第35話 名を持つ命の光
第35話 名を持つ命の光
――ゴォォォン。
リーネ村に、最後の鐘が響いた。
神殿の最深部から伸びた光が、地下を走り、村へと繋がっている。
その先にあるのは――。
村人一人ひとりの命だった。
「……消えないで」
アルトは、必死に光を見つめていた。
目の前には、いくつもの命の光が浮かんでいる。
けれど、どの光も同じではない。
ゆっくりと揺れる光。
火花のように激しく瞬く光。
小さく跳ね回る光。
誰かを包むように寄り添う光。
それぞれが、その人自身のようだった。
「これが……みんなの命なんだ」
少女が頷く。
「ええ。そして、その光には必ず名前がある」
「名前……」
「名前は、その人が生きてきた証だから」
その言葉と同時に、ひとつの光が大きく揺れた。
老人の光だった。
淡い銀色の光が、ゆっくりと左右に揺れている。
アルトの頭に、名前が浮かんだ。
「……ゴウ」
光がわずかに強くなる。
「ゴウさん……」
――ピカッ。
光が、嬉しそうに揺れた。
しかし。
その中心へ黒い線が走った。
「!」
黒きᚦだ。
黒い線が光を裂き、その中に浮かんでいた文字を削り取っていく。
――ゴウ。
最後の一文字が消えかける。
『わしは……』
老人の声が響く。
『……誰だった?』
「ゴウさん!」
アルトが叫んだ。
「あなたはゴウさんだ!」
光が震える。
「村のみんなが知ってる!」
黒い線がさらに名前を削ろうとする。
「畑仕事をして!」
――ピカッ。
「朝になると、いつも村の広場に来て!」
――ピカッ。
「僕が小さい頃、魔法に失敗したときも……笑ってくれた!」
光が大きく輝いた。
『……そうじゃったな』
ゴウの光が、元の形を取り戻す。
「名前は、ただ文字じゃない」
アルトは拳を握る。
「その人を知っている人の記憶も、その人が生きてきた時間も――全部、繋がってる!」
黒きᚦが唸った。
『くだらぬ……』
「くだらなくない!」
アルトは叫ぶ。
「それが、人が生きるってことだから!」
その瞬間。
別の光が強く輝いた。
赤い火花を散らす、激しい光。
「……ダン」
鍛冶職人の光だった。
大きく揺れながら、まるで炉の炎のように燃えている。
「ダンさんは、朝から晩まで鍛冶場にいた」
アルトが笑う。
「村で使う道具も、農具も……僕の父さんの剣も作ってくれた」
――バチッ!
光が火花を散らす。
『まだまだ、腕は鈍ってねえぞ』
低い声が響いた。
「……うん」
アルトは笑った。
「知ってるよ」
さらに光が輝く。
小さく跳ねるような光。
「ユイ」
子どもの光だ。
右へ、左へ。
じっとしていられないように動き続ける。
「ユイちゃんは、いつも村を走り回ってた」
――ぴょん。
「僕を見ると、魔法を見せてってせがんできて……」
――ぴょん。
「失敗すると、大笑いしてたよね」
――ピカッ!
『だってアルト、おかしかったもん!』
「ひどいな……」
思わずアルトは笑った。
しかし、その笑顔を黒い亀裂が切り裂こうとする。
ユイの光が一瞬だけ弱くなった。
「ユイ!」
アルトが手を伸ばす。
その瞬間。
柔らかな光が、ユイの光を包んだ。
「……サナ」
母親の光だった。
サナの光は、ユイを守るように優しく周囲を回っている。
『この子だけは……』
声が震える。
『この子だけは、消さないで』
「消させない」
アルトは即答した。
「絶対に」
次に、大地を思わせる低い光が脈打った。
「ロウ……」
農夫の光。
派手さはない。
けれど、一定の間隔で力強く輝いている。
『今年の畑は、まだ収穫が残ってる』
「うん」
『だから……勝手に終わらせるなよ』
「もちろん」
そして。
ひどく細い光が震えていた。
今にも消えそうなほど弱い。
「……ミナ」
病弱な少女の光だった。
けれど。
小さくても確かに輝いている。
「ミナも……いる」
アルトが呟く。
「まだ、ここにいる」
――ピカッ。
弱い光が、一度だけ強く瞬いた。
『……私も、忘れないで』
アルトの胸が締めつけられる。
「忘れない」
アルトは静かに答えた。
「絶対に忘れない」
そして最後に――。
ひときわ暖かな光があった。
周囲の光へ向かって、まるで手を伸ばすように揺れている。
アルトはその光を見た瞬間、目を見開いた。
「……父さん」
カイルの光だった。
『アルト』
「父さん……!」
『帰ってこい』
「うん」
『みんなを頼む』
「……うん!」
カイルの光が強くなる。
しかし――。
黒きᚦが、その光へ向かって伸びた。
「やめろ!」
黒い線がカイルの光を包む。
名前が削られ始める。
――カイル。
その文字が、少しずつ消えていく。
「父さん!」
アルトは走り出そうとした。
だが、レグナスが腕を掴んだ。
「待て」
「離して!」
「焦れば、お前まで切られる」
「でも父さんが!」
「だからこそ、考えろ」
アルトは歯を食いしばった。
黒きᚦは、ただ命を消しているわけではない。
名前との繋がりを切っている。
なら――。
「……名前を繋げばいい」
アルトの右手に、最後の神の文字が浮かび上がる。
「僕が、みんなの名前を呼ぶ」
少女が微笑む。
「それが、あなたの力よ」
アルトは手を掲げた。
「ゴウ!」
銀色の光が輝く。
「ダン!」
赤い火花が弾ける。
「ユイ!」
小さな光が跳ねる。
「サナ!」
柔らかな光がユイを包む。
「ロウ!」
大地のような光が脈打つ。
「ミナ!」
細い光が強く瞬く。
「そして――」
アルトは父の光を見る。
「カイル!」
――ドォォォン!!
暖かな光が爆発するように輝いた。
村中の命の光が、神殿へ向かって伸びていく。
一本。
また一本。
それぞれ違う光。
それぞれ違う名前。
それぞれ違う人生。
それらが一本の線になるのではない。
違うまま、繋がっていく。
「これが……僕の神の文字だ」
アルトは黒きᚦを睨んだ。
「消すんじゃない」
「奪うんじゃない」
「違うものを、違うまま繋ぐんだ!」
――パァァァァッ!!
神殿から村へ、巨大な光の網が広がった。
黒きᚦの黒い線が押し返される。
『なぜ……』
黒きᚦが震える。
『なぜ消えぬ……!』
「みんなが、ここにいるからだ!」
アルトが叫ぶ。
「ゴウも!」
銀色の光。
「ダンも!」
赤い火花。
「ユイも!」
弾む光。
「サナも!」
包む光。
「ロウも!」
力強い鼓動。
「ミナも!」
小さな輝き。
「カイルも!」
暖かな光。
「みんな、自分の名前を持って生きてる!」
黒きᚦが大きく唸る。
だが。
その瞬間――。
アルト自身の胸に、黒い亀裂が走った。
「……え?」
レグナスの顔が険しくなる。
「アルト!」
アルトの前に、ひとつの光が現れる。
今まで守ってきた村人たちの光とは違う。
その光には――。
アルト・レイン
という名前が刻まれていた。
黒きᚦが、その名前へ手を伸ばす。
『ならば――』
黒い指先が、アルトの命の光に触れる。
『最初に消すべきは、お前だ』
――バキッ。
アルトの光に、亀裂が入った。
「……僕の、名前が……」
少女が叫ぶ。
「アルト! その名前を手放さないで!」
レグナスも杖を構える。
「お前自身との繋がりを守れ!」
アルトは震える手で、自分の光を掴んだ。
「僕は……」
黒い亀裂が広がっていく。
「僕は――アルト・レインだ」
村人たちの光が、アルトへ向かって輝いた。
ゴウの光。
ダンの光。
ユイの光。
サナの光。
ロウの光。
ミナの光。
そして――。
カイルの光。
それぞれの光が、アルトの命へと繋がっていく。
アルトは顔を上げた。
「僕は、一人じゃない」
黒きᚦが咆哮する。
そして神殿の奥から――。
巨大な黒い腕が、再び姿を現した。
本体が、ついに動き始めた。
村人たちの命を守るため。
アルト自身の名前を守るため。
そして千年前に失われたものを取り戻すため。
最終決戦が――始まる。




