
『…………』
「…………」
『……知らぬ』
「知らないんかい!!」
遺跡中に、アルトのツッコミが響き渡った。
しかし――。
次の瞬間。
赤い光が、ゆっくりとアルトを見つめる。
『アルト・レイン』
「…………」
今度は、ふざけた雰囲気など一切なかった。
『千年前、この世界からルーン魔術が消えた理由を知りたいか?』
アルトの表情が変わる。
「……知りたい」
自分だけが読める神の文字。
失われたルーン魔術。
そして、この遺跡が自分を待っていた理由。
すべてが一本につながろうとしている。
だが――。
石棺の中の存在が告げた。
『ならば、覚悟せよ』
「…………」
『汝が神の文字を刻むたび――』
アルトの胸が締めつけられる。
『汝は、何かを失う』
その言葉と同時に。
石棺を縛っていた最後の鎖が――。
ガシャン!!
音を立てて砕け散った。
「…………」
アルトは青ざめる。
「……やっぱり」
小さく呟いた。
「この遺跡、絶対ろくな場所じゃない……」




