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『最弱魔術師、神の文字を刻む』 ――最弱魔術師。その正体は、千年前の大罪人。  作者: 雨宮ぐみ


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第25話 神の文字を刻む者

第25話 神の文字を刻む者


地下神殿が、崩れていく。


ズズズズズ……!


天井から巨大な石が落下し、床には無数の亀裂が走る。


その中心から現れたのは――


あまりにも巨大な黒い腕だった。


一本だけで、神殿の柱より太い。


黒い鱗の隙間から、赤い光が漏れている。


アルトは呆然と見上げた。


「……これ、本当に倒せるの?」


レグナスは腕を組んだ。


「分からん」


「またそれ!?」


「だが――」


レグナスは杖を構える。


「やるしかない」


「結局それなんだよね……」


少女がアルトの隣に立つ。


「アルト」


「うん」


「ここから先は、あなた一人では戦えない」


「分かってる」


アルトは二人を見る。


そして、自分の手を見る。


そこには、これまで刻んできた神の文字があった。


ᛉ――守護。


ᚲ――炎・知識・啓示。


ᛏ――戦い・勝利・正義。


ᛟ――故郷。


ᛗ――人間・自己。


ᛋ――光・太陽・勝利。


ᛃ――周期・収穫・時の巡り。


そして――


『繋ぐ』


それぞれが、淡い光を放っている。


「……これだけの文字を刻んできたんだ」


アルトは呟く。


「でも、そのたびに記憶を失った」


少女は悲しそうに頷く。


「そうね」


「だったら――」


アルトは拳を握った。


「もう、失うだけなのは嫌だ」


その瞬間。


巨大な腕が振り下ろされた。


「来る!」


レグナスが叫ぶ。


三人が左右へ飛び退く。


ドゴォォォン!!


床が粉砕された。


「速い!」


アルトが叫ぶ。


「大きいくせに!」


レグナスが冷静に答える。


「大きいから遅いとは限らん」


「それ、今言う!?」


再び腕が振り下ろされる。


レグナスが炎を放つ。


轟ッ!


巨大な炎が腕を包む。


しかし――


炎が消えた。


「やはり魔法を断ってくるか」


レグナスが舌打ちする。


少女が叫んだ。


「アルト! 黒きᚦは魔法そのものとのつながりを断っている!」


「じゃあ、どうすれば!?」


「直接、つながりを変えるの!」


「簡単に言わないでよ!」


アルトは必死に考える。


黒きᚦは、つながりを断つ。


ならば――


「僕が、あいつとつながる!」


レグナスが目を見開く。


「何?」


「敵の存在を理解できれば、そのつながりを変えられる!」


アルトは地面に手をついた。


『繋ぐ』


最後の神の文字が輝く。


白い光が地下神殿を走った。


巨大な腕へ向かって、一本の光が伸びる。


触れた瞬間――


アルトの頭の中に、膨大な記憶が流れ込んできた。


「――っ!」


千年前。


エルナ神都。


そのさらに地下。


巨大な祭壇。


そこに封じられていた黒きᚦ。


そして――


少女。


「これは……」


アルトは息を呑んだ。


黒きᚦは、最初から神都に存在していたわけではなかった。


千年前。


世界の外側から、何かが落ちてきた。


それは「文字」だった。


ただの文字ではない。


世界そのものを否定する、異質な神の文字。


黒きᚦ。


人々はそれを神の文字として研究した。


力を求めた。


そして――


世界を変えようとした。


「……黒きᚦは、最初から敵だったわけじゃない」


アルトが呟く。


「力を使った人間がいた」


少女が答える。


「ええ」


「そして、その力が暴走した」


「そう」


「僕はそれを止めようとした」


少女は目を伏せる。


「あなたは、最後まで諦めなかった」


アルトの記憶に、千年前の自分が映る。


血だらけになりながら、黒きᚦを前に立っている。


「僕が止める」


少年のアルトが言う。


「僕が、みんなを守る」


そして――


黒きᚦを刻んだ。


その瞬間、世界が黒く染まった。


「違う……」


現在のアルトが震える。


「僕は……黒きᚦを使いたくて使ったんじゃない」


「ええ」


少女が答える。


「でも、使ってしまった」


アルトは目を閉じる。


「……だから僕は、大罪人なんだ」


少女は何も言わない。


否定もしなかった。


ただ、静かにアルトの手を握った。


「でも、それだけではないでしょう?」


アルトが顔を上げる。


「え?」


「あなたは、罪を犯した」


少女はまっすぐに言った。


「それと同時に、たくさんの人を救った」


「……」


「どちらか一つだけが真実なのではないわ」


アルトは黙った。


やがて――


小さく頷く。


「……分かった」


アルトは立ち上がる。


「僕は、自分を英雄にもしない」


そして巨大な黒い腕を見上げる。


「大罪人だということからも逃げない」


最後の神の文字が、さらに強く輝いた。


「その上で――」


「これからどうするかは、僕が決める」


ᛗ(マンナズ)が輝く。


「僕は僕だ」


ᛋ(ソウェイル)が輝く。


「僕は光を選ぶ」


ᛟ(オセル)が輝く。


「僕は故郷を守る」


ᛏ(ティール)が輝く。


「僕は戦う」


ᛉ(アルギズ)が輝く。


「そして――」


すべてのルーンが一本の光へつながる。


『繋ぐ』


「誰も、もう消させない!」


アルトの身体を巨大な光が包んだ。


黒い腕が再び迫る。


しかし――


アルトは逃げなかった。


「受け止める!」


ᛉ。


巨大な結界が展開される。


ズガァァァン!!


衝撃で地面が割れる。


それでもアルトは耐えた。


「ぐっ……!」


「アルト!」


レグナスが叫ぶ。


「今だ!」


「分かった!」


レグナスが魔力を解放する。


炎、雷、風、大地。


すべての魔法が一つに集まり、アルトの光へつながる。


「レグナス!」


「使え」


「ありがとう!」


少女も杖を掲げた。


「私の力も!」


白い光が加わる。


アルトは叫んだ。


「全部、僕につないで!」


三人の力が一つになる。


巨大な光の刃が生まれた。


アルトはそれを両手で握る。


「これが――」


一歩踏み出す。


「僕たちの力だ!」


黒い腕へ向かって振り下ろす。


ズァァァァン!!


光と闇が激突した。


黒い鱗に亀裂が走る。


だが――


完全には切れない。


「くっ……!」


アルトの身体から力が抜ける。


そのとき。


胸の奥から声が聞こえた。


――アルト。


懐かしい声。


「……父さん?」


一瞬、父の顔が浮かんだ。


忘れていたはずの記憶。


けれど今度は消えない。


続いて母の笑顔。


リーネ村。


幼い頃の自分。


そして――


少女。


「……全部、僕の中にある」


アルトは涙を流した。


「僕の記憶は、僕のものだ!」


ᛗが爆発的に輝いた。


黒い腕が大きく揺らぐ。


『なぜ……』


黒き存在が呻く。


『なぜ、お前は消えない……』


アルトは叫ぶ。


「僕は一人じゃないからだ!」


光がさらに強くなる。


『……ならば』


黒き存在の奥から、巨大な赤い目が開いた。


『お前の大切なものから消してやる』


「……!」


レグナスの姿が一瞬、ぼやけた。


「レグナス?」


「……アルト」


声が遠ざかる。


少女の姿も薄くなる。


「待って!」


アルトが手を伸ばす。


黒きᚦが、二人とのつながりを断とうとしていた。


アルトは叫んだ。


「絶対に――」


光を握り締める。


「離さない!」


その瞬間。


最後の神の文字が、完全な形でアルトの手の甲に刻まれた。


そして――


千年前から眠っていた、本当の神の文字の力が目を覚ました。


黒き闇を押し返しながら、アルトの前に一つの扉が現れる。


扉には――


見覚えのない文字。


そして、その向こうから少女の声が聞こえた。


「アルト」


「次は――」


「あなた自身の、本当の名前を取り戻して」


扉がゆっくりと開く。


その先に待っていたのは――


千年前のアルト自身だった。


第25話 終

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