第27話 狙われた故郷
第27話 狙われた故郷
「……リーネ村が?」
少女の言葉に、アルトの顔から血の気が引いた。
「黒きᚦが、僕の故郷を狙ってるってこと?」
「ええ」
「どうして……?」
少女は答える前に、夜空を見上げた。
そこには、さっきまでなかった黒い亀裂が浮かんでいる。
まるで空そのものが、何かに切り裂かれているようだった。
「黒きᚦは、あなたとのつながりを探している」
「僕との……」
「だから、あなたが最も強くつながっている場所を狙う」
アルトの脳裏に、リーネ村が浮かんだ。
小さな家。
村の広場。
魔術師のガルド。
そして――
父。
「……急がないと」
アルトは走り出した。
「待て!」
レグナスが呼び止める。
「一人で行くつもりか?」
「だって、村が!」
「だからこそ冷静になれ」
「でも!」
レグナスはアルトの肩を掴む。
「焦れば、黒きᚦに利用される」
「……」
アルトは唇を噛んだ。
少女が近づく。
「アルト」
「……何?」
「あなたは千年前にも、同じことをした」
アルトが振り返る。
「……同じこと?」
「大切な人たちを救いたくて、一人で黒きᚦを使った」
少女は悲しそうに言う。
「そして、すべてを背負おうとした」
アルトは拳を握る。
「じゃあ、どうすればいい?」
少女は微笑んだ。
「今度は、一人で背負わないこと」
その言葉に、レグナスが頷く。
「その通りだ」
「レグナス……」
「私も行く」
「……!」
「私には千年前の借りがある」
レグナスは前を向く。
「今度こそ、最後まで付き合う」
アルトは少しだけ笑った。
「ありがとう」
少女も頷く。
「私も行くわ」
「でも君は――」
「嫌?」
「いや、そうじゃなくて……」
少女は少し笑う。
「なら決まりね」
アルトは頷いた。
「三人で帰ろう」
その瞬間――
ドクン。
アルトの胸が激しく脈打った。
「……っ!」
黒きᚦの紋様が浮かび上がる。
そして――
遠くから声が聞こえた。
『アルト……』
「父さん!?」
アルトが振り返る。
何もない。
だが、確かに聞こえた。
『アルト……助けてくれ……』
「……!」
アルトが走り出そうとする。
「待て!」
レグナスが止める。
「今の声、本当に父親か?」
「え?」
「黒きᚦは記憶とつながりを利用できる」
少女も険しい顔になる。
「……罠かもしれない」
アルトは立ち止まった。
「じゃあ、あれは……」
「あなたを誘導するための偽の記憶かもしれない」
「……」
アルトの胸が苦しくなる。
そのとき。
もう一度。
『アルト……』
今度は――
別の声。
『帰ってきて』
アルトの目が見開かれた。
「……父さんじゃない」
「え?」
「この声……」
聞き覚えがある。
もっと小さい頃。
村で聞いた声。
「母さん……?」
少女が息を呑む。
「アルト」
「母さんは……」
アルトは頭を押さえる。
「僕の母さんは……」
顔だけが思い出せない。
声だけは残っている。
その声が――
今、確かに呼んでいる。
『帰ってきて』
「……リーネ村に、何かある」
アルトは顔を上げた。
「僕が知らない何かが」
レグナスが頷く。
「その可能性は高い」
「なら、急ごう」
三人は夜の森を駆け抜けた。
* * *
数時間後。
山道の向こうに、見慣れた景色が見えてきた。
「……リーネ村」
アルトは立ち止まった。
だが――
何かがおかしい。
静かすぎる。
村の明かりが一つもない。
「……誰もいない?」
少女が辺りを見回す。
「気配が薄い」
レグナスが杖を握る。
「警戒しろ」
三人が村へ入る。
家々は残っている。
畑もある。
井戸もある。
なのに――
人がいない。
「……父さん?」
アルトが叫ぶ。
返事はない。
「ガルドさん!」
やはり返事はない。
アルトは自分の家へ走った。
ドアを開ける。
「父さん!」
誰もいない。
部屋は荒らされていない。
食器もそのまま。
椅子もそのまま。
まるで――
ほんの少し前まで誰かが暮らしていたようだった。
「……いない」
アルトは震える声で呟く。
机の上に、一枚の紙が置かれていた。
「これは……?」
アルトが手に取る。
そこには、たった一行。
『神の文字を読む者へ――お前の故郷は、千年前と同じ運命を辿る』
アルトの手が震えた。
「……黒きᚦ」
その瞬間。
村の中央から鐘の音が鳴った。
ゴォォォォン――。
アルトは走る。
広場に出る。
そこには――
巨大な黒いルーンが刻まれていた。
そして、その中央に一人の人物が立っている。
黒いローブ。
顔は見えない。
「誰だ!」
アルトが叫ぶ。
人物はゆっくり振り返った。
「……久しぶりだな」
アルトの身体が凍る。
その声。
聞いたことがある。
いや――
知っている。
「……嘘」
少女の顔が青ざめる。
レグナスも目を見開いた。
「お前……」
黒いローブの人物が笑う。
「千年前、エルナ神都でお前と共に戦った者だ」
アルトの胸が激しく痛む。
そして――
男は顔を上げた。
「アルト」
その顔を見た瞬間。
アルトの中で、封じられていた記憶が弾けた。
「――!」
燃える神都。
自分。
少女。
そして、もう一人。
自分の隣で戦っていた仲間。
「……君は……」
男は微笑む。
「ようやく思い出したか」
黒いルーンが、村全体へ広がっていく。
「俺の名前を」
アルトの口から、知らない名前がこぼれそうになった。
だが――
黒きᚦが叫ぶ。
『思い出すな』
「……!」
男が笑う。
「そうだ」
「お前が俺を思い出せば――」
黒い光が村を包む。
「千年前の真実が、すべて蘇る」
アルトは拳を握った。
「……それでも」
顔を上げる。
「僕は思い出す」
男の笑みが消える。
アルトの足元に、神の文字が次々と浮かび上がる。
「今度は――」
「逃げない」
そして――
村の空に、巨大な黒きᚦが現れた。
第27話 終




