第31話 故郷と神都をつなぐ道
第31話 故郷と神都をつなぐ道
重い音を立てて、地下への扉が閉じた。
アルトは振り返った。
ついさっきまでそこにあったはずの、リーネ村へ続く階段が消えている。
「……戻れない?」
「そういうことだ」
レグナスが淡々と答えた。
「やっぱり!?」
アルトが頭を抱える。
「どうして僕たちは、重要な場所に来るたび閉じ込められるんだよ!」
「運が悪い」
「それで済ませるの!?」
少女が小さく笑った。
だが、その笑顔はすぐに消えた。
「……アルト」
「どうしたの?」
「聞いて」
耳を澄ます。
何も聞こえない。
――そう思った。
しかし。
ドクン。
地面の奥から、かすかな振動が伝わってくる。
「……今の音?」
「ええ」
少女が頷く。
「村からよ」
「村から……?」
アルトの表情が変わった。
「リーネ村で何か起きてるの?」
「黒きᚦが動いている」
レグナスが答えた。
「おそらく、村に残した術式を使っている」
「じゃあ、戻らないと!」
アルトが階段へ駆け寄る。
しかし、もう階段はない。
「くそっ……!」
壁を叩く。
その瞬間。
壁に刻まれたルーンが光った。
ᛟ(オセル)――「故郷」。
続いて、その隣の文字が光る。
ᛗ(マンナズ)――「人間・自己」。
そして最後に――。
「繋ぐ」。
三つの文字から白い光が伸びた。
その光は地下道の奥へ向かっている。
「……村と繋がってる」
アルトが呟いた。
「そう」
少女が頷く。
「この地下道は、エルナ神都とリーネ村を繋ぐためのもの」
「でも、どうして?」
「リーネ村は、ただの村じゃないから」
アルトが振り返る。
「どういうこと?」
少女は少し迷ったあと、答えた。
「千年前、エルナ神都が黒きᚦによって世界との繋がりを失ったとき――」
彼女は床に手を触れた。
「完全に消えたわけではなかった」
光の線が地下道を走る。
「一部の繋がりだけが、別の場所へ残ったの」
「それが……リーネ村?」
「ええ」
アルトは息を呑んだ。
「じゃあ、僕が生まれ育った村は……」
「エルナ神都の最後の繋がりを守る場所だった」
レグナスが続ける。
「だから黒きᚦは、千年経った今も村を狙っている」
「僕がいるからじゃない」
アルトが気づく。
「村そのものが、エルナ神都と繋がっているんだ」
「その通りだ」
その瞬間。
――ドォォォン!!
地下全体が大きく揺れた。
「きゃっ!」
少女が壁に手をつく。
「今のは……!」
「村だ」
レグナスが即座に答えた。
アルトは拳を握った。
「みんな……」
父。
母。
村の人々。
誰もいない家。
残された食器。
聞こえなくなった母の声。
すべてが脳裏をよぎる。
「急がないと」
「待って」
少女がアルトの腕を掴んだ。
「焦ってはいけない」
「でも!」
「今、村へ戻ることはできない」
「じゃあどうするの?」
少女は光の線を指差した。
「進むの」
「……え?」
「この道を」
光は地下道の奥へ伸びている。
「村を救うためには、エルナ神都の中心にある神殿へ行く必要がある」
「神殿に?」
「そこに、この地下道を作った本当の理由が残っている」
アルトは黙った。
「そして――」
少女は悲しそうに続けた。
「黒きᚦが、村を消すために使っている術式を止める鍵も」
「そこにあるんだね」
「ええ」
アルトは前を向いた。
「だったら行こう」
三人は地下道を進んだ。
しばらく歩くと、壁に無数の石像が並んでいる場所へ出た。
人の姿をしている。
けれど、どの石像にも顔がない。
「……この人たちは?」
「エルナ神都の住民だ」
レグナスが答える。
「黒きᚦによって名前を失った者たちだ」
アルトは一体の石像に触れた。
その瞬間。
『アルト……』
かすかな声が聞こえた。
「……!」
アルトが振り向く。
「今、僕の名前を……」
『忘れないで……』
別の声。
『私たちは……ここにいた……』
アルトの胸が痛くなる。
「まだ……残ってる」
「何が?」
少女が尋ねる。
「みんなの記憶が」
アルトは石像を見つめた。
「存在そのものは消えても、誰かの中に残った記憶まで全部消えたわけじゃない」
「そう」
少女は頷いた。
「だから、あなたの『繋ぐ』力が必要なの」
アルトは自分の手を見る。
「僕が……みんなを繋ぎ直せば」
「失われた存在も、戻せる可能性がある」
その言葉に、アルトの目に力が宿った。
「絶対にやる」
そのとき。
前方に巨大な扉が現れた。
中央に刻まれているのは――ᛗ。
その下には、古代文字が刻まれている。
――「己を失う者、神の文字を失う」
「ここが……神殿?」
「ええ」
少女が答える。
「千年前、あなたが最後に黒きᚦと戦った場所よ」
アルトの胸が強く痛んだ。
「……僕が?」
「そう」
「ここで……何があったの?」
少女は答えなかった。
ただ、扉を見つめていた。
「それは、この先にある」
アルトは扉に手を置いた。
すると、ᛗが光り始めた。
さらに「繋ぐ」の文字が輝く。
そして――。
扉の向こうから、声が聞こえた。
『アルト』
アルトは息を呑んだ。
自分自身の声だった。
『ここから先へ進めば、すべてを思い出す』
扉の向こう。
暗闇の中に、少年の姿が浮かび上がる。
千年前のアルト。
『それでも来るのか?』
アルトは静かに答えた。
「行く」
『なぜ?』
「村を救うため」
一度、少女を見る。
そしてレグナスを見る。
「エルナ神都を取り戻すため」
最後に、自分の胸へ手を当てた。
「そして……千年前の僕から逃げないために」
ᛗが強く輝く。
「繋ぐ」の文字がそれに重なる。
扉が開き始めた。
その瞬間。
遠くから、再び轟音が響いた。
――ドォォォン!!
アルトは振り返る。
「……村」
少女が頷く。
「急ぎましょう」
レグナスが杖を構える。
「時間がない」
三人は神殿の中へ進んだ。
そして、扉が閉じる直前。
アルトは確かに聞いた。
『……助けて』
それは――。
母の声だった。
アルトの足が止まる。
「……母さん?」
返事はない。
だが、神殿の奥で。
ひとつのルーンが、静かに灯った。
ᛟ――「故郷」。
そしてその光は、遠く離れたリーネ村へ向かって伸びていた。
村と神都。
過去と現在。
アルトと、失われた人々。
すべてが一本の光で繋がっていく。
――最終決戦の舞台は、もう始まっていた。




