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『最弱魔術師、神の文字を刻む』 ――最弱魔術師。その正体は、千年前の大罪人。  作者: 雨宮ぐみ


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第30話 地下に眠る故郷

第30話 地下に眠る故郷


 巨大な黒きᚦが砕けたあと、リーネ村の中央には、地下へ続く階段が現れていた。


 一段。


 また一段。


 どこまでも続いている。


 階段の壁には、見覚えのある古代文字が刻まれていた。


「……この文字」


 アルトが指でなぞる。


 ᛟ(オセル)――「故郷」。


 その文字が、淡く光った。


「この先に……何かある」


 少女が頷く。


「ええ」


「知っているの?」


「……少しだけ」


 少女は階段の奥を見つめた。


「ここは、千年前にエルナ神都へ繋がっていた道」


「地下道?」


「正確には違うわ」


 少女は首を振る。


「普通の道ではないの」


 レグナスが補足する。


「神の文字によって、場所と場所を繋いでいた」


「じゃあ、瞬間移動みたいなもの?」


「似ている」


「便利じゃん」


「だが、千年前に壊れた」


「……ですよね」


 アルトは苦笑した。


 三人は階段を下りていく。


 しばらくすると、村の音が完全に消えた。


 鳥の声も。


 風の音も。


 自分たちの足音さえ、どこか遠く感じる。


「……静かすぎない?」


「そういう場所だ」


「レグナスは怖くないの?」


「怖い?」


「うん」


「千年前の遺跡を見慣れている」


「参考にならない!」


 アルトの声が地下道に響く。


 少女が小さく笑った。


「ふふ……」


「笑わないでよ……」


 ほんの少しだけ。


 張り詰めていた空気が和らいだ。


 だが、その直後だった。


 ――カツン。


 どこかで音がした。


 三人が同時に止まる。


 ――カツン。


 今度は、はっきり聞こえた。


「……誰?」


 アルトが問いかける。


 返事はない。


 レグナスが杖を構えた。


「近い」


「敵?」


「分からん」


「またそれ!?」


 アルトが振り向いた瞬間。


 壁の文字が一斉に輝いた。


 ᛗ。


 ᛋ。


 ᛟ。


 そして――最後の神の文字。


 「繋ぐ」。


 四つの文字が一本の光となり、地下道の奥へ伸びていく。


「これは……」


 少女が目を見開く。


「誰かが道を作っている」


「誰かって?」


 その瞬間。


 奥から声がした。


「俺だ」


 三人の前に、人影が現れる。


 黒いローブの男だった。


「……あなた」


 アルトが警戒する。


「どうしてここに?」


「お前たちが来ると思っていた」


「待っていたの?」


「ああ」


 男はゆっくりと歩いてくる。


 しかし、アルトはふと気づいた。


「……胸」


 男の胸元。


 ローブの隙間から、黒い光が漏れている。


「それ……」


 黒きᚦの欠片。


 さっき巨大なルーンから離れた、あの欠片だった。


 少女が息を呑む。


「あなた……黒きᚦを取り込んだの?」


「取り込んだのではない」


 男は胸に手を当てる。


「預かっただけだ」


「誰から?」


 男は答えなかった。


 代わりに、アルトを見た。


「お前からだ」


「……僕?」


「千年前、お前は俺に託した」


 アルトの頭に激痛が走った。


「っ……!」


 視界が揺れる。


 そして――記憶。


 千年前。


 エルナ神都。


 若いアルトが、この黒いローブの男に何かを渡している。


『これを持って逃げろ』


『アルト、お前はどうする?』


『僕は残る』


『死ぬぞ』


『分かってる』


 男の声。


『なら、せめてこれだけは預かる』


 黒い欠片。


 若いアルトが頷いている。


「……そんな……」


 アルトは頭を抱えた。


「僕は……あなたに黒きᚦを渡した?」


「そうだ」


「でも、僕は黒きᚦを封印したんじゃ……」


「封印したのは、お前だけではない」


 少女が目を伏せる。


「……私もいた」


「そして俺もいた」


 男が言った。


「三人で、黒きᚦを分けた」


 アルトは顔を上げる。


「三人……?」


「お前の中に一つ」


 男が自分の胸を指す。


「俺の中に一つ」


 そして少女を見る。


「残りの一つは――彼女が持っていた」


 アルトの目が少女へ向く。


「君も……?」


 少女は静かに頷いた。


「そうよ」


「じゃあ、どうして僕だけ……」


「記憶を失ったのか?」


 少女が続ける。


「黒きᚦが目覚めたとき、最初に狙われたのがあなたの記憶だったから」


「……」


「あなたは黒きᚦを封じるために、自分自身を犠牲にしようとした」


 少女の声が震える。


「だから私は、あなたの記憶を封じた」


「僕を守るため?」


「それだけじゃない」


 少女は悲しそうに微笑んだ。


「あなたに、生きてほしかったから」


 アルトは何も言えなかった。


 そのとき。


 男の胸の黒い欠片が、突然脈打った。


 ドクン。


「……っ!」


 男が胸を押さえる。


「まずい」


 レグナスが杖を構える。


「離れろ!」


「え?」


 次の瞬間。


 男の足元から黒い線が広がった。


 地下道全体を走り、壁のルーンを次々と黒く染めていく。


「黒きᚦが……」


 少女が叫ぶ。


「彼の中から目覚めようとしている!」


 男は苦しそうに笑った。


「……やはり、時間切れか」


「何をするつもり?」


 アルトが叫ぶ。


「俺は――」


 男の目が赤く光った。


「千年前と同じ失敗を、二度と繰り返さない」


 黒い光が男を包む。


 そして。


 その背後に――巨大な黒い影が現れた。


『三つの欠片が、再び揃う』


 地鳴りのような声。


 アルトの胸の奥でも、黒きᚦが反応する。


 ドクン。


 ドクン。


 少女の胸元にも黒い光が浮かぶ。


「……アルト」


 少女が苦しそうに息を吐く。


「私たち三人が揃ったことで――」


 地下道の最奥。


 閉ざされていた巨大な扉が、ゆっくりと開いていく。


 その向こうには。


 千年前に消えたはずの――エルナ神都があった。


 だが。


 そこには人影がない。


 建物も半分が崩れている。


 そして中央に立つ巨大な神殿だけが、まるで千年前の姿のまま残されていた。


 神殿の頂上には、一つの文字。


 ᛗ。


 その下には、古代語でこう刻まれている。


 ――「己を失う者、神の文字を失う」


 アルトは神殿を見つめた。


「……あそこに、僕の本当の名前がある」


 少女が頷く。


「ええ」


 レグナスが静かに言った。


「だが、同時に――」


 神殿の奥から。


 無数の赤い目が開いた。


「敵も待っている」


 アルトは拳を握る。


「……行こう」


 少女とレグナスが並ぶ。


 三人は、千年前に消えた都へ足を踏み入れた。


 その瞬間。


 背後の扉が――


 ゆっくりと閉じた。

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